So-net無料ブログ作成
  • ブログをはじめる
  • ログイン

23.ガウラの秘密 [AC30第1部グランドジオ]

キラはじっと口を閉ざしている。それを見てガウラが言う。
「わかったわ・・・私が話してあげる。・・・あなた、禁断のエリアへ入ったわね?あそこには、先人類の叡智が詰まってる。そう・・途轍もない強力な武器とか・ね。あなた、あそこに入ったでしょ。そして、武器を持って来たわね。・・・隠し事はしないで。別に、あなたを責めてるわけじゃないわ。・・・・お願いしたいことがあるのよ。」
ガウラはそう言うと机に向かうと、引き出しを開けた。そして中から板状のものを取り出した。ガウラが取り出したものは、ユービックだった。
「そ・・それは・・・。」
キラの反応に、ガウラが少し微笑んだ。
「これは、このホスピタルブロックを守る者に、代々引き継がれてきたもの。ユービックっていうらしいわ。」
そう言って、ユービックをそっと撫でて起動した。
「怪我や病気を治療するためには、高度な知識や技術が必要でしょ。だから、ホスピタルブロックを守る者はこれを引き継いできたの。ただし、一族のみんなには絶対に秘密よ。私は父からこれを引き継いだ。初めのころは、とにかく、病気や怪我の知識を得るためだけに使っていたけど・・どうしても、禁断のエリアの事が知りたくなってね。」
ガウラがどこまで禁断のエリアの事を調べたのか、ライフブロックの寿命の事も知っているのか、キラは心配げな表情を浮かべていたが、それを訊くことはできなかった。
「あなたも持ってるわよね・・・ユービックが教えてくれたわ・・・あなたが禁断のエリアに入り、ユービックを手にしたこと、そして、いくつか武器になるものを持ち帰ってきたこともね。・・マーキュリーっていう案内人は全てを知っているわ。」
「そうですか・・・。」
ガウラには全て知られていると判ったキラは全てを打ち明けた。
初めて、禁断のエリアに踏み入った時の驚き、ドラコを倒した様子や浜に打ちあがったライブカプセルの事、そして、禁断のエリアに入った経過や中の様子、そして、ジオフロントの寿命の事も包み隠さず、全て話した。
ジオフロントの寿命の事は、ガウラも知らなかった。
しばらく沈黙した後ガウラがもう一度確認するように訊いた。
「ここはあと10年しか使えないっていうのは本当の事なの?」
「ええ…ひょっとしたらもっと短いかも知れません。ユービックでも、予測が難しいようです。その日が来るまでに何とかしないと・・ここに居る全員が死ぬことになります。」
「助かる道はないの?」
「とにかく、エナジーシステムを修理して少しで診長く使える状態にする事しかありません。そのために、あのライブカプセルがきっと役に立つはずなんです。」
「そう・・・。」
ガウラは考え込んでしまった。
「あの・・ガウラさんの頼みたいことって・・一体、何ですか?」
キラは最初にガウラが言っていたことを思い出すように訊いた。
「ああ・・そのこと・・・そうね・・・。」
ガウラは少し躊躇いがちに言った。
「あなたも知ってると思うけど・・薬剤庫の中にあるものはもうそれほど多くないわ。この先、病気や怪我をした時、不足するものも出てくるわ。・・ユービックで調べたら、ジオフロントの中には、何カ所もホスピタルブロックがあったのよ。・・もし、そこへ行けるなら、薬を持ってきてもらいたいの。・・いえ・・・そこに一緒に行ってほしいのよ。」
ガウラの依頼は驚くべきことだった。
ガウラにとって、禁断のエリアは決して恐ろしいものではなかった。むしろ、頼るべき存在となっているのだ。ガウラはそう言った後で、ユービックでジオフロントの3D映像を映し出した。
「ほら、ここにジオフロントで最大のホスピタルブロックがあるの。きっとここならたくさんの薬が保管してあるに違いないわ。」
指示した場所は、ほぼ中央のコアエリアにあって、エナジーブロックと隣接した場所だった。

24.二人の秘密 [AC30第1部グランドジオ]

「おそらく1日あればそこまで行けるでしょう。・・ただ・・閉鎖されて長い時間が経っているんです。まだ使えるかどうかわかりませんよ。」
「そうかもしれないけど・・そこに一縷の望みがあるのなら・・何とかしたいのよ。」
ガウラの願いは充分に理解できた。
キラも、隣接するエナジーブロックへ行ってみたいと考えていた。
「中はそんなにひどい状態なの?」
「いえ・・ただ、ほとんど光がなくて・・ぼんやりとしか見えなかったんですが・・・とにかく広いんです。ユービックに道案内を頼めば、おそらく行けるでしょう。・・」
「そう・・。」
ガウラは少し不安そうな表情を浮かべた。
ユービックを通じてある程度情報は得ているはずだった。だが、余りにも想像を超えているに違いない。まだ、現実のものとは受け止められない状態なのかもしれなかった。
「判りました。ただ、今は無理です。冬になるまでにあのライブカプセルに行くことが先なんです。冬になれば氷に閉ざされ、春になれば海へ流れ出してしまうかもしれないんです。その後、一緒に行きましょう。」
キラの提案に、ガウラは同意した。
「ええ・・そうね。良いわ。冬になった方が、私も時間ができるし・・」
「それと・・このことは全て秘密にしてください。アランとハンク、プリムは知っていますが・・。まだ、皆に知られるわけにはいきません。」
「そうね。皆が知れば、パニックになるに違いないわね。約束するわ。あなたも約束して、これから、私には何でも話してよね。お願い。」
「はい。」
キラはガウラと約束した。
「それと・・・。あの・・ガウラさん、導師様の事なんですけど・・・。」
ガウラは、すぐにピンと来たような表情を見せて、言った。
「導師様・・・本当は居ないんじゃないかって言うんでしょ?」
ガウラの答えにキラは驚いた。
「ええ・・あれは・・。」
「キラ、あなたの考えは?」
「・・何か、人間じゃなくて・・そう・・ユービックにようなシステムなんじゃないかって・・・。」
キラの答えを聞いて、ガウラは少し微笑みながら言った。
「ええそうよ。導師様なんて、どこにも居ないわよ。そんな事、大人はみんな判ってる事よ。」
ガウラがあっさり答えたことで、キラは少し拍子抜けしたような感覚を覚えた。
「それなら、なぜ。みんな毎朝、有難くお話を聞いてるんですか?」
「そうね・・・。」
ガウラは一度席を立ち、殻になったグラスを持ち、キッチンへ飲み物を取りに行き、ゆっくりと戻ってきた。再び椅子に座ると、目を閉じて少し考えてから、口を開いた。
「あなたの言う通り、あれは、人じゃないわ。先人類が作り出したものよ。ここへ残された私たちの先祖は、選ばれた者たちだったけれど・・・だからこそ、纏めるべき人が存在しなかった。」
ガウラは一旦そこまで話して、ドリンクに口をつけた。
「おそらく、しばらくは平和に暮らせたはず。でも、もしも力で抑え込もうとする者が現れたらどうなる?そして、その者が、誤った方向へ導くことになれば、人類が滅亡する事につながる。それを避けるために、先人類は正しく導く者を置くことにしたの。ここに住む誰もがその事を理解し、従ってきたというわけよ。」
キラは、ガウラの話を神妙な顔で聞いた。
「キラ、導師の事は大したことじゃないわ。それよりも私たちの未来をどうするか・・あなたこそが未来を拓く者になるべきなのよ。良いわね。」
ガウラはそう言うと、プリムの様子を診るため席を立った。キラは、自分のセルに戻って行った。


25.ドラコの肉 [AC30第1部グランドジオ]

翌朝、一族の動ける男たちは全員、ドラコの肉を取りに行くため地表に出た。
アランが先頭を歩き道案内する。外気温が水分と下がり始めていて、グロケンは深い水の中に身を潜めたままだった。川沿いを列を成して歩いて行く。萱野原に入ると、ドラコの特有の臭気が感じられた。
「この先だ。ここからは、二手に分かれよう。一方は、肉を切り取る役だ。一方は万一に備えて周囲を固める。さあ、取りかかろう。」
アランの号令で男たちが働き始める。ドラコの肉を食べるような虫たちは居なかったが、人間を餌にする虫は多い。特に、ウルシンには注意が必要だった。これだけ大勢の人間がいるとなれば、当然遠くからも察知できるはずだった。そのために、男たちは二手に分かれたのだった。ドラコの死骸を取り囲むように男たちがグラディウスを手にウルシンを迎え撃つ。円の中で男たちが作業をする。ドラコの巨体は、背負えるほどの大きさに切り取られていく。
作業が始まってしばらくして、アランがキラに声を掛けた。
「キラ、あそこへ行こう。」
指差した先は、フィリクスの樹があるところだった。
「俺たちは、フィリクスの樹へ行く。あそこに上って周囲を見張ることにする。ウルシンが近づいたら知らせる。」
アランはそう言うと、キラとともに、フィリクスへ向かった。
「さあ、キラ、登って実を切り落としてくれ。それと周囲の様子もな。」
キラは頷くと、するすると昇って行く。まだ、実がたくさんついている。5つほど切り落とすと下でアランが受け取った。
「キラ、どうだ?」
下からアランが声を掛ける。周囲にはウルシンの姿はない様子だった。そして、一旦、浜の方へ視線を向けた。昨日同様、白いライブカプセルがあった。
「大丈夫だ。周囲には何もいない。浜は昨日と変わりない。」
キラはそう言うと、パッと飛び降りた。
「よし。戻ろう。」
二人は作業をしている男たちの許へ向かった。
「さあ。良いものを取ってきた。昼飯にしよう。」
作業の手を止めて、男たちはフィリクスの実を受け取り、二つに割り、中の実を頬張った。
食事の後も作業を続け、男たちは背負えるだけの肉片をもってジオフロントへ戻った。
作業は4日ほど続き、あらかた、肉片を取り終えた。最後の作業を終えた帰り道、ちらちらと雪が降り始めた。
ドラコの肉はストックブロックで冷凍保存された。
「これで2年ほどはひもじい思いをせずに済む。何とか、冬になる前に終えて良かった。」
キラの父は満足そうに積み上げられたドラコの肉を見上げた。

その夜の事、キラとアランとハンクは、プリムの見舞いのために、ホスピタルブロックに居た。
プリムはまだ意識がはっきりしていないようだった。
「なかなか回復しないのよ。・・・・消化液が思ったより神経を侵しているみたいなの。・・」
「もっと効果のある薬があるんじゃないんですか?」
ハンクが訊く。
「ここにある薬は全部試してみたんだけどね。・・・。」
ガウラは少し戸惑うように言った。
キラは、アランとハンクにガウラとの約束話をすでに伝えていた。だから、ガウラの言葉が何を意味するか、すぐにわかった。
「やっぱり、禁断のエリアに行かないと・・。」
キラが言う。
「その時は俺も一緒に行く。一人でも多ければ、たくさんの薬を持ち帰れるだろう?」
ハンクも応えるように言った。
「ハンクは力持ちだからな。」
アランが少し茶化すように言った。


26.浜へ [AC30第1部グランドジオ]

「ガウラさん、明日、浜へ行きます。」
キラが言う。
極寒の季節になれば、深い雪に一面が覆われ、海さえも凍りつく。そうなれば、あのライブカプセルのところへは近づけなくなる。そして、春を迎えるころには、溶けだした氷に飲み込まれて再び漂流するに違いなかった。ライブカプセルにたどり着ける期間はおそらくもう数日もない。
「もう、グロケンたちは冬眠に入るだろう。ウルシンの動きも鈍くなる。明日は夜明け前に出発しよう。」
アランが言うとハンクも頷いて言った。
「ああ、そうだ。そしたら、次は、禁断のエリアだ。プリムの為にも・・良い薬を見つけなくちゃ。」
それを聞いて、ガウラが言う。
「ライブカプセルには注意しなさいよ。中の人を守る為のモノだから、近寄るものを攻撃してくるかもしれないわ。中から何か飛び出してくるかもしれない。とにかく、注意してよ。」
「はい。」
キラが神妙な顔をして答えた。
「キラ、あなたのユービックも持っていきなさい。地表で使えるかどうかわからないけど・・・ユービック同士はつながっているから。何かあったら、ユービックで伝えて。」

翌朝、日が昇らぬうちに3人はジオフロントを後にした。
薄らの雪が積もり始めていた。川は静かだった。黙々と3人は歩いて浜へ出た。
岩に挟まれるように白い“卵”があった。昨日のガウラの言葉が浮かんで、3人はゆっくりと“卵”に近づく。
特に変化は起きなかった。ぐるっと取り囲み、ゆっくりと卵の表面に手を当ててみる。滑らかな表面はひんやりとしている。
「なあ、キラ。どうする?」
ハンクが小さな声で訊いた。
「どこかに何かスイッチのようなものがあるはずなんだが・・・。」
キラは卵の表面を丹念に調べる。しかし、そんな突起物は見つからなかった。
「このままじゃ、ジオフロントまで運べないしな・・・。」
アランは卵の表面におでこをくっつけるようにして言う。
「持ち上げてみるか?」
ハンクが抱えようとした。だが、びくともしないほど重かった。
苛立ったアランが、グラディウスを手にして卵に一撃を加えた。
キーンという音はしたが、かすり傷さえつかなかった。
キラはカバンの中からユービックを取り出し起動した。そして、ライブカプセルの3D映像を出して、開く方法を見つけようとした。しかし、ユービックには、ライブカプセルの構造に関する情報がなかった。
「ユリア、教えてくれ。ライブカプセルはどうやったら開くんだ?」
キラがユービックに語りかける。
画面にユリアが現れた。
「ライブカプセルは、オーシャンフロントで開発されたもので、詳細な情報は持っていません。」
「判る範囲で何かないかい?」
「ジオフロントで同種のものを開発するとしたら、ロック解除の暗号や、キーを設定するでしょう。それで内部のコンピューターが作動するようなシステムが一般的と考えます。」
「キー?」
「ええ、そうです。ジオフロント建設当時の技術であれば、光センサ―内臓型でしょう。その後の技術だと判りません。」
ユービックのユリアは丁寧に答えてくれる。キラは少し考えてから言った。
「ガウラさんに繋げられるかい?」
「承知シマシタ」機械的な音声の反応があった。


27.ライブカプセル [AC30第1部グランドジオ]

すぐに画面にガウラが現れた。
ハンクやアランは、キラの手のひらにあるユービックから、ガウラが現れたのを見て驚いた様子だった。
「どうしたの?誰か怪我をしたの?」
ガウラは突然のキラからの連絡に驚いた様子だった。
「いえ・・皆、無事です。・・ひとつ、教えてほしいんです。そこの医療機器の中で、何かロック解除するようなものはありますか?」
「ロック解除?」
「ええ・・使う前に・・何か鍵を使って開けるとか・・。」
ガウラは少し考えてから言った。
「診察台は、専用の小さなスティックの先端を、丸いセンサーに押し当てるようになってるわ。そうしないと、動かないの。・・手術の時のロボットも同じね。そのスティックは私がネックレスにして持ってるけど・・。」
ガウラはそう言って、襟元からスティックを取り出して見せた。
シルバーの金属体で斜めに青いラインが入っている。キラはそれをじっと見入ってから、はっと何か気づいたように言った。
「ガウラさん、ありがとう。また、連絡します。」
そう言ってユービックの通信を切った。
「アラン、ハンク!グラディウスだ。」
キラがそう言って、グラディウスを手にした。
グラディウスには、柄になる部分に青いラインが斜めに入っている。
「これがきっとライブカプセルを開けるキーだ。」
キラはそう言うと、グラディウスの柄を静かに卵の表面に当てる。しかし、何も反応しない。
「どこかに、何か反応するものがあるはずだ。」
ハンクもアランもキラと同じようにグラディウスの柄を優しく表面に当てる。
「どこだ!」
なかなか見つからなかった。
徐々に卵形の下の方へ近づくと、急にグラディウスが発光し始めた。初めての反応だった。
「よし、横にしよう!」
3人がライブカプセルを砂浜まで引きずり、どうにか横にする。
そして、再び、丹念に卵の表面にグラディウスの先端を当てて探し始める。
卵形の一番底の部分に、グラディウスの先端が使づいたとき、青白い光が輝き始めた。
「これだ!」
キラがグラディウスの柄をその部分に接触させる。
ブーンと少し鈍い音がし始めた。徐々に、ライブカプセルの色が黄色く変わっていく。
中央部分に小さな筋が入ったと思うと、ゆっくりとまるで花弁が開くように、殻のような部分が開き始めた。3人は二三歩後ずさりした。
ライブカプセルは、ゆっくりと開き、その殻は小さく変形していく。
半分ほど開くと、中が見えた。中は白い膜で覆われ、水のようなものが詰まっているように見えた。
「維持装置解除・蘇生システム起動シマス」
機械的な声が響くと、その白い膜がプチンと弾け、水に見えたものは白く気体に変わり始めた。まるで、氷が融けるようだった。周囲は一時白い霧で覆われ見えなくなった。
徐々に霧が消えると、そこに、膝を折り曲げ、両腕で抱え込む格好をした全裸の人間が横たわっていた。ちょうど、卵の黄身の部分のようだった。
少し赤く長い髪、肌は透き通るほどに白く、手足は華奢で、まだ幼子のように見えた。横顔を見ると、まだあどけない表情をしている。3人はしばらく言葉が出なかった。
一族の中にも多くの少女がいるが、まだ幼いにも関わらず、これほどまでに美しい少女は見たことがなかった。
「蘇生システム正常終了」
再び、機械的な声が響き、静かになった。

28.美しい少女 [AC30第1部グランドジオ]

「人間だよな?」
一連の作業をじっと見つめていたアランが呟いた。
「ああ・・たぶん・・そうだろう・・。」
ハンクもぼーっとした様子で呟く。
すっかり二人はこの世のものとは思えない少女の美しさに魅せられてしまったようだった。
キラは想定していた事で余り動揺はしていない様子だった。それよりも、ライブカプセルの様子が気になっていた。

『ライブスーツ装着シマス』
ちいさくなっていくライブカプセルが急に声を発した。
すると、裸で横たわる少女の傍らに5cmほどの黒く四角い箱が転がり出て、少女の背中に張り付いた。すると、箱から黒い繊維がシュルシュルと伸び始めて、全身を覆い始めた。ほぼ全身が黒い繊維に覆われると、繊維の色が白く変わっていく。それは、キラたちが着ているライブスーツと同じものだった。
『装着完了。ミッション完了。』
再び声が響くと、ライブスーツに身を包んだ少女が寝返りを打つように上向きになり全身を伸ばし、大きく息を吐いた。
砂浜に横たわる少女は、息はしているが目を開けなかった。
「大丈夫かな・・・。」
ハンクが少女の顔を覗き込むようにして言う。押しのけるようにアランも覗き込んだ。
「息はしてるようだが・・・・。どうする、キラ?」
キラはアランの声に返答しなかった。
キラの視線は、少女ではなく、ずっとライブスーツに向いていた。
人よりもはるかに大きかったはずのライブカプセルは、少女を「排出」した後、次第に小さくなっていて、終に、30㎝ほどのボールくらいの大きさになっていた。
「おい、キラ、聞いてるのか!」
アランが声を荒げた。
「いや、すまん。・・ライブカプセルに気を取られてしまって・・・。」
ハンクとアランは、少女の両側に跪くようにして少女の容態を気にしている。キラは少女の頭の方に跪いて、少女の様子を伺う。
「息はしているみたいだが・・・。」
すると、少女のライブスーツの色が白からピンク色に変化した。発熱しているようだった。次に、スーツがブルーに替わった時、少女が薄らと目を開けた。ちょうど、覗き込んでいたキラと目が合う形になった。少女の眼は深いブルーだった。白い肌、くっきりとした鼻筋、大きな瞳。キラたちの一族とは全く違う顔立ちをしている。キラの鼓動が急に激しく打ち始める。キラはこれまで感じたことのない感覚を感じていた。
「目が覚めたかい?」
脇からハンクが声を掛ける。少女は仰向けになったまま、顔だけ動かしてハンクを見た。
「体、大丈夫か?」
今度はアランが訊いた。同じように、少女は、アランの方を見た。
「言葉が通じないのかもしれないな・・。」
返答をしない少女を見て、アランが言う。
「いや・・違うだろう。ライブカプセルは僕たちと同じ言葉を話したんだから。きっと戸惑っているんだろう。」
キラはそう言うと、ユービックを取り出して、ガウラに繋いだ。
「ガウラさん、カプセルの中には少女がいました。さっき、目覚めたところです。」
キラが言うと、ガウラが答えた。
「ユービックで彼女の様子を診せて。」
言われるまま、キラはユービックを彼女に向ける。ユービックを通じて、少女の様子がガウラの許へ届く。
「全身を映して。」
ユービック越しにガウラの声が響く。キラは、ユービックを少女の頭から足先までが見えるように、ゆっくりと動かしていく。

29.アノキシア [AC30第1部グランドジオ]

しばらくして、ガウラの少し落ち着いた声が聞こえた。
「どうやら、体に異常はなさそうね。でも・・長い間、アノキシアに置かれていたから、きっとまだ意識が混濁しているのよ。体内水分も少ないようだから…そうね、何か、水分と栄養が摂れるものがあると良いんだけど・・。何か、食べるものは持ってる?」
ガウラの声に、ハンクが答える。
「近くに、フィリクスの実がなってるはずだから・・それを取ってくればどうかな?」
「フィリクスの実があるの?それなら、ちょうどいいわ。すぐに取って来て!」
ガウラの指示を聞いて、ハンクとアランが立ち上がった。
「すぐに取ってくるよ。キラ、彼女の様子を見ていてくれ。」
二人は走り出した。
「キラ、彼女の意識がはっきりしてきたら、すぐにもジオフロントへ連れてきなさい。もっと詳しく診ないといけないから。」
ガウラはそう言うとユービックが切れた。
砂浜に、キラと少女が残された。少女は仰向けになったまま、じっと空を見ている。動けないのか、動きたくないのか、まっすぐ手足を伸ばしたまま、ただ空を見ているようだった。
「名前はなんて言うんだろう・・・。」
キラが独り言のようにつぶやいた。
「フローラ…私の名前はフローラ。」
鈴を転がすような美しい声が聞こえた。
キラは、突然の返答に、驚いて立ち上がった。すると、少女がゆっくりと上半身を起こして座った。
「私の名はフローラ。オーシャンフロントで生まれました。ここはどこですか?」
少女はまっすぐキラを見つめて訊いた。
「ここは・・ジオフロントから少し離れた海岸だよ。君はライブカプセルでここへ漂着したんだ。」
「ジオフロント?」
「ああ、ぼくたちが暮らしている地下エリアさ。」
「そう・・・。」
少女は虚ろな表情でキラの声を聴いている。やはりまだ、意識がはっきりしていない様子だった。
「痛いところとか苦しいところはないかい?」
キラの言葉に少女は改めて自分の手足を見た。何か、自分の体を初めて見たような感じだった。
「いいえ・・。」
「ここへ来る・・いや・・何か・・昔の・・オーシャンフロントの事は覚えているかい?」
キラの質問に、フローラは何か思い出そうとする仕草を見せる。
「判らない・・・なんだかぼんやりして・・・・」
「そうか・・・。」
やはりまだ意識がはっきりしていないのだろうとキラは考え、それ以上の質問は止めた。
そこへ、アランとハンクがフィリクスの実をたくさん抱えて戻ってきた。相当急いだのだろう、二人とも息が上がっている。
「さあ、これを食べると良い。元気になる。」
ハンクが一番大きなフィリクスの実を取り上げて、グラディウスを器用に使って半分に割り、中のゼリー質の果肉を取り出す。
フローラは少し躊躇っているようだった。
「おい、ハンク、いきなり食べろって、差し出されても無理さ。」
アランはそう言うと、鞄の中からスプーンを取り出し、ゼリー状の果肉を掬い、少女の前に差し出した。
「とっても甘くて美味しい果物なんだ。俺たちはみな大好物なんだよ。元気になれるから・・さあ、一口食べてみな。」
フローラは、一度、キラを見た。キラが頷くと、小さな口を開けて、一口食べた。
「美味しい!」
「そうだろ?さあ、食べな。」
アランは喜んでフローラにスプーンと半分に割ったフィリクスの実を手渡した。

30.帰路 [AC30第1部グランドジオ]

フローラは、フィリクスの実を膝の上に置き、スプーンで一口ずつ救って口に運んだ。
「俺の名はアラン、こいつがハンク・・それで。こっちがキラだ。」
一心に食べているフローラにアランが言うと、キラが答える。
「彼女はフローラ。やっぱり、オーシャンフロントから来たようだ。名前だけは判った。」
「そうか・・フローラ・・か・・良い名前だ・・。」
ハンクは根拠もなくそう言った。
「ところで、これからどうする?」
アランが言った。
「ガウラさんが言うとおり、しばらくしたら、彼女をジオフロントへ連れて行こう。」
キラが言うと、ハンクが不安げな表情を浮かべて言った。
「だけど・・みんな、驚くだろうな・・・ちゃんと受け入れてくれるかな?」
「じゃあ、ここへほっとくことができるのか!?」
アランがちょっと声を荒げる。
「いや・・そんなわけないけど・・・どう説明するんだ?」
ハンクがアランに訊く。アランはキラの顔を見る。
キラは、フィリクスの実を一心に食べているフローラの様子を見ながら考えた。.
「偶然、見つけた事にするんだ。フィリクスの実を取りに来て、偶然、浜で彼女を見つけたって・・。もちろん、こんな事は誰にも経験はないはず。ジオフロント以外に人が暮らしている事さえ、考えられない事だろう。だが、偶然見つけたことで通すんだ。まだ、オーシャンフロントの話をするのは早すぎる。彼女の記憶がはっきりして、オーシャンフロントの様子が分かったところで皆に教えればいいだろう。」
キラが言うと、アランも「そうだな」と同意し、ハンクも頷いた。
フローラがフィリクスの実を食べ終わったのを見て、キラが言った。
「さあ、ジオフロントへ行こう。そろそろ冷えてきた。早く戻らないと危険だ。・・フローラ、歩けるかい?」
フローラは立ち上がろうとしたが、ふらふらとして体が安定しない。長い間、膝を抱えた姿勢でいたことで運動機能は相当落ちているに違いなかった。
「背負って戻るしかなさそうだな。」
アランがそう言うと、フローラの前に跪いて、背中に乗るように言った。だが、フローラは嫌がった。
「俺の方が力持ちだから・・」
ハンクがそう言って同じように跪く。しかし、フローラは同じように嫌がった。まるで幼い子供の様だった。
「キラ、お前がおんぶしろ!」
アランが少し不機嫌そうにして言った。
キラが跪くと、フローラはすんなりと背に身を任せた。フローラの体は想像以上に軽かった。
「ああ。そうだ。ライブカプセルも持っていこう。ちょうど、フィリクスの実と同じくらいの大きさだから・・。」
キラが言うと、アランが、さっきフローラが食べたフィリクスの実の殻に小さくなったライブカプセルを押し込んだ。ちょうど収まるほど小さくなっていた。
こうして、3人はフローラを連れて、ジオフロントを目指した。

日が落ちる前になんとかジオフロントの入り口に辿り着いた。長い階段をゆっくりと降りていく。途中、いくつもの扉を開き、ゆっくりゆっくり降りる。
「コムブロックに入る前に、ガウラさんに連絡しよう。」
キラはユービックを取り出して、ガウラに連絡した。
『わかったわ。ホスピタルブロックの準備はできているわよ。彼女に、コムブロックに入ったらじっと目を閉じて苦しそうな表情を浮かべるように言って。皆が騒ぐ前に、彼女をホスピタルブロックへ運ぶの。良いわね。』
ガウラに言われたように、フローラに説明した。フローラはどういう事か良く判らないようだったが、とにかく、じっと目を閉じ何も言わないように言い聞かせた。
「よし、行こう。」
3人は長い階段を下り、コムブロックへ向かった。

31.畏怖の念 [AC30第1部グランドジオ]

先に、ハンクとアランがコムブロックに入った。
「フィリスクの実を取ってきたぞ!」
わざと大きく聞こえるようにアランが叫ぶ。コムブロックにいた人たちはそれを聞いて二人の許へ集まってきた。
「これが今年最後の収穫になる。貴重な実だからみんなで分け合って大事にいただこう。」
二人を迎えた年配の男が声を上げる。
その脇を気づかれぬように、キラが入ってくる。そこをキラの父アルスが現れた。
「背中に乗せているのは誰だ?」
アルスの太い声がコムブロックに響く。フィリクスの実に集まっていた人たちも手を止めてキラの方を見る。
「誰か怪我でもしたの?」
キラの母ネキが心配顔でキラのところへやってくる。
人々に気づかれぬよう、シートを掛けて背負ってきたのだが、すぐに剥ぎ取られ、白い手足と赤い髪が露わになる。
「いったい、何者だ!ジオフロントの人間ではないな!」
再びアルスの太い声が響く。
「外から?」「他にも人間がいるの?」「本当に人間なの?」「どういう事?」
周囲を取り囲んでいた人たちが小声でささやき始める。
「病気なの?」
誰かが囁いたのをきっかけに、人々が惧れはじめる。
中には恐ろしさのあまり泣き出すものも出て、コムブロックがパニック状態になり始めていた。そこへ、ガウラが姿を見せた。
「いけない。すぐにホスピタルブロックへ運びましょう。ほら、キラ、急いで。ハンク、アラン、手伝って!」
取り囲む人垣を掻き分けて、キラはフローラをホスピタルブロックへ運んだ。ハンクもアランも一緒にホスピタルブロックへ飛び込んだ。
ホスピタルブロックの外には、一族のほとんどが集まっていた。
「アルス、どういうこと?あれは一体何?」
年配の女性がアルスに詰め寄る。
「いや・・俺にもわからない。どこから連れてきたのか・・いや、そもそも外に人がいるなんて・・・。」
アルスは答えに困っている。
「クライブント様にお尋ねしよう。」
誰かが言う。すぐにビジョンが開かれる。先ほどの年配の女性がビジョンに問いかける。
「クライブント様、あれは人間でしょうか。忌まわしきものではありませんか?」
しばらく沈黙が続いた。皆、クライブント導師の言葉を待っている。
ビジョンの中でクライブント導師は表情を変えずただじっと皆を睨んでいる。
「お答えください、導師様!」
他の女性が尋ねる。
「判らぬ。」
クライブント導師はたった一言、そう言うとビジョンが真っ暗になってしまった。
「どういう事だ!クライブント導師にも判らないとはどういう事だ!」
集まった人々は再び騒ぎ始める。
「判らないものを引き入れるなんて・・どういうつもりだ!」
「すぐに追い出せ!人間の姿をした虫かもしれぬぞ!」
「そう言えば、何だか、手足は真っ白だった。髪の毛も真っ赤だったし・・・」
「きっとそうだ。人間の格好をした虫に違いない!」
「殺せ!すぐに殺せ!そうしないとわれらが食われるぞ!」
ホスピタルブロックの外は、不安に駆られた人々が騒ぎ始めた。もはや尋常な状態とは言えなかった。クライブント導師が何も答えられない事などこれまでになかったからだった。そしてそれは、みんなの不安を一層掻き立てた。

そんな様子を見ていたアランの妹ユウリが、人々の目を盗んで、そっとホスピタルブロックへ入っていった。


32.説明 [AC30第1部グランドジオ]

ホスピタルブロックの中に入ると、フローラがベッドに横になっている。
そして、その脇にキラとガウラが立っていた。医療器具を使って、フローラの状態を診断しているようだった。
隣のベッドで横たわるプリムの横にハンクとアランが立っていて、フローラの診察の様子を見守っている。

ユウリは、そっとアランに近づき小声で言った。
「お兄さん、外は大騒ぎよ。」
「ユウリ、大丈夫だよ。心配ないさ。」
アランはユウリの肩に手を置いて安心させようとして答えた。
「女の人なの?」
「ああ、フローラという名らしい。」
ユウリは不安げな表情で、ガウラとキラを見つめた。

「ごめんね、ちょっとライブスーツを外してもらうわね。」
ガウラはそう言うと、ライブスーツの背中の箱にある小さなスイッチを押す。フローラの全身を覆っていたライブファイバーがシュルシュルと外れて小さな箱に収まっていく。
ベッドの上で、フローラは全裸になる。診察台の脇にいたキラが驚いて、目をそむけた。
診察台の上には全身を覆うようにシェルターカバーが掛かる。そして、一筋の光がゆっくりと頭の先から足先まで移動する。そして、フローラの全身の状態が解析されていく。
「大丈夫。どこも悪くないみたい。病気もないし、怪我もしてない。フィリクスの実を食べたから、水分や栄養も回復しているわ。だけど。まだ、脳が少しダメージを残しているから、意識とか記憶とかに障害が出ているようね。ゆっくり体を休めれば、徐々に回復するでしょう。それにしても、なんて美しい顔立ちをしているんでしょう。そして、均整のとれた理想的な体型。羨ましいわ。」
ガウラの美貌も素晴らしいものだったが、フローラはそれを凌ぐほどだった。
「この体格から見ると、おそらく10歳前後かしらね。まだ成長途中の様ね。きっと美しい女性になるでしょうね。」
ガウラはそう言うと再びライブスーツのスイッチを入れる。見る間に全身にファイバーが広がりスーツになった。
「キラ、もう良いわよ。」
ずっと視線を外していたキラを見て、ガウラは微笑みを浮かべて言った。
「それから・・彼女・・フローラっていうんだっけ?しばらくは、ここに居てもらいましょう。完全に意識が安定するまでは外に出ない方が良いでしょう。コムブロックの人も騒いでいるみたいだから、少し、落ち着かせないといけないしね。・・。」
「彼女の事をどう説明するんです?」
「そうねえ・・・どこから来たかは判らないけど、ちゃんとした人間だって伝えるしかないんじゃない?大丈夫、私が説明するわ。」
ガウラはそう言うと、ホスピタルブロックのドアを開けて外に出た。
外には、グラディウスを手にした男たちが集まって、今にもホスピタルブロックに押し行って来そうだった。
「どうしたの?」
ガウラはいつものように落ち着いた表情で男たちに訊いた。
「いや。あれは導師様にも判らない魔物に違いない。ガウラさんたちが食われたんじゃないかって・・・。」
それを聞いて、ガウラが声をあげて笑った。
「何言ってるのよ。あれはちゃんとした人間よ。今診断した私が言うんだから間違いないわ。それも絶世の美女。まだ少女だけどね、あと数年もすれば、素敵な女性になるわ。」
「本当か?・・じゃあ、近くに同じようなジオフロントがあるっていう事か?」
アルスが訊く。
「さあ、どうでしょう。どこから来たのかはわからないけど、病気も持っていない、ちゃんとした人間。健康そのもの。少し、意識と記憶に障害があるみたいだから、しばらくはホスピタルブロックで預かることにしたわ。キラたちは何も悪くないわ。浜で倒れていたらしいのよ。ほっとく事が出来なかったって。良いじゃない。許してあげて。」
ガウラの説明に、人々はとりあえず落ち着いたようだった。
ガウラは必要な事だけ話すとすぐにホスピタルブロックへ戻った。


33.キラとフローラ [AC30第1部グランドジオ]

「あら、フローラは眠ったみたいね。」
ベッドサイドに戻ったガウラは、フローラの様子を見て言った。
「ええ、やはり、まだ体力がないのでしょう。」
「そうね・・狭いライブカプセルに長い間閉じ込められていたんですもの・・それにしても、どれくらい長い間居たのかしらねえ・・・。」
「ライブカプセルは、100年以上耐えられるものですから・・・。」
「そうね・・・いつ生まれてどうやってここまで来たかなんて・・彼女には全く分からないでしょうね。たとえ覚えていても、それは、もう遠い遠い世界のことかもしれないんですもの。ライブカプセルじゃなくて、タイムカプセルよね。」
キラは、今になってフローラが置かれている状況に気づき、胸を痛めた。
「これからしばらくは私が面倒を見るわ。コムブロックに行けば、みんなにどんなひどい言葉を浴びせられるか判らないもの。大丈夫よ、きっと、いつかみんなも理解してくれるはず。…それより、キラ、あなたは大丈夫?」
ガウラが労わるように言った。
「ええ・・ガウラさんが皆に話してくださったので、大丈夫です。・・また、明日、来ます。」
キラがそう言ってベッドから離れようとした時、眠っていたはずのフローラが、キラの手を強く掴んだ。
キラはいきなりの事で驚いて、フローラを見た。
フローラは、淋しげな眼をしてキラを見ていた。
「大丈夫だよ・・フローラ、ガウラさんは信用できる。きっと君を元気にしてくれるよ。」
キラがそう言っても、フローラはキラの手を離そうとはしなかった。
「まあ、いいわ。今日は、キラもここに残って・・ベッドは幾つも空いてるんだから・・。」
ガウラはそう言うと、隣に置かれたプリムのベッドを、ハンクとアランに言って、部屋の隅へ動かした。
アランもハンクも、フローラの様子を気にしながらも、ドラコに飲み込まれてしまったプリムが一向に回復しないのを心配していた。
「アラン、ハンク、あなたたちも疲れたでしょう。もう帰りなさい。」
しかし、プリムの容態は依然として回復するようには思えなかった。むしろ、徐々に麻痺が広がっているように思えた。
「でも・・プリムの奴、何だか・・」
ハンクが言いかけたところを、アランが止めた。
「大丈夫さ。きっと良くなるさ。」
アランはハンクの肩を抱くようにして、ホスピタルブロックを後にした。

キラは、フローラの傍に残る事にした。
「随分、気に入られてしまったみたいね。」
ガウラが少し茶化すようにキラに言った。
キラは戸惑っていた。
「ここへ連れ帰る時も、僕の背中にしか乗ろうとはしなかったんです。どうしてでしょうか?」
「さあ・・わからないわね。・・きっと、何か・・彼女の心に触れるようなものがあったんでしょう。」
「そんな・・」
「私、疲れたから休むわね。・・奥のセルに居るから、何かあったら起こして。」
ガウラはそう言うと、キラをフローラの傍に残して、さっさと奥へ入ってしまった。
フローラは静かに寝息を立てている。
だが、右手でしっかりとキラの手を握って離さなかった。仕方なく、キラはベッドの脇のイスに座った。
キラはふと、ガウラとの会話を思い出していた。
どれくらいの時間、彼女はあの狭いライブカプセルの中にいたのだろう。10年、20年、いや100年・・・もっと長くかもしれない。もう生まれた場所はすっかり変わっているに違いない。そして、戻る事もないのだ。こんなにも幼いにもかかわらず、なぜ、オーシャンフロントから逃げて来なければならなかったのだろう。命が助かったとしても、誰一人知る人のないこの場所で、彼女はどんなふうに生きていくのだろう。
余りにも過酷な運命に置かれている事を改めて想像し、急に胸が痛くなった。そして、静かに眠っているフローラの額にそっと手を当てた。少しひんやりとしていた。
キラは、長い時間、彼女の寝顔を見つめているうちに、うとうとし始め、そのまま眠って知った。

34.プリムの異変 [AC30第1部グランドジオ]

「おはよう。」
ガウラの声でキラは目が覚めた。フローラのベッドの脇でそのまま眠ってしまったキラが慌てて顔を上げた。
「朝ご飯をもってきたわよ。・・・さあ・・。」
フローラはすでに目を覚ましていて、半身起こした状態で、キラの寝顔を見つめていた。キラはなにか急に恥ずかしくなって席を立った。
「キラの分もあるから・・・。」
ガウラがそう言って引き留めた。
「さあ・・どうぞ。」
キラとフローラの前には、ドラコをやわらかく煮込んだスープと、フィリクスの殻をすり潰した粉を使って焼いたパン、フィリスクのゼリー状の実、それと、ガウラ特性のジュースだった。
フローラは、初めて見るものばかりで、目の前に差し出されても、食べることを躊躇っている。食欲がないわけではなかった。しかし、ドラコの肉はどす黒く少しキツイ臭いをしていた。
「ごめんね・・ここではこれでもご馳走なのよ・・・。栄養はばっちりなんだけどね・・・」
ガウラは少し困った表情を浮かべていた。それを見て、キラは自分の皿を引き寄せて、ドラコのスープを持ち上げた。そして、フォークでドラコの肉を突き刺すと、大きく口を開けて噛みついた。
「うん・・美味い。」
それをじっと見ていたフローラも、同じようにフォークを取り、ドラコの肉を突き刺した。やはり少し躊躇いはあったようだが、彼女は目を閉じて一口食べた。しばらく、口の中で何度か噛んだ後、ごくりと飲み込んだ。
ガウラとキラは、彼女の表情をじっと見守った。
フローラは、にこりとした。そして、パンにも手を付けた。
「良かったわ。・・・キラ、ありがとうね。」
ガウラはそう言ってから少しフローラの顔を見つめていた。昨日ここへ運び込まれた時と比べて、どこか、雰囲気が違っているように感じていたからだった。昨日はもっと幼い感じだったのに、何だか一日で随分落ち着いた感じだわと心の中で呟いていた。
「食べ終わったら、片づけておいてね。」
ガウラはそう言うと、自分のセルへ戻って行った。
ガウラが去ったあと、フローラは、両手を使って、黙々と食べ始めた。
「おなかが空いていたんだね。」
キラは、彼女の様子を見乍ら、そう言うと、自分も食事を続けた。
フローラは、綺麗に食べ終わると急にあくびをして、そのまま、ベッドに横たわり、あっという間に寝入ってしまった。

「おはよう・・・。」「お・・起きたか?・・。」
ハンクとアランが、控えめな声でホスピタルブロックに顔を出した。
「ああ・・さっきまで朝ごはんを食べていたんだが・・また、眠ったみたいだ。」
キラが朝食のトレイを片付けながら答えた。
「そうか・・・。」
アランが残念そうな表情を浮かべて、眠っているフローラを見つめた。
ハンクは、フローラの様子を少し見た後、奥のベッドで眠っているプリムの様子を見に行った。そしてしばらく沈黙が続いた。
「おい!・・おい!・・」
いきなり、ハンクが大声を上げた。
「どうした?」
アランが駆け寄ると、ハンクが指差したまま、驚いた表情のまま固まっている。その様子を見て、アランがプリムのベッドを覗き込んだ。昨夜、見た時は、手足が変色し壊死していた。顔色も悪く、もはや長くないだろうとさえ思えるほどだった。
だが、今朝のプリムの様子は違っていた。手足はもちろん、顔色も良く、今にも起き上がりそうだった。
「一体、どうしたんだ?・・・ガウラさんを・・すぐにガウラさんを呼ぼう!」


35.プリム変貌 [AC30第1部グランドジオ]

ガウラは慌ててやってきて、すぐにプリムの容態を診た。昨日までの自分の診断では、それほど早く回復するはなかった。だが、目の前のプリムは、完全に回復している。一体、何が起きたのか見当もつかなかった。
「どうなんです?ガウラさん。」
ハンクが訊くが、ガウラは答えられなかった。ただ「回復している」としか言いようがなかった。しかし、ハンクは喜んだ。理由などどうでもよかった。とにかく、瀕死状態だったプリムが元気になっている。この事実だけで充分だった。昨夜ここを出る時、もはやプリムは戻って来ないに違いないと諦めていたからだった。
「プリム!良かった、良かったなあ!」
ベッドの脇で、ハンクがプリムの手を取って喜んでいる。アランはその様子をじっと見守っていた。
やがて、プリムがゆっくりと目を開ける。だが、しばらくは周囲の様子を探るように目だけを動かしている。そして、ゆっくりと起き上ったのだった。これには、ガウラが一番驚いて、眼を見開いて様子を見る。
起き上って周囲を見回すプリムの表情が少し硬く感じられた。なにかぎこちない。
「プリム、どうした?俺だ、判るよな、ハンクだ。」
プリムの様子を察して、ハンクが言う。するとプリムが答えた。
「ハンク・・そう、君は・・ハンク・・だ。」
その声は、まるで別人だった。それを聞いて、アランがグラディウスをプリムの目の前に突き出した。
「お前、誰だ?プリムじゃないな!」
ベッドに座るプリムは、グラディウスの剣先をいきなり掴んだ。すると、グラディウスの剣先が赤く発色しはじめ、アランが思わずグラディウスを手放した。グラディウスの柄が急に高温になったのだ。カランカランと、グラディウスが床に転がっていく。
フローラのベッドの傍にいたキラも、異変に気付いて、プリムのベッドのところまで来た。
ハンクとガウラを守るようにアランが、異様な雰囲気を醸している『プリム』と対峙していた。
「何者だ!・・どうやって入り込んだ!」
アランが厳しい声で問う。
『プリム』は頭を左右に動かし、周囲の様子を探っているようだった。その動きはやはり人間とは違う。どこか機械のような動きだった。
キラが床に転がったアランのグラディウスを拾い上げ、再び、アランに手渡すと、アランは、『プリム』の右手に回り込んで、剣先は肩に乗せたまま『プリム』を睨みつける。いつでも切り掛かれる態勢を取った。キラは、『プリム』を挟んで、アランとは反対側で同じようにグラディウスを構えた。右と左の両方から『プリム』を挟み込む。狩りに出るとき、二人がいつも取る態勢で、同時に切り掛かかって倒すのだ。
「プリムをどこへやったんだ?」
キラが問う。
「プリムを食ったのか?」
今度は、アランが問う。じりじりと間合いを詰めていく。キラとアランの呼吸が揃った瞬間、二人が一気に切り掛かった。ガチンと鈍い音がした。二人のグラディウスが硬いベッドのフレームを叩いた音だった。目の前に『プリム』の姿はなかった。
「どこだ?」
二人が周囲を探す。だが姿が見えない。
「あそこ!」
ガウラが指差して叫ぶ。『プリム』は高く飛び上がり、ホスピタルブロックの天井に張り付いていた。
「やはり、虫の類か!」
アランが叫ぶと同時に、『プリム』の手がゴムのように伸びてきて、アランのグラディウスを掴んだ。それを防ごうとして切り掛かったキラのグラディウスもゴムのように伸びてきた手に包み込まれ、一気に取り上げらえてしまった。
慌てる二人に、『プリム』の声が響いた。
「危害は加えませんから、止めてください。」
そう言うと、『プリム』は天井から降り、床に降り立った。そして、次第に、形状を変えていく。
目の前には、丸いボール状の白い塊が現れた。

36.ガーディアンCPX [AC30第1部グランドジオ]

 目の前の白いボールには見覚えがあった。それは、フローラを運んできたライブカプセルが縮んだものだった。ただの容器装置だと思っていた。
「やはり、あなたたちを騙すのは無理でした。私は、ガーディアンCPX4915です。」
どこから声が出ているのかわからないが、確かに目の前の白いボールから声が聞こえた。
「ガーディアン?」
一部始終を恐れながら見ていたハンクが訊いた。
「そうです。わたしはフローラ様のガーディアン・アンドロイドです。フローラ様をお守りする為にオーシャンフロントで開発されました。ライブファイバーで何にでも変化できます。プリム様の人体情報で寸分も違わぬはずだったのですが・・やはり、外見だけではすぐに見破られますね。」
妙に人間じみた言い回しで、白いボールが答えた。
アランとキラはまだ警戒している様子だった。
「大丈夫です。私は人間に危害を加える事が出来ないようプログラムされています。」
CPX4915が言った。
「フローラに危害が加わるような時はどうする?相手に刃向う事はないのでは守れないだろう。」
アランが訊く。
「いえ、その時は、フローラ様を全身で包み込みます。ライブファイバーの強度は最強です。あなたたちの持っているグラディウスも同じ繊維でできていますから、その強度はご存じでしょう。」
アランは足元に転がっているグラディウスを拾い上げて、しげしげと眺めた。
「気を付けてください。私と接触しましたから、グラディウスもライブファイバーに戻ったはずです。あなたが念じる形にすぐに変形しますよ。」
そう言い終わらないうちに、アランの手にあったグラディウスは、いくつもの剣先をもつ複雑で恐ろしい形状の剣に変わってしまった。思わず、アランはグラディウスを手放してしまった。すると、今度は小さな丸い形状に変形した。
キラも同じようにグラディウスを拾い上げた。すると、グラディウスは大きな盾の形状へ変化した。
「おや、キラ様の御心は、武器よりも防御するものを必要としているようですね。」
キラはじっとその盾をじっと見て何かを念じた。すると、グラディウスは小さなキューブ状になった。
ようやく、皆が落ち着いたようだった。
「ええ・・とCPXさんって呼べばいいのかしら?プリムはどこかしら?」
ガウラがちょっと躊躇いがちに訊いた。
「CPXで結構です。私はガーディアンです。単なる機械です。…プリム様は、昨夜容態が急変しました。あのままでは心肺停止まであとわずかでした。それで、コールドスリープ(冷凍睡眠)状態にしました。」
「コールドスリープって・・どこにそんな・・・。」
ハンクが言う。
「おや、ご存じないのですか?ホスピタルブロックの薬品庫の奥に大きなコールドスリープ装置があります。まだつかわれた痕跡はありませんでしたが、正常に作動しました。・・・これでしばらく、プリム様は永らえる事が出来ます。」
CPXは事もなげに言った。それを聞いて、ハンクとガウラが薬品庫に飛んでいく。CPXが言った通り、ハンクの体が、透明の筒状のガラスの中で眠っていた。
「ここには、プリム様を治療できる薬剤がありません。ユービックにアクセスしたところ、どうやらコアブロック脇のセントラルホスピタルブロックにあるようです。薬を手に入れる事が出来れば、プリム様は回復できます。ですが、そこまでへの通路は発見できませんでした。」
CPXの答えに、キラが訊いた。
「ユービックにアクセスできるのか?」
「ええ、簡単です。どこにあっても問題ありません。キラ様のユービックにもアクセスしました。あなたは、何度かコアブロック近くまで行かれている。あそこへの入り口をご存じなのでしょう。すぐに薬を取りに行きましょう。」
CPXは途轍もない能力を秘めているようだった。すべてを見通している。だが、キラは、それほどのCPXを開発したオーシャンフロントの科学力を恐ろしく感じていた。
「その前に訊きたいことがあるんだが・・・。」
キラが言う。

37.オーシャンフロントの様子 [AC30第1部グランドジオ]

「ガーディアンなら、全てを知っているんだろう?フローラは何者なのか、そしてなぜオーシャンフロントから脱出しなければならなかったのか、そして、それは何年前の事なのか・・とにかく、フローラに関する事を教えてくれないか?」
キラは椅子に座り、ボール状のCPXを見つめながら言った。アランやハンク、ガウラも同様にCPXを囲むようにして座った。
「判りました。では、ユービックをここへ持ってきてください。」
CPXはそう答えた。すぐにガウラが自分のユービックを持ってきてCPXの横に置いた。すると、CPXはユービックを包み込むように変形し、小さなテーブルの形状になった。天板にはユービックが置かれている。ユービックが青白い光を発すると、そこに緑の山の3D映像が浮かび上がった。
「これがオーシャンフロントの全景です。周囲30㎞、中央部の最も高い場所は海面から500mほどあります。人工島です。このジオフロントと同じ時代に作られました。最大50万人ほどの人間が生活していた記録があります。」
その大きさは、ジオフロントを遥かに凌ぐ大きさに間違いなかった。
キラたちはじっとその映像に見入っている。
「この島の最大の特徴は、潮の流れを使って移動することです。大規模な気候変動を予見した科学者によって、この島は、快適な環境へ移動する機能を持たされているのです。常に、外気温が26℃前後のエリアを探して、地球上のどのエリアにも移動します。そのため、人間は地表で暮らすことができます。食糧も生産しています。また、すでに絶滅してしまった動植物も生き続けているのです。」
3D映像は、島全景から少しズームアップし、人々が暮らしているエリアの様子を映し出した。多くの人々が屋外で太陽の光を浴びて過ごしている。脇には、見たこともない四足の生き物が走り、樹木も多様に茂っている。
「ユートピア・・だな・・。」
キラが思わずつぶやいた。
「ユートピア?」
ハンクが訊く。
「ああ、理想郷という言葉さ。人間が生きる、理想の・・夢のような場所の事さ。」
キラが答えると、ハンクは「ユートピア・・か。」と小さく呟いた。
「だが・・どうして、そんな素敵な場所から脱出したんだ?」
アランが訝しげな表情を浮かべて訊いた。
「それを説明するには、少し、パシフィックフロントの歴史をお話ししなければなりません。」
「ああ・・いいさ。」とアランが答えた。
「最初の100年ほどは、穏やかに皆が暮らしていました。しかし、余りにも良い環境でしたから、人口がどんどん増え始めました。もともと、オーシャンフロントは10万人程度が暮らすように設計されていました。そこに最大50万人ほどまで人口が増加したのです。当然、様々なものが不足し始めました。そして、次第に治安が悪化し、ついに暴動があちこちで起きるようになったのです。統治機構は、人口抑制を判断しました。その結果、ヒューマン・ソーティングが始まったのです。」
「ヒューマン・ソーティング?」
キラが尋ねる。
「選別するのです。・・DNA分析で、より優秀なDNAを持つ者をエリートと呼び、フロントの高い場所にあるセイフティエリアに住むことを許したのです。選ばれなかった者は、下層に住まわされました。当然、セイフティエリアには潤沢に食糧や必需品が提供されました。下層には物資が抑制されました。結局、下層では治安が悪化し、人々が殺し合うまでに至りました。こうして、人口の抑制を進めたのです。」
「なんてことを・・・」
ガウラが悲しい表情で呟く。しかし、キラやアランは複雑な思いだった。自分たちも、ジオフロントのエナジー危機の際に「選ばれし者」の子孫であることを知っているからだった。
「フローラ様は、エリートの中でもさらに高いクラスで生まれたのです。フローラ様のDNAはパーフェクトです。人類の持つ最も優位なDNAを持っておられるのです。」
CPXは少し自慢げに言った。アンドロイドであるはずだが、人間の様な感情を見せるところが異様だった。
「そんなハイクラスのエリート様が、どうしてオーシャンフロンから逃げ出すことになったんだ?」
アランが妬みを込めた言い方で、再び訊いた。


38.脱出の理由 [AC30第1部グランドジオ]

「最初は、エリートと、そうで無い者の2層に分けられたのですが、その後、さらに何層にも別れ、フローラ様がお生まれになったころには、すでに5つほどの階層がありました。最も下層の人々は、貧しい暮らしを強いられていました。常に、上の階層への妬みが渦巻き、島全体の治安は最悪でした。そんな中で私の様なガーディアンが生み出されました。」
CPXが答えると、アランがすぐさま言い直した。
「つまり、エリートを守るための道具ということか・・。」
「そうです。しかし、ガーディアンには人間を傷つけないという強力な禁止プログラムがインストールされました。フローラ様を襲う者が現れた場合、私はフローラ様を包み込みじっと耐える姿勢を取り続けます。」
「反撃しないということか・・。だが、さっきはグラディウスを熱して、俺は火傷しそうになったじゃないか!」
アランが訊くとCPXが答える。
「一瞬の高熱を感じると反射的に手放すことは明確でした。傷つける危険性がないと判断したまでです。」
「ふうん。」
アランは面白くない表情をして答えると、空のベッドに寝転がった。
「結局、どうしてオーシャンフロントから脱出したのかわからないんだが・・。」
今度はキラが尋ねた。
「あの日は、エリートのエリアのすぐ下層で火事が発生したのです。自動消火装置は反応しましたが、うまく機能せず、どんどん燃え広がり、エリートのエリアにも被害が出始めました。それぞれのガーディアンが安全な場所へエリート層の人々を誘導しました。しかし、フローラ様はまだ幼く、避難する人の波についていくことができませんでした。取り残され、避難経路が遮断され、やむなく下層へ逃れる道を選びました。下層はさらにパニック状態でした。我先にと逃げ惑う人々、そして、その下層、ミッドタウンと呼んでいるエリアでは、上層から逃げてくる人への暴力や排除が広がりました。」
CPXの説明を聞きながら、キラたちはその様子を想像していた。長年積み重なった恨みや妬みが一気に噴き出し、それが暴力となり悲惨な状況となった事は容易に想像できた。
「私はやむなく、フローラ様を包み込み防御しました。しかし、そのために、群衆の眼は一気にフローラ様に集まりました。取り囲まれ、殴られ。蹴られ、火を浴びせられ、様々暴力を受けました。その間、じっと耐えるしかありませんでした。」
「痛みはないのかい?」
ハンクが思わず訊いた。
「私はアンドロイドですから、人間のような痛みは感じません。・・そのうち、誰かが何かを叫びました。すると、私は人々に担ぎ上げられました。そして、島の岸壁まで運ばれ、海へ投げ込まれたのです。」
「それで?」
今度はガウラが訊いた。
「フローラ様を包み込んでいる状態では自ら動く事が出来ません。しかし、解除すればフローラ様を海へ放り出すことになってしまいます。私はそのまま、長期睡眠状態のライブカプセルモードに入りました。フローラ様の命を守るにはその方法しかありませんでした。」
フローラは、オーシャンフロントから脱出したのではなく、放り出されたのだった。
「それからずっと海を漂っていたという事か・・・。」
キラが言うと、CPXは「はい。」と答えた。
「灼熱や極寒の季節でもずっと海を漂っていたってことか?」
もう一度、アランが訊いた。
「ええ・・長い間、氷塊に閉じ込められたこともありました。赤道近くで一度海岸に打ち上げられた事もありました。灼熱の中、乾燥に耐えていました。・・」
「中のフローラは大丈夫なのか?」
「カプセルモードは、海水から作ったゼリー物質にフローラ様は包まれた状態にあります。私のライブファイバーとゼリーが内部の温度を一定に保てるのです。私のエナジーシステム全てをゼリーの状態安定に使いました。フローラ様は全く外の気候を感じる事はなかったはずです。」

39.過ぎた時間 [AC30第1部グランドジオ]

「さっき、フローラは幼かったと言ったが・・その火事が起きたのはどれくらい前のことなんだ?」
キラはCPXの話を思い出しながら訊いた。
「私のシステムクロックが狂っていなければ87,600時間前・・。ほぼ10年前でしょう。」
それを聞いて、みんな驚いた。
「10年前?じゃあ、その間、ずっと海を漂っていたのか?」
「そうです。」
ハンクやアランは、呆れた表情をしている。
しかし、キラは違っていた。ライブカプセルは100年以上耐えられると知っていて。もっと長い時間かも知れないと考えていたからだった。
「フローラはその時幾つだった?」
「まだ、5歳でした。」
それを聞いて、ガウラが驚いた。
「5歳?・・何かの間違いでしょ。・・彼女は10歳ほどの体格よ?」
「長期睡眠状態でも、身体の成長は進みます。もちろん、カプセル内部の時間は外の半分程度の速さです。ですから、ちょうど10歳ほどまで成長なさっているのでしょう。」
「知力はどうなのかしら?」
ガウラが訊く。
「すべて5歳で停まっています。カプセルは身体の成長を抑制しながら生命維持ぎりぎりの状態を保ちます。脳は著しくエナジーを消費しますから、ほとんど仮死状態にします。記憶障害や意識障害は当然発生しますが、そのリスクよりも身体ダメージを最低限に抑える事が重要なのです。」
「体は10歳、でも、頭は5歳か・・・。」
3人がフローラを見つけた時、まるで幼子のような表情をし、キラにしか懐かなかったのはおそらく、フローラが5歳ほどの知識しかなかったからだろう。本能的に、キラを信頼できるものと見分けたのだと想像できた。ホスピタルブロックで朝食を取った時に戸惑っていたのは、ナイフやフォークの使い方が判らなかっただけなのかもしれなかった。
「フローラはオーシャンフロントの記憶は残っているのだろうか?」
キラが何気なく口にした。
「いえ、ほとんどないでしょう。」
「父や母の事はどうだろう?」
「エリートエリアでは、父や母という関係は存在しません。生まれてすぐDNA検査が行われます。もし優位性がなければ、エリートエリアには住めませんから。」
「そんな馬鹿な・・父や母を知らないって・・・。」
ハンクが驚いて言う。
「オーシャンフロントを守るためのシステムです。実際、下層の人々の人口は抑制されています。そして、エリートエリアには何よりも優位性の高いDNAを持つ人々が暮らし、命をつないでいます。バランスが取られているのです。」
「そんなことって・・・。」
ハンクは腹立たしさを覚えて言った。
「そんなことっていったってさ・・俺たちだって似たようなもんだろ?ここのエナジーシステムが壊れて、選ばれし者だけが生き残る道に置かれたんだからな。・・その挙句の果てが俺たちだろ?」
ベッドに寝転んだままのアランが吐き捨てるように言った。
「今、オーシャンフロントはどうなっているんだろう?」
キラが訊くとCPXはしばらく沈黙してから答えた。
「判りません。・・・ここへ着いてから、何度か、オーシャンフロントへのコンタクトを試みていますが・・通じません。地球上のどこか離れた場所にいるのかもしれません。このエリアはもうコールドシーズンに入りましたから、もっと南に移動しているのでしょう。」
「じゃあ、暖かくなれば近くに来るという事もあるのか?」
キラが訊く。
「必ずとは言えませんが、外気温を26℃に保てるように、海流を測定して移動し続けるシステムですから、可能性はあります。」

40.これからの相談 [AC30第1部グランドジオ]

一通り話を聞き、フローラの置かれた状況とCPXの性能について、みんなは理解したようだった。CPXは、もとの球形に戻っていた。
「これからの事ですが・・。」
CPXが切り出した。すると、ガウラが言った。
「まずは、プリムの治療よ。余り長い時間、コールドスリープ状態のままにしておくのは危険なのよ。脳へのダメージが残るかもしれないから。・・一刻も早く、禁断のエリアに行き必要な薬を持ってきましょう。」
「場所と薬はすでに判っています。」
CPXが言う。
「入口を知ってるのはキラだけだから・・・キラと私、CPXで行けば良いでしょう?」
「フローラは大丈夫かな?」
ハンクが言う。
「禁断のエリアの中心部分まで行くことになるから、おそらく半日以上掛かるでしょう。その間に何か起こるといけないから、ガウラさんはここに残ってください。」
「俺も行く。」
ベッドから起き上がったアランが言った。するとハンクも「俺も行くよ」と立ち上がった。
「いや、3人も行くと、誰かが不審に思うかもしれないだろう。」
極寒の季節に入ったライフエリアでは、皆が、コムブロックで様々な作業を分担するのが約束だった。それぞれ仕事は決まっている。男たち3人がいなければきっと誰かが気付くに違いなかった。おまけに、フローラを連れてきたばかりだ。ライフエリアの人たちは、3人に強い警戒心を持っている。キラひとり居ないだけでもおそらく不審に思われるに違いなかった。
「CPX、君はプリムの姿形になっていたけど・・他の人にもなれるかい?」
「人体データがあれば誰にでも化ける事はできます。」
「なら、君はここへ残ってくれ。僕一人で行ってくる。その間、僕に姿を変えて、ホスピタルブロックでフローラの傍に居てくれないか。・・大丈夫さ、ユービックを持っていくから、これで連絡を取れば良いだろ。・・。」
「それなら、私も行くわ。・・どうせ、私はここに居るのが仕事でしょ?・・フローラに何かあれば、CPXが治療もできるでしょう。ここの住民はもう外に出る事はないから、大きな怪我もしない。おそらく、私の姿が見えなくてもだれも不審には思わないし・・・。」
それを聞いて、キラが言った。
「アラン、ハンク、良いかな?誰かが居場所を聞いたら・・」
「ああ、わかったよ。ホスピタルブロックに居るって話を合わせるよ。コムブロックの仕事は任せろ。」
ハンクが答える。アランは、禁断のエリアへ行きたいと思っていたが、了解した。
「CPX、頼んだよ。フローラを守る為なんだ。」
「判りました。・・では、お二人の身体データをいただきます。」
CPXはそう言うと、球体から1枚の布のような形状に変化した。そしていきなりキラを包み込んだ。その後、ガウラも同様に包み込んだ。そして、もとの球体に戻った。
「これでお二人のデータは取れました。いつでも化ける事が出来ます。」
出発は夜にした。人目を避け、ツリーの最上部まで行かなければならないからだった。それまでの間、キラとガウラはCPXから、コアブロックの隣にあるホスピタルブロックと薬の在り処を確認した。他にも、ジオフロント全体の様々な個所について、CPXの調べた事を聞いた。アランとハンクも、キラと一緒にCPXの話を聞いた。
夕刻になって、アランとハンクは夕食を取りにコムブロックへ行った。その間に、フローラが目を覚めた。
「フローラ様!お目覚めですか?」
CPXが声を掛けた。しかし、フローラは、まるで初めて見たように、驚いた表情を浮かべた。脇でキラが言った。
「君のガーディアン、CPXだろ?」
しかし、フローラは眉を顰めて不審な目つきでCPXを見ている。
「まだ5歳だったんでしょ?ガーディアンなんて理解していなかったんじゃないかしら?」
ガウラがそう言いながら近づき、ベッドの上部にあるバイタルモニターを見た。すぐに「おや?」という表情をした。そして、ベッドに座るフローラを見る。

41.フローラの変化 [AC30第1部グランドジオ]

「ちょっと良いかしら。」
ガウラがフローラの手を取り、じっと見つめる。次に、腕、足、そして首筋に手を当てる。最後に、顔と目と口の中まで丹念に見ていった。
「どうしたんですか、ガウラさん?」
キラが訊いてもしばらくガウラは答えなかった。バイタルモニターをもう一度点検し、数値に間違いがないか確認した。
その上で、キラの耳元で囁くように言った。
「フローラの体が少し変なのよ。」
「どういうことです?どこか病気なんですか?」
キラもフローラには聞こえないような小声で訊いた。
「いいえ・・・ここへ来てまだ24時間くらいのはずよね。でも、随分体重が増えているの。身長も伸びているし・・普通の人間には考えられないくらいの変化なのよ。・・変化というより、成長している・・。」
ガウラが言うと、キラはフローラを見た。
確かに、初めて見た時は幼い女の子だった。だが確かに、顔立ちが少し変わっているように感じた。髪も伸びているのが判った。
「ライブカプセルの私の中で、留めていた時間が急に流れ始めた結果でしょう。もともと、成長期にあったフローラ様の体内時計を無理やり止めていたわけですから、解放されて、一気に動き始め、驚くほどの成長スピードとなったのでしょう。」
CPXが言った。
「おなか、すいた」
フローラが幼子のように言った。そこへ、アランとハンクが食事を運んできた。フローラの前に差し出すと、今度は、躊躇することなく、フローラは食べ始めた。
「落ち着いて食べなよ。」
ハンクが脇から言っても、全く耳に入らないように一心不乱に食べ物を口に入れる。綺麗に食べ終わると、フローラは再び眠りに落ちた。
「いったい、なんなんだ?そんなに、腹、空いていたのか?」
アランが呆れて言った。
ガウラは心配そうな表情を浮かべてフローラの寝顔を見て呟いた。
「こんなに急激に成長するなんて・・きっと、どこかに歪が出るはず。・・注意しなくちゃ・・・。」

深夜近くになって、いよいよキラとガウラが禁断のエリアに出発する事になった。
「フローラが心配。急激な成長が始まっているから、ショック症状が起きたり、全身に痛みが走ったりするかもしれないの。CPX,しっかり見ていてね。鎮静剤を投与すればじきに収まるでしょうから。」
「判りました。私はフローラ様のガーディアンです。必ずお守りします。」
「じゃあ行ってくるわ。」
キラとガウラは、ホスピタルブロックをそっと抜け出し、コムブロックの隅の暗がりを走り抜けて、セルツリーの階段を静かに登って行く。
「大丈夫、誰にも気づかれていない。」
キラは、最上階にまでやって来て言った。そこには、クライブント導師のセルがあり、灯りがついていた。キラもガウラもクライブント導師は存在していない事は承知していた。だが、灯りの洩れるセルの中には誰かがいるように見える。時折、人影のようなものが動いていた。おそらく、誰かが導師の存在をアピールするために行っているに違いなかった。その光景を見て、キラもガウラも空しく感じてしまった。
「急ごう。」
キラはそう言って、導師のセルの横にある扉を静かに開けた。その先には、真っ暗な通路が続いている。二人は通路に入るとドアを閉め、ライトを点けた。通路はまっすぐ続いている。その先がどこまでなのか、全く分からない。壁も床も真っ黒に塗られているようで、灯したライトの光が反射しない空間だった。
「初めて入った時、灯りも持っていなくて・・・上も下も前も後ろも判らなくなって、とても怖い場所でした。戻ろうにも、どっちへ行けば良いかもわからなくて・・ただ、ひたすら、まっすぐ歩いたんです。」
キラが並んで歩くガウラに告白した。

42.禁断のエリアへ [AC30第1部グランドジオ]

どれほどの時間が経ったのかわからないほど歩いて、二人は遂に、禁断のエリアに入る扉に到達した。
「ここを開けると禁断のエリアです。良いですね・・ガウラさん。」
キラがガウラに確かめる。
「ええ・・大丈夫よ。」
ゆっくりと扉が開かれた。目の前には下に続く階段が見える。ライトで行く手を照らしながらゆっくりと降りていく。
二人は長い時間真っ暗な空間を歩いてきたせいか、禁断のエリアがどこかぼんやりと明るく感じられた。灯りが点いているわけではなかった。壁や床が真っ白であることと、ところどころに小さな反射体が埋め込まれているためだった。
階段を降りたところから、奥に向かって広い通路が真っ直ぐに伸びている。
前日にCPXから説明を受けたとおり、中央通路を進んだ。
白い床がどこまでも続いている。両脇に、いくつもの扉と小さな通路がつながっている。キラはそれらすべてがどんなものなのか一つ一つ確認したい気持ちが高まっていたが、今回はプリムの治療薬を手に入れるのが最優先であったため、ちらちらと見ながらも、真っ直ぐ奥を目指した。
足元の床の色が白からオレンジに変わった。どうやら、中心部に達したようだった。
キラは、持っているライトを高く掲げ、周囲を照らしてみる。
高い天井は小さなライトの光を反射するには至らない。床を照らすと、色の違うラインが数本引かれているのが見えた。その一つの青いラインの途中にホスピタルブロックのドアにあるのと同じマークがついていた。
「キラ、ほら、これ。きっと、この先にあるんじゃないかしら?」
ラインを先に見つけたのはガウラだった。
「行ってみましょう。」
キラはライトで床を照らし、青いラインを辿っていく。
真っ直ぐまっすぐ伸びたラインがある場所で90度曲がり、その先でS字になっている。二人はラインを見失わないようにゆっくり歩いて辿って行く。中央通路は巾が200mほどもあり、ラインがなければ到底辿り着けないと思われた。
ようやく、中央通路からそれぞれのブロックへつながる細い通路が目の前に見えてきた。この先に目指すべき場所があると思うと、二人は少し小走りになっていた。
ブロックの入り口を示すラインが消え。目の前に、ホスピタルブロックを示すマークが光って見える。
「着いたわね・・。」
「ええ・・。」
大きなマークの下に大きな扉が見える。ジオフロントがまだ生きていた頃、きっとこの扉は大きく開け放たれていたはずである。今は固く閉じている。
「どこかに小さな扉があるはずよ。」
ライフエリアのホスピタルブロックにも、解放される扉とは別に、通用口がある。それと同じものがきっとあるとガウラは考えたのだった。厚い大きな扉に沿って。ゆっくりと探っていく。通路の端にあたる箇所にあった。
「ここよ。」
扉の引手をゆっくりと引くと、軽く扉は開いた。手に持ったライトを最大照度にして全体を照らしてみる。そこはライフブロックの何倍もの広さを持っていた。天井まで何層ものベッドルームがあった。エナジーシステムが停止しているため、各層へ上がるエレベーターは動かない。
「薬品庫はきっと一番奥ね。」
ガウラは、キラの手からライトを取り上げ、先に進んだ。通路の両脇には、高度な医療器具が整然と並んでいる治療室らしき部屋がいくつも並んでいた。一番奥の壁までたどり着いたが、それらしい場所は見当たらない。
「変ね・・きっと一番奥だと思ったんだけど・・・。」
ガウラは困惑している。キラはユービックを取り出してCPXへ連絡してみる事にした。そっと撫でてユービックは起動した。しかし、何も反応しない。何度も試してみるが、変化はなかった。一旦、光を発するがその後真っ暗になり停止する繰り返しだった。
「肝心な時に!一体どうしたんだ。」
キラはユービックでCPXにコンタクトすることを諦めるしかなかった。
「自力で探し出すしかなさそうね。きっとこの場所のどこかにあるはずだから・・。」
ガウラはそう言うと、入り口方向へ歩き出し、今度は周囲に目を向けて探し始めた。キラもガウラとともにホスピタルブロックの中のどこかにあるはずの薬品庫を探した。

43.エリアキーパー [AC30第1部グランドジオ]

キラとガウラは、高度な医療器具の置かれている『治療室』らしき場所に入った。すると、治療室の奥に赤く塗られたドアが見えた。『危険』の大きな文字があり、そこが薬品庫だと判った。
ドアノブに手を掛けた時、いきなり、背後でモーター音が響き、二人を強いライトが照らした。暗闇を小さなライトを頼りに長時間過ごした二人は、強いライトで視力を奪われ、しばらく動けなくなってしまった。その間に、モーター音が二人に近づいてくる。ジオフロントの大半のエリアはエナジーシステムの故障で全く機能していないはずだった。だが、確かに何かが動いている。
「あなた方は誰ですか?」
人間とは違う、無機質な声が強い光の向こうから聞こえた。少し光に慣れたキラが、目の前に黒く大きな影が立っているのを見つける。ガウラもようやく視力が戻って来ていた。
「君こそ誰なんだ!」
キラが言うと、二人を照らしていたライトが周囲を照らす方向へ切り替わり、相手の正体がはっきりと見えた。そこに立っていたのは、大型のロボットだった。キャタピラを持つ下半身の上に、いくつもの腕が付いている。二人を照らしていた強いライトも腕の一つだった。
「私は、ジオフロントのエリアキーパーです。ジオフロントの掃除が仕事です。」
そう言われて、ロボットの構造に納得する。
「掃除と言っても・・もう、ここにはだれも住んでいないでしょう?」
キラが訊くと、エリアキーパーが答える。
「はい。300年ほど前、エナジーシステムが故障し閉鎖された後、最後のお一人を埋葬してから誰も住んでいません。」
「最後の一人を埋葬したの?」
ガウラが驚いて訊いた。
「はい。それが私の仕事です。ここに住んでいたすべての住人を一人一人埋葬しました。絶望し、自ら命を絶たれる方がほとんどでした。小さな子どもも数多くおられました。最後の方は、ジオフロント最後の統治者であり、閉鎖の決断をしたクライブント様でした。すべてを見届けられた後、自ら命を絶たれました。」
キラとガウラは、エリアキーパーからクライブントの名を聞いて、驚いた。
導師として崇められ、ライフエリアを守ってきたクライブントは、ジオフロントの最後統治者であったのだ。人類の未来を託して、非情なる決断をし、生き残った人々が道を誤らぬようにするため、導師となったのだと判った。
「クライブント様は、いつかライフエリアから勇者様が来ると言い残されました。」
「勇者が来る?」
キラが訊く
「あなた方は、ライフエリアからあの扉を開いてここまで来られたのでしょう。あなた方こそ、勇者様に間違いありません。扉にメッセージがあったはずです。あなた方は、ジオフロントを復活させる使命を負った方なのです。クライブント様は、勇者が来たなら手伝うよう指示されています。」
ジオフロントの復活、それは確かにキラたちの希望であった。だが、その前にライフエリアの延命が必要だった。そして、ここへ来た目的は、プリムの治療薬を手に入れる事。ジオフロント復活は、容易いものではない事もキラは知っていた。
「エナジーシステムが故障し、全ての機能が停止しているのに、なぜ、君は動いているんだ?」
キラは素朴な疑問を投げた。
「私の中に小さな地磁気変換システムがあります。カルディアストーンもほんの1gほど。それでも500年ほどは動ける設計です。300年ほどじっと動かずここに居ましたから、まだまだ充分に動けます。何をお手伝いしましょうか?」
エリアキーパーが事もなげに答えた。
「まずは、薬品庫よ。」
ガウラが言う。
「ホスピタルブロックの薬品庫はここ?」
「はい。その奥です。」
エリアキーパーはそう答えると、二人の間を縫ってドアの前に立ち、腕を器用に動かして開けた。そして、先ほどの強いライトで薬品庫の中を照らした。
天井まで棚で仕切られ、様々な薬品が収納されていた。
「強力な解毒剤が必要なの。ドラコの消化液で神経麻痺が起きている患者がいるのよ。」