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2-3 過去の記憶 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

 一樹と亜美は、勝俣時子の紹介を受けて、当時指導員だった石黒弘江に逢うことにした。
 石黒弘江は、大学を出てすぐに、施設の指導員に採用されていた。養護施設の中では、最も若い先生であり、おそらく、有田優香(加藤祐子)と、最も年が近かった事から、心が通じたのかもしれないと想像できた。
いくつかの施設の指導員を経て、現在は、御殿場市にある児童養護施設の施設長をしていた。
施設に着くと、すぐに施設長室に通された。
 石黒弘江は、すらっとした体形でショートカットの髪型をしていて、50代に入ったばかりだろうが、まだ随分と若い印象だった。一樹たちが部屋に入ると、面談テーブルには先に座って、手早く済ませて欲しいという態度が、ありありと感じられた。
「加藤祐子さん?・・ええと・・三島の養護施設にいらしたんですよね。」
石黒弘江はすぐには思い出せない様子だった。
「当時、小学生で失語症だったようで、石黒先生が指導員をされて、徐々に回復したと、勝俣さんからはお聞きしたんですが・・。」
亜美が経緯を説明した。
「すみません。よく覚えていません。私も就職したばかりで、とにかく右も左もわからない状態でしたから。」
「親身になっておられたと勝俣さんからは伺っていたのですが・・。」
「いえ、そんなことは・・・。子どもたちとは余り、深い関係にはならないよう注意しています。・・私たちは指導員であり、親ではありませんから。厳しい環境に居る子どもたちには同情しますが、甘えさせる事は本人のためになりません。施設にいる子どもたちはどこか心の傷を抱えているんです。おそらく、その子もそういう状態だったんでしょう。」
石黒の答えは予想外なものだった。
「実は先日、橋川市で加藤祐子さんが関係する事件が起きていまして、生い立ちを調べているんです。加藤祐子さんについてご存じことがありましたら教えていただきたいんです。」
「事件ですか・・。しかし、私が居たのは5年ほどでしたから・・勝俣施設長が何をお話したかは知りませんが、あの方は、現場の事など全く理解されていませんでした。問題が起きるとすぐに現場のせいにして、自分には責任はないと身の保全だけを考える様な方でした。ですから、あの頃の職員は、あの方を信じていませんでした。見た目には、温厚そうで上品に見えるんでしょうが・・。」
石黒弘江は当時を思い出して憤慨している様子だった。
一樹も亜美も、この話には驚いた。
確かに、さっき訪れた勝俣施設長は温厚で上品に見えた。子どもたちの事をよく見ているようにも思えた。だが、現場の職員の見方とは全く違ったのだった。
「では、加藤祐子さんではなく、当時、何か印象的な事はなかったでしょうか?」
一樹が尋ねた。石黒弘江は少し考えてから言った。
「そう言えば、子どもたちの脱走騒ぎが起きました。」
「脱走?」と亜美。
「ええ、当時、養護施設には15歳までの子どもが保護されていたのですが、・・子どもたちが10人ほど、いなくなっていたんです。」
「いなくなるというのは尋常じゃありませんね。頻繁にあったのですか?」と一樹が言う。
「施設長のせいです。日頃から子どもたちに対して、躾と言って厳しくしていた・・いまでは考えられませんが・・体罰もしょっちゅうでしたし、部屋に鍵をかけて監禁に近い状態でしたから。中学生くらいになると反抗的になってしまって・・指導員も施設長には逆らえませんでした。そんな、窮屈な暮らしから抜け出したかったんでしょう。」
石黒弘江は、その頃との事を思い出し、遣る瀬無い表情を浮かべている。
「詳しく教えてください。」と亜美。
「ええ、夕食後は、各自、部屋に戻り、消灯まで静かにしていることになっていたんです。それで、夜10時の消灯の見回りで、中学生や小学生が何人かいないことに気付きました。私たち職員はすぐに警察に届けようとしたのですが、施設長が強く反対して・・結局、職員だけで探すことになりました。」
「どうしてですか?」
亜美が訊いた。
「事件になれば、当然施設長の責任が問われることになります。それが嫌だったんでしょう。」
「それで見つかったんですか?」と亜美。
「ほとんどの子どもは、駅の近くで見つかりました。行く当てもなく、駅前に集まって座っていました。でも、一番年上の中学生の男の子と、小学生の女の子が見つかりませんでした。」
「それで?」と亜美。
「翌朝まで見つからず、私たち職員もさすがに命の危険を心配して、施設長には了解を得ないまま、警察に届けました。それで、結局、二人は、足柄サービスエリアに居るところを巡回中の警察官に発見されました。施設長は、その責任を取って定年前に退職することになりました。」
石黒弘江は、事件を思い出して少しにやりとしたようだった。そして、
「そうだ。その子が確か、加藤祐子ちゃんです。思い出しました。ちょっと待ってください。」
そう言うと、壁の書棚を何カ所か見回し、何かを探している様子だった。暫くして、1冊のノートを取り出してきた。
「これは、個人的な業務記録です。日記代わりに書き残してきたものです。確か、あの事件ことも・・・。」
そう言って、ノートを捲り始めた。
「ありました。そう、足柄サービスエリアに居たのは、加藤祐子さん。まだ小学生でした。一緒に居た中学生は、矢野健一君、中学3年生でした。」
「なぜ、足柄サービスエリアに居たんでしょう?」
亜美が訊いた。
「矢野君が連れて行ったようですね。そこからヒッチハイクでもっと遠くへ行こうとしたと言っています。」
「そうですか・・。」と亜美。
「でも‥おかしいわね。‥施設からはかなり遠いんです。ヒッチハイクをするなら、愛鷹山パーキングの方が近いし、施設からすぐなんです。・・今、思い返すと変ですね。何かほかに理由があったのかも・・」
それを聞いて、一樹が言った。
「加藤祐子さんは、足柄サービスエリアで保護された身元不明の子どもだったんですよね。」
「えっ?ああ・・ああ、そうですね。確かそうです。そうですか・・だから・・足柄サービスエリアに・・思い出しました。その後、加藤さんは失語症ではなくなった。普通に私たちにも接してくれるようになったんです。随分前の事で忘れていましたが、確かにそうです。」
石黒弘江は、記憶の断片が繋ぎ合わさったようだった。
「一緒に居た、矢野健一君には、小さな妹が居たんです。ただ、施設に入ってすぐに、母親方の祖父母が引き取りにいらして、淋しそうにしていました。直後に、加藤祐子さんが入所してきたので、妹のように可愛がっていました。きっと、二人で足柄サービスエリアに行ったのも、加藤祐子さんが行きたいと言ったのでしょう。」
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