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2-14 逃避行 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

佐原は、函館本線から青函トンネルを経て、青森に出ると、日本海側を東京まで向かうルートを取った。
佐原も、下川同様、万一の事を考え、新潟駅までのチケットを購入した。東京には、乗り継ぎが悪くて、函館を出て2日は掛かる見込みだった。それなら、特急を使用せず、できるだけ在来線の鈍行列車を選んでいくことにした。
途中で購入した帽子を深く被り、俯きがちに席に座り、目立たないように注意した。日本海側の列車は、それほど混んでいない。佐原の席の周りに他の客が座る事も少なく、少し気持ちに余裕が出きた。窓の外には、豊かな自然の風景が見える。ぼんやりと眺めていると、数日前に大罪を犯し、大金をもって逃げている事を忘れられるようだった。
ふとポケットに手を入れると、あの幼子がくれた「飴」が入っていた。透明の小袋に入っているのは、黄色のバター飴だった。佐原はしばらく、その飴を見つめた後、ゆっくりとポケットにしまい込んだ。胸の奥から、じわじわと得体のしれない感情が湧きあがり、強く歯を食いしばった。ただ、瞳からは止め処なく涙が溢れてくる。
数日前まで、工事現場で黙々と働いていた。そこには、自分がただその日を生き延びる、それだけの日々があった。寂しい生き方なのかもしれない。だが、誰も傷つけず、世間の片隅で息を潜めて静かに生きていた。今は、それと似ているが、重大な罪を犯し、生きる事さえも憚られる存在に違いない。救われることなどない、そんな道を進んでいるようだった。

上村は、フェリーで苫小牧から東京まで向かうルートを取ることにした。
苫小牧港に到着し、フェリーの運航を確認すると、すぐに出航する便が確保できた。上村は、船に乗り込むとすぐに客室へ入ると、できるだけ目立たない席に座り、大きく深呼吸をした。
罪の意識を感じないわけではない。だが、殺人を犯したのは、あの二人組だ。自分たちは、現金を盗んだだけだ。罪を問うのならば、あの二人組の男にこそ、厳罰が下るべきだ。こんなことになったのは、只々、運が悪かったんだと勝手な言い訳を考えていた。
それに、あの幼子だ。置き去りにしたほうが良かったはずだ。いずれ発見され保護されるに違いない。佐原と下川は余計な荷物を背負いこんだだけだ。置いておくわけにはいかなかった?そうじゃないだろ?むしろ、見も知らぬ男に、否応なく連れて来られただけだ。拉致したのと同じだろう?なぜそれが判らない。上村は、フェリーの席で、一つ一つ思い出しながら、佐原と下川への不信感を募らせていた。
船窓からは、太平洋の海原が見えている。
視線の先にかすかに水平線が見えるようだが、空との境目ははっきりしない。現実なのか、夢なのか、今の自分の状況さえもはっきりしないようで、ただ、ぼんやりと、眺めていた。

下川は、優香を連れ、仙台へ向かっていた。
奥羽本線の車内は、乗客も少なく、車掌もほとんど回って来なかった。優香も疲れてしまったのか、青森駅で乗車して、すぐに眠ってしまった。
下川は、この先を考えていた。東京に着いた後、手元のある大金と優香をどうすれば良いのだろう。あの場に置いておくことは出来ず、連れてきたものの、やはり、大学生の自分には、幼子をどう扱えばよいのか判らない。やはり、どこかで置き去りにするほかないのだろうという考えに行きつく。しかし、失語症の幼子を本当に置き去りにできるのか、罪を重ねることになるのではないか、ぐるぐると頭を巡り、頭痛がしてくるのだった。
ふと、脇の席の優香の寝顔を見ると、あどけない表情を浮かべていた。
親兄弟を目の前で斬殺された光景はきっと一生忘れることはないだろう。それに、見も知らぬ男に、見知らぬ土地へ散れていかれる身の上を、この先、どう受け入れるのだろうか。そして、そうした精神的ストレスが引き起こした「失語症」はいつか感知するのだろうか。幼子の将来を想像すると、自らの罪の重さを再認識するのだった。
仙台駅に到着しても、優香は目を覚まさなかった。よほど疲れていたのだろう。下川は優香をおんぶして、新幹線のチケット窓口へ向かう。
大きなスーツケースと優香、佐原に会いに行く時には、こんな自分は想像もできなかった。どちらも、自ら望んで手にしたものではない。いや、むしろ、手放したい気持ちの方が強いかもしれない。あの惨い現場が何もかも変えてしまった。
下川は、新幹線チケットを購入するとすぐにホームに向かう。乗客が多くなっていて、座る場所などなかった。下川は、ひとつ大きな溜息をついた。
それがきっかけだったかどうか、背中の優香が目を覚ました。周囲を見回すと見たことのない大きな場所、たくさんの人が並んでいる。時折大きなアナウンスが流れる。優香は急に怖くなり、下川に強くしがみついた。
「ん?起きたのか?」
下川が少し頭を後ろに回そうとした。その時、優香の目に赤い模様が映った。下川の首筋から肩にかけて、赤い痣のようなものがあった。それは、斜めに一筋、傷痕のようにも見えた。優香はそっと指先でその赤い痣のようなものに触れる。
「止めろよ!」
下川が少し声を荒げるように言った。その声に、優香は身を縮める。
「すまない。・・ちょっと冷たくて・・それは小さい時の怪我の跡なんだ。・・ブランコから落ちて、肩から背中に深い傷を負ったんだ。もう少しで死ぬところだった。」
優香は、下川の言葉をしっかり聞いている。
「さあ・・目が覚めたんなら降りてくれ。」
下川はそう言うと、優香を降ろした。優香は、眉をひそめて下川を見ている。
「ああ・・傷の事か?もうすっかり治っているから、心配ない。」
下川はそう言うと優香の頭を撫でた。
俺の心配をしている場合じゃないだろう。これから彼女はどう生きていくのだろうか、このまま東京へ連れて行ってどうすればいいのか、下川は、再び、あの問が頭の中を巡る。
ちょうど、上野駅行きの新幹線がホームに入ってきたところだった。

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