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1-24 遺体発見 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

「・・実のところ、橋川署では、今回の上村氏の自殺は、佐原氏の自殺と関連があると見て、豊城署は別に捜査を進めているんです。」
一樹は安永に佐原氏の事件との関係についてぶつけてみることにした。何らかの関係、ヒントが拾えるのではないかと考えていた。
「佐原氏?」
安永は、何の事だか訳が分からない様子で答えた。
「ご存じありませんか?上村さんが検査入院される予定だった、神林病院で自殺があったんです。新聞でも報道されていましたから、てっきり、ご存知かと・・、。」
亜美が疑いのまなざしで言った。
「ああ、あの事件の事ですか・・すみません。豊城市で起きた事なら押さえておくんですが・・・橋川市のことは余り・・。」
安永は少し曖昧な言い方をした。
「上村さんが遺した遺書と、佐原さんが遺した遺書の文面が全く同じだったのです。偶然というのは考えにくい。何かの関連があると考えています。何か、お心当たりの事はありませんか?」
亜美が再び尋ねる。安永は厳しい表情を浮かべて答える。
「先生は、クリーンな豊城市を作るため、身を粉にして奔走されていました。いまだに自殺されるなんて信じ難いのです。もっともっと市民のために働きたいと願っておられたんですから。」
「では、遺書に合った罪を清算するなどという事は・・。」
「罪など・・先生に限ってそのような事は・・まあ、悪を正して逆恨みということはあったでしょうが…。」
「では・・殺された可能性はあるという事でしょうか?」
一樹が訊く。
「いえ・・それは一つの例えです。この田舎町で、そこまでの事は・・・」
「では、なぜ自殺を?」
「わかりません。秘書の私でも先生の心の中まで・・・」
「プライベートで何かトラブルを抱えていたとか・・女性問題とか・・。」と亜美。
「いえ、先生はそういう方ではありません。・・・あの・・もういいでしょうか?」
安永はうんざりした表情を浮かべながら言う。
「最後に一つだけ。・・2か月ほど前、上村氏が、ヴェルデという店に行かれたのはご存知ですか?そこで、佐原氏と会っていたようなんですが、何かお聞きになっていらっしゃいませんか?」
一樹が訊くと、安永は、上着のポケットから手帳を取り出し、カレンダーを確認した。
「2か月ほど前ですか・・ああ、その頃、議会も休みで、私は、先生の指示で2週間ほど、東京へ。その間の先生の行動は判りません。戻ってきてからも、先生から佐原氏の名前をお聞きした覚えもありません。」
「そうですか。」
ちょうどそこへ、上村氏の遺体が発見されたとの連絡が入った。
上村氏の遺体は、投身自殺を図ったとされる場所から2kmほど下流にある、豊城川にかかる高速道路の高架橋の下で発見された。
新設された高速道路の太い橋脚が、豊城川の流れを変え、以前にはなかった場所に淵ができていて、上村氏の遺体はその水中深くで、見つかった。遺体はすぐ近くの河原へ引き上げられた。

「激しい流れのせいで、遺体の損傷が激しいようですね。」
合同捜査となったことで、橋川署の鑑識、川越もやってきていた。鳥山課長も立ち会っていた。
「詳しく司法解剖してみないと判らないでしょうが、今のところ、他殺と思えるような所見はありません。」
「やはり、自殺という事になるか・・。一応、身元を確認してもらおう。」
一樹と亜美は、秘書の安永を連れて現場に到着した。
本来、遺体の確認は身内が行うのだが、上村氏の夫人は、自殺と知ってから精神不安定で自室に閉じこもってしまっていて、医師からも見合わせる様にとの指示が出ていた。
「長い時間、水中にありましたから、人相は変っていますが、判りますか?」
鳥山が安永に尋ねる。
安永は、遺体を一目見て、表情も変えずに、上村氏本人だと認めた。
遺体はすぐに司法解剖に回された。

「何だか、あっさりしているな・・。」
引き揚げていく安永の背中を見ながら、一樹が言った。
「そうね・・長年、秘書として仕えてきたわけだから、涙の一つも流すべきじゃないかしらね。」
「ああ・・それに、あれだけ変わり果てた姿だ。万一にも他人という事だってあるかもしれない。自殺の原因が判らないと言っていた割にはすぐに認めるのも何か引っかかるな・・。」
「上村氏の死を既に分かっていたような感じだったわね。」
「そうだな・・まあ、発見まで時間が掛かったというのもあるだろうが・・・。」
二人は囁くように会話をしていると、鳥山課長が声を掛けた。
「おい、何か情報はつかめたか?」
「いえ・・特に目新しい事は・・・ただ、病院から帰宅して自殺現場の発見までの間、上村氏の動きを確認できているのは安永秘書だけというのは気になります。」
「安永秘書が上村氏を殺したことも考えられるということか?」
鳥山が訊く。
「いえ・・そこまでは・・ただ、結局、上村氏が自殺に至る原因や経緯、自宅からの足取り等は全くわかっていないわけですから・・例えば、誰かが上村氏を連れだしたとか、あの展望台へ呼びつけて殺害したという可能性が否定できない。自殺の証拠も、遺書だけというのも・・佐原氏の場合は、目撃者や監視カメラ映像があって、自分で屋上の柵を超えたのは確認できました。上村氏の場合、何も証明できていない。これでは、自殺と断定はできないでしょう。」
一樹が引っ掛かっている事は亜美も同様だった。
「それに自殺の動機が判らない。これは佐原氏とも共通しますが・・・二人の接点をもっと明確にしないと・・それと、下川医師の関係が気になります。」
一樹は続ける。
「佐原氏と上村氏の周辺から、二人の過去をもっと詳しく調べるしかないな・・。」
鳥山課長が言った。
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1-25 情報収集 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

橋川署では、佐原氏と上原氏の自殺は、遺書の文面から見て関連性が高いと判断し、情報収集を続けた。
佐原氏と上村氏、そして、下川氏は高校の同級生であり、大学時代にも東京にいて交流があったのは確実だった。そして、その頃、何か重大な秘密を抱えてしまったと見立て、とにかく、大学時代に絞って情報を集めることにした。
すでに、森田と松山は北海道に行き、佐原氏を訪ねてきた若い男を特定することに注力した。
一樹と亜美は、佐原氏と上村氏がヴェルデであっていたことが確実であり、それを裏付け、そこから自殺への動機を探ることにした。
鳥山課長は、豊城市との合同捜査本部に入り、豊城署の捜査員の情報を入手し、橋川署の情報と突き合わせがら、二つの事件の全体像を整理した。しかし、これといった進展はなかった。

「みんな、興味深い話が出てきたぞ。」
そう言って、合同捜査本部に入ってきたのは、鳥山課長だった。
「上村氏は学生時代に株投資会社を作ったことがあるそうだ。」
「株投資会社?」
一樹が訊く。
「ああ・・あの頃、バブル景気の中で、大学生が会社を作るのが流行っていた。上村氏も仲間たちと会社を作ったようだが、すぐに、バブル崩壊で大損して破綻、借金だけが残ったらしい。」
「その情報はどこで?」
「豊城署でな、上村氏自殺と知って、地元の建設会社の社長がいろいろと話してくれたようだ。どうも、議員だった頃は、変に上村氏を刺激すると、何かと面倒だとかで、皆、口を噤んでいたようだが・・居なくなったと知って手のひらを反すように、いろいろとスキャンダル話をしているんだ。・・いちおう、裏は取れてる。」
「借金はどれくらい?」
「1億円近くの大金だ。だが、卒業後に完済している。どこで金を作ったのかは判らない。実家は寺だそうだが・・それほどの大金を用立てることは無理だろう。何か、危ない仕事に手を出した可能性はある。」
「その借金をネタに誰かに強請られたという事でしょうか?」
一樹が訊く。
「いや・・それはないだろう。一応、完済しているわけだし、学生が会社を作って倒産するなんてのは、あの頃はそれほど珍しい話じゃない。僅かな元手で会社が作れた時代だったからな。それよりも、何処でその金を工面したか、その方が問題だろう。」
鳥山課長が答えると、矢継ぎ早に一樹が言った。
「それに、佐原氏が関係しているという事は?」
「いや、そのころ、佐原氏は大学を辞めていて、東京には居なかったはずだ。とても、関係しているとは思えないが・・」
鳥山は否定するように言った。
「確か、佐原氏も実家の倒産で借金があるにもかかわらず、墓の永代供養で、量円寺に大金を寄付しています。同じころじゃないでしょうか?そうなら、その金の出処は同じと考えても不思議じゃない。」
「そうか・・何かの方法で大金を稼いだ。そして、佐原氏も上村氏も借金を抱えていた。二人で何かの悪事を働いて、大金を稼いだという事か。そしてその恨みを抱いた人物が二人を脅したという事か。一応話は繋がるが・・。しかし、20年以上昔の事だ。それにそれほどの大金が絡んだ事件であれば、捜査もされているはずだからな・・・」
鳥山課長は推測の域を出ないことを悔しがるように言った。
「森田と松山が北海道で何か掴んでくれると良いんですが・・。」
一樹は一縷の望みを託すように言った。

そこに、タイミングよく、森田から電話連絡が入った。
『佐原氏を訪ねてきたのは、特定できませんでした。もう20年以上前のことで、当時の工事関係者もかなり高齢で、若い頃の上村氏の写真を見せたんですが、判らないようです。もう少し粘ってみます。』
「わかった。・・ああ、それと、大金が絡んだ事件が起きていないか、調べてみてくれ。」
電話口で鳥山が言った。
『大金が絡んだ事件ですか?』
「ああ、佐原氏を訪ねて行ったのが上村氏だとすると、借金返済のための金普請、あるいは、大金稼ぎの話を持ち掛けた可能性がある。90年ごろ、そっちで何か大金が絡んだ事件や事故が起きていないか、調べてみてくれ。」
『判りました。・・ああ、それと、言い忘れていました。・・佐原氏を訪ねてきたのは一人じゃなかったようです。会社に顔を出したのは一人なんですが、どうも、車の中にもう一人居たようです。』
「もう一人?」
『ええ、それは当時、作業員だった人物から聞きました。昼休みで事務所に戻った時、妙な車が出入り口に留まっていたんで覚えていたようです。シートを倒して、タオルを顔にかけて寝ていたそうです。」
「じゃあ、男二人が佐原氏を訪ねたということか・・上村、下川の二人の可能性が強いな。」
そう言いながら鳥山は一樹をちらっと見た。
話を聞きながら、一樹も頷いた。
『それと、車はどちらかの男の持ち物だったようです。ちょっと古い外車で・・真っ赤な車体で、ええっと・・そう、シボレーとかいう車らしいです。あの頃、あまり見かけない車で、珍しくて覚えていたようで、』
「赤いシボレーか・・判った。その線で、上村氏と繋がらないか、調べてみよう。引き続き、頼む。」
そう言って、電話を切ると、鳥山が一樹と亜美に向かって言った。
「やはり、北海道に尋ねて行ったのは上村氏と下川氏の可能性が高いな。・・・車の件は俺が調べてみよう。上村氏のものなら、例の建設会社の社長の線から何か出てくるかもしれない。お前たちは、一刻も下川氏に話を聞いてくるんだ。札幌に尋ねて行ったことが確認できれば、きっと話が繋がる。」
それを聞いて、亜美が鳥山に言った。
「あの・・課長・・もし、佐原氏、上村氏、下川氏の3人が一緒に大金を稼いだとしたら、下川氏も命の危険があるとは言えないでしょうか。」
「ああ、大いに考えられる。あるいは、下川氏が自殺教唆の実行犯とも考えられる。いずれにしても、重要人物に違いない。早く話を聞いてこい。」
鳥山の言葉に二人は部屋を飛び出していった。
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1-26 下川医師の行方 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

二人はまっすぐ、神林病院の医事課へ向かった。
先日、下川医師の件で問い合わせた医事課長がすぐに対応した。
「下川先生は、学会に出席されていましたよ。確か、昨日にはこちらへ戻っておられるはずですが・・。」
先日に比べて、医事課長はやや丁寧だった。
「今日は出勤でしょうか?」
亜美が訊く。
「ええ、それが、出勤の予定で、外来シフトに入っていたんですが、時間になってもお見えにならないんです。携帯も繋がらなくて・・。」
医事課長は少し戸惑った表示で答える。
「行方不明という事ですか?」と亜美。
「いえ・・まだ、半日ですので、ひょっとしたら、出張の疲れで体調が優れないのかと・・。」
「ご自宅はどちらでしょう?」
「ええ、それが、姿が見えないので一応、職員が自宅に言ったんですが、お留守でして・・それに、先生の車は院内の駐車場にありまして・・こちらに出勤されてはいる様なんです。その後、どちらにいらっしゃるかが判らないんです。」
話を聞けば聞くほど、危機管理ができていないのが露見してくる。
「病院内は探されたんですよね。」
亜美はやや強い口調で尋ねる。
「研究室や病棟などには、先生がいらっしゃったら、すぐに医事課へ連絡するよう伝言しております。」
「連絡待ち?信じられない!」
亜美はかなり怒っている。
「すみません。すぐに、手分けして院内を探します。」
医事課長は亜美の剣幕に驚いて、慌てて部下に指図し始めた。医事課の職員数名が慌てて席を立ち、部屋から出て行った。
一樹と亜美も、病院内を回り、下川医師を探した。
その様子は、新道レイの耳にも入った。

コミュニティルームのある階のエレベーターホールで、レイは一樹と亜美を見つけた。
「下川先生の行方が掴めないようですね。」
レイは、事態に対してどういう風に切り出してよいものか迷いつつ声を掛けた。下川医師は自らの病院の意思であり、院長として監督する責任がある。行方が判らない事は自らの責任なのだが、一人一人の意思の行動をすべて把握しているわけもなく、どこか主体であることに実感が伴わない。それではいけないはずだが、やはり、どうにもならない。そういう感情を亜美もすぐに察知した。
「レイさん・・。」
亜美もどこかぎこちなく返答するしかなかった。
「亜美、俺は下川氏を探してくる。レイさんに少しこれまでの経過を説明しておいてくれ。」
一樹はそう言うと、エレベーターに乗った。
一樹の声はレイにも聞こえた。
二人はコミュニティルームの一番奥の席に座った。
「上村氏が自殺されて遺体が見つかったの。佐原氏の同じ文面の遺書を残していたので、二つの自殺に関連があると見て調べているの。思念波の事もあるから、誰かが恨みを晴らすために二人を追い詰めたとみているわ。」
亜美の話に、レイは悲痛な表情を浮かべている。
「下川先生と佐原氏と上村氏は、高校時代からの友人で、大学進学後も交流はあったみたいなの。二人の自殺について、下川氏が何かご存じなんじゃないかと思って、もう一度、話を伺いたくて・・。」
レイはじっと亜美の話を聞いている。
「医事課長から先ほど連絡を受けました。下川先生の所在が判らないと。これまで、下川先生は無断で休まれること等ありませんでした。いや、むしろ、休みの日でも研究室にいらっしゃるような方でした。所在が分からないなんて信じられません。」
レイが口を開く。
「もしかしたら、下川氏も狙われているのではないかと考えているんです。」
「亜美の話にレイは驚いた。
「そんな・・命を狙われるような事が・・そんな・・。」
「あの、下川氏はどのような経緯でこちらの病院へ?」
亜美は刑事らしく質問する。
「詳しい経緯は判りませんが、医事課からの説明では、この病院を立て直すために、いろいろ手を尽くして意思を探していて、紹介があったのだと聞いています。この周囲の総合病院や大学病院へ意思紹介のお願いをしている中の事だったはずです。確か、静岡の大学病院から地元へ帰る希望があったと覚えています。経歴も問題はなく、静岡の大学病院からの紹介状もありました。内科医としての評価も高かったはずです。」
「そう・・・。」
「副院長の君原先生も、静岡の大学病院の知り合いの先生から、下川先生の事をお聞きになって、内科医として問題のない人物だと太鼓判を押していただいたはずです。ですから、すぐに来ていただきようにしたんです。」
「そう・・・では、佐原氏や上村氏との関係については?」
「いえ、特に聞いたことはありません。地元に戻ってきたから知り合いが多いのは当然だと思いますが、下川先生は余りそいういう事を持ち出されるような人ではありませんでした。」
「たしか、看護師も一人、同じ静岡の大学病院からいらしてますよね。」
「ええ・・それは、下川先生からの紹介でした。」
「二人が特別な関係だとかそういう事は?」
「いえ、確か、御主人を亡くされたとかで、環境を変えることで元気づけたいとは聞きましたが、特別な関係ではないはずです。そんな噂もありませんし、勤務態度もまじめですから。」
「何か、下川先生に関して気になる事はありませんでしたか?」
亜美の質問に、レイはどう答えてよいのか判らなかった。内科部長として勤務態度もまじめで、患者からの評価も悪くない、同僚の医師からも特に問題がある様な訴えもなく、むしろ、癖のある医師が多い中で、温厚で真面目で、裏表のあるような人間でもなかった。私生活までは知らないが、トラブルを抱えているという情報も聞いていない。
「判りません。内科部長としての職務もちゃんと果たしていただいていました。」
レイの答えは、亜美にも予想は付いていた。
自分も初めて事情聴取した時、研究室の他の医師に比べて、人当たりも良く、横柄な態度をとることもなく、むしろ信頼できると思える人物に感じていたからだった。
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1-27 三度目の思念波 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

ふと、亜美は思いついた。
佐原氏も、上村氏も、下川氏も、いずれも周囲からの評価は悪くない。むしろ、善人の部類に入ることが共通している。社長や議員や医師という社会的にも比較的高いポジションにも居る。問題を抱えているという情報もほとんど上がっていない。なにか、そのことが重要な共通項のように思えてきた。そして、それは、過去に犯した罪を悔い改めて、生き直そうと決意した結果なのではないかとも感じていた。
「では・・」と亜美が切り出そうとした時、目の前のレイが急に頭を抱えた。亜美は、昔、レイにあった時、同じような光景を見たことを思い出していた。
「うう・・・。」
レイは随分苦しそうな表情を浮かべている。
「レイさん、大丈夫?」
そっと肩に手を置き声を掛ける。
「感じる・・思念波を・・酷い苦しみの色・・・。」
レイが小さな声で答える。
そこへ、一樹が戻ってきた。
「一樹!レイさんが・・・。」
亜美は一樹を呼ぶ。
「レイ!」
レイは、そのまま、机にうつ伏して気を失ってしまった。一樹はレイを抱え上げ、「亜美、院長室へ連れて行こう」と言ってエレベーターホールへ向かった。

院長室に入ると、一樹はレイをソファに横たえさせた。
「酷い苦しみの色を感じるって・・・。」
亜美は横たわったレイの脇に座り、レイの手を握っていた。
「思念波はかなり強かったんだろうな・・・。また、辛い思いをするようになるのかな・・・。」
一樹は向かいのソファに座り、レイの顔を見ている。初めてレイに会った時、幼気な少女のように見えたのを思い出していた。突然、署に現れ、事件が起きていると訴えた時、意味が解らず、しばらくは信用できなかった。だが、いくつかの事件を経て、それは、決して彼女が望んで得た能力ではなく、むしろ、その能力のために苦しんできたこと、そして、そのために途轍もなく残酷な事件が起きた事。ほんの数年前の事だが遥か遠くに感じていた。そして、思念波を感じる能力は失われたと思っていた。
暫くすると、レイが目を覚ました。
「すみません。」
そう言って、レイが身を起こす。
「大丈夫か?」
一樹は、それしか、声が掛けられなかった。
「ええ・・もう大丈夫です。」
「恨みの思念波だったの?」
亜美が訊く。
「ええ・・きっとそう。前に感じたものと同じでした。ただ、気のせいかもしれないけど、何か少しずつ、強くなっている様な・・・うまく言えないけれど・・・悲しみから恨みのようなものに変わってきている様な気がするの。・・・そして、少女から大人の女性に・・・こんなことは初めて・・。」
レイは思い出すようにゆっくりと話す。
「自殺に追い込んで復讐を遂げたのなら、徐々に弱まってもおかしくないよな。」
一樹が訊く。
「判らない・・自殺と思念波が本当に関係しているのか・・何か違うような気がする・・」
レイが答える。
「でも、佐原氏の時は、ほぼ同時にそれを感じたわけよね。」
「ええ」
「でも、上村氏の時はズレてる。今回の思念波は、まだ、何も起きていない。・・そうか・・恨みを晴らすこととはつながっていないかもしれないか・・・。」
一樹と亜美はますます混乱してきた。
これまでの捜査でも、自殺との直接的な情報はほとんどなく、周辺情報ばかりで、調べても自殺から遠ざかるような情報ばかりだった。思念波も、まったく別のものを示しているように感じられた。
「いったい何が起きているんだろう・・。」
事件の捜査は進展しているというより、混乱の渦の中にどんどんはまり込んでいるような気がしてきた。

「でも、病院の中に、強い恨みを持つ人物がいるのは確かね。そして、それは佐原氏の自殺との関係ははっきりしている。上村氏や下川氏との関係も重要でしょうけど、もう一度、佐原氏の自殺の件に戻ってみた方が良いんじゃないかしら。」
亜美が切り出した。
「確かに、まずそれをはっきりさせた方が良さそうだ。」
一樹が立ちあがった時、レイが言った。
「あの、一つお願いがあるんです。佐原さんが自殺を図った場所へ一緒に行ってもらえませんか?もしかしたら、今感じた思念波の波長で、何かわかるかもしれません。」
「構わないが・・レイさんは大丈夫か?」
「ええ・・これは私の病院で起きた事件ですから・・責任があります。もし、院内の職員がかかわっているなら、当然責任を取らなければなりません。私にできることをしっかりやりたいんです。」
レイの決意は一樹も亜美も理解できた。
すぐに、亜美は、署長に連絡をした。電話口では、署長の戸惑う声が聞こえたが、亜美は半ば強引に説得した。
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1-28 屋上 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

下川医師の行方は依然つかめていなかった。診療時間が終わったところで看護師たちも加わって院内を細かく探し始めていた。
一樹を亜美はレイを伴って、病院の屋上へ行った。屋上の現場は、事故後、しばらくの間、規制線が張られていたが、現場検証も終わり、今はすっかり以前の状態に戻っていた。
「この扉から、まっすぐ、佐原氏は歩いて、自ら金網を乗り越え、落下した。屋上の監視カメラの映像はそうなっていた。」
一樹は、屋上の真ん中に立って、監視カメラと金網を指さしながら説明した。
レイは、扉の上にある監視カメラの真下に立って、一樹の説明を聞いた。
亜美は、レイの傍に立っていた。レイは、先ほど感じた思念波の波長を頭に浮かべながら、そっと目を閉じた。
ドクンと心臓が鳴った。そして、頭の中が、強い思念波で揺さぶられるような感覚になる。立っていられないほど、何かに押しつぶされそうな感覚だった。蹲る。亜美が駆け寄り、肩を抱く。
「大丈夫?」
そう声を掛けた亜美も、レイの体を通じて、強い思念波を受け取った。気持ち悪くなるような、頭の中がぐるぐると回る、途轍もない感覚だった。
「止めるんだ!」
一樹が二人の肩を揺さぶり、正気に戻そうとする。三人がばたりと倒れ込んだ。
暫くして、レイが目を開けた。ほぼ同時に、亜美も目を開けた。
「二人とも大丈夫か?」
レイも亜美も小さく頷いた。
「何・・あれは・・真っ赤な炎・・血飛沫・・怖い・・。」
亜美は言葉にならない。レイは深呼吸してから口を開いた。
「おそらく、あれは恨みの元の光景。」
「放火殺人・・という事か?」
一樹が訊く。
「そして、恨みを抱いているのは、女性。きっと子どもの頃、そんな目に遭ったのよ。」
レイが言う。
「子どもの頃、放火殺人に巻き込まれた。そしてその犯人が佐原氏だという事か?」
「直接的な犯人かどうかは判らないけど、何か関係している事は確かでしょう。」
レイの言葉に亜美がようやく正気を取り戻したようだった。
「ものすごく残酷な光景よ。子どもがあの中に居たのなら、正気を失うわ。酷い・・。」
亜美は涙を流している。
「そして、その女性は、あの場所に立っていた。佐原氏が自殺するのを見届けるように。」
レイは冷静に答える。
「誰かは判らないか?」
「いえ・・そこまでは・・ただ、おそらく、看護師でしょうね。」
レイは悲しげに答えた。

一樹と亜美は、レイとともに院内へ戻った。
院長室に戻ると、署長がレイの母ルイとともに待っていた。
「レイ、大丈夫?」
声を掛けたのはルイだった。ルイも同じ時刻に強い思念波を感じたため、紀藤に連絡をしていた。レイが屋上で思念波を使って現場を確認している事を知り、心配になって駆け付けたのだった。
「ええ・・もう大丈夫よ。お母さんも感じたんでしょう?」
「ええ、そうなの。また、悲しい事件が起きるんじゃないかと思って紀藤さんに連絡をしたの。」
レイが感じた思念波は間違いないものだった。
「それで、屋上ではどうだった?」
紀藤署長が訊く。
屋上での事を全て一樹が説明した。
「そうか・・やはり、佐原氏は自殺教唆で間違いなさそうだな。で、その女性は特定できそうか?」
「いえ・・そこまでは・・それに、思念波を感じたとしても、それは自殺教唆を立証できるものではありません。やはり、あの場所に確かに人がいたと立証しないことには・・」
「そうだな。」
紀藤は、そう言うと、腕組みして溜息をついた。
しばらく沈黙が続いてあと、レイが口を開いた。
「上村さんが自殺した場所へ連れて行ってもらえませんか?」
亜美が驚いて「あんなに苦しい思いをするのよ。止めた方が良いわ。」と反対した。
「気になることがあるんです。」
レイが言うと、ルイも頷いた。
「佐原さんの自殺の時も、その後の二度も、病院の中で思念波を感じたんです。恨みを抱いている人は、この病院の中にいるのは間違いありません。でも、上村さんは豊城川で自殺をされたんでしょう?もし、その人が佐原さんと同じように自殺を迫ったとしたら、病院の中で感じるなんておかしいんです。」
「では、上村さんの自殺は別の誰かが関与しているという事か?」
一樹が訊いた。
「判りません。だから、その場所に行けば、何かわかると思うんです。」
レイはきっぱりと言った。
「いや・・その恨みを持つ女性だけで、佐原氏を自殺に追い込んだと決めつけるのはどうだろう。誰かが協力しているという事もある。・そうだ、下川医師とこの病院の看護師の誰かが協力しているという事も考えられる。」
一樹が言うと、亜美が言った。
「でも、下川医師は学会で不在だった。上村氏の自殺には関係していないと考えるべきじゃないかしら。」
「そうだな・・・いまだに行方知れずというのも気がかりだしな。」
一樹はため息をつくように言った。
「判った。矢沢と亜美は、レイさんを豊城の現場へ案内してくれ。片時も傍を離れず注意するように。とにかく、無理だけはしないように、判ったな。」
そう言ったのは、紀藤署長だった。
「いいかな、ルイさん。辛い思いをするのは避けたいが、これ以上の犠牲を出さない事も大事だ。」
ルイは紀藤の言葉を受け入れた。
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1-29 牛洗いの滝 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

翌日には、レイを伴って、一樹と亜美は豊城の現場へ向かった。遺体が発見されたことから、自殺を図った現場はすでに規制線は撤去され、普段通りに立ち入ることができた。
「ここから上村氏は豊城川へ身を投げたらしい。そこの足元に、上着と遺書が置かれていたようだ。いずれも秘書の安永氏の供述の範囲なんだが・・。」
一樹はそう説明しながら、レイを誘導する。
亜美はレイの腕を組み、ゆっくりと現場へ進んだ。
レイは、上村氏が身を投げたと推定される場所に立ち、思念波を感じるため、目を閉じる。
亜美はレイの様子を注意深く見守った。
レイは一心に、僅かに残っている思念波を捉えようとしている。一分ほどが過ぎた時、目を開けて言った。
「だめ。・・この場所には何も感じない・・本当にここなの?・・」
「時間が経っているからじゃないか?」
一樹が問うが、レイが首を横に振った。
「上村さんがここで身を投げたのなら、何かの痕跡は感じるはず。落ちていく恐怖とか、無念さとか、でも全く感じない。・・それに、病院で感じた思念波は全く感じられない。」
「ここが現場じゃないっていうことになると・・・。」
一樹が考える。
「レイさん、ここじゃないなら、この近くに何か感じないの?」
亜美が訊く。
レイは、亜美の言葉を聞き、豊城川の流れに視線を落とした。ゆったりとした流れ、レイは下流から上流へ支援を向ける。そして、僅かに残っているはずの思念波を再び捉えようとしていた。
「・・ああ・・あの先・・あのあたり・・・。」
レイは、そう言って上流を指さした。
そこには、牛洗いの滝と呼ばれる小さな滝があった。
「あのあたりに思念波を感じるわ。きっとあそこに何かあるわ。」

一樹たちはすぐにレイの指さす先へ向かう事にした。
牛洗いの滝は、幅が10メートルほどで落差は5メートル程度の小さな滝だった。県道脇に豊城川へ降りる小道があるが、舗道はなく、川岸をつたって辿り着く場所だった。
川岸に出ると、レイの様子が変わった。しきりに頭を抱えるようになり、次第に、目も開けていられない様になった。そして、ついにふらつき始める。
「これ以上は無理だ。」
一樹が足を止めると、レイはその場で蹲ってしまった。
「ここ・・この場所で・・何かあったみたい。・・強い恨みを感じるわ。・・」
レイは、地面に手を当て、思念波を感じ続けている。
「同じ女性なの?」と亜美が訊く。
「いえ・・違うわ。・・これは・・あの女性のものとは違う・・もっと邪悪な強い念を感じる・・。」
そう言うと、レイはそのまま気を失ってしまった。
一樹はレイを抱え、県道わきに止めた車に戻り、レイを助手席に乗せて休ませた。
「亜美、レイさんが目を覚ますまで傍に居てやれ。俺はもうもう一度現場を見てくる。」
一樹はそう言い残すと、再び、牛洗いの滝へ戻ってみた。

「この辺りだったな・・。」
一樹はそう言いながら、川岸を注意深く見て回った。滝までは比較的歩きやすい岩場は続いている。見上げると、豊城公園の展望台がわずかに見える。
「あの日は前日の雨で増水していたはずだ。この岩場は・・」と言いながら、下を流れる川面を覗き込んでみた。岩の僅か下あたりに増水した時に着いたと思われる跡が見える。
「増水していても、ここは渡れるようだな。・・レイが言った通り、ここで上村氏と誰かが諍い、上村氏を突き落としたとしたらどうだろう。」
そう言いながら、川面を眺めていると、上流から倒木が1本流れてきた。そのまま、見ていると、倒木は流れに乗り、展望台の真下あたりまで流れていく。
「やはり、ここから激しい流れに突き落とされたようだな。」
一樹はすぐに合同本部に居る鳥山課長に連絡した。
「レイさんが牛洗いの滝の岸辺で強い思念波を感じたんです。・・おそらく、上村氏は自殺じゃなく、他殺でしょう。この周辺で何か痕跡がないか、一通り見てみましたが、日数も経っていて、これと言った手掛かりはありません。もっと詳しく調べてもらえませんか。」
「わかった、すぐに、鑑識班を向かわせよう。お前たちは、周辺で目撃者はないか、聞き込みを頼む。」
既に署長から、レイが上村氏の自殺現場に行くことは伝わっていたようで、鳥山課長はすぐに承諾した。

一樹は県道に上がり、亜美たちの待つ車へ急いだ。
「まだ、目を覚まさないわ。」
レイの手を取りながら心配そうに見つめる亜美が言った。
「わずかな思念波も感じようとして、無理をしたんだろう。もうしばらく、そのままにしておいてやれ。俺は、この周辺の聞き込みをしてくる。」
一樹はそう言うと、車を離れた。
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1-30 目撃者 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

県道といっても、中山間地の市街地から離れた場所である。人通りなどあるわけもなく、一樹は周辺の民家を訪ねて回った。しかし、日中は留守ばかりで、これといった成果はなかった。
「人目がない事を判って、ここを選んだんだろうな・・・。」
200メートルほど上流には、赤い橋が架かっている。
対岸に民家が数軒建っているのが見える。一樹は対岸にも足を運んだ。河岸段丘になっている対岸の少し高い位置に上ると、牛洗いの滝が見える。
「ここからなら、あの川岸も見えるな。」
一樹はそう呟くと、民家を一軒ずつ訪問する。
3軒目で、ようやく、住人に会えた。
かなり高齢の女性、いわゆる老婆と呼べるほどの婦人だった。
「すみません。4日ほど前の事なんですが・・。」と一樹が切り出すと、その老婆は少し困った顔をした。
そして、俯きがちに言った。
「あの、自殺騒ぎの事だね。」
「ええ、そうです。・・豊城公園から身投げした事件で、少しお話をお聞きしたくて・・。」
「身投げねえ・・だが、ここからは、あの公園の展望台は見えないよ。」
老婆は、少しもったいぶった言い方をする。
「いえ・・そうじゃなくて、あそこに見える滝の近くの・・。」
と一樹が話し始めると、老婆は訊き終わる前に言った。
「ああ、黒い服を着た男二人がいるのを見たよ。あんなところに人がいるのは珍しいんで、何をしてるのか、ちょっと気になったくらいだがね。」
老婆は、川岸を指さしながら言った。
「確かに、男が二人いたんですね。」
一樹は確かめるように訊いた。
「ああ・・間違いない。二人とも、川岸に立っていた。何か話をしているようだった。」
「顔は判りませんか?」
「いや・・ここからじゃ、男かどうかやっとわかるくらいだね。あまり目も良い方じゃないしね。」
「その後、何か起きませんでしたか?」
「さあね・・気にはなったが・・畑に行かなくちゃならなかったから、ちらっと見た程度さ。」
「じゃあ、二人がその後どうしたかは?」
「さあねえ、ほら、その後、なんだか、豊城川辺りが騒がしくなって、ヘリコプターも飛んでいたから、まあ、川で何かあったんだろうなとは思ったんだがねえ。」
その日、捜索のためのヘリコプターが川近くを低空で飛び回っていたのを思い出して、迷惑だったという表情をあからさまにして言った。
「展望台から身投げしたんじゃなくて、あの川岸で殺されたんじゃないかと考えているんですが・・。」
「ほう・・あそこでねえ?・・」
老婆は頭をひねるようにして返答した。
「また、何か思い出したら、ここに連絡ください。」
一樹はそう言うと、名刺を差し出し、老婆の名を確認し別れた。

「一人はきっと上村氏だ。・・もう一人は、だれだ?。」
一樹はそう呟き、橋を渡りながら、老婆とあった場所と川岸とを確認した。
ゆうに100メートル以上の距離はあり、顔の判別は難しい事は判った。
そして、もう一度、県道の脇道から川岸へ降りてみた。
老婆の家が見える川岸は、レイが思念波を感じた場所だった。そこより滝に近い上流へ向かうと、木の陰になって老婆の家は見えない。
「ここに男二人が居たというのは、やはり不自然だな。きっと、上村氏と誰かが居たはずだ。」
一樹が橋川署に連絡して、1時間が過ぎていた。
県道に車両が停まるのが判った。しばらくして、鳥山課長と鑑識の川越、そして鑑識班数名が川岸に現れた。
「ここですか・・。」
川越は大きなカバンを肩から掛けて、ゆっくりと周囲を観察しながらやってきた。
「ああ・・ここだ。さっき、向こう岸の目撃者も発見できた。何があったかまでは見ていないようだが、男二人がここに居たのは確かだった。ここから、上村氏は激流に突き落とされたんじゃないかと思う。」
一樹が説明する。
「しかし、何を調べる?確か、あの日は豪雨の後で増水していたはずだ。痕跡を探すのは厳しいぞ。」
川越が戸惑っている。
「何でもいい。上村氏がここに居たという痕跡が見つかれば、自殺だと供述した秘書の証言が崩れる。遺書も誰かがでっち上げたものとなる。秘書の安永が殺人犯の可能性だってある。」
「わかった。とにかく、ここ数日の間に付いた、新しい痕跡や遺留品を探してみよう。」
川越はすぐに鑑識班に指示して、作業に入った。
「ここで上村氏が殺害されたとなると・・佐原氏の件とのつながりをどう考える?」
じっと話を聞いていた鳥山課長が一樹に訊いた。
「いや・・そこまでは・・ただ、佐原氏の件と上村氏の件は繋がっていると考えて捜査をしてきましたが、やはり、何かしっくりこなかったんです。」
「遺書の件はどうだ?」
「ええ・・関連はあるでしょうが、象徴的に同じ文面にしたのも、変に引っかかるんです。」
「模倣犯という事か?だが、あの文面はまだ公表されていないぞ。佐原氏を自殺に追い込んだ人物以外に知るものは限られているはずだ。」
「そうですね・・でも、病院関係者なら、知っている可能性はあります。」
「仮に、病院関係者が佐原氏の遺書の内容を模倣して、自殺に見せかけたとして、何かメリットはあるか?むしろ、そうしない方が、さっさと自殺で処理されるとは思うが・・。さっきお前が言ったように、秘書の安永氏が犯人だとすると、つじつまが合わなくなる。・・下川氏がここに居て、上村氏を殺害して、自殺に見せかけたというならつじつまは合うが・・あの日、下川医師は東京出張でアリバイがある。」
鳥山課長は腕組みをして、じっと川面を眺めながら考えている。
「もう一度、安永氏に話を聞くしかないでしょう。」
一樹は鳥山課長に言った。
「ああ・・・それなんだが・・・さっき、安永氏から連絡があって、上村氏の自殺の動機について話があると言ってきたんだ。ちょうど良かった、お前、これから話を聞いてこい。ただ、この川岸の事はまだ言うな。物的証拠が出て来てからだ。」
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1-31 秘書からの連絡 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

「ここですか・・。」
川越は大きなカバンを肩から掛けて、ゆっくりと周囲を観察しながらやってきた。
「ああ・・ここだ。さっき、向こう岸の目撃者も発見できた。何があったかまでは見ていないようだが、男二人がここに居たのは確かだった。そして、上村氏の車が県道に留まっていたらしい。きっと、上村氏はここで安永氏と逢っていて、安永氏に激流に突き落とされたんじゃないかと思う。」
一樹が説明する。
「しかし、何を調べる?確か、あの日は豪雨の後で増水していたはずだ。痕跡を探すのは厳しいぞ。」
川越が戸惑っている。
「何でもいい。目撃証言を裏付けるものを見つけてくれ。」
「わかった。とにかく、ここ数日の間に付いた、新しい痕跡や遺留品を探してみよう。」
川越はすぐに鑑識課員に指示して、作業に入った。
「ここで上村氏が殺害されたとなると・・佐原氏の件とのつながりをどう考える?」
じっと話を聞いていた鳥山課長が一樹に訊いた。
「いや・・そこまでは・・ただ、佐原氏の件と上村氏の件は繋がっていると考えて捜査をしてきましたが、やはり、何かしっくりしないんです。」
「遺書の件はどうだ?」
「ええ・・関連はあるでしょうが、象徴的に同じ文面にしたのも、妙に引っかかるんです。」
「模倣犯という事か?だが、あの文面はまだ公表されていないんだぞ。佐原氏を自殺に追い込んだ人物以外に知るものは限られているはずだ。」
「そうですね・・でも、病院関係者なら、知っている可能性はあります。」
「仮に、病院関係者が佐原氏の遺書の内容を模倣して、自殺に見せかけたとして、何かメリットはあるか?むしろ、そうしない方が、さっさと自殺で処理されるとは思うが・・。さっきお前が言ったように、秘書の安永氏が犯人だとすると、動機は何だ?わざと模倣するような細工が必要か?」
「その点は判りません。」
「秘書以外という事は考えられないか?過去の秘密で脅して自殺に見せて殺すという佐原氏の件と同一犯と館あげるのが自然だろう。」
「ですが、レイさんは思念波を病院で感じていました。佐原氏を自殺へ追い込んだ奴は、病院に居たんです。」
「では、安永氏と病院に居た奴が協力してという筋か?」
「そうかもしれません。」
「だがな・・・。」
鳥山課長は腕組みをして、じっと川面を眺めながら考えている。
「もう一度、安永氏に話を聞くしかないでしょう。」
一樹は鳥山課長に言った。
「ああ・・・それなんだが・・・さっき、安永氏から連絡があって、上村氏の自殺の動機について話があると言ってきたんだ。ちょうど良かった、お前、これから話を聞いてこい。ただ、この川岸の事はまだ言うな。物的証拠が出て来てからだ。」
一樹が車に戻ると、レイは目覚めていて亜美と話をしていた。
「もう大丈夫なのか?」
一樹が訊くと、レイは笑顔を返した。
「今、鑑識が、あの周辺を、何か事件と繋がる痕跡がないか調べている。」
「ええ、さっき、鳥山課長がこれから調べるからって・・。」
亜美が答えた。
「これから、秘書の安永氏に会いに行く。上村氏の自殺につながる情報提供だそうだ。・・レイさんはどうする?病院へ戻るなら、誰かに送っていかせるが・・。」
「いえ、私も同行させてください。あの川岸に感じた思念波は、病院のものとは違っていましたから・・ひょっとしたら、その秘書の方から感じるかもしれません。」
「そうか・・判った。」
すぐに、上村氏の自宅へ向かった。
秘書の安永は、玄関前で一樹たちを待っていた。
「すみません。お手間を取らせまして。」
安永氏は、落ち着いた表情で一樹たちを迎えると、すぐに、上村氏の書斎を案内した。
レイは車内で待つことにした。
「これなんですが・・。」
そう言って、安永氏は、1冊のノートを取り出した。
「これは、上村先生の日記です。・・いや、議員活動を記録したものです。ほら、このページ。」
開いたページは、2か月ほど前の日付だった。
「下の方に、記号の様に書いてあるのが判りますか?」
指さした先には、小さな文字で、『S・ヴェルデ・PM10』と記されていた。
「やはり、刑事さんがお話された、2か月前の事が書いてありました。Sというイニシャルの方とヴェルデで会っていたようですね。」
「このSのイニシャルに心当たりは?」
「いえ・・先生は大抵、誰かと逢われるときには、その方の氏名はしっかり書かれるんです。ですから、何か知られたくない関係なのではないかと思います。」
「これまでにもそういう方が?」
亜美が訊いた。
「いえ・・ああ・・そう言えば、その少し後のところ・・ああ、ここです。ここにもあるんです。」
それは、2週間ほど前の日付だった。『D・S、TELあり』と書かれていた。
一樹は渡されたノートを少しづつ遡って、不自然な記述がないかを調べた。
その様子を見ながら、秘書の安永氏は言った。
「私はほとんど先生と行動を共にしてまいりました。そこに書かれている内容は全て知っているつもりでした。ですが、読み返してみると、その2か所だけは判らない。こんなことは今までありませんでした。」
「これが、上村氏の自殺の動機だと?」
亜美が訊く。一樹は引き続きノートの中身に集中している。
「いえ・・そうじゃありません。」

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1-32 紙切れ [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

安永秘書は、小さな紙きれを取り出した。
「これは、先生の机の中にあったんですが・・・。」
その紙きれには、短い文章が書かれていた。

『あの罪は償おうとして消えるものじゃない。世間に知られれば、家族も苦しむことになる。僕は命を絶つことで、秘密を守る。あいつには、君の事も教えた。もうすぐ君の前にも表れるだろう S』

「これは?」
亜美が安永に訊いた。
「ええ、先生に宛てたメモのようです。どこで手に入れたのかは判りません。」
「Sというのは佐原さんという事ですね。」
「おそらく。2か月前ヴェルデで会っていたのは佐原さんだったんですよね。・・これで、先生と佐原さんは同じ罪を犯し、秘密を守るために自殺したという事になるのではないでしょうか?」
一樹も、日記に一通り目を通していて、安永の話を聞いていた。
「2か月前、佐原氏と上村氏はヴェルデで会い、過去に犯した罪がばれそうだという事を知った。そして、佐原氏は病院で投身自殺し、その遺言ともいえるメモを受け取った上村氏は、豊城公園の展望台から投身自殺を図ったという事になるわけですね。」
一樹が言った。
「ええ、そうです。そうに違いありません。」
「この・・『あの罪』とは一体何でしょうか?」
一樹が安永に訊く。
「判りません。私が秘書に就く以前の事でしょうから・・。」
「最近、上村氏に何かおかしなことはなかったでしょうか?」
安永は少し考えてから答えた。
「特に・・思い詰めたような様子も感じられませんでしたが・・・ただ、あの日、病院から戻られた時は尋常ではありませんでした。すぐに部屋に入られてしまいましたし、・・そうです。少し苛立っていらっしゃった様な感じでした。きっと、病院で何かあったんじゃないでしょうか?急に、入院を取り止められましたし、きっとそうです。病院で何かあったに違いありません。」
安永は、何か焦りを感じているような口調で捲し立てた。
「そうですか・・まあ、佐原氏も病院で自殺されたわけですから、そこで何かあった・・安原氏からのメモもそこで受け取ったとも考えられますね。」
一樹が安永の言葉に応えるように言うと、
「そうです。きっとそうです。病院関係者の中に、ここにある『あいつ』がいるんじゃないでしょうか?」
一樹の推理を肯定するように安永が言った。
「では、一番怪しいのは、下川医師という事になりますね。」
一樹がさらに言うと、安永が応えるように言った。
「きっと、そうです。下川医師と何かあったはずです。下川医師も、きっと関係していると思います。」
「下川医師と上村氏の関係について、あなたはご存じだったんですか?」
亜美が驚いて訊いた。
安永は亜美の質問に対して答えに窮している様子だった。
「どういうことですか?」
一樹がさらに詰め寄るように訊く。
「いえ・・あの・・実は、先生のアドレス帳に、佐原さんと下川先生のお名前がありまして・・ちょっと調べてみたんです。高校時代の同級生で、大学時代にも交流があったようですが、あまり詳しくは判りません。」
安永は少し戸惑っているようだった。そして、アドレス帳を一樹に手渡した。
「佐原氏と上村氏と下川氏の3人に交流があったことは我々の調べでも判っています。ただ、具体的な内容が全く判らない。他に誰か、昔の三人の事を知る人物はいないでしょうか?」
「さあ・・判りません。・・昔の話は余り・・あの・・・御実家の・・量円寺はどうでしょうか?」
安永は答える。
量円寺については、松山刑事と森田刑事がすでに聞き込みに行っていた。
上村氏の兄が、跡を継いでいたが、弟とは不仲で、特に、大学時代にどのように過ごしていたのかは全く関心もなかった事は判っていた。
「そう言えば、弟さんが亡くなったというのに、こちらには来られていないんですね。」
亜美が尋ねると、安永は「一応連絡はしたのですが」と言葉を濁した。
「あの、もう一度確認しますが、上村氏は誰かに脅されていたことは本当になかったんでしょうか?小さなことでも良いんです。」
一樹が訊いた。
「先生は、市政を正しくすることに注力されていましたから・・それなりの嫌がらせはありました。でも、それは逆に、不正の存在を裏付けるものですから、先生にとっては何の脅しにもなりません。本気で命を狙らわれるようなことはなかったはずです。」
「最近は、どのような事に取り組まれていたんでしょう?」
「それは・・・刑事さんにお話しすべきことではないでしょう。」
安永の言葉は正当なものだった。不正や癒着といった類は、ともすれば重大な刑事事件でもある。確かな証拠がない限り口にすべきことではない。
「わかりますが・・上村氏がもし殺されたとなれば、話は変わってきます。いえ、自殺としても、誰かに脅されていたとすれば、恐喝、自殺強要といった立派な犯罪なのです。少しでも可能性があるのなら、それを一つ一つ調べるのが私たちの仕事ですから。」
「わかりました。少しお待ちください。」
安永はそう言うと、書斎の机の引き出しから、数冊のノートを取り出した。
「これまで先生が調べて来られた不正や癒着などの記録です。不確かなものも含めて、すべてが記載されているはずですから、慎重に扱ってください。」
一樹と亜美は、安永から書類を受けとり、合わせて、日記やアドレス帳も預かった。

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1-33 下川 発見 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

車に戻ると、レイが厳しい表情を浮かべていた。
「どうだ?何か感じたか?」
一樹が、レイに訊く。
「いえ・・でも、何か違う・・恨みとも違う・・罪の意識のような・・そんな思念波を感じたわ。・・病院で感じたものとも違う。・・家の中に居た人ね。」
レイが答えた。
「じゃあ、安永秘書は上村議員の自殺には関係していないってこと?」
亜美が一樹に確認するように訊いた。
「いや・・どうだろう。・・。何だか、判らない事ばかりだな!」
一樹はそう言うと、運転席に座り、車を走らせた。
豊城署の手前まで来た時、レイの携帯電話が鳴った。
「病院からだわ。」
そう言ってレイが電話に出ると、ほぼ同時に、亜美の携帯電話もなった。

「下川先生が、病院内で発見されたわ。・・亡くなっていたって・・すぐに病院に戻らなくちゃ・・。」
レイの声が震えている。
亜美への電話も、紀藤署長から、同じ内容だった。
目の前に、パトカーが走っている。見ると、鳥山課長が乗っていた。

病院に着くと、すでに数台のパトカーが停まっていて、病院の玄関には規制線が張られていた。
一樹たちはすぐに病院内に入った。
「亜美、レイさんとここで待機だ。良いな。」
一樹は亜美に告げる。亜美も状況は理解していた。
ロビーで待機していた、若い巡査が、一樹と鳥山課長を発見場所へ案内しながら、状況を報告した。
「発見場所は、地下の薬品庫でした。発見者は、検査技師の遠藤氏。週1回の定期点検のため、薬品庫に入って発見したようです。下川氏は、すでに死亡しており、死後2日程度との事でした。」
「死因は?」
「頸動脈を鋭い刃物で切り裂いてあり、失血死だろうとの事でした。今、司法解剖に回しています。」
「遺書は?」
「ええ・・先日の佐原氏の遺書と全く同じものが、上着のポケットから見つかりました。」
説明を聞いているうちに現場に到着した。
現場には、葉山が待っていた。
「葉山、体は良いのか?」
一樹が声を掛けた。
「ああ・・これくらいなら大丈夫だ。現場はここだ。見るか?」
「ああ。」
薬品庫には、天井まで届く、棚や鍵付きの冷蔵庫などがいくつも据え付けられており、通路が3本あった。その一番奥には、薬品の仕訳や帳票記録のための作業台と椅子が置かれていた。
「発見者の遠藤氏によると、鍵は掛かっていたそうだ。おそらく、内側から施錠したのだろう。下川氏のポケットから鍵が見つかった。下川氏は、奥にある作業台の椅子に座った状態だった。首から大量に出血していて、すでに血は固まっていたところから、死後24時間以上は経っていると判断できた。頸動脈を切ったのは、手術用のメスだろう。床に転がっていた。指紋は下川氏本人のものだけだった。薬品庫にも予備品があるので、それを使ったんだろう。」
「ここに出入りした記録は?」
「いや、ここは、監視カメラはない。唯一、検査室のドア付近にあるんだが、そこには2日前の早朝に、下川医師の姿が映っていた。日付は、出張から戻ってきた翌日の早朝だった。」
「行方不明だと言って探し始める前だな。」
「ああ、その時すでにここで絶命していたと考えられるな。」
「これもやはり、自殺という事か・・。」
「ああ、状況からみるとそう判断できるな。」
薬品庫の外に出ると、鳥山課長が、発見者の遠藤技師から話を聞いているところだった。
「では、薬品庫の鍵は、遠藤さんと下川さんの二人が持っていたんですね。」
鳥山課長が念を押すように訊いた。
「ええ、ここの管理は私の仕事ですが、下川先生は内科部長ですし、検査部長も兼務されていましたから。」
遠藤が答える。
「発見した時は?」
「毎週1回、在庫点検を行うことになっていて、ちょうど、今日がその日でした。鍵は掛かっていましたし、普段通り、鍵を開けて中に入りました。でも、ちょっと異様な匂いがしていました。薬品が漏れたのかと思って奥の方まで点検しながら入ってきて、下川先生を見つけました。」
「そうですか・・。ちなみに、あなたは二日前の朝はどちらに?」
「検査準備で、いつもより早く出勤していましたが・・。」
「では、検査室に?」
「いえ・・検査室に居れば、下川先生の姿を見かけたはずですし、もっと早く発見できた。何度か、検査機器の点検で席を外していましたから、その間に入られたのではないかと思います。」
一樹と葉山は、少し離れた場所で、鳥山課長と遠藤技師の会話を聞いていた。
「不審な感じはないようだな。」
一樹は小さく呟くと、葉山も「ああ」と答えた。
一旦ロビーへ戻ると、亜美はレイとともにロビーの椅子に腰かけていた。
「思念波を感じるわ・・。でも、これまで感じたのとは違う・・・。」
レイが小さく呟く。
「別の人物ということなの?」
亜美がレイに訊く。
「ええ・・今まで3回感じた思念波とも、あの川岸で感じた思念波とも違う・・・。」
「どういう事かしら?」
亜美が呟く。
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1-34 松山刑事の報告 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

現場検証が終わり、鳥山課長以下、橋川署の刑事課は皆、一旦、橋川署に引き上げた。
「一度、これまでの3件の事件を整理するぞ。」
鳥山課長がいつになく苛立った様子で言った。
一樹、亜美、葉山、川越、藤原女史は、椅子に座り、経緯が記されたホワイトボードを見つめている。ホワイトボードの脇には、紀藤署長も座っていた。
鳥山課長が話し始める。
「まず、最初は佐原氏の投身自殺だ。監視画像から、自らフェンスを乗り越え落下したのは事実だ。遺書もあり、目撃者もいる。遺体からは不審な点は見つかっていない。これらの状況証拠から、自殺と断定せざるを得ない。だが、自殺の動機が不明であり、司法解剖で胃の内容物に不自然な紙片が発見されている。それらを踏まえて、自殺教唆の可能性を考え、捜査を続けてきた。この件はいまだ決着はついていない。」
皆頷き、鳥山課長が話を続けた。
「次は、上村氏の自殺だ。安永秘書の供述だけが頼りだが、豊城公園の展望台からの投身自殺。遺書はあったが、目撃者は居ない。これも、自殺の動機が不明だ。したがって、自殺と結論付けることはできない。他殺の可能性が残っている。」
一樹は発言する。
「周辺の聞き込みで、自殺した場所の上流で、男二人が目撃されています。一人は上村氏と考えられますが、もう一人は特定できていません。あの場所で殺害されたか、川へ突き落された可能性があります。」
それを聞いて、鑑識の川越が発言する。
「川岸の調査を行いましたが、二人が居たことを特定できる証拠は見つかっていません。ただ、上村氏の遺体解剖の結果、後頭部に打撲痕がありました。水中での打撲の見方も出来ますが、溺死固有の肺内部の浸潤は少なく、ほとんど意識を失った状態で水中に入ったのではないかとの見方ができるようです。矢沢刑事が言うように、川岸で殴られ川に突き落とされたという可能性は排除できません。」
それを聞いて、鳥山課長が言った。
「では、上村氏は他殺と自殺の両面の可能性で捜査を続行する。次に、下川氏だが、薬品庫内で頸動脈を切って失血死。使用されたメスからは本人の指紋のみ。鍵も所持していたことから、自ら薬品庫に入り、そこで頸動脈を切って自殺したと考えられる。他殺の可能性は低いと思われるが・・・。」
一樹が発言する。
「確かに状況は全て自殺を物語っています。ただ、気になるのは、なぜ、薬品庫だったんでしょう?出張から戻った次の日の早朝、薬品庫に入るというのが引っ掛かります。研究室でも自宅でも良かったはずですが・・。」
「だが、他殺とするほどの根拠ではないな・・。」
鳥山課長が答える。それを聞いて、紀藤署長が発言した。
「高校時代から親交のある3人が、同じ遺書を残して、自殺。その遺書には『罪を償う』とある。・・全て、自殺で処理すれば、彼らの罪は暴かれることはない。だが、敢えて、意味深な遺書を残したのは何故だ?本当に秘密を守るためなら、こんな遺書など残さない方が良いはず。だからこそ、我々は自殺か他殺か疑い、過去を調べようとしている。」
「彼らの過去の大罪を明らかにし、罰を与えたいと思っている・・・被害者による復讐・・・か・・。」
一樹が言う。
「では、すでに3人を死に追いやったわけだから・・復讐は終わったということ?」と亜美。
「いや、まだ、彼らの罪が暴かれていない。」と一樹。
「彼らが死んだ今、その被害者が彼らの罪を公にすれば済むんじゃないのか?」
鳥山課長が一樹に訊く。
「それならば、回りくどい事をしなくて、訴えれば済むことでしょう?おそらく、確証がなかったじゃないでしょうか?昔の事件を立証する証拠がないのではないでしょうか?だから、一人ずつ、事実を確認する事が必要だった。被害者の記憶と3人の記憶を擦り合わせ、事実を明らかにする必要があったんでしょう。」
「最初が、佐原氏だったというわけか。」
と鳥山課長が言うと、一樹が続ける。
「ええ、そこで、被害者は何か確証を得た。そして、次に、上村氏、そして、下川氏へとつながったと考えられませんか?」
それを聞いて亜美が言った。
「でも、レイさんやルイさんが感じた思念波。・・病院内では二人の思念波、そして豊城でも一人。それぞれ3人の思念波を感じている。一人の犯行と考えるのはどうでしょうか?」
「犯人・・いや、それぞれの事件は、3人の被害者が共謀して起こしたものということか?」
鳥山が言った。
「少し無理があるでしょう。・・いや・・思念波の事を疑うわけじゃない。むしろ、そのことがあるからこそを単なる自殺と処理することはなくなったわけだから。ただ、佐原氏の自殺と、上村氏と下川氏は違うように感じるんです。」
一樹が言う。
「やはり、3人が抱える秘密、昔の罪が鍵という事になるわけか・・・。」
鳥山課長が呟く。

そこに、北海道に言っていた松山と森田が戻ってきた。
「遅くなりました。・・・ありましたよ、矢沢さん。」
森田がそう言って、大きなボストンバッグを机の上に乗せた。
「佐原氏のもとに、上村氏が現れた年に、札幌近辺で起きた事件を調べてみました。」
バッグを開くと、幾つもの調書が入っている。
「ええと・・未解決になっている事件は3件あったんですが・・・。」
松山がバッグの中の調書を探り出すように見ている。
「これが最も気になりました。」
松山が取り出したファイルには、『帯広一家無理心中事件』という表題がついていた。
「今から、25年前ですので、詳しい話を聞ける方がなくて・・ただ、発生日が、佐原氏を若い男が訪ねた日の2日後だったことと、事件自体は一旦一家心中で処理されていて、2年ほど後に、強盗殺人の疑いで再捜査になった事が、何だか、今回の連続自殺と関連があるように感じたんです。」
松山は少し憂鬱な表情を浮かべて説明した。
「2年ほどして再捜査というのは珍しいな・・・何か、新たな物証でも出たのか?」
鳥山課長が訊く。
「物証というか・・・、」
松山は、森田の顔を見ながら、どう説明したものかと問いかけている様子だった。
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2-1 北海道の事件 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

「大まかに話しますと・・」と森田が前置きして、いくつかの写真をホワイトボードに貼りだした。
「事件は、帯広市郊外の牧場を営む一家で発生しました。世帯主は佐藤健一郎50歳、その妻、智子32歳、健一郎の父の源次郎と母親のつた、そして、健一郎の長男の一馬は10歳、長女、優香は5歳の6人家族でした。」
ホワイトボードに写真が次々に貼りだされる。
「1990年8月10日の深夜、佐藤牧場の納屋から出火。近隣には住宅はなく、火の手が大きくなった頃にようやく火災が発見され、消防が到着した時には手が付けられない状態だったようです。焼け跡から、世帯主の佐藤健一郎が焼死体で発見されました。消防の調べでは、灯油を被って焼死したという見解が出されています。そして、母屋からは、祖父・祖母・妻・長男の4人が斧のような凶器で斬殺された遺体が発見されました。状況から、健一郎が無理心中を図ったと判断されたようです。」
松山が説明した。
「おい・・それだけで、無理心中ってのはおかしいだろう?」
一樹が訊いた。
「ええ・・ですが、当時、佐藤牧場には多額の借金がありました。牧場経営の破たんによる借金を苦にしての自殺だろうとの事でした。・・この時期、酪農経営はどこも厳しい状態で、周辺でも倒産が続いていていたようです。自殺も少なくなかったようなんです。」
森田が補足する。
「だからって・・。」
一樹が再度訊く。
「僕たちも、余りに短絡的ではないかと考え、帯広まで行って、当時を知る人を訪ねてみました。・・しかし、佐藤牧場の借金は相当の額だったようです。ただ、高速道路の建設が始まっていて、牧場の一部が計画線上にかかっていたようで、土地売買の交渉も始まっていたそうなんです。」
「だったら、土地を売って借金を返せばいいんじゃないのか?」
森田の返答に一樹が訊くと、松山が答えた。
「ですが、佐藤は土地を売ろうとはしなかったようです。むしろ、反対運動の先鋒だったようで、周辺の住民からも、厄介者扱いを受けていたくらいでした。・・正確なところは判りませんが、少し偏屈だったようですね。それと、祖父も健一郎以上に偏屈だったらしく、どうも、祖父からも決して土地を売るなと言われていたようです。」
「土地は売らない、借金は返せない、・・思い余って自殺したという事か?」
鳥山が訊く。
「ええ・・道警はそう判断したようです。・・何しろ、他殺を示すような証拠や目撃情報が全くなかったわけですし、遺体の状況からもそれなら筋が通るようでした。」
森田と松山の説明に、鳥山課長以下、同席していた者は皆一応納得したようだった。
「ねえ、長女はどうしたの?」
亜美が気付いた。
「そうなんです。長女が再捜査のきっかけになったんです。」
森田が答えた。
「事件発見時には、長女の優香は行方不明でした。かなり広域に周辺捜査がされたようですが、発見できなかったんです。結局、当時は、行方不明のまま処理されました。・・周囲には家はありませんし、家のすぐ裏には深い原生林が広がっていて、一旦、迷い込めばとても発見できない。5歳の子どもですからね。・・野犬や熊に襲われることも想定されたんです。」
「でも、その長女がきっかけだったんでしょ?」
亜美が再び尋ねる。
「そうです。長女は静岡の児童養護施設に居たんです。」
「静岡?どうしてそんなところに?」
一樹が訊く。
「ですから、事件の再捜査に・・要するに、死んだと思われていた長女が、静岡に居たという事は、誰かが連れて行ったという事になる。第3者がそこにいたのは確実でした。ですから、殺人事件の可能性が高いと見て、道警も再捜査に踏み切ったわけです。」
森田が説明した。
「長女は5歳か・・それなら、ある程度、犯人像はつかめているんじゃないのか?」
と一樹が訊く。
「それが・・・少女は、足柄パーキングエリアで意識が朦朧とした状態で発見されました。かなりの精神的ショックを受けていたようで、失語症になっていました。それで、身元不明者として、三島にある養護施設で保護されたんです。身元が判明したのは、事件から2年後でした。偶然、身元不明者の照会を静岡県警が行っている時に判明しました。時間も経っている事と、失語症になっている事で、事件の概要さえもつかめないままでした。」
森田が説明すると、大筋を理解し、皆、沈黙した。
各々、今回の3件の連続自殺と帯広の事件を重ね合わせ、考えを巡らしている。
「状況は無理心中、だが、確実に事件へ関与している者が居る。しかし、まったく糸口がない。・・今回の、連続自殺事件と似ているな・・・。」
鳥山課長が呟いた。
「この帯広の事件を起こしたのが、佐原達3人という事はないでしょうか?一家惨殺は大罪です。その復讐という事になりませんか?」
葉山が皆に尋ねる。
「ということは、サービスエリアで発見された少女が父や母を殺した犯人を見つけて、復讐していると?」
一樹が、念を押すように言った。
「ああ、そう言うことになる。当時5歳なら、すでに30歳。立派な大人だ。記憶の中には惨い事件が深く刻まれているはずだろう。偶然、犯人を発見した。そして、恨みを晴らしている。」
葉山が答える。
「おい、その少女はどうしている?」
鳥山課長が森田たちに訊いた。
「北海道警察ではそこまでは掴んでいないようです。児童養護施設は判りましたが、10年前に閉鎖されていて、追跡できませんでした。」4/27

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2-2 容疑者の男 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

「静岡?・・確か、下川医師は静岡の病院から神林病院へ来たんだったな。」
一樹は何か閃いたように言った。
「そうね・・そうよね・・。」
亜美も応える様に言った。
「佐藤優香は、児童養護施設に居たのは15歳までだろう?その後、例えば、看護学校へ入っていたとしたらどうだ?今は看護師。・・そして、静岡から・・ほら、14階のナースステーションにいた・・ええっと・・」
一樹はそう言いながら、手帳を取り出して名前を確認する。
「そうだ・・有田・・有田看護師は、下川医師の紹介で静岡の病院から神林病院へ来ていた。彼女が、佐藤優香だとしたらどうだ?」
一樹が皆に確認するように言った。
「ちょっと待って・・ええっと・・」
そう言いながら、藤原女史がタブレットを開いて名簿を確認し、言った。
「有田看護師・・・旧姓は加藤祐子・・佐藤優香ではないようですね・・。」
それを聞いた森田が驚いて立ち上がった。
「加藤祐子・・ですか?」
「どうしたの?」と藤原女史。
「佐藤優香は、失語症でコミュニケーションが取れず身元が判らなかったために、施設で新しく名前を与えられたんです。その名が・・加藤祐子なんです。」
「やはり・・帯広一家惨殺事件の生き証人が、あの・・有田看護師で・・その恨みを晴らすために、犯人である、佐原、上村、下川に近づき、死に追いやったと考えられることになるが・・・」
鳥山課長が纏める形で言った。
「間違いないでしょう。・・ただ・・どうやって自殺を迫ったのかは・・。」
葉山が残念そうに言った。
「有田看護師を任意聴取して・・。」と亜美が口を開いたが、途中でやめた。
自殺を強要した証拠がない。たとえ証拠があったとしても、復讐の対象となった三人はすでに亡くなり、強要の事実は本人にしか判らない事であり、立証するのは難しい。最初の佐原氏の自殺発生の段階で、そのことは充分に判っていたはずだった。だが、これだけの情報がある。それでも真相に辿り着けない。何か突破口は無いものか、この場に居る全員の思いだった。
「皆、もう一度、冷静に考えよう。これが、帯広の事件を起こした犯人への復讐であれば、これ以上の犠牲は出ないだろう。今まで集めた情報を見直してみよう。」
鳥山課長がまとめ、その日、捜査会議は終了となった。

外は、すっかり陽が落ち、夜の闇に包まれている。橋川署の前にある国道を、長距離トラックが何台も走り抜けていく。
「飯でも食って帰るか・・。」
一樹はそう呟くと車に乗った。しかし、しばらく、駐車場から動かなかった。
「そもそも、有田看護師は、帯広の犯人の一人がなぜ下川医師だと判ったんだろう。偶然か?それとも何か手掛かりがあったのか?」
一樹はそう呟いて、車を降りた。そして、橋川署に戻って行った。
「課長!」
「なんだ、まだ居たのか。」
「どうもスッキリしなくて・・すみません。もっと、有田看護師の事を調べなくちゃいけないんじゃないでしょうか?」
「ああ・・そうだな。有田看護師が加藤祐子だという確証、そして、下川医師のと関係、復讐までの経過、ここまで来たからには今更、自殺では処理できん。」
「明日一番で、三島に行ってきます。」
「ああ・・そうしてくれ。」

翌朝、一樹は亜美とともに、三島方面へ向かった。
東名高速道路を走っている途中で、「有田看護師が育った養護施設は廃止されたようだけど、当時の施設長の所在は判ったから、住所を送ります。」と藤原女史から連絡が入った。
「当時の施設長は、勝俣時子さん、現在85歳のご高齢らしいわ。」
亜美が携帯メールを見ながら一樹に言った。
勝俣施設長のお宅は、静岡市郊外の安部川を見おろす高台の住宅地の中にあった。
古い一戸建てで、現在一人暮らしだった。

「ええ・・覚えていますよ。保護された時は身元を示すものを全く所持していなかったんです。ですから、身体的な特徴から小学校入学前だろうと判断しました。名前は、園の名を名字に、下の名は私が付けました。」
勝俣時子は、温和で上品そうな表情を浮かべ、ゆっくりと思い出すように話した。
「身元が判明した後も、名前はそのままだったんですか?」
一樹が訊く。
「いえ、手続きは行ったのですが、ご家族が全員亡くなっていて、まだ小学生だった彼女を引き取ってもらえる縁者もなく、結局、こちらへ戻ってきたんです。名前は戻すかどうかも話し合ったんですが、悲しい事件を引きずることになるだろうと、そのまま、加藤祐子のままで、ここでは過ごしていました。」
一家全員惨殺されたことで精神的な影響を受けているのは確かで、彼女の将来を考えての措置だったことは理解できた。
「あの・・彼女は失語症だったと・・。」と亜美が訊く。
「ええ・・失語症というか・・いつもうつろな表情で、こちらからの働きかけにはまったく反応しないんです。泣いたり、怒ったりもしない。まるで、心を失くしたような状態でした。心療内科へは何度も受診し、治療も行ったんですが、なかなか改善しなくてね・・」
勝俣は悲しそうな表情浮かべていた。
「どれくらいまで・・」と亜美も同じような悲痛な表情で訊いた。
「その後の事は、判りません。私は、加藤さんが施設に来て2年目に、退任しましたから・・加藤さんの事なら、指導員で来られた、石黒先生なら、良くお分かりになるんじゃないかしら。子どもたちの事を最優先で考えておられたようですから・・・」
勝俣時子は何か含みを持たせるような言い方をした。
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