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AC30 1.ジオフロント73 [AC30]

西暦3000年の世界。
22世紀、人類は、石油資源の枯渇、温暖化、食糧問題、水問題など、生存に関わる様々な問題を、科学力を以て、見事にクリアしていた。しかし、西暦23世紀初頭、巨大な彗星が地球に衝突することが予見され、世界各国は、世界連合を結成し、全ての科学技術を集めて、彗星の衝突回避への試みを始めた。
巨大な宇宙船がいくつも建造され、彗星へ向かい、幾度も幾度も、軌道の変更を試みた。結果、僅かに彗星の軌道が変わり、彗星衝突の危機は去った。しかし、度重なる破壊行為によって、彗星の一部が割れ、その最も小さい破片の落下は避けられない事態となった。
世界連合は、引き続き、その小さな破片を回避するために、幾つものミサイルを発射したが、結局回避できないことが判った。世界連合は、大きな地下シェルター「ジオフロント」を各大陸に造った。さらに、海上にも巨大な海上都市型シェルター「パシフィックフロント」も造った。

彗星の破片の落下はすさまじいものだった。
一つは太平洋上に落下した。その衝撃で、100mを超える大津波が発生し、太平洋を取り巻く国々を襲い、大都市はすべて破壊され、水泡に帰した。また、別の破片が北極近くに衝突し、その衝撃は、地下マントルにも達して、地球規模の地殻変動を引き起こした。
彗星の破片落下から数百年もの間、大地震と噴火、大陸の隆起と沈下が繰り返し起きた。さらに、地軸の傾きが変わってしまったのだった。その結果、地球の環境は大きく変わってしまった。
地上の気温は、夏季には60℃以上、冬季はマイナス60℃以下となり、植物も熱帯性と寒冷性の両方を身に着け、特異な進化を遂げたものだけが、地表を覆うようになった。赤道上はほとんどが砂漠化し、両極の氷もすべて溶けてしまった。
地上の哺乳類のほとんどは死滅し、昆虫や両生類、爬虫類などの下等な生物の一部だけが生き残り巨大化した。海洋では、魚類や甲殻類、貝類が巨大化した。
こうして、西暦3000年には、21世紀とは全く別の地球となってしまっていた。
世界各地に造られた「ジオフロント」「パシフィックフロント」に多くの人類は逃げ込んだ。
しかし、地殻変動で多くのシェルターは破壊されたり、地中深く呑み込まれたり、あるいは、海中に沈んでしまった。僅かに幾つかのシェルターは残り、そこに数万人単位の人類は生き残っていた。
ここは、地上の大型のシェルター「ジオフロント」のひとつ、全長20kmほどもあり、地下100mに造られていて、「グランド・ジオ73」と呼ばれていた。ここは、奇跡的に、無傷で残った貴重な場所だった。
大型シェルターは、数百年の間、人類が生き続けられるための機能が備えられていたはずだった。
内部はいくつものエリアに分かれた巨大な地下都市であった。彗星落下から200年ほどは機能していたが、現在では大半が機能していなかった。それでもライフエリアは、頑強に造られていて、そのまま維持できていた。
ライフエリアには、セルブロックと呼ばれる箱状のものが、フロントを支える柱に木の葉のごとくつながり、それら一つ一つのセルブロックに一人、住んでいる。ライフエリアの中でも、セルブロックのある場所をライフツリーと呼んでいた。そしてライフツリーの真ん中には、コムブロックと呼ばれる広い場所があり、日中の大半はここで過ごす事がここのルールであった。
最も人口が多かった頃には、こうしたライフツリーは1万本以上に人が住み、このジオフロントには、10万人規模の居住者が居たはずだったが、今では、ほんの1000人ほどまでに減少していた。

それから、随分と長い時が流れた。
今、グランド・ジオ73で暮らす人々は、ここを築いた人類を「先人類」と呼んでいた。もはや、まったく新しい人類と言うべき存在だった。


性懲りもなく・・・ [苦楽賢人のつぶやき]

約1年半、このブログも放置されてしまっていました。

個人的に、前回書き終えて、予期せぬ病気にかかってしまい、創作意欲が減退してしまって、何だか、自分のブログを見るのも辛くて・・・。

そろそろ、人生の終焉に近づいたのだろうかと、落ち込んだり、焦ったり、まだ何も成し得ていないじゃないか!とか、今更、何が出来るんだ!とか、自問自答の日々を過ごしておりました。

でも、そんな自分をもう一人の自分が冷ややかに見つめているのに気付き、「世話あない!(長州弁)」と思えるようになりました。

病気の方は、この先も付き合っていくほかないようですし、いつ途切れるかわからないのは、病気だけじゃないって考えるようにして、再開する事にしました。

相変わらず、大した書き物ではありませんが、ちょっと息抜き程度にお読みいただけたら幸いです。

また、皆さまのブログにもお邪魔させていただきます。よろしくお願いします。

2.キラ [AC30第1部グランドジオ]

「では、行ってきます。」
体に密着する形状のエメラルドグリーンのボディスーツを着た若者の名はキラ・アクア。年は17歳。ひときわ大きな体格で、伸びた髪の毛を一つに縛り、鋭い眼光の持ち主だった。
「グラディウスは持ったか?」
そう言ったのは、キラの父、アルス・アクアだった。
黒い髭を蓄え、長い黒髪。グラスファイバー製の車椅子に乗っている。
「気を付けるんだぞ。私のようにしくじるんじゃない。お前に何かあれば、皆、飢え死にすることになる。」
「はい。充分に気を付けます。それに、これがあれば大丈夫です。」
そう言って、キラは、薄いブルーの細長い杖のようなものを目の前に掲げた。
「それは、先人たちから伝わった道具、グラディウスだ。これがあれば、凶暴なウルシン等ひとたまりもないはずだ。」
ウルシンとは、地上の森に潜む大型の昆虫だった。
原種はカマキリの類だが、気候変動で巨大化し、人類よりも大きく、肉食性で大型の爬虫類を鎌で捉え捕食する。これが最大の敵であったが、これ以外にも肉食性の昆虫や爬虫類もいる。丸腰ではひとたまりもない。キラの父アルスは、狩猟の最中に、ウルシンに足を奪われたのだった。
ここは、ライフエリアの中央、ライフツリーの立ち並ぶ真ん中の広場であり、コムブロックと呼んでいた。一族のほとんどは、日中は、そこに集まり過ごしている。
キラは、グラディウスを背中のバッグの脇のホルダーに収めると、さっと走り出す。
コムブロックから螺旋階段へ続く通路には、同じように狩猟に出かける若者たちが次々に集まっていて、家族たちが見送りに来ている。ここで若者たちは列をなし、ライフエリアから地上へ続く階段を昇っていく。
皆、同じようにエメラルドグリーンのボディスーツを着て、手にはグラディウスを持っていた。そして、背中には大きなバッグを背負っていた。

これから、彼らは地上に出て、食料を調達するのだった。夏と冬は、人間が耐えられる気候ではない。
1年間のわずかのこの時期に、食糧となりそうなものをいかに多く収集できるかが、ここに住む全ての人の命を握っていた。
キラたちが出かけたのは、マイナス60℃以下まで凍りつく深い冬の期間が終わり、厚い氷が解け、地上温度が10℃程まで上昇したころだった。現代で言えば、春の季節なのだろう。

地上までは100m。
もともと、このジオフロントを作った頃の科学者たちは、彗星落下以降、地表で人類が生きられるとは考えていなかった。地球環境が大きく変わり、人類が地表で生きられる保証はないと判断され、地上に出ることは想定されていなかった。そのために、地表につながる通路は、緊急用であり、利便性などは考えられていない。
細長い螺旋状の長い階段が遥か天井高くに続く。
毎年、こうして狩猟や採集に出かける若者たちのうち、何人かは命を落とす。それでも、そうせざるを得ない。皆、長い階段を無言で昇っていく。

出口は何層もの厚い扉で仕切られている。隕石落下による衝撃と、その後の気候変動を予測した、科学者たちによって作られたものであった。面倒な扉の開閉を何度も繰り返し、キラがようやく地上に通じる最後のチャンバーに着いたのは、ツリーをでて1時間近くたっていた。

朝日がようやく昇った時間で外気はようやく10℃程まで上昇していた。この時間なら、まだ、害となる昆虫や爬虫類は活発には動き回っていない。
共に地上に出た若者たちは、数人のグループに分かれて、狩猟と採集を行う。
50人ほど居ただろうか。それぞれ、出口からちょっと顔をのぞかせると周囲を探り、安全を確かめると草むらに身を隠しながら慎重に出かけて行く。
キラも、同じツリーの仲間3人と行動を共にした。


3.地表の様子 [AC30第1部グランドジオ]

最後のチャンバーで順番を待っている間、今日の計画を相談する。
「今日は、海に行ってみないか?」
キラが切り出した。
「それは良い。たくさん、貝を集めて持ち帰ろう。ちょっと重いが、保存ができるからな。」
そう答えたのは、プリムだった。
プリムはキラよりも8歳ほど年上の25歳だったが、猟に出るのはまだ2年目だった。それまではプリムの父が猟に出る役目だった。プリムの父は2年前にウルシンに襲われ、絶命していた。

「だが、海までは遠いんだろ?ウルシンに見つかるかもしれないじゃないか。食べられるかもしれない。このあたりで草を集めれば良いじゃないか。」
そう心配げな声を出したのは、ハンクだった。
ハンクもプリムと同い年であったが、恐ろしく臆病者で有名だった。
若者たちの中では誰よりも体が大きく力持ちではあるのだが、とにかく臆病であったために、ジオフロントのすぐ近くで、草や花、実の採集しかやろうとしなかった。

「また、ハンクの怖がりが出たな。・・なあ、ハンク、お前の集める草や花の中には毒があって、食べるまでに手間がかかるんだってさ。もっと、良いものを集めて来いって、クライブント様が言ってたぞ。」
ハンクを少し窘めるように言ったのは、アランだった。
アランは、キラと同い年の17歳で、キラと同様にもう10歳から猟に出ている。キラの父がウルシンに襲われた時、アランの父も一緒だった。アランの父が先にウルシンに見つかり襲われた。それを救おうとキラの父アルスはウルシンと闘い、足を奪われたのだった。残念ながら、アランの父は、ウルシンに頭を食われてしまって絶命していた。

「導師様が?お前、導師様に会ったのか?」
ハンクが訊く。
「いや、直接会ったわけじゃないが・・うちの母さんが俺に言ったんだ。導師様に、取ってきた草や花を見せた時・・と言っても、いつもの様に、ビジョン越しだが・・・・草や花を細かく仕分けて、毒の抜き方を教えられたそうだ。随分と手間のかかるものもあったみたいだぞ。それに、余り美味くないじゃないか。」
アランが答える。
クライブント様とは、導師様と呼ばれ、彼らの一族の長とも言うべき人物であった。
最も長老で一族を率いてきた。かつて、一人で猟に出て、体長5mほどのウルシンを倒したことがあったと聞かされていた。ライフツリーの最も高い場所にあるセルボックスを住居とし、常に、一族全体を見守っている。もうかなりの高齢で、若い者たちはその姿を見たことはなかった。いや、ライフツリーの住民のほとんどの者が存在は認めているが姿を見たものは居ないのだった。
「よし、キラの言う通り、今年はしばらく海へ行こう。大丈夫さ、川沿いに下っていけば、ウルシンたちには見つからない。グロケンは居るだろうが、あいつらは動きが鈍いから、捕まることはないさ。旨くすれば、グロケンの卵も持ち帰れるかも知れないからな。」

グロケンとは、巨大なカエルの事だった。こげ茶色をしていて、体調は3mほどで、水辺に居る。
ウルシンは、グロケンを襲わない。グロケンの体表にある黒い水泡上の液体がウルシンの神経麻痺を起す強い毒を持っているためだった。

4人は、ジオフロントの出入口から、ひょいと顔を出し、周囲の様子を確認した後、背よりも高く伸びたシダの葉に隠れるようにして、しばらく進み、熱帯雨林という表現が最もふさわしい、森の中を抜けて、大きな川に出た。川の向こう岸は見えないほど広い流れである。
アランが言った通り、グロケンが何匹も川の中に浸かったような状態で座っていて、置物のように動かない。
グロケンは、じっと動かない姿勢を保って、自分の近くにやってきた小型の昆虫や魚など、とにかく動くものは長い舌で絡めとって食糧にする。キラたちも近づきすぎると長い舌に巻き取られて呑み込まれる恐れがあった。
キラたちは、グロケンとの距離を保つように、川べりを腰辺りまで水に浸かった状態で、海へ向けて下って行った。


4.潮の香 [AC30第1部グランドジオ]

1時間ほど川べりを下っていくと、潮の香がし始める。ここまで来ると、もうグロケンの姿はない。4人はいったん川から離れ、腰くらいまで伸びた細い萱野原を歩く。突然、視界が開けて、長い砂浜が続く景色が広がった。
砂浜に出て、波打ち際まで4人はゆっくりと進んだ。穏やかな海が広がっている。
長い冬の間、土竜のように地下で暮らす4人を、遮るものが何もない光景は、何か、全てのものから解放されたような気持ちにさせた。臆病者のハンクは、先ほどまで周囲の様子を異常なほどに気にしていたのだが、目の前の光景に一気に気が緩んだようで、『はあ・・・』といって砂浜に座り込んでしまった。
「ハンク、気を付けろ!ブクラが噛みつくぞ!」
そう言ったのは、キラだった。ブクラとは、カニの一種だった。砂の中に身を潜め、刺激を感じると、鋭い爪だけを砂から出して、なに構わず、鋭い爪で挟み、強引に砂の中に引きずり込んでしまう習性がある。
「ヒイ!」
ハンクは飛び上がった。
その直後、予想通り、ブクラの爪が飛び出してくる。
そこをめがけて、アランが背に付けたグラディウス(剣)を素早く投げる。グラディウスが爪を貫くと、爪が二節目で折れて砂浜に転がった。
「よし!これで昼飯が出来たな。」
アランは得意げな表情を浮かべる。ブクラの爪は、裕に50cmほどの大きさがあり、その身は4人では食べきれないほどだった。4人は、萱野原から枯れた葉を集めて火を起こした。
4人は焚火を囲み、ブクラの爪を焼き、硬い殻を割り、身を食べる。
「なあ、ブクラの爪も良いな。・・・さっきみたいに、捕れると良いんだがなあ・・・。」
アランが言うと、ハンクはジロッと睨んだ。
「俺を餌にしようって言うんじゃないだろうな?」
「大丈夫さ、良い方法があるんだよ。」
アランはそう言うと立ちあがって、食べ終えて出た爪の殻を持ち上げ、砂浜に向かって放る。その振動に反応したのか、ガサっという音とともに、ブクラの爪が現れる。
「な?こうやって、砂の上に何でも投げつけてやれば、爪が現れる。そこを一突きすればいいんだ。」
「へえ・・そうか・・・。」
ハンクは爪の身を頬張りながら納得の表情だった。
「だが・・そんなに、都合よく出てくるかな?」
プリムが訝しげに言って、自分が食べていた爪の殻を砂浜に投げる。しばらく待ったが何も起きなかった。
「ほら・・やっぱりな。そんなにたくさんいるわけじゃないだろう。」
そう言われて、アランが残念そうな表情を浮かべる。それを聞いていたキラが言う。
「ちゃんと巣の上に落とさないとダメなんだよ。」
「巣?」
アランが訊く。
「ああ・・よく見れば判る。あいつらは砂の上に小さな触覚を伸ばしているんだ。よく見れば判る。細い糸のようなものが出ているんだ。」
キラに言われて、アランもハンクも、プリムもじっと砂の上を見つめる。最初はなかなか見分けられなかったが、目が慣れてくると、確かに砂の上に、白い糸状のものが少しだけ飛び出しているのが判った。
「あれか?」
ハンクはそう言うと、目の前にあった殻をひょいと投げた。上手い具合に白い触角に触れた。とたんに、太くて黒い爪が飛び出してきて、周囲をぐるぐると旋回し、すぐに引っ込んでしまった。
3人は、顔を見合わせ、深く頷いた。
「よし、ハンク、俺と一緒にブクラ取りをしよう。」
アランが立ちあがり、ハンクの腕を取った。
「気を付けろよ!」
プリムが言う。
「ああ・・じゃあな。」
アランとハンクは、ゆっくりと注意深く、周囲を見乍ら、砂浜を進んでいった。

5.貝集め [AC30第1部グランドジオ]

残ったキラとプリムは、貝を集めることにして、アランたちとは反対側へ歩いた。
砂浜の先に、高い崖が聳えていて、その下辺りは岩礁が広がっている。
「岩の裂け目には気を付けた方が良い。小さいブクラが潜んでいるからな。あいつらは、殻ばかりだから捕まえても仕方ないんだ。それより、爪にやられると体中痺れるからな。」
キラがプリムに言う。
「ああ、判った。で、獲物は?」
「こいつさ。」
キラがそう言って岩の一部にグラディウスを突き立てる。すると、岩の一部が剥がれるようにめくれ上がった。キラがゆっくりとグラディウスを持ち上げると、薄い板状の貝が現れた。
「こいつら、岩と同化しているんだが、こうやって見つけることができる。10枚も取れれば、かなりの量になる。」
キラの言葉を聞いて、プリムも目の前の岩にグラディウスを突き立てた。しかし、カキンと音がしただけで何も起きなかった。「チッ」とプリムが舌打ちをした。
「よく見ると、表面が少しだけ黒っぽくて、何カ所か小さな穴がある。空気を吸う穴らしいんだ。そいつを見つければいいんだ。ビラルって言うらしいんだがな。」
取ろうとしているのは、アワビのような一枚貝の類だった。人の顔ほどの大きさがある。キラはそう言いながら、じっとあたりの岩を睨み付けた。
「ほら、こいつがそうだ!」
そう言って、グラディウスを突き立てると、同じようにめくれ上がってくる。
キラとプリムはしばらくその岩場でビラル取りに熱中した。
太陽が少し傾き始めた頃、それぞれ、猟を終えて、最初に足を踏み入れた場所に戻った。
ハンクとアランは、ブクラの爪を10本ほどを取っていた。キラとプリムも、30枚ほどのビラルを持っている。
背負っているバッグから、大きな網を取り出し、包み込む。網は強い形状記憶合金なのか、一旦広げて、獲物を並べると強い力で締め付け始め、随分と小さく固め上げた。体積が最初の5分の一ほどまで小さくなって、4人はそれぞれに分担して、袋を背負った。
「さあ、今日はこれくらいで帰ろう。日が落ちる前に、戻らなくては。」
「ああ、そうだな。少し急がなきゃ。」

4人は来た道を戻る。
「頭を下げて!」
先頭を歩いていた、キラが身振りを使って皆を制止する。
朝と比べて、萱野原の様子が少し違っている。風になびく萱の向こうに、頭を突き出して動くウルシンの姿が見えた。時々、ウルシンは、立ち止まってはきょろきょろ見回し、また、動き出す。時折、長い鎌を高く翳す。ウルシンが狩りをしている。
4人は暫く萱野原にうつ伏してじっとして、ウルシンが行き過ぎるのを待った。がさがさというウルシンの足音が遠ざかったのを確かめて、ゆっくりと動き出す。

萱野原を抜け、川に辿り着いた。今度は、グロケンが居る。
朝はまだ体温が上がらず、動きもほとんど鈍く、心配なかったが、帰り道は注意が必要だった。陽を浴び体温が上がったグロケンは動きが活発になる。大きくジャンプすれば、すぐに10mは飛んでくる。離れているからと安心はできない。できるだけ気づかれないよう静かに進まなければならない。
帰り道は、川には入れない。水の動きでグロケンは獲物を判断するからだった。
先頭をハンクが歩き、プリム、アラン、最後をキラが歩く。岸辺ギリギリのところをゆっくりと音を立てずに進むしかなかった。
キラとアランは、右手にグラディウスを構えたまま、グロケンの動きに目を光らせながらゆっくりゆっくりと進んだ。

4人がジオフロントの入り口に到達した頃には、もう夕日で周囲が赤く染まる時間だった。
「何とか無事に戻れたな。」
プリムの言葉に、一同はホッとした表情を浮かべた。そして、厚い扉を開き、中に入った。

6.歓喜の声 [AC30第1部グランドジオ]

4人がコムブロックに到着すると、皆がすぐに集まってきた。すでに、ほとんどの若者たちが戻っていた。
「今日は、海まで行ってきました。」
キラがそう言って、網を広がる。中には、ビラルとブクラがたくさん入っている。
「まあ・・こんなにたくさん!」
そう言って、喜びの声を上げたのは、ユウリだった。
ユウリはアランの妹で、小さい頃から、キラたちと共に過ごし、いわば幼馴染である。キラの妹サラや母ネキたちもやってきた。
「ビラルは熱を通して乾燥させれば、長持ちさせることができるし、美味しいのよね。ブクラもこれだけあれば、みんなも喜ぶでしょう。本当にご苦労様ね。海までは遠いんでしょ?無理しないでよ。」
キラの母、ネキは4人を労った。
「ええ・・でも、大丈夫です。みんなで力を合わせて注意していきます。たくさん獲物がいますから、暫くは、同じ場所で取って来ますよ。・・他の皆は?」
キラはそう言うと周囲を見回した。
コムブロックには、キラたちの様に狩猟から戻った若者たちをあちこちで人々が取り囲んでいる。
「きっと、キラたちが一番たくさん採ってきたはずよ。」
ユウリが自分の事のように喜んでいる。
「別に競争しているわけじゃないんだから・・・。」
キラは少し窘めるように言いながら、周囲の様子を確かめている。
「今日は、誰ひとり、怪我もなく戻ってきたよ。」
キラの様子を見て、そう言ったのは、キラの父アルスだった。
「そうですか・・良かった。」
「まだ、暖かくなったばかりだからな・・・これからもっと気温が上がれば虫も増えるだろうから、気を付けねばならないだろう。お前たちも、海まで行くのは危険なことだ。くれぐれも無理するんじゃないぞ。」
「はい。」
キラたちは、サラやユウリたちと一緒に、取ってきた食材をフードブロックへ運び始めた。
食事はすべてフードブロックで調理される。
調理の作業は、一族全員で分担する。男も女も関係ない。今日集められた食材は、今日の分を除いて長期保存の作業が進められる。フードブロックには、巨大な冷凍乾燥機や冷凍庫などが設えられていて、これまでに集めたものもすべてここに保管されていた。

ジオフロントには巨大なエナジーシステムがあり、地下空間の空調から照明、機器の電力を担っていた。しかし、それ自体は、本来の機能の100分の1ほどの、いわば緊急システムが稼働している状態だった。隕石落下・地殻変動から200年近くは当初の設計通り、ジオフロント全体が稼働できるほどのエナジーを供給できていた。しかし、次第に主力が低下した。この先、どれほど維持できるか判らない状態で、今はライフエリアだけが稼働できていた。

その日は、久しぶりの新鮮な食材で、豊かな食事が並べられた。
「ねえ、キラ。海ってどんなところ?」
ブクラの身を口いっぱい頬張った状態で、ユウリが尋ねる。隣に座ったサラも目を輝かせてキラを見た。
狩猟に出かける者以外は、ほとんど一生、このジオフロントから出ることはなく、まだ幼いユウリやサラたちは興味津々だった。
「どんなところって・・ビジョンで見たことあるだろ?・・白い砂浜がずっと広がっていて、波が打ち寄せていて、静かなところさ。頭の上には青い空が広がっていて、真っ白い雲も浮かんでいる。・・・。」
隣のサラが訊いた。
「怖くないの?」
ほとんどの子どもたちは、外界は恐ろしい所だと教えられて育ってきた。確かに、ウルシンのような凶暴な虫たちがいる外界は恐ろしいところだった。真夏と真冬は、僅かな時間で命を落としてしまう。ジオフロントに居る限り、恐ろしい目に遭う事はなかった。だからこそ、子どもたちが外界に興味を持ち、安易に出て行かないよう、外界は恐ろしい所だと教えられているのだ。

7.猟の代償 [AC30第1部グランドジオ]

「いや・・怖い処さ。油断をすれば命を落とす。このブクラだって、砂の中に隠れていて、鋭い爪で捕まえ食べてしまうんだ。もっとたくさん、そうした恐ろしい奴らがたくさんいる。」
サラは、たくさん並んだ食材を前にして、思わず手が停まってしまった。
「そんな恐ろしいブクラをどうやって捕まえたの?」
「ブクラを捕まえたのは、ハンクとアランさ。砂から飛び出してくる爪にグラディウスを突き立てるんだ。アランは狩猟の名人だ。」
キラが言うと少し離れた席に居たアランが、サラに向かって手を振って言った。
「どうだい?美味いだろ!」
「ええ・・。」
サラが少しだけ笑顔を見せて返事をする。
「明日も海へ行ってくるよ。大丈夫。グロケンとの付き合い方もわかってきたから、心配ないさ。」
キラは目の前のブクラの爪肉を掴むと豪快に噛みついた。

翌日から20日ほど、4人は海へ通い、たくさんの獲物を取ってきた。
キラたちの様子を知り、他の若者たちの中にも、海へ向かった者もいたが、余りの道のりの遠さに、辟易として、結局、続かなかった。

「キラ、あの空。」
アランがブクラの爪を抱えて引き揚げ乍ら、空を指さした。見上げると、真っ黒い雲が南の海から徐々に近づいているようだった。
「もう、そろそろ無理だな。」
キラが呟く。
「ああ・・あいつが来たらもうここまでは来れないな。」
プリムも残念そうにつぶやく。
4人は急いで帰り支度を始めた。川を上り、入口に辿り着くころには、頭上には黒い雲が覆うように広がり、ぽつぽつと雨が降り出してきた。
「なんとか、間に合ったな。」
ハンクはそう言うと、入口の扉に手をかけた。ヌルッとした感触があった。
「おや?」
「どうしたんだ?」
「これ・・何だろ?」
ハンクが、手のひらを広げて見せた。
ハンクが広げて見せた手は真っ赤に染まっている。
「それ・・血じゃないか?・・怪我したのか?」
プリムが確かめるようにハンクを見た。
「馬鹿言え、俺はどこも怪我してないぞ・・・。」
キラはすぐに気付いた。
「誰か、他のやつがけがをしたんだろう。急ごう。」
4人は急いで扉を開け、中に入る。
次の扉にも、血糊がべったりと付いている。幾つもある扉のことごとくに真っ赤な血が付いている。さらに、最後のチャンバーには大きな地の塊もあった。
急いで、螺旋階段を駆け下りて、コムブロックへ向かった。
コムブロックには、ベッドを囲むように、ひとが集まっている。年老いた女性がベッドに縋り付いて泣いている。すぐ脇に、アルスとネキが居るのが見えた。
「どうしたんです?」
人なみを分け入って、キラはアルスの傍までたどり着くと、二人に訊いた。
「ウルシンにやられたようだ。」
ベッドに横たわる若者は、息絶え絶えの状態だった。若者は、肩から背中にかけて切られた傷があり、まだ血が流れ出している。

8.治療 [AC30第1部グランドジオ]

「すぐにホスピタルブロックへ運んで!」
人垣を掻き分けて現れたのは、ガウラという女性だった。ガウラは、このジオフロント唯一の医師である。ガウラはキラよりも一回りほど年上だった。代々、ジオフロントの中にあるホスピタルブロックを守る役割を担っている。ガウラの父はすでに他界し、若いガウラが跡を継いだのだった。
「キラ、手伝って!」
キラの父がウルシンに襲われた時、まだ幼かったキラが何も怖気づくことなく、ずっと父に寄り添い、ガウラの治療を手伝って以来、ガウラはキラを助手と決めていた。
ホスピタルブロックは、収蔵庫の一つで、先人類が遺した医療用スペースで、高度な医療器具や薬品があった。だが、医療技術は伝わらなかった。ガウラも、僅かに伝えられた技術だけで何とか皆の役に立つ程度だった。
大きなドアを開けると、中の照明が一斉に点灯した。大きな病院のように、ブロックの中には幾つものベッドが並んでいる。壁の両側には、大量の医薬品が入る棚がある。中央には、白い治療台があった。
「さあ、ここへ。上を向くように寝かせて。」
ライトが強く照らされる。ガウラは、治療台の隣にある、器具のスイッチを入れる。それは、中央にモニタービジョンがあり、そこから腕のように飛び出した棒の先に、銀色の丸い突起物が付いている。ガウラはその棒状の腕を持つと、若者の傷口へ近づける。二本の棒が近づくと、プラズマのような光が発する。モニタービジョンを覗き込み、その棒を何度も何度も傷口へ近づける。時々、パチパチと何かが弾けるような音がする。
「これで良いわ・・。」
ほんの10分程度だった。若者の傷口はすっかり塞がり、出血もなかった。見守っていた人々は、安堵の溜息を漏らす。
「随分、出血があったみたいね・・・キラ、次は何かしら?」
「造血剤を打たないと・・。」
「そう、正解。じゃあ、持ってきてくれる?」
「はい。」
キラはそう言うと、医薬品が積まれた棚の方へ行き、手に小さなカプセルを持ってやってきた。
「じゃあ、投与して。」
キラは手際よく造血剤を横たわる若者の傷痕に打つ。
「じゃあ、彼をセルに連れて行ってあげてね。ウオーターベッドで静かに休ませてあげてください。そして、目が覚めたら、痛み止めを飲ませてね。きっと元気になるわよ。」
ガウラの言葉に反応するように、外で見守っていた人たちが入ってきて、若者を運び出していった。
「やっぱり、キラは物覚えが良いわ。ねえ、ここで私の役目を継いでくれいないかしら?」
いつも治療が終わるとガウラがキラに向かって言うセリフだった。キラはいつも聞いていないような表情を浮かべて、そっと頭を下げて、ホスピタルブロックを出て行くのだった。
外に出ると、キラの母ネキが、一人の女性に寄り添っている。その女性はじっと蹲り悲しみを耐えているようだった。そこへ二人の若者がやってきて、その女性の前で土下座をするような格好で蹲った。
「ごめんなさい・・本当に・・ごめんなさい・・。」
「もっと周囲に気を配っていたらこんな事には・・本当にすみませんでした・・・。」
キラが出てきたことに気付いたネキが、キラを見て首を横に振り、立ち去るように目でそっと合図する。

ライフツリーに戻ると、セルへ上る階段の下で、父アルスが待っていた。
「草むらで、芽を摘んでいた時、ウルシンと出くわしたそうだ。一人が、グラディウスで立ち向かったが、鎌で首を切られ絶命した。それを助けようとした、もう一人が背中を切られたようだ。」
アルスは、自分が襲われた時の事を思い出すかのように呟く。
「・・・・」
キラは何も言えなかった。
「この時期のウルシンは、長雨に備えて腹いっぱいになろうと必死だからな・・。運が悪かったんだ・・。」
アルスは、そう言うと、自分のセルへ入った。
毎年、何人かの若者が狩猟の最中に命を落とす。
それでも、短い季節の間に、地表へ出て食糧を手に入れるほかなかった。そうやって、人類は生き延びてきたのだった。


9.フェリクスの実 [AC30第1部グランドジオ]

翌日からは、もう狩猟には出かけられなかった。
季節が移り始めたのだ。
昨日見た真っ黒い雲こそ、灼熱の季節の前触れであり、これから1ヶ月近く、豪雨が続く。尋常な量ではない。ジオフロントの地上への出入口あたりはすっかり沼となり、扉を開ける事もできないほど水の底に沈む。それと同時に、凄まじい落雷が昼夜を問わず続くのである。そして、その雨が上がる事には外気温が60℃近くまで上昇する。グロケンたちはじっと水の中に身を潜め、ウルシンも、水のない高地へ移動し、じっと地面深く潜って過ごす。生きものすべてがじっと息を殺して灼熱の季節をやり過ごすのである。

灼熱の季節は2か月ほど続く。
その灼熱に耐えられるサボテンに似た植物だけが地上を支配できる季節である。
その中でも、彼らがフェリクスの樹と呼ぶ、最も大きなサボテンは、地上10メートルまで一気に成長するのである。そして、灼熱の季節の中で実をつける。
灼熱の季節が終わりを告げる頃には、その実は、直径10センチほどの大きさに育つのである。
その実は、硬い表皮に覆われているが、割ると、中はみずみずしい真っ赤な果肉が詰まっている。
果肉は、途轍もなく甘く、一口で十分満足できた。また、硬い表皮を潰し、粉にすると芳しい香りを放つ。その魅力は、ジオフロントの全ての人間にとって何物にも代えがたい至福の喜びに違いなかった。
豪雨と灼熱の3か月間、じっとジオフロントの中で息を殺して暮らすことになるのだが、その期間は、だれもがこのフェリクスの樹の事を考えているのであった。

いよいよ、灼熱の季節が終わる頃になった。キラたちはいつもの仲間たちで地表に出た。
「さあ、あの実を見つけよう。」
ハンクが威勢よく言った。
「ああ、みんな、楽しみに、待ってるからな。」
そう言うハンクもうきうきとした表情を浮かべている。だが、アランとキラは浮かぬ顔だった。実が見つかれば確かに皆喜ぶだろう。だが、その実を見つけるには、背の低い草原に行かなければならないからだ。フェリクスの樹は、周囲に高い草が生えていない砂漠の様な場所を好んだ。その上に、10mもの高さに伸びている。サボテンの様な棘のある樹を昇り、実を切り落とす作業が必要なのだ。ウルシンたちに見つかる危険もあった。
4人は、背丈まで伸びている草叢をまっすぐ西へ向かった。徐々に草丈が低くなり、草叢が薄くなってくる。
「おい、あったぞ!」
ハンクが指差した。少し先に、フェリクスの樹が何本も生えているのが見えた。
既に、他のグループが先に向かっている。できるだけ、ウルシンたちに見つからないよう、地面に張り付くようにしてゆっくりと進んでいる。
「さあ、俺たちも行こう。」
プリムが言うと、キラが「ちょっと待て」と言った。キラが、じっと周囲を見回す。周囲の草むらにウルシンが潜んでいないかを確かめているのだった。しかし、ウルシンは緑の体をしていて、草叢に潜んでいるとほとんど見分けがつかない。それでもキラはじっとウルシンの姿を探した。アランもじっと草むらに視線を遣る。
いつもは、怖がりだったはずのハンクは、フェリクスの事を考えると恐怖も吹き飛んでしまうのか、キラが止めるのを待っていられない。
「大丈夫さ、さあ、行こう。」
ハンクがそう言って、草叢から顔をのぞかせた時だった。
前を行く他のグループの男たちが急に立ち上がって、慌てて走り出した。10人ほどが一目散に駆け出し、キラたちの隠れている草叢の方へやってくる。
「ウルシンか?」
走ってくる男たちの後ろで、バリバリという激しい音がしたと思うと、フェリクスの樹がキラたちの方に向かって勢いよく倒れてきた。ドスンという音とともに、フィリクスの実が樹から離れて転がった。
ハンクは、急いで、転がる実を集める。プリムもアランも、持てるだけの実を拾い集める。草むらに逃げ込んできた他のグループの男たちも、転がる実を集めた。
キラは、グラディウスを手に構えて、じっと様子を伺っていた。

10.命からがら [AC30第1部グランドジオ]

フィリクスの樹が倒れた後には、2体のウルシンが、威嚇しあいながら、鎌状の両手を鋭く振りまわして対峙していたのだった。
長い夏季で飢えているウルシンは、凶暴で見境がない。食糧になるものなら、同類さえも襲う。もはや、そこにいる人間など目に入っていない。
「今のうちに、早く逃げよう。」
キラは、フィリクスのみを集めるのに必死になっているハンクたちに声を掛ける。
「ああ・・だが・・まだ・・。」
10mを超える大木が何本も切り倒されたのだ。鈴なりの実がまだまだ周囲に転がっている。
「早くしないと、ホルミカたちがやってくるぞ!」
キラが厳しく言う。ホルミカとは、体長50CM程度の虫で、蟻が巨大化したものだった。
フィリクスの実は、ホルミカたちも好物であった。本来、熟しきって地面に落ちた実に集まる習性があった。通常なら人間を襲う事はないが、フィリクスの実を持っていれば別だ。実を奪おうと、大きく伸びた顎で噛みつく。顎には弱い毒液を持っており、噛みつかれると全身が麻痺してしまう。しばらく動けない状態になる程度だが、そこに別の虫が現れれば、命を落としてしまう。
ホルミカ1匹に見つかれば、すぐに群れとなって次々にやってくる。
「さあ、急ごう。」
4人は、一目散にジオフロントへ向かった。
「うわあ!」
草叢を走り続けていると、急にプリムが転がった。足元にフィリクスの実が転がる。
キラが予想した通り、ホルミカが一匹、目の前に現れたのだった。
「まずいな!」
キラがすぐにグラディウスを抜き、構える。キラの声に、三人は立ち止まったままだった。
「先に行け!大丈夫だ!」
キラはアランに視線を送る。アランはこくりと頷く。
「さあ、行くぞ!」
ハンクとプリム、アランが草叢に身を隠しながら、一目散にジオフロントの入り口に向かった。
命からがら、フロントの入り口に辿り着く。ジオフロントの入り口の脇に、腰を下ろす。
「キラ、大丈夫かな?」
ハンクが心配顔で、アランに訊く。
「大丈夫さ。あいつ、今までも何度もウルシンやホルミカを相手にしてきたんだ。俺も何度か救われたことがあった。」
経験の短い、ハンクやプリムにとっては、巨大な虫と戦うなど想像もできない事だった。
ゆっくりと日暮れが近づいている。じっと入口で待っている3人には、途轍もなく長い時間のような気がしていた。
「すまない、ちょっと、手間取った。」
そう言ってキラが戻ってきた。手には、三つほどのホルミカの蜜袋を持っている。ホルミカは、大量の蜜を貯めることができる袋を体に持っており、キラはそれを獲ってきたのだった。
入口のドアを開け、チャンバーに入ると、すぐにハンクが訊いた。
「どんなふうにやっつけたんだ?」
階段を下りながら、キラが言う。
「最初のホルミカは、グラディウスで突き刺した。その時、尻にある蜜袋を狙うんだ。蜜袋が破れてしまうと、仲間のアトリムたちは、その蜜に集まるのさ。もう、人間なんて関係ない。われ先にと蜜を吸いに来る。あいつら、蜜を吸う時は無防備になる。あとは、後ろから一突きして、こうやって、蜜袋をいただくのさ。」
キラが言うと、プリムもハンクも感心した表情を見せる。
「だが、注意しないとなあ。尻の蜜袋はおそろしく硬い。だが、一カ所だけやわらかい所がある。そこに命中させないと、意味がない。前に一度、痛い目に遭ったよ。」
アランが付け加える。
その日は、ジオフロントは、お祭りのような騒ぎになった。
待望のフィリクスの実とホルミカの蜜袋が手に入ったからに他ならない。戻ってきた男たちはほとんどがフィリクスの実を抱え、その数は一族全員に配っても余るほどだった。これほどの収穫はここ数年なかったことだった。

11.不気味なグロケンの集団 [AC30第1部グランドジオ]

翌日も同じ場所に向かった。しかし、そこにはもはやフィリクスの実は一つも落ちていなかった。ホルミカたちがすべて持ち去ったあとだった。
「やっぱり・・もう何にもないなあ・・・。」
がっかりした表情でハンクが言う。
「せめて、フィリクスの樹を持って帰ろう。」
そう言うと、キラはグラディウスを使って、倒れたフィリクスの樹を切り始めた。
フィリクスの樹はサボテンの様なもので、枝状に伸びた部分を切ると、中からねっとりとした樹液が滲み出てくる。ちょっと舐めると、それは実と同様に甘かった。
4人は暫く黙々と枝を切り、ネットに詰め込んだ。フィリクスの樹は長期保存ができる。硬い皮を剥き、中の透明で柔らかい部分は実と同様にちょっとしたデザートにもなるものだった。だが、フィリクスの実には適わない。
4人は背負えるだけの枝をもって、ジオフロントに戻った。
それから、数日、同じ作業を続けた。
「なあ・・そろそろ、他の場所へ行ってみないか?・・どこかに、まだ、実がついている樹があるんじゃないかな?」
ハンクはどうしても、フィリクスの実が諦めきれない様子だった。
「他の場所って言ってもなあ。」
プリムが言う。アランも、作業の手を止めて、ハンクを見る。
アランは、もう7年も猟に出ていて、ジオフロントの周囲の様子は熟知しているが、フィリクスの実が取れる場所は、ここの他には、思いつかなかった。
「じゃあ、明日は、また、あの海に行ってみるか?」
キラが言った。
「え?」三人が同時に反応した。
「前に言った時、砂浜の近くに、広い荒地があったんだ・・・ひょっとしたら、あそこならフィリクスがあるかも・・。」
その言葉ですぐに決まった。

翌日は、少し早目にジオフロントを出た。
四人は、グロケンの潜む川沿いを急いで下っていく。前は、恐怖が先に立ってみんなの一番後ろを歩いていたハンクが、今回は先頭を歩いている。
「気を付けろよ、この時期のグロケンは、凶暴なんだ。油断するなよ。」
キラが声を掛ける。
「大丈夫さ!」
そう答えたハンクがつい油断して、石に躓いて転んだ。拍子で、小さな石が川の方へ飛んだ。
「バチャン!」
その音と同時に、川の中央あたりが俄かに騒がしくなった。それまで静かだった川縁に、何度も波が寄せるようになる。
「いかん、グロケンがこっちへ向かってくる!」
キラがそう言うと、すぐにみんなが川岸から土手へ上がった。そして、萱野原の中にじっと身を潜めた。
川縁の波が徐々に大きくなると、水中から黒い塊が顔を出す。大きなグロケンだった。それも一匹だけでなかった。
「動くなよ。」
キラが小さな声をみんなに言った。
川縁には、数十匹のグロケンが現れた。そして、四つん這いの格好でじっと、萱野原の方を見ている。グロケンは余り視力は良くない。むしろ、粘着性のある肌で空気の流れを感じ、獲物を見つけるのだ。だから、じっと動かなければ見つかることはない。時折、何匹かのグロケンが、何かを感じたのか、あらぬ方向へ長い舌を伸ばすしぐさを見せたが、徐々に、また川の中へ戻って行った。全てのグロケンの姿がなくなるまで、キラたちはじっと草むらに這いつくばったままでいた。一匹くらいなら、戦って勝つこともできるだろうが、あれだけの数となれば勝ち目はない。とにかく、いなくなるのを待つしかなかった。
「もう良いだろう。」
キラは、そっと立ち上がり、川べりの様子を探った後、言った。
「急ごう。時間を食った。」
そこからは、キラが先頭になって、海へ向かった。

12.収穫 [AC30第1部グランドジオ]

海が近づくと、4人は小高い丘に登った。そこからは、長く伸びる海岸線が見通せる。少し、山手の方に視線を遣ると、萱野原の向こうにこんもりとした森が見えた。
「あれ、フィリクスの森じゃないか?」
アランが指差す。ハンクがどこだ何処だという風に、アランの指さす方を見る。
「どうかな?」
プリムは少し否定的な返答をする。
「いや、そうに違いないさ。さあ、行こう。」
ハンクはもう躍起になっている。
「ちょっと待つんだ。・・」
キラがそう言って、萱野原から森のあたりをじっと見つめる。さらに、その先の山へも視線を遣る。ウルシンが潜んでいないか探っているのだった。キラは目を閉じ、今度は、風と音を読む。皆もしばらくじっとキラの反応を待つ。
「良いだろう。ウルシンたちは居ないようだ。だが、注意して行こう。どんな虫が潜んでいるか判らない。」
再び、キラが先頭になって歩き始める。
萱野原を抜けたところで、枯れ果てたコケ類の荒地に入る。夏の前、長雨の季節にはおそらくここらは湿地だったに違いない。灼熱の夏季ですっかり干上がったようだった。その先に、小山かと思うほどのフィリクスの森ができていた。その数は予想を超えていた。それと、樹上には大きな実がたわわに付いている。一つ一つの実も、前に見たのよりも一回りも二回りも大きく、一つが人の頭ほどの大きさだった。
さすがのハンクも、目の前の光景に声が出なかった。
だが、残念なことに、いずれの樹も遥か高く伸びていて、実をもぎ取るには、登らなくてはならなかった。高さは優に10mを超えている。切り倒せるようなものではない。
「どうやって取る?」
ハンクは少し怖気づいたように訊く。
「登っていって切り落とすしかないだろうな。」
アランはそう言うと、背中のリュックを下ろし、グラディウスだけを背中に付けて、フィリクスの樹に取り付いた。フィリクスの樹の表皮には、棘がある。注意深く登る事を余儀なくされた。右手、左手、右足、左足と交互に注意深く登っていく。それを見ていた、キラも同様に登っていく。ハンクとプリムは自信がなかった。実のあるところに辿り着くまでどれほどの棘が体を貫くかと考えると、動けなかった。
「二人は下で実を受けてくれ!」
そう言うと、二人は徐々に登っていく。最初に実のあるところに着いたのは、キラだった。
「さあ、落とすぞ!」
フィリクスの実は硬い表皮で覆われている。根元をグラディウスで切り落とす。下で、ハンクとプリムがネットを広げて受け止める。ドスンという鈍い音がすれば、周囲から虫たちが集まってくるのだ。できるだけ音をさせないように慎重に作業を進める。
アランも実を切り落とし始めた。
「一人5つくらいかな?」
アランが訊く。
「ああ、これだけ大きいと持ち帰るのも大変だ。それに、ウルシンたちが気付いて現れるかもしれない。また、明日も取りに来ればいいさ。」
キラが樹の上で答える。
持ち帰れるだけの実を切り落としたところで、ふと、アランが言った。
「なあ・・キラ、あれ、何だろう?」
アランは遠く浜辺の方を指さしている。キラがその方角を見ると、波打ち際に何か白い丸いものが見えた。少し距離があるのと、打ち寄せる波で揺れていて、その形がはっきりとは捉えられなかった。
「とにかく、降りよう。樹の上であまり声を立てるとウルシンに見つかるかもしれない。」
「ああ。」
二人はゆっくりとフィリクスの樹から降りてきた。
下では、ハンクとプリムが、フィリクスの実をネットに詰め込んで荷造りをしていた。
「よし、帰ろう。みんな、喜ぶぞ!」
ハンクはひときわ大きなネットを背負って嬉しそうだった

⒔白い卵 [AC30第1部グランドジオ]

「その前にちょっと・・・。」
アランが先ほど見た白いものの正体を突き止めようと提案する。ハンクは、しぶしぶ承知した。いったん、砂浜へ出ると、フィリクスの実を置き、白いものが見えた海岸の岩礁に向かった。
「このあたりだと思ったんだが・・・。」
アランが岩に上り周囲を探る。
「もっと先だったかな?」
ひょいと岩を一つ乗り越えた時だった。目の前に白いものがあった。すぐにみんなを呼んだ。
その白いものは、卵のような形状をしていて、人間よりも大きかった。岩の間に挟まれる格好で、時々、波に揺れた。
「いったい、何だろう?」
ハンクが少し距離を置いた場所から恐るおそる言った。
「何かの卵かな」
プリムもハンク同様、少し離れた場所で言う。
「馬鹿な・・・こんな大きさの卵なんて・・これが卵なら、こいつを産んだ親はどれほどの大きさだと思う?そんな大きな奴、見たことないぞ。」
アランが少し怒った調子で言う。確かにアランの言う通りだった。これが卵であれば、親はゆうに10mを超える巨体と言える。いや、それ以上かも知れなかった。
「じゃあ・・これは、何だ?・・誰かが作ったって言うのか?それとも。フィリクスみたいな植物の実か?」
プリムが言う。
キラはじっと見つめたまま、何も言わなかった。
「なあ、キラ、お前、何だと思う?」
アランが訊いた。
キラは目を閉じ、何か深く考えているようだった。そして、そっと手を伸ばして、その白いものに触れた。
「おい・・大丈夫か?」
プリムが驚いて言った。キラは『大丈夫』というように、こくりと頷いて見せた。
キラはぐるりと周囲を巡りながら、掌で白いものを撫でている。何かを探しているようにも見えた。
皆が固唾を飲んで見守っている。
しばらく沈黙が続いてから、キラがようやく口を開いた。
「なあ、みんな、一旦、こいつの事は俺たちだけの秘密にしないか?」
「秘密?」
ハンクが言う。
「ああ・・・秘密だ。正体が判るまでは誰にも知られない方が良い。・・。」
「やっぱり卵なのかい?」
キラの言葉にハンクは一層恐怖を感じたようだった。
「いや・・・そうじゃない。・・そんなものじゃない。」
「じゃあ、一体、何なんだ?キラ、お前、こいつの正体を知っているのか?」
アランが少し強く言った。キラは、その質問には答えなかった。
「とにかく、秘密だ。そして、ジオフロントに戻ったら、すぐに俺のセルに来てくれ。大事な話があるんだ。」
キラはそう言うと、さっさとその場から立ち去り、浜辺に置いたフィリクスの実が包まれたネットを背負った。皆も仕方なく、その場を去り、キラのあとを追うようにジオフロントへの帰路についた。
キラは、ずっと口を閉ざしたままだった。その雰囲気に、ハンクもプリムもアランもずっと沈黙を守って歩いた。ジオフロントに着くと、フィリクスの実を置いた。一族の者たちが驚いた表情で4人を迎える。
「おや・・こんな大きなフィリクスの実、どこから持ってきたんだ?」
キラの父、アルスが訊いた。
「浜まで行ってきたんです。見込み通り、大きな樹がありました。明日も行きます。」
キラはそっけなくそう答えると、すぐに自分のセルへ戻って行った。
ハンクやプリム、アランも一旦自分のセルへ戻り、猟に出るためのライブスーツから、普段の服へ着替えを済ませてから、キラのセルへ向かった。

14.秘密の告白 [AC30第1部グランドジオ]

セルにみんなが集まるのは珍しい事だった。
ここでは、日中はほとんど一族全員がライフエリアの中央にある、コムブロックで過ごすことになっている。暮らしを維持するための仕事もたくさんあって、皆がそれぞれに分担しているためだった。地表に狩猟に出かける男たちも、灼熱と極寒の季節には、コムブロックで仕事をする。それぞれにセルに集まる事など滅多にないのだった。
キラのセルに、ハンクやプリムが来るのは初めてだった。アランは、以前に一度、猟の相談で訪れたことがあった。
セルのドアが静かに開く。
「さあ、入れよ。」
キラが招き入れる。アランはすぐに中に入ると、隅に腰を下ろした。ハンクとプリムは暫くセルの中を見回したあとで、アランの隣に腰を下ろした。セルの中の一番大きなスペースには、ウオーターベッドとデスク、ソファが置かれている。
小さなキッチンとシャワー室、クローゼットが奥につながった構造であった。これと言った娯楽があるわけではない。唯一、デスクにあるビジョンを通して、知識を得るのである。それも、ここでの暮らしに関わる範囲であった。
「大事な話って何だよ。あの、卵みたいのと関係があるんだろ?」
アランが口を開いた。
「ああ・・」
キラは躊躇いがちにそう言うと、一旦奥のクローゼットに入っていき、何かを抱えて出てきた。
「これを見てくれ。」
3人の前に、見たこともないものが幾つか並べられた。
一つは、皆が持っているグラディウス(剣)とよく似た形状で掌程度の大きさだった。一つは、同じような色の筒状のもので、長さが50cm程度だった。それともう一つは、薄い板状のものだった。掌に乗る程度のもので、ほぼ透明だった。
「なんだ、これ?グラディウスみたいだけど・・」
ハンクが、小さなグラディウスのようなものを取り上げた。それを見てプリムももう一つの筒状のものを触った。
「お前、これ、どこから持ってきた?」
アランが少し慌てた表情を浮かべて訊いた。
「禁断のエリアからだ。」
キラが言うと、ハンクとプリムは手にしていたものを放り投げた。禁断のエリアとは、ライフエリアの隣に広がるエリアだった。そこは、遥か昔に死に至る病が蔓延し多くの人が死に絶えたために、厚い壁で閉ざされたと言い伝えられている。誰もが、幼い頃には、興味本位で、隔壁のある場所まで行ったことはあるが、その向こう側へ行ってみようなどとは思わないものだった。一族に災いが及ぶことを誰もが恐れていたためだった。
「行ったのか?」
アランは意外に落ち着いて訊いた。
「ああ・・もう2年くらい前だ。」
「そうか・・。」
キラの答えにアランはうすうす感づいていた様な反応を見せた。ハンクとプリムは、極まった表情をしている。
「親父が怪我をして、代わりに猟に行くようになった頃だった。相談したいことがあって導師様のセルに行ったんだ。だが、導師様の姿はなかった。仕方なく帰ろうとした時、導師様のセルの少し上・・そう階段の行き止まりのところに、小さなドアがあるのが見えた。」
「それで?」
アランが続けるように訊く。
「少し開いているみたいだった。中に導師様がいらっしゃるのかと入ったんだ。中は、随分奥まで続く通路だった。そのまま、入ってみた。10分くらいかな・・その先にもう一つドアがあった。そこを開けると、そこは・・ほのかな明かりがあった。・・・暫くして、目が慣れてくると、そこは随分と広い場所だった。」
「禁断のエリアか・・・。」
アランが言う。
「そうだ・・禁断のエリアだった。」
繰り返される『禁断のエリア』という言葉に、ハンクとプリムは身を固める。それほど、『禁断のエリア』はジオフロントの人々には怖ろしい場所だと教え込まれてきたのだった。

15.禁断のエリアからの土産 [AC30第1部グランドジオ]

「そこは、本当に先がどこまであるのか、わからないほど・・広い空間だった。」
キラは、その時の光景を思い出して、何かワクワクするような表情を浮かべていた。キラの表情とは全く逆の表情をハンクとプリムは浮かべている。
「で?・・・そこはどうだったんだ?」
アランは訊いた。キラは、アランが妙に落ち着いた様子でいるのに少し違和感を感じていた。
「足元に、ぼんやりと白い板のようなものがあった。・・あったというより、目につくように置かれていると言った感じだったんだ。・・・それが、こいつさ。」
キラは先程皆の前に出したものの中から、薄い板状のものを取り上げ乍ら言った。
「なんだ、それ?」
ハンクが少し落ち着いてきたのか、ようやく口を開いた。
「こいつは、ユービックって言うらしい。こうやって使うんだ。」
キラはそう言うと、板状のものに掌を充てる。すると、それは青白い光を放ち、「起動シマス」と機械的な声を発した。
「・・・はあ・・ビジョンみたいなものか?」
ビジョンとは、ライフエリアやそれぞれのセルに設置された大型のモニター画面のことだった。暮らしに必要な知識の大半はそのビジョンから得ている。
「まあ、そうだが・・ちょっと・・いや、随分違うんだ。」
キラはそう言うと、説の中央部に置かれた小さなテーブルに近づくと、中央部の窪みに入れた。テーブルはすべてのセルに全く同じものがある。何のための窪みなのか、誰も知らなかった。窪みにユービックはきっちりと入った。
「ジオフロントを見せてくれ。」
キラが独り言のように呟くと、「承知シマシタ」と返事があり、すぐに、テーブルの上辺りが光り始める。
じっと見ていると、そこには細長い立体映像が浮かんでいる。
「何だ、これ!」
今度はプリムが驚いて言った。
「僕らの住んでるジオフロントの3D映像さ。・・・さあ、僕らのいるライフエリアを赤く示してくれ。」
キラの言葉に再び「承知シマシタ」と返事があり、空中に浮かんでいる3D映像のほんの一部が赤く変わった。
「ここが、僕らの住んでいるところ。ジオフロントのごくごく一部なんだ。」
赤く色づいたところは、ジオフロントの100分の一もないほど小さかった。
いや、言い換えると、ジオフロント全体が途轍もなく大きいという事なのだ。細長いジオフロントは、全長が20km、幅2km程度、天井は50mほどの薄っぺらい蒲鉾型をしている。ライフエリアはその一番端に位置している。
「中央を広い通路が貫いている。その両脇に幾つものエリアがあるんだ。」
3D映像に見入っていたプリムが、ふとつぶやいた。
「こんなに広いなら、何処か、他にもライフエリアみたいなところがあるんじゃないかな?」
素朴な疑問だった。ハンクも、プリムの言葉に、そうだよと頷いた。
プリムの疑問に答えたのは、ユービックだった。
「残念ながら、ライフエリア以外に、生命体の存在は確認できませんでした。」
先ほどとは違う、優しい女性の声だった。二人は驚いて顔を見合わせた。キラが言う。
「ユービックの中には・・いろんな人格が入っているんだ・・いや、先人類のあらゆる知識や意識が詰まっているみたいなんだ。質問をすると、それにふさわしい人が答えてくれる。おそらく、今のは、ユリアという博士だろう。医者かもしれない。判らない事を口にすると、ちゃんと答えてくれるんだ。」
キラの言葉を聞いて、アランが一瞬、そうかと何かひらめいたような表情をした。
「ここにあるのは、先人類が作った武器のようだ。僕たちが持っているグラディウスも先人類が作った剣だが・・。」
キラはそう言うと、小さな方を持ち上げて続ける。
「これは、スクロペラムというらしい。この先端から強い光が出て、当たったものが溶けてしまう。一瞬で、ウルシンを倒すことができる。それから、これはカニオン。大きな口から、同じように強い光が出る。遠くまでは届かないが、一気にたくさんのフォルミカを焼き殺すことができる。・・こんなものが、ジオフロントのAブロックにたくさん積まれていたよ。」
「じゃあ、これを持っていれば、もうウルシンもグロケンも、フォルミカだって怖がることはないな。」
ハンクが、スクロペラムを手にして嬉しそうにした。

16.本当の運命 [AC30第1部グランドジオ]

「ああ、禁断のエリアには想像もつかないほど素晴らしいものがたくさんある。もっともっとあるに違いない。今みたいに息を殺して生きなくても済むかもしれないな・・。」
そう言いながら、キラの表情は曇っている。
「そうさ・・きっとそうさ。そうだ、キラ、明日はこのことをみんなに話そう。みんなも喜ぶに違いない。」
プリムも嬉しそうに言った。
「キラ、まだ、秘密があるんだろ?・・それに・・あの卵の事も・・正直にすべて話せよ。」
アランが再び落ち着いた様子で訊いた。
キラはアランの顔を見乍ら、一つ溜息をついてから、ユービックに話しかけた。
「ライブカプセルを見せてくれ。」
「承知シマシタ。」
再び機械的な声がすると、先ほどと同様に、白い球体の3D映像が現れた。
「おお・・こいつだ・・。ライブカプセルって言うのか。」
プリムが言った。
「これは、ライブカプセル。中に人が入れる。パシフィックフロントの救命用の道具さ。緊急の時に、フロントを脱出する際、中に入るんだ。仮死状態で命を守ってくれる。それは100年以上耐えうるほどのものなんだ。」
キラが言うと、3D映像の卵が半分に割れ、中から膝を抱えた状態の人間が現れた。
「パシフィックフロント?」
プリムが訊く。
「ああ、このジオフロントの様に、先人類が作ったものさ。海に浮かんでいる。ここよりもっと大きいものもあったようだ。もっとも良い環境へ移動する。そこには、ウルシンやグロケンは居ない。皆、地表で生活しているようだ。食べ物にも困らない。・・まるで楽園だ。」
キラは、先ほどよりももっと深刻な表情で話した。
「そんなところがあるなら、行ってみたいなあ・・虫たちに怯えなくて済むなんて夢みたいだ。」
ハンクが言う。
「その・・ライブカプセルが流れてきたってことは、近くにパシフィックフロントが居るってことじゃないのか?」
プリムが続ける。
「そうか・・きっとそうだ。・・なあ、キラ、明日、また海へ行くんだろ?じゃあ、その・・パシフィックフロントを探そう。そこへみんなで移り住めばいい。」
そこまで聞いて、アランが呆れた表情で言った。
「緊急脱出用のカプセルがあるってことは、パシフィックフロントで何か起きたってことだろ?だから逃げ出した。そこへ行ってどうする。それに、今、浜に流れ着いたからってすぐ傍に居るとは限らない。100年も耐えられるとすれば、もっとずっと昔に海に落ちたかもしれないじゃないか。・・まあ、そうでなくても、ここに住んでいる皆をどうやって海を渡らせるつもりだ。泳いでいくのか?・・海にだって恐ろしい生き物はたくさんいるんだ。どうにもならないさ。」
それを聞いて、ハンクとプリムは意気消沈した。
「なあ、キラ。俺たちに話したかったのはそんな事なのか?」
再びアランはキラに問う。キラはベッドに腰掛け、少し考えてから言った。
「みんなに話したかったのはそういう事じゃないんだ。・・・ユービック、もう一度、ジオフロントを出してくれ。」
3D映像が現れる。
「これだけの素晴らしいものがあるのに、どうして先人類は滅んだと思う?」
ハンクとプリムが顔を見合わせる。そして、ハンクが答えた。
「恐ろしい病気が流行して、皆、死んだって教えられたよな。」
「ああそうだ。だから、禁断のエリアは閉じられ、入ることを禁じられていたんだ。」
プリムが言うと、キラが残念そうな表情で、首を横に振る
「いや、そうじゃないんだ。病気なんかじゃない。この、ジオフロントの欠陥のせいだったんだ。」
「欠陥?」
「ああ・・それはいつか起こると予測されていたことだったんだ。」
キラはそう言うと、3D映像に視線を移した。

17.再生の可能性 [AC30第1部グランドジオ]

「ジオフロントにはEブロック・・エナジーブロックと呼ばれるところがある。ここには、ジオフロント全体のエナジーを生み出すコアエナジーユニットがあるんだ。地球には弱い磁場があって、それをエナジーに変える。・・ライフエリアの灯りとか、ビジョンとか・・とにかく、全ての機能を動かす力だ。」
キラがそう言うと、3D映像の中央部分が青く光った。
「こいつがそうだ。そして、ユニットの中心部にはカルディア・ストーンというのがある。これで地磁気を増幅している。それが突然粉砕してしまったんだ。それから徐々に、ジオフロントの機能が停止し始めた。そのために、先人類は滅びてしまったんだ。」
聞いていたハンクとプリムは、次々に知らされる事についていけず、ぽかんとした表情を浮かべている。
アランは少し苛立った様子でキラに問い詰める。
「ならば、どうして俺たち一族は生き残ったんだ?・・ライフエリアはどうして機能しているんだ?」
「それは私がお答えしましょう。」
そう言ったのは、ユービックの中のユリアだった。
「あなた方は選ばれし者の末裔なのです。ジオフロントが完成した時から、コアエナジーユニットの機能が停止する事は想定されていました。その時のために、人類は、遺伝子的に最も強い生命力を持った人たちを選抜していました。様々な人種から、できるだけ遺伝形質の遠い種族を選別し、さらに、病気や身体的な特徴、知力、精神力、あらゆる要素を取り入れて、1万人ほどを選抜していました。それは10年ごとに見直されてきました。選ばれし者たちだけは、ライフエリアで暮らす事が許されていました。ライフエリアは、大きなライブカプセルでした。だからこそ、ジオフロントとは別のエナジーシステムを持ち、数百年は確実に機能するものでした。ここは、人類の滅亡を防ぐための・・」
ユリアがそこまで話した時、キラが止めた。
「ユリア、もう良いよ。そうさ、僕たちは、選ばれし者の末裔なんだ。厳しい環境の中でも生き延びる力がある。先人類の希望を託された、そういう一族なんだ。」
その言葉に、アランは押し黙ってしまった。
「そうか・・選ばれし者か・・・・。」
ハンクが妙に感動したように言った。
「なあ、キラ、まだ判らないんだが・・・その・・うまく言えないんだが・・・禁断のエリアと卵・・ライブカプセルって言ったっけ?どういう関係があるんだ?」
プリムが素朴に訊いた。
キラは一つ大きく息を吸った。何か、決断するかのようなそんな仕草だった。
「ライフエリアも永遠ではないんだ。ジオフロントのエナジーシステムが停止した時の、緊急用のエナジーシステムで動いているに過ぎないんだ。・・これを見て欲しい。・・ユービック、エナジーグラフを見せてくれ。」
すると、大きなグラフが壁に映し出された。
「これがジオフロントのエナジーグラフ500年分だ。」
それを見ると、グリーンのグラフが200年ほどは高い状態で続いていた。その後、突然、グラフが消える。そこからは赤いグラフが見えるか見えないかの大きさで300年ほど続いていた。
「ここを拡大してくれ。」
キラが指差すと、赤いグラフだけに切り替わって拡大された。その赤いグラフは徐々に低くなってきているのが判る。最初の頃と比べて、この50年ほどは減少の幅が大きくなってきているようだった。
「緊急用エナジーシステムも限界にきている。あと10年で、ライフエリアのエナジーシステムが停止する。」
キラは思い切って言った。
しばらく、ハンクもプリムも驚きを隠せない。
「あと10年って・・そんな・・そうなったらどうなるんだ?」
「簡単な事さ。ここに居る皆が死ぬってことさ。いよいよ人類滅亡の時が来たということさ。」
アランが無感情に言った。
ハンクは顔面蒼白だった。プリムも同様だった。
「だが、そうならないための・・再生の方法があると思っているんだろう、キラ。・・・そうだ、あの卵が・・何か、関係があるんだろ?」
アランがキラに訊いた。

18.カルディア・ストーン [AC30第1部グランドジオ]

「ユービックで調べたところ、あのライブカプセルが100年以上耐えうる機能を維持できているのは、あの中に、独立したエナジーシステムを持っているという事なんだ。どんなシステムかは、判らなかったが・・きっと、あの中に、小さなカルディナ・ストーンがあると思うんだ。」
キラが言うと、アランが言った。
「それをライフエリアにもってくれば・・と言うわけか・・・。」
「そうさ・・・だが・・確信はない。どう調べても、ライブカプセルのエナジーシステムのデータは見つからなかった。ユリアも知らないそうだ。だから、確信はない。だが、可能性はある。」
「どっちにしても、あの卵をほっておくわけにはいかない。まずは、明日、卵のところへ行くしかないだろう。」
「ああ・・。」
キラとアランは合意した。だが、ハンクとプリムはまだすべてが理解できたわけではなかった。それより、ライフエリアが10年で機能停止し、滅亡すると聞いて、酷く落胆してしまっていた。
「ハンク、プリム、今日ここで知ったことは全て僕たちだけの秘密にしておいてほしいんだ。」
キラが言う。ハンクとプリムは少し抵抗するような表情を見せて言った。
「でもさ・・そんな大変な事・・秘密にするって・・・。」
「皆が知ってどうなる?あと10年でここが使えなくなるから、その時は、皆で地表に出ようって言うのか?ウルシンやグロケンの餌食になるだけだし、灼熱と極寒の中でどうやって生きていく?ここでそのまま生きていくこともできないんだぞ。・・・俺たちは・・選ばれし者、人類の希望なんだろう?」
アランが強い口調でハンクを責めるように言った。
「だけど・・せめて、導師様に相談したらどうだろう。」
プリムは言った。
「導師様か・・・。」
アランは何か思いがあるように呟く。
「導師様にキラが調べた事を、全て話そう。その上で、あの卵をどうするか相談した方が良いよ。」
ハンクもプリムに同調する。
その様子を見て、キラが二人に訊いた。
「なあ・・二人は、導師様に会ったことはあるかい?」
意外な質問に、二人は真顔で答えた。
「毎日、ビジョンを通じて話を聞いてるじゃないか。」
「ああ、確かに、ビジョンを通じて顔は見ている。だが、あれは本当に導師様なんだろうか?」
アランが言った。アランもキラと同様に、導師の存在に疑問を持っているようだった。
「毎日、交代で食事を運んでいるし・・・大事な事は今までもすべて導師様に相談してきただろ?・・」
プリムは、そう言いながらも少し確信が無くなってきていた。
「まあ、いいさ。導師様の事はまた話そう。それより、導師様に全て話して解決すると思うかい?」
キラがもう一度二人に訊いた。
「ああ・・導師様なら・・きっと、何か良い知恵を授けて下さるだろう。」
ハンクが言うと、すかさず、アランが言う。
「どんな?生き残る方法を教えてくれるか?どうやって、エナジーシステムを回復する?もし判っているなら、もっと前に教えてくれてもいいじゃないか。それに、禁断のエリアの事だって。あそこにあれだけの武器があるんなら、虫たちに襲われることだってなかった。俺の親父だって・・・。一族を守り導いてくれるのが導師様じゃないのか?なのに、今まで、どれだけ多くの人が命を落としたか・・・何が、導師様だ!」
アランは、父を亡くした時から、導師に対して反感を持っていたようだった。
ハンクとプリムはアランの気持ちは理解できた。

「なあ、みんな、今は、全て秘密にしておこう。まずは、明日、ライブカプセルに行ってからだ。あのカプセルに代わりのエナジーシステムがあれば、希望は開ける。それから、みんなに話しても遅くないだろ。カルディナ・ストーンがあれば、禁断のエリアも復活できるかもしれない。そうすれば、もっと素晴らしい未来が待ってることになる。それまでは、知らせない方が良い。」
キラの提案に、ハンクもプリムもアランも同意した。

19.アランの告白 [AC30第1部グランドジオ]

翌朝、4人はいつもよりも随分早く出発した。
いつもなら、何かとおしゃべりなハンクがずっと沈黙を守っている。プリムも同様だった。昨日のキラからの告白は余りにも衝撃的だった。おそらく、二人ともまともに眠っていないに違いなかった。
もう何度か通った道であったため、ハンクとプリムが先を歩いた。グロケンの動きに注意を払いながら、慎重に進む。その後ろをアランが歩き、一番最後をキラが歩く。
ようやく、海が見えた時、萱野原の中に身を隠して、4人は少し休憩する事にした。
ハンクとプリムは、キラと少し距離を置いたところに座った。まだ、キラと言葉を交わす気分ではなかった。
キラがアランの傍に腰を下ろした。そして、ハンクやプリムには聞こえないように小声で言った。
「なあ、アラン、禁断のエリアの事なんだけど・・。」
アランは、何も聞こえなかったな素振りで、キラの方には向かず、独り言のように「なんだ?」と答えた。
「お前、あそこに行った事があるんじゃないか?」
「どうしてそう思うんだ?」
「いや・・昨日、話していた時、お前は何か初めて聞いたような感じじゃなかったから・・・。」
しばらく、アランは黙ったままだったが、一度、目を閉じてから答えた。
「いや、・・・だが、あの扉は知っていた。・・・・・お前と同じように、導師様に相談したいことがありセルに行ったんだ。だが、会えなかった。その時、あの扉を見つけたんだ。」
「入ったのか?」
「ああ、扉を開けて中に入った。お前の様に通路を歩いて行った。・・だが、あの扉は・・開けられなかった。怖かったんだ。・・・見せたかったものがあるんだ。」
アランはそう言うと、背中のカバンの中から、1枚の紙を取り出した。
「それは?」
キラが訊くと、アランがそっと広げながら言った。
「禁断のエリアに入る扉に貼られていたものだ。読んでみてくれ。」
キラはアランからその髪を受け取った。その紙は随分古びていて、黄色く変わっていた。
『選ばれし者の勇者よ。扉を開け、未来を拓くべし。命を懸け、われら人類を救い給え。』
その文字は、茶色く変色していた。ペンや筆で書いたものではない。指に血を塗り書いたものだった。
「それを見た時、とても怖くて、あの扉を開けることができなかった。俺は勇者にはなれないと・・」
アランは自らを恥じるように告白した。
「あのまま、貼り紙があれば、僕も入らなかったさ。」
キラはアランを慰めるように言う。
「お前は怖くないか?・・・それはきっと先人類が書いたものだ。・・相当の覚悟をもって書いたに違いない。・・」
「ああ・・怖いさ。だが、もう扉は開けてしまったんだ。そして、ジオフロントに危機が迫っている事を知った。後戻りはできないだろ?何もしなければ、ジオフロントの全ての人々は10年後には辛い暮らしを強いられる。おそらく、その後、死に絶えるに違いない。・・・自分にどんなことができるか判らないが・・何もしないでいるわけにはいかないんだ。僕らの未来なんだ。」
キラは覚悟を決めたように言いきった。
「ああ・・そうだな・・。もう道はないんだな。」
アランはそう言うと、キラから紙を受け取り再びカバンにしまうと、周囲の様子を伺いながら立ちあがった。
「そろそろ行こうか。」
そう、声を掛けたが、ハンクとプリムの返事がない。それほど離れは場所に居たはずはなかった。
「ハンク!プリム!」
そう呼びかけながら、萱を掻き分けて彼らが居たはずの場所へ向かった。だが、二人の姿はなく、カバンだけが残されている。
「ハンク、プリム!」
異変に気付いて、キラも、呼び掛ける。だが、返事はない。
「どこだ、ハンク、プリム!」
萱野原で見通しが利かない。必死に掻き分け乍ら辺りを探す。目の前をずるずると、黒い帯のようなものが動いた気がした。

20.ドラコ [AC30第1部グランドジオ]

黒い帯のようなものが過ぎ去った跡は、萱がなぎ倒され、まるで通路の様になっていた。ふと見ると、そこにはハンクが腰を抜かした状態で座り込んでいた。
「ハンク、無事か?」とアランが駆け寄る。
ハンクは青ざめた表情でぶるぶると震えている。
「プリムは?プリムはどこだ?」
アランが訊くと、ハンクが震える指で通り過ぎた黒い帯の方を指した。萱野原の先に見えるのは、黒い帯。それは、ドラコと呼ばれる大蛇だった。全長50m以上はある。胴回りだけで人間を超える大きさだった。毒は持っていない。だが、その巨体で何でも一飲みしてしまう。全身真っ黒で音もなく近寄れるほど機敏でもある。巨体ゆえに、数は多くない。だから、これまで、ジオフロントの人間でもほんの数人しか出会ったものは居なかった。いや、出会った者は二度と戻って来なかっただけだった。
人の気配に気づいたのか、ドラコは急に向きを変えた。そしてさらに頭を持ち上げて3人に狙いをつけたようだった。
「ジャー、ジャー!ジャー!!」
特有の音を発して威嚇を始める。アランが、すぐに、グラディウスを構えた。
しかし、目の前のドラコの巨体には余りに頼りない武器だった。一刺しする事はできるだろうが、致命傷を与える事などできそうになかった。頭を持ち上げ威嚇するドラコ。その腹部辺りが膨らんでいるのが見えた。プリムは飲み込まれたのだと判った。
「アラン、下がれ!危ない!」
キラが叫ぶと同時に、ドラコのぱっくりと開いた口が襲ってくる。横に跳びはねて辛うじて身をかわした。ドラコはゆっくりと余裕をもって体勢を戻す。まるで、攻撃される事はないと判り切っている様に見えた。
次は、キラが標的になった。
少し、ドラコが右に回り込むような姿勢を取った。キラは反対側へじりじりと動いていく。1、2とリズムを取るようにドラコの頭が左右に揺れる。次の瞬間、一気に大きく開いた口が襲ってくる。キラは大きく右に跳ねて身をかわす。
再び、ドラコは頭を持ち上げ、キラに狙いをつける。キラは、グラディウスを持っていない。
次に、ドラコが大きな口を開いて迫った時、キラは高く飛び上がり、ドラコの頭を超えた。そして、ドラコの胴体に飛び乗った。すぐにドラコは頭を180度回転させる。
しかし、胴体に跨るキラをそのまま飲み込むことはできない。次に、尻尾を高く振り上げ胴体に跨るキラを振り落とそうとする。だが、キラは胴体の脇にひらりと降り、一旦、身を隠した。
ドラコの体は、頭と尻尾がおかしな恰好となった。ドラコは一旦体勢を立て直そうとゆっくりと蜷局を巻き始める。その隙に、キラがドラコの頭の後ろに回り込んだ。
次の瞬間、ピカッと赤い閃光が走ったように見えた。すると、ドラコの頭がドサッとアランの足元に落ちてきた。少し遅れて、太い胴体もドスンと落ちてきた。ドラコは頭が綺麗に切り取られた状態になっていた。
何が起きたのかしばらく判らなかった。
「大丈夫か?」
キラがアランとハンクのところへやってくる。
「今のは・・一体、何が起きたんだ?」
ハンクがようやく落ち着いた様子で訊いた。
「そんな事より、プリムだ・・飲み込まれたばかりなら・・きっとまだ・・。」
キラはそう言いながら、横たわるドラコの胴体を、グラディウスで急いで切り開く。大きく膨らんだ辺りを切り開くと、ぐったりとしたプリムの姿が見えた。
「よし・・引っ張りだすんだ。」
アランが声を掛け、プリムの体を掴んで、引き出す。
ドラコのぬるっとした体液に塗れたプリムの体は掴みづらかったが、三人で必死にひっぱりだした。
すぐに、キラがプリムの胸に耳を当てて、心臓の鼓動を確認する。そして、プリムの胸を一度強く叩く。その拍子に、プリムが大きく息を吸った。
「もう大丈夫だ。・・あちこち痛みはあるだろうが・・。」
キラが言うと、ハンクは半べそで、プリムの顔を見る。ゆっくりと呼吸をしているプリムにようやく安堵したようだった。

21.スクロペラム [AC30第1部グランドジオ]

すぐにプリムが意識を回復した。
だが、飲み込まれた時、腕や足を痛めて動くことはできなかった。同時に、強いショックのせいで、言葉が出ないようだった。ハンクはプリムに寄り添うようにして、ずっと容態を確認している。
それを見乍ら、アランがキラに訊いた。
「さっきの事だが・・・あの光は一体・・。」
「ああ、これを使った。スクロペラムだ。ここを引くと強い光が出て、当たったものが一瞬で焼き切れる。これでドラコの体を切断したのさ。」
「そんなものを持ってきていたのか?」
「ああ・・何かの役に立てばと思って持ち歩いていたんだ。」
キラはそう言うと、スクロペラムをアランに手渡した。アランは注意深く小さな部品まで覗き込むようにした。
「何度か使ったことがあるのか?」
アランの問いに、キラが少し躊躇いがちに言った。
「ああ・・以前、フォルミカ3匹もこれで倒した。その時は、頭を狙った。一瞬で頭が吹き飛んだよ。」
「そうだったのか・・。」
キラの答えにアランはあきれた顔をした。
「今日はもう帰ろう。プリムを早く連れて帰って、ガウラに診せた方が良い。」
キラが言うと、二人も同意した。
「その前に、ちょっと・・」
アランは立ち上がると、グラディウスを取り出した。そして、ドラコの胴体を切り始める。そして、ちょうど背負えるほどの大きさの肉片をいくつか作ると、カバンからネットを取りだし、積め始めた。
「せめてこれくらい持ち帰らないとな・・。プリムは、ハンクが背負ってやれるだろ?さあ、行こう。」
キラもいくつかの肉片を背負い、先導した。何とか、日暮れ前までにジオフロントに着いた。

「どうした?いったい何があったんだ!」
4人が戻ると、キラの父が血相を変えてやってきた。
「ドラコに襲われました。」
キラが答える。
「ドラコに?・・近くにドラコが現れたのか!・・それにしても、よく無事で戻れたものだ。」
「それより、プリムが飲み込まれて・・体を痛めたみたいです。すぐに、ガウラに診せないと・・・。」
そう話しているうちに、ガウラが現れた。
「すぐに、ホスピタルブロックへ・・キラ、手伝って。」
キラとハンクは、プリムをホスピタルブロックへ運び込んだ。
アランが、持ち帰ったドラコの肉の塊をコムブロックのテーブルの上に広げると、一族の者たちが一斉に集まってきた。
「こんなにたくさん、しばらく空腹から解放されそうね。」
キラの母が嬉しそうに言う。
「随分大きなドラコでした。キラが倒したんです。」
アランが言うと、キラの父は息子を誇らしく感じ、嬉しそうに言った。
「これほどの大きさなら、しばらく困らない。まだまだあるだろう。明日、男たちで肉を取りに行くんだ。」
ジオフロントにとって、ドラコの肉は貴重だった。
樹の実や虫たちを主な食糧としている中で、ドラコの肉は、極めて貴重なタンパク質なのだ。
数年に一度、ドラコが現れると、命を奪われることを覚悟で男たちは狩りに行く。
ウルシンもおそろしいが、ドラコはすばやく音もなく近寄る。その上、巨体であり、グラディウスでは小さな傷を負わせるのが精いっぱいなのだ。何人かの男が総がかりで攻撃してもそうたやすく倒せるものではない。一番効果的な方法は、誰かが飲み込まれる事だった。そうすればしばらく、ドラコの動きが停まる。その隙に一斉に攻撃するしかない。これまでもそうやって何とか繋いできたのだった。
今回も、プリムが飲み込まれたことでドラコに隙ができ、そこをキラが何とか急所を突いたのだと誰もが考えた。
アランは、沸き立つ男たちをよそに、一人、自分のセルに戻った。


22.プリムの治療 [AC30第1部グランドジオ]

ホスピタルブロックへ運び込まれたプリムはすぐに診察台の上に寝かされた。意識はしっかりしているようだが、体の自由が利かない。なんだか全身が痺れたような感覚だった。
ガウラが診察台に横たわるプリムを診る。
「外傷はないようだけど・・・どこか、痛いところはない。」
「・・・いえ・・・どろ・・ぼ・・い・・だく・・。」
言葉がきちんと出て来ないプリムの様子にガウラが言った。
「ドラコに飲み込まれた時、消化液を浴びたでしょう。そのせいね。すぐに全身の状態を見ないと・・。」
そう言うと、黒いサングラスの様なものを着けると、診察台の横のスイッチを押す。
ゆっくりと頭部から透明のカバーが覆い始める。全身がすっぽりとカバーで覆われると、透明のカバーの上に青白い光の筋がゆっくりと走り出す。暫くすると、ガウラが大きな溜息をついた。
「やっぱり・・消化液で神経が侵されているみたいだわ。口からも飲み込んだのかもね・・・そんなに強い液じゃないようだけど・・・・それと・・右足と左手の骨が、折れているみたいね。・・・」
付き添っていたハンクが訊く。
「プリムは助かるんですよね・・。」
「大丈夫よ。ただ、消化液がどれくらいの強さかわからないから、しばらく様子を見ないと何とも言えないけど・・・・。」
ガウラの答えに、ハンクは少し戸惑いながらも、少し安堵した様子で、診察台に横たわるプリムの様子を見た。
「キラ、薬を持ってきて。解毒剤と痛み止め、それと骨形成促進の薬が必要なの。」
「はい。」
キラは薬剤庫に入り手早く薬を取ってくると、ガウラに渡した。ガウラがすぐに診察台にセットする。すると、カバーの中に霧状に薬剤が充満していく。全身に素早く吸収されていく。
「しばらくは様子を見る必要があるから、プリムはここに居てもらうわ。」
プリムの治療が終わり、ガウラが言うと、ハンクは「じゃあ、また明日来るよ」と言って自分のセルに戻った。プリムは鎮痛剤が効いている様子で静かに眠っている。
「キラ、ちょっと良い?」
ガウラはそう言うと、診察台のあるブースの奥にある、小部屋に入って行った。キラも後をついて入って行った。そこはガウラが日ごろ使っている研究室だった。あちこちに調合し掛けの薬剤や治療器具が置かれている。
「そこらに座って・・。」
ガウラはそう言うと傍らにあるキッチンの奥に入り、カップの飲み物を持ってきてキラに手渡した。
「プリムはおそらく春ごろまでは満足に動けないでしょうね。・・骨折が治っても、神経がやられているから、歩くことができるかどうか・・・まあ、命があっただけ奇跡よね。」
ガウラは、コップの飲み物を一口飲んだ。この時代、飲料はほとんど、野生から集めた植物をすり潰し粉末にしたものを水で戻したものだった。甘味料はあるものの、貴重なため僅かしか使えない。だが、キラもガウラも幼い頃からこうしたものだけを口にしているため、何の不満もなかった。この日は、先日、キラたちが採ってきたフィリクスの果汁を足したもので、普段口にするもよりも甘く、そして、アルコールを含んでいた。
キラは一口飲んで、ちょっと驚いた表情を浮かべた。
「これ、フィリクスの果汁ですね。それとアルコールも入っているようでけど・・」
「ええ、そうよ。良いでしょ?少しくらい。まだ、早かったかしら?」
ガウラはちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「いえ。」
キラはそう言うと、もう一口飲んだ。体の中が少し熱くなった。
「それにしてもドラコを退治するなんてすごいわねえ。・・・あの肉片からすると余程の大きさだったんでしょ?グラディウスで切り付ける程度じゃ無理よね。どうやったの?・・・」
ガウラは椅子に座り、足を組み直してちょっと妖艶な笑みを浮かべている。
キラは答えに困った。その様子を見てガウラが続ける。
「ねえ、キラ、何か隠している事があるでしょ?」
キラはドキッとした。

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