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2-7 90年夏 北海道 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

初めに、下川医師の手紙が開封された。
『新道院長 様 君原副院長 様
病院に多大なるご迷惑をおかけした事を深くお詫び申し上げます。
すべては、私が学生時代に犯した罪を隠すために仕組んだ事であり、病院側には全く関係ない事であることをお伝えいたします。』
こんな書き出しで、下川医師の手紙は始まっていた。そして、それに続いて、北海道の事件の経緯が詳細に書かれていた。

1990年 初夏
 大学生だった、上村(当時は横井)は、同郷の下川を誘って、北海道までやってきていた。
上村は、学生の身でありながら、株取引の会社を興していた。
時代は、バブル景気に沸き、僅かな元手で会社を興し、成功を収めたケースがごろごろあった。上村もその一人だった。だが、バブル景気は一気に弾け、金融危機となり、上村の会社も損失が嵩んで倒産寸前となっていた。僅かな元手で始めた会社である。手の打ちようのない状態で、会社の仲間たちはすぐに離れてしまい、今は、上村一人がその損失を補てんせざるを得ない状況に追い込まれていた。
医学生だった下川とは、高校時代から交流があり、東京の大学に進学した後も、連絡を取っていた。上村は、自らの状況を下川には話していたが、もともと、苦学生だった下川が援助するほどの余裕はなかった。行き詰った上村は、下川を誘って、同郷の佐原を訪ねて、北海道にやってきたのだった。
佐原は、東京の大学へ進学したが、実家の繊維会社が倒産し、多額の負債の連帯保証人だったため、大学を退学し、返済のために働き始めたが、アルバイトの身分では到底返せるものではなく、結局、東北を転々して借金取りから逃げ回っていたのだった。居場所は、大学時代の恩人には知らせていたが、上村がそれを掴んで、追ってきたのだった。

上村たちは、札幌郊外にある建設会社の社員寮に佐原が居ることを知り、連絡なしに佐原を訪ねた。
「こちらに佐原という男が働いていませんか?」
建設会社の受付で、上村は大きな声で尋ねた。その声に驚いて、事務員が飛んできた。
「あの・・どちら様でしょう?」
「ああ、佐原の高校時代の友人です。こっちにいるって聞いたものだから、ちょっと顔を見に来ました。」
事務員の女性は、少し生意気そうに話す若者を怪訝な顔で睨んだ。
「・・借金取りじゃないですよ。・・」
不信がる事務員に対して、上村はわざと陽気に答えた。
事務員は、事務所の扉の外に視線を遣る。ちょうど事務所の扉のガラス越しに、真っ赤なスポーツカーが停まっているのが見えた。助手席には下川が座っていた。下川は、地味な服装で髪を七三に分けていて、真面目で上品そうに見える。事務員はそれを確認したうえで、上村が、借金取りの類ではないだろうと判断して、佐原を呼んだ。
「今、作業場に居ますから、しばらくお待ちください。もうすぐ昼休みになりますから・・。」
事務員はそう言うと、自分の席に戻った。
上村はそう聞いて、車に戻ることにした。
「ここに居たよ。もうじき昼になるから戻るそうだ。」
運転席に座りながら、上村は言った。下川は気乗りしない様子で、「ああ」と曖昧に答えた。
30分ほど待っていると、作業着に身を包み、汗を拭きながら、佐原が事務所に戻ってきた。事務員から、面会者がいることを告げられ、外の赤いスポーツカーを指さしている様子が、上村たちからも見えた。
「どうしたんだ?こんなところまで・・。」
佐原は、運転席に近づくと、周囲を警戒しながら言った。借金取りに追われる日々の中で、周囲に気を遣うのが癖になっていた。
「いや・・ちょっと相談があって・・時間、あるか?」
上村は何か含みを持たせるような言い方をした。
それを聞いて、佐原は明らかに拒絶するような表情を浮かべる。上村とは高校時代からの友人だが、信用できないのだった。特に、こんなふうにやってくるのは、良い話ではない。高校時代にも、上村に乗せられて、犯罪に近い事をやらされてきている。その時の記憶が呼び戻されるようだった。
「いや・・君には申し訳ないんだが・・実は、横井が困っていてね。手助けしてやろうと思って・・」
助手席から下川が助け舟を出した。
佐原と下川は、高校の頃一時期、同じクラスで、ともに勉学ではトップクラスの成績だったこともあり、何かと行動を共にした仲だった。上村(横井)とは、腐れ縁という感じだが、下川とはむしろ親友に近い関係と言えた。その下川の言葉は、佐原も素直に聞けた。
「わかった・・だが、仕事を休むわけにはいかない。夕方、また来てくれないか。そうだ・・6時にここで待ってるから。」
佐原はそう言うと、事務所に戻って行った。上村と下川は、昼食を取るために、帯広方面へ向かう国道沿いの小さな喫茶店に入った。
「おい、横井。一体どうするつもりだ?・・佐原だって、借金に追われているんだ。金を借りるなんてこと無理だぞ。そもそも、お前の借金はとても返せる額じゃないだろ。自己破産して、やり直すほかないだろう?」
下川は、食事の最中も、同じような話を何度も繰り返した。東京から北海道までの道中も、何度も下川は上村を説得してきた。だが、上村は受け入れようとはしなかった。
上村は、下川の言葉を聞き流し、ぼんやりと外の景色を眺めていた。
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