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1.旅立ちの日 [AC30第2部カルディアストーン]

いよいよ旅立ちの日を迎えた。
ライフエリアのほとんどの人がコムブロックに集まっていて、ビジョンにはクライブント導師も現れている。
キラとアランは、背中に大きめのリュックを背負っている。中には、武器や食料が入っている。手には、アラミーラとグラディウスを持っていた。PCXはボール状のままで、宙に浮いていた。
「まずは、北へ向かいます。灼熱の季節が終わるころには、戻ってきます。」
キラが集まった人々に力強く言った。
「キラ、気を付けてね。」
あの日からキラの母ネキは、余りの出来事に心を痛め、寝込んでしまっていたのだが、旅立ちの日には、サラの力を借りてコムブロックに顔を見せていた。随分窶れている。
アランは父も母も早くに亡くしていて、妹のユウリが見送った。
「大丈夫さ、ちゃんとカルディアストーンを持ち帰ってくるから。」
不安げなユウリを前に、アランが笑顔で答え、頭を撫でた。
『勇者たちよ。幸運を祈る。』
クライブント導師の太い声がライフエリアに響いた。キラとアランは、アラミーラに乗り、すーっと浮き上がると一気に地表への階段へ向かった。PCXは二人の後を追うように飛んで行った。
ホスピタルブロックの前で、フローラとガウラが見送る。
「ちゃんと戻って来いよ!待ってるぞ!」
すごいスピードで遠ざかる二人に、ハンクとプリムが叫ぶ。

アラミーラは二人が当初考えていたよりもずっと早い速度で進む。いつもなら1時間近く掛かって登る階段も、あっという間に飛び越えて、出口につながるチャンバーに着いた。
「これなら、すぐにジオフロントを見つけることができるさ。」
アランは上機嫌だった。
最後のチャンバーのドアを開く。地表はようやく雪解けが始まったころで、早朝の外気温は0℃程だった。
まだ、虫たちは土の中にもぐったままだった。
「さあ、どうする?」
上機嫌のアランは、軽くキラの肩を叩いて言った。
「一旦、南へ向かおう。まだ雪解けが始まったばかりだ。暑くなるまでは大丈夫だろう。それから徐々に北へ行けばいいだろう?」
「それは良いが・・・ジオフロントをどうやって探す?ここだって、入口は草むらの中で、虫たちに見つからないように隠されてるんだ。他も同じようなもんだろう?」
確かに、目視で発見できるとは限らなかった。
「海はどうかな?食料の調達には便利だから、もしも人が生きてるなら、何か痕跡があるだろう?」とキラが言った。
「まあ、何にしても決め手はないんだ。とにかく、海岸に沿って南へ下ってみるか?」
アランはそう言うと、アラミーラに乗り一気に上昇していった。
「PCX、ついて来れるか?」
キラが言う前に、PCXはアランと同じほどのスピードで上昇していった。キラも慌ててアラミーラに乗り高く飛び上がった。
遥か眼下に、太陽の光を反射して輝く海原が見えた。風は冷たいが、ライブスーツが身を守ってくれている。勇者たちは、海岸へまっすぐに向って行く。
「PCX、俺たちのジオフロントの場所はすぐに判るんだよな?」
風を切りながらアランが問う。
「ええ・・フローラ様の位置はどれほど離れても必ず判ります。フローラ様がジオフロントにいらっしゃる限り、私は戻ることができます。」
PCXは、アラミーラの様な、細い楕円の円盤状に変形していた。
「このあたりで、ライブカプセルに入ったフローラを見つけたんだったな。」
海岸を見ながらアランが言う。少し風が強いのか、岩礁には高い波が寄せていた。

2.地表の世界 [AC30第2部カルディアストーン]

ジオフロントを飛び立ってから、しばらくすると二人とも、言葉を交わすことなく、周囲の様子を探りながら無心に飛び続けた。
「そろそろ休憩しましょう。もう4時間近く飛び続けています。」
PCXが、二人を気遣うように言った。
「そうか・・・そうしよう。」
キラはそう答えると周囲を見回し、安全そうな場所を探した。
「前方の高台が良いでしょう。レーダー探索では・・虫たちは居ないようです。」
PCXは、レーダーシステムで周囲の生命体反応を見てから、二人に言った。
ゆっくりと高台に降り立った。周囲はうっそうとシダ類が茂っている、半湿地帯のようだった。降り立った高台は、大きな岩石のようだった。
「ああ・・さすがに・・疲れたな・・・」
アランは地面に降り立つと同時そう言って、ごろりと横になった。キラもさすがに疲れて座り込んだ。PCXはゆっくりと降りてきて、二人を包むように幕の形に変形し、周囲の植物に似せた濃い緑色に変色した。風を遮り、周囲からも気づかれることはない。
「ジオフロントからどれくらいの距離なんだろうな?」
仰向けになって空を見ているアランが呟いた。すぐにPCXが答える。
「300kmほど南東の位置に居ます。・・現在、周囲50kmの範囲では、人間の生命反応はありません。」
「まあ・・そんなもんかね・・・PCXが居れば、すぐにジオフロントは見つかりそうだな。」
アランはそう言うと大あくびをした。その様子を見て、キラが言った。
「PCX、少し休ませてもらうよ。」
二人はPCXに守られるようにして、しばらく眠った。
「起きてください。・・巨大な虫が近づいています。・・」
静寂を破って、突然PCXが二人を起こした。
二人はハッと飛び起きて、すぐにグラディウスを構えた。
「どこだ?」
キラが訊くと、
「1kmほど東から、こちらに近づいてきます。」
「1km?・・おい、PCX、いい加減にしろよ。そんなの近づいているって言わないだろ?」
「いえ、恐ろしく大きくて、ものすごいスピードです。ここに到達するまで1分以内です。」
そう言っているうちに、二人にも、空を飛んでくる巨大な虫の姿が見えた。
ジオフロント周辺では見たこともない姿だった。細長い胴体に薄い羽根を4枚、ピンと広げている。巨大な目と、大きな牙をもった顎が特徴的だった。
「あれは昔、トンボと呼ばれた虫でしょう。異常な進化をしています。危険です。」
PCXはそう言うと、幕の形から二人を覆うシェルターの形に変形した。その虫は、シェルターを掠めるように飛んだ。明らかに獲物と認識して、狙っているようだった。
「戻って来ます。伏せてください。」
PCXはさらに低く小さく縮み、二人の体を地面に抑え込むようにした。再び、その虫はすぐ上を掠めて飛んだ。
「このままじゃ、ダメだ!・・何か武器を・・・リュックサックの中に・・・確か・・・。」
うつ伏せのまま、アランがもぞもぞの何かを取り出そうとしている。
「アラン様、カニオンで撃ち落としましょう。さあ、カニオンの発射口を真上に立ててください。上空を掠めると同時に、そこを開きます。タイミングを合わせて撃ち落としてください。」
PCXは落ち着いた口調でアランに言った。
「ああ・・・判った・・。」
言われた通りに、アランはカニオンの発射口を真上に向け、合図を待った。虫は、大きく旋回して様子を伺ったあと、再び、恐ろしいスピードで近づいてくる。次は確実に仕留めようという様子だった。
「良いですか・・・3・・2・・1・・発射!」
PCXのカウントに合わせて、アランがボタンを押す。絶妙なタイミングでシェルターの上部が開き、レーザー光線が発射される。真上を掠めた虫は、一瞬でバラバラに吹き飛んでしまった。威力は絶大だった。

3.驚くべき虫たち [AC30第2部カルディアストーン]

上空高く吹き飛ばされた虫の死骸は、二人の上にばらばらと落ちてきた。PCXがシェルターとなって防いでくれる。
目玉の部分だけでも1m程度あり、ドスンと鈍い音を立てて地面に落下してきた。胴体は細長く、軽いようだった。一番最後に、透明の薄い羽根がひらひらと落ちてきた。
シェルターが開き、落ちている虫の死骸を見て、二人は改めて驚きと恐怖を感じていた。もしも、アラミーラで空を飛んでいる時だったら、ひとたまりもなかっただろう。暫く二人は茫然としていた。
「日暮れまであと2時間です。今日はもうここで休みましょう。しばらくは、虫たちも寄っては来ないようですから。」
二人の様子を察知して、PCXが提案する。
「ああ・・そうだな・・その方が良さそうだ。」
キラが答えると、アランが言った。
「じゃあ、食糧を探して来よう。何か、樹の実でもあればいいんだが・・・。」
「それなら、僕は、休めるような場所を作っておこう。PCX、君はアランと一緒に行ってくれ。」
キラが言う。アランは、グラディウスを持って、PCXとともに、高台から下の湿地帯へ降りて行った。
キラは、地面を掘り、二人が横になれる場所を作った。出来上がる頃に、アランとPCXが戻ってきた。
「小さいが、旨そうな樹の実がたくさんあった。今日はこれで良いだろう?」
アランは袋一杯に、赤い実を持って帰ってきた。
「毒性はありませんでした。栄養価はそれほどありませんが、空腹は満たせるでしょう。」
PCXはすでに実の成分を分析していた。二人は満腹になるまで樹の実を食べたあと、キラの掘った穴に身を横たえた。その上をPCXが蓋をするように覆いとなり、冷気を防いだ。二人とも昼間、長時間飛行したためか、すぐに眠りに落ちた。アンドロイドのPCXには眠りは必要ない。夜中じゅう、周囲の様子を監視し、二人を守った。

翌朝、二人が目覚めると、昨日放置していた虫の死骸が無くなっているのに気付いた。
「体長20cmほどの虫が多数やってきて、夜のうちに、死骸をどこかに運んでいきました。ホルミカの一種でしょう。特に、危害を加える様子はなかったので、そのままにしておきました。」
PCXが話した。
昨日の樹の実の残りを朝食に摂り、すぐに出発の準備をした。虫に襲われる事を想定して、アランは小型のカニオンを肩に装着した。キラはスクロペラムを腰につけた。
「大丈夫です。現在、5km周囲に虫は居ません。行きましょう。」
昨日と同様にキラとアランはPCXとともにアラミーラで空を飛んだ。
「キラ、海岸沿いに行こう。」
アランが先導した。
海と陸地の境界線は、ずっと南東方向へ伸びている。前方には、積乱雲が大きく空高く成長している。
徐々に気温が上昇してきた。
砂浜や岩礁が互い違いに続く海岸、そこから2kmほど陸地側には豊かな森が続いている。その先には高い火山が連なっていて、山頂付近には白い雪さえも見える。
「生命体の反応はありますが・・虫の類のようです。」
PCXは5kmほど進むたびに、同じように報告を続けた。
その日から、しばらくは、海岸沿いを飛んで南東方向を目指した。
夜は海岸の砂地や高台で同じように穴を掘り休む。外気温はすでに日中は40℃を超えるほどになった。
幾度か、虫の襲来があった。
先日の巨大なトンボだけでなかった。カブトムシのような甲虫たちもいる。どれも巨大化し、肉食種に変わっている。
だが、その度に、アランが肩に装着したカニオンを器用に使って撃ち落とした。カニオンの威力は絶大だった。
アランはカニオンを完全にマスターし、躊躇なくトリガーを引き虫たちを撃ち落す。そのうちに、アランは、PCXが報告するのを待つ間もなく、虫を発見すると狙うようになった。
そのために、食糧も、ほとんど困る事もなく調達できた。
キラは、そんなアランを見ていて、不安を覚えるようになっていた。防御の為ではなく、自らの満足のために、虫たちを殺しているように感じられたからだった。

4.アントリアン [AC30第2部カルディアストーン]

すでに、1ヶ月が過ぎ。五千キロほど移動していた。しかし、肝心の「ジオフロント」を見つけることはできなかった。
いつものように、日暮れ近くになり休む場所を探した。
そのころには、海岸沿いの風景も随分と変わってしまっていた。知らぬ間に、植物は少なくなり、背の低い草がところどころ片間って生えているような荒涼とした地帯になっていた。
「じゃあ、食糧を調達に行ってくる。」
アランは、PCXとともに出かけた。
砂地が随分内陸にまで広がっている。アランは地面すれすれの高さでアラミーラを飛ばし、食糧になりそうなものを探した。最初のころは、植物の実が多かったが、近ごろには虫を中心に獲るようになっていた。
「こんな時に、ドラコでも現れれば、都合が良いんだがな・・・」
アランはすっかり虫たちを攻撃することに慣れていた。時折、目の前で木端微塵に砕け散る虫を見て、快感すら感じるほどになっていた。
アランは、周囲の様子を注意深く観察しながら、ゆっくりと飛んでいる。どこにも隠れるような場所がない低地、虫の姿はなかった。
「獲物は居そうにないか!」
そう呟いた時だった。
いきなり、地面から、黒く鋭い角のようなものが何かが飛び出してきた。
アランは足元を掬われた格好になり、アラミーラが外れ、吹き飛ばされてしまった。何度か地面に叩きつけられ、停まったところに、再び、地面から同じように黒い鋭利な塊が突き出してくる。
アランは必死に身をかわす。4度ほど、攻撃されたが何とか凌いだ。
近くを飛んでいたはずのPCXの姿はなかった。
「なんだ、一体!・・土の中に何かいる・・何だ?・・ブクラか?」
アランは低い姿勢でゆっくりと周囲を探る。ブクラならば、振動に反応するはずだった。
アランは、そっと近くに落ちていた石を拾い上げる。そして、カニオンの照準を確かめてから、そっと石を投げた。
「コツン」と石が地面に落ちた。
「さあ、出て来い!」
アランは待ち構えた。だが、何の反応もなかった。
「アラン様!後ろ!」
どこからかPCXの声が響いた。
振り返ると、2本の大きな牙状のものが、アランに狙いを定めている。はるか頭上高くに牙が持ち上がる。次の瞬間、アランを突き刺そうと凄まじいスピードで迫ってくる。
狙いを定めている時間などない、闇雲にカニオンのトリガーを引く。2発は外れた。1発は鋭い牙に命中したが、少し傷をつける程度だった。4発目は地面辺りに当った。すると鋭い牙はアランの横に轟音と共に崩れ落ち、静かになった。
PCXがようやくアランの傍にやってきていった。
「こいつは、きっとアントリアンという虫です。地面に潜っていて、近くに餌が寄ってくると飛び出して捕えるのです。」
「アントリアン?」
「アリジゴクの事です。」
「こんなのが地面の中にいるのか・・・。」
アランは周囲を見回した。
「ここは、アントリアンの巣でしょう。・・先ほど気づいたのですが、辺りに見える草むらは、カモフラージュです。アントリアンの胴体の一部のようです。・・早く、引き上げた方が良いでしょう。」
PCXはそう言うと、飛ばされたはずのアラミーラをアランの前に差し出した。
アランはすぐに装着すると、一度高く飛び上がった。
鋭い牙をもったアントリアンの死骸を見下ろすと、その周囲の草むらが動き始めるのが見えた。そして、横たわる死骸に、同じような牙がいくつも突出し、食べ始めた。共食いだった。
「これじゃ、食糧調達どころじゃないな・・。」
アランはがっかりした表情で見下ろしている。
「キラ様が心配です。すぐに戻りましょう。」

5.水の調達 [AC30第2部カルディアストーン]

アランとPCXがキラの元に戻ると、キラは火を起こしていた。
「無事だったか?」
戻るや否や、アランが言った。
「ああ・・特に何も・・ああ、そうだ。この辺りに水源がなかったから、海へ行ったんだ。そこで、ブクラの爪を取ってきておいた。さあ、今日はこれが夕食だ。」
キラが言った。
「ブクラを獲ったのか?」
「ああ」
キラは事もなげに答える。

キラの家族は、アクア一族といい、ジオフロントで水管理の役割を持っている。
生きていくうえで最も重要な水を確保する役割を代々担ってきた。ライフエリアの中には水を貯蔵する設備はあるが、水脈などない。灼熱の季節の前、集中して降る雨水を、チェンバーの中に貯め、浄水したものをライフエリアまで引いていた。その設備の管理をしているのだった。水が不足する事はなかったが、年によっては、豪雨となって土砂が大量に混じる事がある。水質の点検も重要な仕事だった。

「出発する時、父がこれをくれたんだ。」
手のひらに乗せた小さな装置は、浄水器の類だった。
どれほど汚染された水でもこれを使えば、真水にできる。海水も真水にできる代物だった。
「水を作りに海岸に出たら、ブクラの巣を見つけたんだよ。二つほど獲れば充分だろ?」
火の前には、頭ほどの大きさのブクラの爪が二つ並んでいる。
「久しぶりのまともな食事だな。」
そう言って、アランは火の通ったブクラの爪を取り上げると、むしゃぶりついた。
「アランはどうだった?」
キラも、ブクラの爪を食べながら訊く。
「しばらく飛んでみたが、荒地ばっかりさ。木の実なんてどこにもなかったんだ。」
「食料になりそうな虫もいなかったか?」
「いや・・居たよ。途轍もなくでかい奴が・・だが、とても食えそうな感じはしなかったから、カニオンで吹き飛ばしてやったよ。・・きっと、この近くにもいるかもしれない。」
それを聞いて、PCXが言った。
「アントリアンという虫です。土の中に潜んでいて、近づく獲物を鋭い牙で捕えて食べます。」
PCXは、それ以上は言わなかった。
「草のカモフラージュをしてるんだ。見た目に美味そうじゃなかったしな。」
キラは、その虫に襲われたことは言わなかった。
その夜、アランはなかなか寝付けなかった。今でも、襲われた時の事を思い出すと身が縮む。あれほど怖い思いをしたことはなかった。

翌朝、日の出とともに、気温が急上昇し始めた。灼熱の季節が近づいていた。
「そろそろ、北へ向かおう。」
荷造りをしながらキラが言うと、アランが答える。
「ああ・・そうだな。だが、海岸沿いを戻っても仕方ない。少し、内陸を行こう。緑の森がなければ、食糧もないだろうから・・。」
二人は、そこから真北へ向かう事にした。前方には、煙を吐く火山地帯が聳えている。そこまでの見える範囲すべては深い森だった。
「PCX、目指す方向は君に頼むよ。」
キラはPCXに言った。
「承知しました。・・今のところ、周囲5㎞以内に虫の反応はありません。」
「よし,行こう。」

6.沼地 [AC30第2部カルディアストーン]

彗星の破片が落下したことで、地球規模の地殻変動が発生し、大陸は昔とは全く違っている。
中央に広がる山岳地帯には、5千メートル級の活火山がいくつも連なっていて、山体の上半分は万年雪に閉ざされている。また、有毒ガスや噴火による降灰、噴石の危険もあった。
二人は、こうした火山を避けながら、できるだけ静かな平地を選んで北上する事にした。
「しばらくは高く飛んでいくしかなさそうだな。」
キラが森の様子を見ながら言った。
「いや、木々の梢ぎりぎりを飛んで行こう。そのほうが手がかりも見つけやすいさ。」
アランはそう言うと、一気に下降し始めた。
「アラン、危ないぞ!気を付けろ!」
キラも仕方なく、木々の少し上辺りまで高度を下げて進んだ。
PCXが言う。
「下にはたくさんの虫が潜んでいます。注意してください。あまりに多すぎて、攻撃してくる虫の判別ができません。」
「俺に、任せろ!」
アランはそう言うと、肩に装着したカニオンを構えた。ふっと昨日のアントリオンに襲われた光景が頭を過る。
すーっとアランは上昇し、キラより少し前に出た。そして、肩に装着したカニオンの照準を前方下に向けた。そして、少し左右に体を動かしながら、発射する。強いレーザー光線が断続的に発射されると、前方の森に大きな爆発音と炎が立ちあがっていく。真っ黒い煙とともに、虫たちが空に飛ばされる。これまでに見たことのない、残虐な光景だった。その衝撃が森の中に広がっていく。すると、キラたちの周囲に、異様な羽音が響き始めた。強い攻撃を受けた虫たちが怒っている。その響きは徐々に強まっていく。
前方に黒い塊が帯状に連なり、渦を描いて空に昇り、その先端がキラたちに迫ってきた。
「虫たちが大群で襲ってきます。あと10秒で渦に巻き込まれます。逃げましょう。」
PCXが言う。
「逃げるって・・言ったって・・・。」
黒い虫たちの帯がほとんど360度取り囲んでいる。
「上空です。可能な限り上空へ。虫たちの飛べる高さには限界があります。」
PCXはそう言うと、自ら上空を目指した。キラもアランも、PCXの後を追って上昇する。
「もっと、早く!もっと!」
PCXはさらにスピードを上げた。二人も必死にPCXの後について上昇した。黒い虫の帯はある程度の高さまで上昇するとそれ以上は追って来ず、なんとか逃げ切れたようだった。上空1000mほどに達していた。
「もう大丈夫でしょう。」
PCXの言葉に二人は安堵した。
「もう闇雲に攻撃するのは止めにしよう。今回は逃げ切れたが、そううまくはいかない。」
キラは前方に視線を遣って言った。
「ああ・・済まなかった・・・もうこりごりだ・・。」
アランも懲りたようだった。
しばらくは上空高く飛んだ。キラが、視線の先に、何かキラリと光ったものに気づいた。
「PCX、前方の山裾に、何かあるんじゃないか?」
キラが言うと、PCXが光を点滅させた。何か探っているようだった。
「もう少し近づいてみましょう。」
PCXはそう言うと、二人よりもスピードを上げて、キラが指差した方向へ飛んで行った。二人はそのままのスピードでPCXの後を追う。
目の前には煙を吹く火山がいくつも連なっている。光ったのはその山の裾野辺りだった。切り立った崖、幾筋もの白い滝、近づくと大きな壁となって立ちはだかっている。その裾野には緑の森が広がっている。
「この先に、大きな空洞が、地中にあるようです。」
戻ってきたPCXが言った。
「もしかしたら、ジオフロントかもしれない。」
アランが言うと、PCXも言った。
「その可能性が高いです。急ぎましょう。」

7.ジオフロント発見 [AC30第2部カルディアストーン]

少し飛行高度を下げ、ゆっくりと進んでいく。PCXが周囲の虫の様子も探りながら、さらにゆっくりと進む。
「この辺りから先に2kmほどの空洞が確認できます。」
キラが見つけたきらりと光ったものの正体は判らないままだったが、とりあえず、地上に降りてみる事にした。
ゆっくりと虫の攻撃に注意しながら下りていく。足元に、青い湖が見えた。
「あの辺りには虫はいないようです。あそこに降りましょう。」
PCXが先導して降りていく。
周囲2㎞ほどの小さな湖の畔に二人は降りたった。周囲には豊かな緑の森があるのだが、湖の周囲だけは草も生えていなかった。
「やけに静かなところだな。」
アランが言う。
「ああ・・生き物は何もいないような感じだ。・・」
キラは少し周囲の様子に違和感を覚えながら答えた。
「一休みするか・・。」
アランは、湖の畔に腰を下ろした。
朝からずっと飛び続け、かなりの距離を移動した。途中、虫たちに襲われ、少々疲れていたのか、寝転がってしまった。
キラは、湖の水辺まで行ってみた。
目の前に、鮮やかなブルーの水面が広がっている。だが、やはり何か違和感がある。手を伸ばし、水に触れようともう一歩足を踏み出した時だった。ジューっと足が焼かれるような痛みが走った。慌てて、水面から離れた。足元を見ると、履いていた保護靴の一部が溶けている。
もう一度、慎重に水辺に近づいてみた。そして、グラディウスを取り出して、水面に触れる。バチッと音がしてグラディウスが弾け飛んだ。グラディウスの先端が変色している。
「PCX、この湖の水質を分析できるか?」
キラが言うと、PCXは体から光を発して水面に当てる。しばらくするとPCXが言った。
「硫化水素濃度が極めて高い水です。ガスが発生すると危険です。すぐにここを離れましょう。」
「やはりそうか。きっとあの火山の火口に一つなんだろう。すぐに移動しよう。」
キラはそう言うとすぐにアランに声を掛けた。だが、アランは疲れて眠ってしまったようだった。
「アラン、起きろ!ここは危険だ。すぐに移動するぞ。」
アランは飛び起きた。そして、すぐに支度を整え、上昇してその場を離れた。その直後だった。地響きがして、湖の水面が急に持ち上がり、爆発するように弾け、白いガスが立ち上った。そして、再び静かになる。間欠泉のように、地下に溜まった硫化ガスが噴き出したのだった。
「地面に降りるとガスが流れてくるかもしれません。あの崖の中腹に避難しましょう。」
PCXが先導して、切り立った崖の中腹のくぼみに避難した。下を見下ろすと、同じような小さな湖があちこちにあって、どれもブルーの水を湛えていた。
「地下の空洞っていうのは、火山の作った穴を見誤ったんじゃないのか?」
アランが少し不満げな口調でPCXに言った。
「いえ・・地下の空洞は人工的な形状でした。火山の作った穴ではありません。ちょうど、この真下辺りから山の中に広がっています。」
それを聞いて、キラが崖から少し身を乗り出して下を見た。そこには、銀色に光る人工物が見えた。
「アラン、あれを見ろ!」
キラが指差し、それをアランが見た。
「あれは・・扉だ。チャンバーの扉だ。ジオフロント全く一緒だ。あそこに、入り口があるぞ。PCX、間違いないだろ?」
PCXが一旦飛び上がり、銀色に光る扉を確認した。
「間違いありません。ジオフロントの扉と同型のものです。」
長い旅の中で、ようやく、別のジオフロントの入り口を見つけたのだった。
二人もすぐに、扉の場所まで下りて行った。
キラが山裾にきらりと光ったものを見たのは、この扉に太陽の光が反射したものに違いなかった。

8.ジオフロント14 [AC30第2部カルディアストーン]

扉には「ジオフロント14」の文字が刻まれていた。
キラたちのジオフロントが73である事から見ると、随分と早い段階で造られたものと思われた。その当時は、おそらくこのような火山地帯ではなかったはずだった。
「おい・・開いているぞ。」
アランが言った。
キラたちのジオフロントの扉は、虫の進入や激しい気象からジオフロントを守るため、必要以上に固く閉ざされている。開閉するのも苦労していた。しかし、目の前の扉は半分ほど開いた状態になっていた。すぐ下にあるはずのチャンバーには、水が溜まっている。一見して、長い間使用されていなかったことが判った。だが、ジオフロントには何カ所も同じような通路があるはずだった。キラたちのジオフロントは、エナジーシステムの故障でごく一部のライフエリアだけしか使っていないが、正常に稼働しているのであれば、全長2kmに及ぶジオフロントの出入り口は相当の数があるはずだと考えられた。
「とにかく、中へ入ってみよう。」
キラが先に入った。足元には水が溜まっていた。その中を手探りで次の扉を探して、開く。溜まった水は空いた扉から次のチャンバーへ流れ落ちていく。そんな事を繰り返して行くうちに、徐々にチャンバーは大きくなる。
そして、いよいよジオフロント内部に入る扉まで辿り着いた。
「ちょっと待ってくれ、キラ。」
最後の扉に手を掛けた時、アランが言った。
「なあ・・もしも、この下に俺たちみたいに暮らしている人間がいるとして・・・温かく迎えてくれるかな?・・フローラを連れ帰った時、皆、一様に驚いて・・忌まわしき者と言って・・殺せとか騒いだよな・・・。」
急にアランが弱気になった。
キラもその時のことを思いだいた。
ここに住む人にとって、外から人が現れるなどという事は考えられない事に違いない。これだけの設備があれば、すでに、通路に侵入者があった事は、察知しているかもしれない。それが同じ人間などとは思いもしないだろう。目の前の扉を開いた瞬間に、殺されるかもしれない。キラもそう考えた。
「よし・・少し、ここで考えよう。」
「その方が良いでしょう。何か、別の方法で、中の様子を探れないか考えてみましょう。」
PCXも同意した。
「PCX、お前のセンサーで、中に人がいるかどうかわからないのか?」
アランが訊いた。
「先ほどから検知しようとしているのですが、ジオフロントの壁が遮蔽してしまって、全く分からないのです。ただ、中から何かの音声信号はキャッチできています。」
「じゃあ、人がいるって事か?」
アランが訊く。
「いいえ、そこまで判別できません。何かが動いているような音に近いようです。・・扉に耳を付けてみれば、聞き取れるかもしれません。」
PCXの言葉を聞いて、すぐにアランが扉に耳をつけた。アランには、ゴーンとかゴトンゴトンとか、とにかく何か低くて鈍い音が響いているようにしか聞こえなかった。
「他に、通路はないだろうか?ここは、外の扉の状態を見る限り、もう長年使っていないんだろう。他に、通路があるのかもしれない。探してみよう。」
キラが言った。
「そうか・・そこで人が出てくるのを待つのも良いかも知れない。」
キラも同意した。
「いえ・・他には通路はないでしょう。もともと、ジオフロントは正常な状態であれば、外界に出る事は必要としていません。キラ様たちのジオフロントも、食糧調達の為止む無く出入りしているのでしょう。だから、あれほど出入りしにくく造られているのです。」
「だが・・」とアランは食い下がった。
「それともう一つ。仮に、外に出るとしても、あの硫化水素ガスの湖があるのですよ。狩猟しようにも生き物など居ませんでした。それほどの危険を冒す必要はないはずです。地表に人が出てくることなどないと断言できます。」
PCXは、あっさりと可能性を否定した。

9.侵入 [AC30第2部カルディアストーン]

「やはり、ここから中へ入るほかなさそうだな・・。」
キラが言う。
「ああ・・だが・・今日はもう疲れた。明日にしないか?」
チャンバーの中では時間が判らなかった。アランは随分疲れていた。
「それが良いでしょう。もう外は日暮れを過ぎています。お二人は休まれる時間です。」
PCXも同意した。
「そうだな。ここでゆっくり休もう。久しぶりに、虫に襲われる心配のない場所だ。」
その日は夕食も摂らず、そのまま横になった。ようやくジオフロントを発見できたことで、二人はすっかり安堵し、ゆっくりと眠る事が出来た。
「おはようございます。」
二人は、PCXの声で起こされた。
久しぶりにぐっすりと眠ったアランは、ぱっと飛び起きて、意気揚々と言った。
「よし!いよいよだな!」
「ああ・・そうだな・・・。」
キラは、余り乗り気がしないような返事をした。
「実は、お二人に、残念なお知らせをしなければなりません。」
アンドロイドのPCXは、何だか、人間臭い、もったいぶった言い方をする。
「お二人が眠っている間に、中を調べてきました。・・・中は、真っ暗でした。そして、人の生命反応はありませんでした。ここに住んでいる人間はないようです。」
「そんな・・ここまで来たのに・・ようやく見つかったんだ・・それなのに・・。」
アランは、落胆して言った。
「やはり、ここも、エナジーシステムが故障したのか・・。」
キラが言うとPCXが言った。
「それはわかりません。・・少なくとも、オーシャンフロントは何の問題もなく動いていますから、エナジーシステム自体は欠陥があるものとは言えません。他の原因かもしれません。」
「とにかく、中を調べてみるしかないな。入ってみよう、アラン。」
キラはそう言うと、扉を開けた。足元には、真っ暗な空間が広がっている。
「キラ、待て。これを使おう。」
アランは気を取り直して立ちあがると、肩に付けたカニオンのスイッチを入れた。そして、何かダイヤルを動かした。すると、カニオンの発射口から眩いほどの光が溢れた。
「キラも肩に着けて行けば良いだろう。」
アランはそう言うとリュックの中からカニオンを取り出してキラの肩に装着する。
二人は、カニオンの光で前方を照らしながら、長い階段を見乍ら、アラミーラでゆっくりと降りて行った。周囲には特に異常は見当たらなかった。下の通路まで降りると、床から1m程度の高さを保ったまま、ゆっくりと前に進む。PCXは二人よりやや高い位置を同じスピードで進む。物音一つしない、大きな真っ暗な空間だった。
目の前に、四角い形の影が見えた。近づくとそれはセルツリーだった。キラたちの暮らしている場所とほとんど同じだった。だが、人影はなかった。
「おーい!誰かいないか!返事をしてくれ!」
アランが苛立つように叫んだ。アランの声は、遠くまで響いて、小さなコダマとなった。だが、何の反応もなかった。
キラはアラミーラを降りて、セルツリーの階段を昇る。そして、セルの中に入ってみた。まったく使用した形跡がない。新品そのものだった。幾つか、同じように入ってみたが、どれも同じだった。ここには人が暮らした痕跡はない。
「もっと奥へ行こう。セルツリーは別の場所にもいくつかあるはずだ。」
再びアラミーラに乗り、中央の広い通路を進んだ。
「アラン、通路の左右に幾つもブロックがあるはずだ。手分けして見てみよう。」
キラはそう言うとスピードを上げて右手のブロックに飛び込んで行った。アランは左側のブロックへ向かう。二人とも、必死に人の暮らした形跡を探した。
PCXは、センサーに何の生命反応もないことは判っている。だが、二人のしている事を無意味な事だとは言わなかった。二人が納得するまで、じっと待つことにした。


10.先人類の行方 [AC30第2部カルディアストーン]

ジオフロントに入ってから、3時間以上経っていた。二人はほとんどのブロックを探し、疲れ果てて、中央の通路に戻ってきた。
「だめだ・・何もない。」
アランはPCXの傍に座り込んだ。少し遅れてキラも戻ってきた。手に何か持っている。
「こんなものを見つけた。」
キラもPCXの傍に座り込むと、手にしていたものをアランに渡した。
「うわあ!」
受け取ったアランが驚いて放り投げた。それは、セルロイド製の人形だった。随分と古いものらしく、表面には小さなひび割れがあり、色も茶色くなってしまっている。投げ落ちたところで、手や足がバラバラになって砕けた。
「ここに人が居たのは確かだ。だが、相当、昔に違いない。彗星の破片が落下した当時の大昔のものかもしれない。」
キラの説明で、アランは改めて、人形を拾って見た。
「他には?」
「い・・いや・・・他と言っても・・・。」
キラは、アランの問いかけに少し答えるのを躊躇った。だが、意を決して言った。
「それが落ちていたところには、他にもたくさん・・いろんなものがあった。・・おそらく、昔の人の衣服とか言うのか・・たくさん固まって・・・そこには、人骨がたくさんあった。」
キラはそう言いながら、震えている。
「キラ様、大丈夫ですか?」
PCXが気遣うように言った。そして続けた。
「私も昨夜ここに入って調べました。この通路の奥に行くと、大きく崩れた場所がありました。ジオフロントの天井から壁にかけて亀裂が入っていました。地殻変動で壊れたのでしょう。そして、その壁は黄色く変色していました。火山性のガス、硫黄ガスが噴き出した痕でした。ここに避難していた人々は、一カ所に集まって、そのガスから身を守ろうとしたのでしょう。しかし、生き残る事はできなかった。大勢の人が、肩を寄せ合って亡くなったのでしょう。」
このジオフロントは地殻変動で機能を奪われ、中に避難していた数10万人の人々は命を落とした。地球上には数多くのジオフロントが作られたはずだったが、大陸の形が変わってしまうほどの地殻変動に耐えられなかったものも多かった。キラたちのジオフロントはまさに奇跡的に生き残ったと言えるものだった。
アランもキラも言葉が出なかった。
「キラ様、アラン様、ここの先人類は滅びてしまいましたが、幸い、コアブロックに被害はなさそうです。エナジーシステムはまだ生きているかもしれません。」
PCXは二人を励ますように言った。
「ここから、もう少し奥へ行ったところにコアブロックの入り口があるはずです。行ってみましょう。」
PCXは、床から浮かび上がり、二人を促した。
「そうだな・・目的はカルディアストーンなんだ。行こう。」
キラは立ち上がると、アランの手を取った。
「ああ・・。」
二人はPCXに先導されて、コアブロックの入り口を目指した。キラたちのジオフロントは、禁断のエリアのほぼ中央にコアブロックがあった。ここは、一番奥深い所にあった。PCXが話した通り、途中、天井と壁に大きな亀裂が入って大きく崩れていた。それを避けるようにして奥へ進む。
「止まって下さい!」
突然、PCXが空中に停まった。そして、赤く光る。これは、PCXが危険を察知した時に発する色だった。
「どうした?」
アランがPCXの隣に来た。
「その先を照らしてみてください。・・巨大な生命反応があります。・・動き始めました。・・ゆっくり動いています。」
アランが肩のカニオンの光で先を照らした。黒い帯状のものがゆっくりと動いているように見える。全体像は判らない。
「左の方にも反応があります。・・いいえ、目の前の黒いものと同じ、一つの生命体のようです。長い大きな帯の様な生命体です。30m程度の長さです。先端が徐々に近づいています。左です。頭です。」
PCXがそう説明するのと同時に、左の壁がガラガラと崩れてきた。
「ゴワーッ」

11.巨大な生命体 [AC30第2部カルディアストーン]

何か吠えるような低い音がジオフロントに響き渡った。
巨大なドラコだった。
大きな口を開けてキラたち目掛けて迫った。キラもアランも突然の事で、躱すのがやっとだった。勢い余って、巨大ドラコは口を開いたまま、反対側の壁に激突する。すぐに体勢を立て直し、二人を狙う。
飲み込まれなくとも、口から垂れる唾液に触れるだけで、体が麻痺し、命を落とすだろう。肩に着けたカニオンは、照明モードになっていて、すぐに攻撃できない。切り替えれば、光を失う。キラは、腰につけていたスクロペラムを抜き、迫るドラコに発射した。しかし、威力が小さく、小さな傷をつける程度にしかならない。
「アラン様、私が時間を稼ぎます。カニオンの準備をしてください。」
PCXはそう言うと、グラディウスの様な形状に変形した。そして、ドラコの胴体に繰り返し体当たりする。先端がわずかに、ドラコの胴体に突き刺さり、赤い血が周囲に飛び散った。ドラコは、首を回して、PCXを追い払おうとする。
キラも、微力とはいえ、傷をつけることで注意をそらすことができると考え、スクロペラムを発射する。
「目を狙ってください!」
PCXが攻撃を続け乍ら、叫ぶ。
キラは、スクロペラムでドラコの目を狙う。激しく動き回るドラコの眼に命中させるのは容易ではない。何度か発射したのち、見事に、ドラコの右目に命中した。さすがのドラコも視野を奪われ、一度動きが停まった。
「俺に任せろ!」
ようやく、カニオンの支度が出来た。
「頭部を狙ってください!」
PCXの言葉に頷いて、アランが狙いを定める。出力は最大になっていた。
「行くぞ!」
掛け声とともに、カニオンの発射口から、これまでで最大のレーザー光線が発射された。光りの束がドラコの眉間の位置に一直線に走る。ボスッと鈍い音とともに、ドラコの頭部は一瞬で消え去っていた。同時に、今まで暴れまわっていた太い胴体が一気に力を失い、ドーンという音とともに転がった。
「こんなでっかいドラコは、初めてだな・・・。」
アランが安堵した表情で言った。手にカニオンを抱えたままの姿勢だった。
「どうした、アラン?」
姿勢を変えないアランを不思議に思って、キラが訊いた。
「いや…それが…痺れて動けないんだ。…どうやら、フルパワーで発射したせいだろう。」
球体に戻ったPCXがアランに近づいて様子を見る。
「レーザー光線の発射の時に、強い電気が発生したのです。しばらくは、動けないでしょう。」
それを聞いて、アランが言った。
「俺は、しばらくここに居るさ。ドラコの死骸が転がっているんだから、ほかの虫たちは寄っては来ない。大丈夫だ。キラ、さあ、早くエナジーシステムを調べてきてくれ。」
キラはアランの様子が心配だったが、エナジーシステムを調べる事にした。
ドラコの死骸を乗り越えて、奥に向かうと、コアブロックを示す赤いフロアに着いた。
目の前に、小さな赤いドアがあった。
「あの奥にあるはずだ。」
キラはドアノブに手を掛け、ゆっくりと開いた。中は真っ暗だった。
肩に着けたカニオンのライトで照らすと、そこには巨大な半球形の装置が見えた。下半分は床の下に埋まっているのだろう。半球形の装置は静かだった。キラは、エナジーシステムを見るのは初めてだった。
「これがエナジーシステムか?」
半球形の装置の前で、キラが呟いた。
「いえ、これはエナジーシステムの保護装置です。この中に収められています。分厚い容器に守られているので、中の様子は判りません。ただ、外観に異常はありませんから、中も正常と考えられます。」
PCXは冷静に言った。

12.アラン異変 [AC30第2部カルディアストーン]

キラとPCXは、半球形の装置の周りを丹念に見て回った。一回りしても、装置にはドアらしきものは見当たらなかった。何としても、この装置を開け、格納されているエナジーシステムから、カルディアストーンを取り出さなければならない。装置の上部はPCXが浮遊しながら点検する。
「見えている範囲にはドアはありません。埋まっている下半分にあると考えられます。」
PCXが言う。それを聞いて、キラは装置の周辺の床を探る。地下へ通じるドアを見つけなければならない。しかし、それらしいものはどこにもなかった。どれほど時間が経ったのだろうか。キラは夢中で探し回るうちに疲れ果ててしまい、床に座り込んだ。
「少し休みましょう。アラン様の様子も気掛かりですから、一度、戻りましょう。」
PCXが言い、キラも一旦コアブロックを出た。ドラコの死骸を越えて、先ほどの居た場所に戻ってみると、アランは横になっている。まだ、体が痺れて動けないのか、心配になって近づいてみると、アランの様子はおかしかった。
「アラン、大丈夫か?」
キラが声を掛けても、アランは返答をしない。
「おい、アラン!」
体を揺すると、少しだけアランが目を開けた。
「どうしたんだ?アラン。」
キラの呼びかけに、アランがゆっくりと手を伸ばす。肩に着けたカニオンの灯りに照らされたアランの手が、黒く変色して、指先は崩れていた。
「アラン様は、ドラコの毒でやられています。頭部を打ち抜いた時、体液が飛び散ったのを浴びてしまったのでしょう。痺れて動けなかったのも、おそらくその為かと・・・残念です。」
「大丈夫だ!近くに、ホスピタルブロックがあるはずだ。解毒剤がある。待ってろ、アラン。すぐに取ってくる。」
キラは、すぐにアラミーラに乗り、ホスピタルブロックを探す。グランドジオではコアブロックに隣接して巨大なホスピタルブロックがあった。そこから、プリムのために解毒剤を取ってきた。
コアブロックの奥、ホスピタルブロックのマークのあるドアを見つけた。
「あった!」
キラはアラミーラから飛び降りると、真っ直ぐにドアに向かう。急いでドアを開いて、中に飛び込んだ。肩のカニオンの光を最大にして、室内を照らす。
「なんてことだ・・・。」
キラは膝を折り、座り込んでしまった。
ホスピタルブロックのドアを開けたところから先には、おびただしい数の古い衣服が山のように積み上がっている。地殻変動で吹き出した硫黄ガスから逃れるため、先人類たちは争うように、ホスピタルブロックへ逃げ込み、ここで命を落としたのだ。肉や骨は長い年月の間に朽ち果て、衣服だけがそこに残された状態だった。薬品庫はホスピタルブロックの奥にあったはずだった。だが、そこまでたどり着けないほどに多くの骸があった。天井近くまであるカプセルベッドにも同じように山ほどの衣服がある。どれほどの人がここに逃げ込んだのだろうか。
それでも、キラは諦めるわけにはいかなかった。衣服の・・いや骸の上を歩き、薬品庫へ向かう。広いホスピタルブロックの奥、とにかく、一刻も早く薬を取りにいかなければならない。
ようやく、その場所近くに辿りついて、再び、キラは落胆した。薬品庫のドアは大きく開かれていた。そして、その中は無残にも大きく亀裂が入り、岩石が詰まってしまっていた。そして、その一部は黄色く変色していた。ここから硫黄ガスが噴き出したに違いなかった。どこにも薬の欠片さえも見当たらない。
もはや為す術なく、キラはアランの許へ戻るほかなかった。
「キラ様、間に合いませんでした。アラン様は、先ほど、心停止となりました。」
PCXはキラに言う。
「薬はなかった・・・ホスピタルブロックも破壊されていたんだ・・・。」
キラは悲痛な表情で言う。アランはすでに冷たくなっている。
「アラン、すまない・・。」
キラはそう言って、アランの手を取ろうとした。しかし、ドラコの毒のせいで、どろどろに溶けはじめ、掴むことができなかった。そのうちに、アランの体が形を失い、液体になり、水溜りのようになった後、床を流れていく。
ライブスーツは主を失い、シュルシュルと小さくなり、四角い箱に戻る。アランの体の有った場所には、小さなペンダントが転がっていた。

13.勇者復活 [AC30第2部カルディアストーン]

キラはアランを目の前で失い、号泣した。
幼いころからともに過ごし、兄弟以上に親密な関係だった。禁断のエリアに足を踏み入れなければ、クライブント導師の秘密を暴かなければと、自らが引き起こした事の重さを今になって後悔した。
もはやすべての希望を失ったようで、キラは、アランの遺品となったペンダントを握りしめ、ただただ号泣するばかりだった。PCX自身には、悲しみという感情はなかった。だが、キラの姿を見て、アランを失って気力を失くしている状態は理解できた。
随分と長い時間、キラはそこを動かなかった。泣き疲れ、眠り、目覚めると再び涙し、数日を過ごしたようだった。キラはげっそりと痩せ、自らも動けないほどに体力を失っていた。PCXは、余りのキラの様子についに動き出した。
目の前のドラコの肉を切り取り、調理し、食事を用意した。そして、ジオフロントの中を探し回り、どこからか栄養剤を持って来た。
「キラ様、このままでは命を落とします。食べてください。」
しかし、キラは手を伸ばそうとしない。
「あなたが死んでどうするのですか!ジオフロントの皆さんや、フローラ様もすべて命を落とすことになります。アラン様も、このままでは、命を無駄にしただけです。さあ、立ちあがって下さい。あなたは勇者なのです。」
「勇者」という言葉は久しぶりに聞いた。確かに、ジオフロントを旅立つ時、キラもアランも、ジオフロントを救うため、命をかける覚悟を持っていた。それが「勇者」であると心を決めていた。
PCXの言葉に、精気を失っていたキラの目に微かに光が戻った。
アランのためにも、何としても、カルディアストーンを持ち帰らなければならない。
キラはついに立ちあがり、PCXが用意した食事を、ただ無心に食べた。ただ、命を繋ぐために食べた。それから、キラは深く眠った。
再び、目を覚ましたキラは、すぐに、コアブロックに向かった。そして、半球形の装置の前に立った。
「PCX,どこかにコントロールルームがあるはずだ。それを見つけよう。きっと、そこにシステムへの通路がある。」
キラはアラミーラに乗り、コムブロックの中を探す。PCXも探した。
コムブロックの中は、中央に半球体の装置があり、周囲の壁も同様に球体をしていた。入口から反対部分に、装置の5分の1ほどの小さな半球体の部屋があった。ドアは赤く塗られており、入室禁止のような、大きな×のマークがついていた。
「これだ!」
キラはドアノブに手をかけた。しかし固くロックがかかった状態だった。腰につけたスクロぺラムを取り出し、ノブを撃つ。あっけなく壊れ、ドアは開いた。小さな空間だった。予想通り、様々な計器類が壁に埋め込まれていて、すぐにコントロールルームと判った。
「キラ様、少し時間を下さい。エナジーシステムの状態を解析します。」
すぐに、PCXは、計器類を一渡り見て、いくつかの計器のジャック部分にライブファイバーを変形させて差し込んだ。PCXは、内部の状態を細かく読み取ろうとした。もし、エナジーシステムが少しでも動いているようなら、容器の中に入るのは危険だからだった。
「どうだ?」
キラの問いにPCXは少し曖昧な返事をする。
「稼働はしていたようですが、今は完全に停止しているようです。停止した原因は・・判りません。」
それを聞いて、キラが言った。
「よし、通路を探そう。どこかにシステムへの通路があるはずだ。」
壁は一面計器類で埋められていて、通路のようなドアはない。中央の椅子は一つ。
「どこだ?」
キラはそう言って、その椅子に座った。ガクンと椅子が揺れる。ふと足元を見ると、小さな取手が付いている。
「これだ!」
キラは椅子を回し、取手を引く。すると、椅子がゆっくりと沈んでいく。キラは慌てて、椅子に座るとそのままゆっくりと椅子は下がり、停止すると目の前に大きな通路が開いていた。まっすぐ続く通路。キラは逸る思いを押えつつ、ライトで行く先を照らしながら進んでいく。大きな空間に出た。そこはエナジーシステムの心臓部だった。球体の中心部分。壁にはキラキラと光るパネルが張り巡らされている。その真ん中を斜めに傾いた状態の太い心棒のようなものが貫いていて、ちょうど中央部分に球体の容器があった。

14.カルディアストーン [AC30第2部カルディアストーン]

「あれがカルディアストーンか?」
キラが呟くと、PCXが言った。
「あの容器の中に収められているようです。カルディアストーン自体はそれほど大きくはないものです。」
そう言いながら、PCXがゆっくりと上昇して、容器の周囲を確認する。
「容器に損傷はありません。」
キラはアラミーラで上昇し、PCXの傍まで行った。すぐにPCXは中央の容器に移ると、カバーを開けようとする。ライブファイバーを器用に変形させて、容器のねじを一つずつ外していく。外カバーが外れると、もう一つ透明の容器があった。中に、六角柱の形状の棒状に成型された塊が見える。
「これがカルディアストーンか・・。」
「はい、そうです。」
両手に抱える程度の大きさだった。
「キラ様、どこかにこれを収めるための容器があるはずです。これが活きていれば、素手では触れません。持ち帰る為の容器を探しましょう。」
球形の部屋の中を丹念に調べた。壁の1か所に、反射板の周囲の色が違う場所があった。そっと押すと、反射板が開くと、中から円柱状の容器が出てきた。
キラはすぐに抜き出して、再びPCXのところへ行った。
「これか?」
「はい。間違いありません。お貸しください。」
PCXは腕状にライブファイバーを変形させて、キラから容器を受け取る。
「キラ様、下がっていてください。」
PCXはそう言うと、透明のカバーを外した。カルディアストーンは一瞬まばゆい光を発し始めた。PCXは慎重に腕を伸ばして、カルディアストーンを固定されていた場所から取り出す。光りは一層強くなる。キラは見ていられないほどの眩しさだった。しばらくすると光が収まり、カルディアストーンは筒状の容器に収まった。
「さあ、受け取ってください。」
PCXから筒状の容器を受け取る。すると、PCXが一気に落下して床に転がった。
「どうしたんだ!PCX」
床に転がったPCXは、赤や青の光を点滅させ、転がりまわった。キラは、なんとかPCXを抱え込んだ。すると、キラの体にびりびりとした電流が流れた。そのせいで、しばらく、キラも気を失って動けなくなってしまった。
「キラ様、大丈夫ですか?」
PCXの声でキラは目を覚ました。
「いったい何が起きたんだ?」
「カルディアストーンに直接触れたために、一時的に私の制御システムが混乱しました。」
「もう大丈夫なのか?」
「はい、もう回復しました。気を付けてください。地球の磁気から途轍もないエネルギーを生み出す物質なのです。容器に入っていなければ、危険です。それに、この部屋は、カルディアストーンの生み出すエナジーを、壁の反射板でさらに増幅させる設計になっています。今、特別な容器に入っていますが、どれほど安定しているか判りません。早く、外へ運びましょう。」
PCXは、カルディアストーンに関する情報を予想以上に持っているようだった。キラはその事に少し疑問を持ったが、危険を感じてすぐに運び出す事にした。
筒状の容器に収まったカルディアストーンは10㎏ほどの重量だった。キラは、容器をライブロープで背中に縛り付け、コアブロックを出た。
キラは、アランの亡くなった場所へ戻ると、遺品をリュックに詰め、PCXに持たせた。
「アラン、すまない。お前の命は無駄にしない。必ず、このカルディアストーンを持ち帰る。俺たちを守ってくれ。」
キラはそう言うと、出口へ向かった。
PCXは人型に変形し、アランの乗っていたアラミーラを使う事にした。今は一刻も早く、ジオフロントに戻ること、それだけしか頭になかった。それが、アランへの弔いになると考えていたのだった。

15.逸る気持ち [AC30第2部カルディアストーン]

すでに地表には灼熱の季節が訪れていた。
地表への最後のチャンバーに辿り着いた時、外気はすでに60℃を超えていた。
「キラ様、こんな気候の中を行くのは危険です。少し気温が下がる季節まで待ちましょう。」
PCXはキラの身を案じて言った。
「それではまだ三ヶ月以上掛かってしまう。それに、気温が下がり始めれば、すぐにも極寒の季節が来る。それでは辿り着けないだろう。」
「しかし、この気温の中は無理です。1時間も飛んでいられないでしょう。」
「何か、手はないか?」
チャンバーのドアは壊れ、半分ほど開いた状態だった。したがって、チャンバー内は50℃近い気温になっていて、汗が噴き出してくる。ライブスーツはある程度の高温には耐えられるはずだが、ライブスーツから出ている部分は焼けつくような暑さを感じていた。
ドアの隙間から、外の様子が垣間見える。そこには白い雪をかぶった高い山が見える。
「PCX、あの山を越えて行こう。ここは高温だが、高い山には雪がある。・・山岳地帯を飛んでいければ、暑さからは逃れる事が出来るだろう?」
キラはドアの隙間から見える山を指差して言った。
PCXは山の方角から、ジオフロントの位置との経路を計算し始めた。
「この先の地形がどうなっているか判りませんが、確かに、山岳地帯を超えていく事が出来れば、灼熱の暑さからは逃れる事が出来ます。しかし、今度は、寒さとの戦いになります。あの山の頂上付近は雪が積もっていますから、-5℃くらいでしょう。もしその先にもっと高い山が連なっていれば、それではすまないでしょう。危険です。」
「PCX、ジオフロントまでどれくらいの距離なんだ?」
PCXはすぐに答えなかった。
「直線距離で北西方向に5千キロを超えています。時速40㎞で10時間、1日400㎞飛んでも2週間かかります。ですが、山岳地帯では、1日100㎞も飛べないでしょう。2か月はみておかないとダメでしょう。そうなれば、ジオフロントに到着する頃には極寒の季節の最中となります。次の春を待って、北へ進んだ方が確実です。」
PCXは理屈を立てて言った。
「いや・・ダメだ。ライフエリアのエナジーシステムはいつ停止するか判らない。一刻も早く、戻らなければ・・」
キラは再び、半開きのドアから外を眺める。
「PCX,ここから真っ直ぐ上昇しよう。この崖の上2千mほど昇れば、気温も耐えられるほどに下がるだろう。そこから高さを維持すれば行けるだろう。」
PCXは説得を諦めた。
「判りました。では、私が一度上昇してどれほど気温が下がるか、そしてその高さを維持していけるか、試してきます。その上で決めましょう。それまでは、キラ様は下のチャンバーで休んでいてください。」
「判った。」
すぐにPCXは、半開きのドアから出て、一気に上昇をしていった。キラは、下のチャンバーに移って体を休める事にした。
PCXは3千mまで上昇した。ここまで上昇すると、気温は40℃を切るほどまで下がった。しかし、空気が薄く、気流が乱れていて、安定して飛行できるかどうか不安要素が多かった。
「やはり難しい。」
PCXは再び下降し始めた。
すると前方で大きな爆発音が響いた。そして高い崖の上からガラガラと岩が転がり落ちてきた。遥か前方だが、火山の噴火が起きたようだった。それと連動するかのように、足元のジオフロント近くにあった青い湖から、一気にガスが噴き出した。一目で、硫黄ガスと判った。それは、以前に目撃したものとは明らかに規模が違う。生き物が近づかず、草木も生えない地域は白く地面が剥き出しになっていて、それと判るものだが、今回のガスはそのエリアをはるかに超え、周囲の森を飲み込んでいく。
上空から見ていると、生き物たちが危険を察知して、飛べる虫たちは逃げ出しているのが、黒い帯のような形になって見えた。しかし、多くは、有毒なガスに巻き込まれ、次々に落ちていく。そのガスが、次第にジオフロントの入り口辺りに近づいていた。

16.山岳越え [AC30第2部カルディアストーン]

PCXは速度を上げ、ジオフロントの入口へ戻り、キラを呼んだ。
「キラ様、ガスが近づいています。ここは危険です。すぐに逃げましょう。」
下のチャンバーに居たキラは慌てて、這い出してきた。
「迷っている場合ではありません。ガスがここへ届く前に、一気に上昇しましょう。」
「判った。」
キラはアラミーラに乗ると、一気に上昇する。
PCXはガスが迫ってくる様子を監視しながら、キラの後を追うように上昇する。
「もっと早く!」
白いガスがすでに足元まで迫っている。予想以上の勢いだった。千メートルほど上昇すると、ようやくガスは達しない高さとなった。ふと足元を見ると、みえる範囲すべてに白いガスが立ち込めている。ジオフロントの先人類もこうしたガスの噴出で滅んだのだとキラは実感した。自然の猛威は人間の科学力など叶いはしないと痛感させられた。
千メートル程度では、気温はまだ50℃近くに達している。キラは頭がぼんやりとし始めていた。
「キラ様、しっかりしてください!」
PCXの言葉でキラは正気を取り戻した。
「もう少し上昇しましょう。」
キラとPCXはさらに上昇する。崖はまだ上まで続いている。2千メートルを超えると、植物がめっきりと減った。横に屏風のようにそそり立つ崖は、荒い岩肌ばかりになってきた。気温はようやく40℃ほどに下がり、キラもぐっと楽になった。
「少し休みましょう。」
PCXはそう言うと、崖の一部が大きく窪んでいる場所を見つけ、降り立った。
気づくと、もう日が暮れる。遠くに広がる海が少し光っている。
夢中でここまで飛んできた。どれほどの時間が経ったのか、全く判らない。ただ、全身がひどく疲れてしまっていて、キラはくぼみに降り立つと同時に、しゃがみ込んでしまった。
「今日はここで朝まで休みましょう。これをどうぞ。」
PCXはアランの遺品を詰めたリュックを開き、中から小さな包みを取り出した。
「ドラコのジャーキーです。栄養を取るには充分でしょう。それと、水です。」
握り拳大の塊を差し出す。PCXは、キラが悲しみに包まれ動けなくなっていた間に、ドラコの肉を切り出し、乾燥させて携帯食を作っていたのだった。
日が落ちると、PCXは、テント状に変形して、キラを包み込んだ。キラはその中でぐっすりと眠った。
翌日からしばらくは、岩だらけの山岳地帯を進んだ。時折、大きく裂けるように深い谷が広がり、はるか眼下に青い川の流れや深い森が見えた。とにかく、北をめざし飛んだ。
気温が次第に上がってくると、さらに高度を上げて飛んだ。3千メートルを超えると、極端に空気が薄くなってきた。キラの疲労は極度に高まり、1週間ほど飛んだ頃には、時速5㎞程度の速度でないと体を保っていられなくなっていた。1時間ほど飛んでは休息を取るようになる。
出発して20日ほどを過ぎても、ようやく千キロほど北上したにすぎなかった。
夜が明けて、PCXがキラを起こそうとしたが、キラは極端に疲れ、起き上がる事が出来なくなっていた。まだ、道のりは半分ほども来ていない。幸い、気温は20℃を少し超える程度で、過ごしやすい状態だった。
「キラ様、しばらくここで養生していきましょう。これ以上、無理はできません。」
「いや・・大丈夫だ・・・」
そう言ってキラは何とか起き上がろうとしたが全身に力が入らなかった。
「無理です。まだまだ道のりは長いのです。体力を取り戻さないとこれ以上先へは進めません。」
PCXは、この先に立ちはだかる五千メートルを超える山岳を察知していた。直線距離ではその山岳を超えるのが近道である。迂回すれば、3倍以上の距離になるだろう。だが、キラの体力が持たないのは明らかだった。
「ここなら雨露がしのげます。気温も高くありません。1週間も養生すれば、また進めます。私は、食糧の調達に行って来ます。ゆっくり休んでいてください。」
PCXはキラを残し、周辺で食糧になるものはないか探しに出かけた。
一人残ったキラは、自身の不甲斐なさに悔し涙を流している。アランやハンク、プリムの顔が脳裏に過る。


17.新たなジオフロント [AC30第2部カルディアストーン]

PCXは、キラの休んでいる岩の窪みを出て、下降していった。
植物の繁るエリアまで行かなければ食糧もないだろう。千メートルほど下降すると、深い森が広がっていた。気温は30℃近くに上昇している。ここも直に灼熱の季節に包まれるに違いなかった。センサーを使って生命体を探す。小さな虫はたくさんいるが、とても食糧になるほどのものではない。しばらく、森の上を飛びながら探索を続ける。
突然、PCXが上空で停まった。センサーに生命体がキャッチされた。ドラコだった。ゆっくりと木々の間を進んでいる。獲物を狙っている様子ではなかった。
近づいてみると、アランが命を落とした時のドラコと同じほどの大きさだった。食糧にするには大きすぎるが、他に生命体が見つからなければ、仕留めるほかない。武器になるものは、PCX自身にある小さなレーザー光線しかない。頭部を撃ち抜くしか仕留める方法はなさそうだった。そのためには、ドラコが動きを止める瞬間をまつしかない。
PCXはしばらく、ドラコの後を追い、仕留めるチャンスをうかがっていた。
深い森の中をずんずんとドラコは進んでいく。すると、目の前に切り立った崖が現れた。そして、ドラコはその崖に開いた裂け目に入っていく。
「ここは・・ジオフロントのようだ。」
大きく口を開いていたのは、破壊されたジオフロントの様だった。開いた口の上部には、明らかに、ジオフロントの天井部分と判る加工が見える。地殻変動で、地面が大きく隆起したのだろう。ジオフロントの途中からぱっくりと割れた形となったものだった。ジオフロントの面影はほとんど判らないほどに植物に侵食されている。PCXがジオフロントの様子を探っているうちに、肝心のドラコを見失ってしまった。ただ、この中に入ったのは間違いない。おそらくことを巣にしているに違いなかった。
PCXは、ゆっくりとその空間に入っていく。日の当たらない奥の方には植物はなく、ジオフロントの壁や床がはっきりと判った。これほどまでに破壊されていれば、おそらく人類は生存していないに違いない。
慎重にPCXは奥へ向かう。床の色が赤く塗られている場所に辿り着いた。ここは、コアブロックだった。エナジーシステムのある部分は完全につぶれてしまっている。
センサーを使って、生命体の反応を探る。予想通り、人間の生命反応はない。PCXは潰れてしまったコアブロックの隣、ホスピタルブロックに入った。隣のコアブロックと比べ、ここはほとんど無傷に近かった。
床にドラコの姿を確認する。
「ここは巣のようだな。」
ドラコは、床に蜷局を巻いた状態で、静かに眠っている。仕留めるには絶好のチャンスだった。しかし、PCXは眠っているドラコの上を静かに通り過ぎる。そして、ホスピタルブロックの一番奥、薬品庫の中に入った。
薬品庫の中も、ほぼ無傷だった。PCXは、薬品庫の中央に停まると、薬品の入っている棚にセンサーを向け、棚にあるラベル情報を次々に収集し分析した。
「発見。」
PCXは宙に浮き、1か所の棚へ向かう。そこには、栄養剤が収められていた。小さな真空カプセルの中に、錠剤が詰まっている。PCXはライブファイバーを伸ばし、そのカプセルを包み込んだ。それから、別の棚に行くと、同じようにカプセルをいくつか包み込み、静かにホスピタルブロックを離れた。
外に出ると、外気温は50℃近くまで上昇していた。すぐにPCXはキラのいる場所へ戻った。
キラは身を横たえて休んでいた。
「キラ様、これをご覧ください。」
持ち帰った真空のカプセルをキラの前に差し出した。
「これは・・。」
「千メートルほど下に、地殻変動で大きく壊れたジオフロントを発見しました。しかし、エナジーシステムは完全に潰れていました。ホスピタルブロックは無傷でしたので、そこから、栄養剤や食料になりそうなものを持ち帰りました。」
「すごい・・こんなものが残っていたのか・・・それで、生存者はなかったのか?」
「残念ながら、その形跡はありませんでした。前のジオフロントと同じように、ドラコの巣になっていました。」
「そうか・・・。」
その日からしばらく、キラは、その場所に留まり養生した。PCXが持ち帰った栄養剤の効果は大きく、翌日にはすぐに動けるようになり、3日ほどで体力を回復した。

18.古人の建造物 [AC30第2部カルディアストーン]

「目の前の山を越えるのは無理です。遠回りになりますが、低い地帯を通るルートのほうが、体への負担が少なく、スピードも上がります。」
キラはPCXの誘導に従った。
高度を千メートル程度ほど下げて飛んでいく。外気温は30℃を超えているが、酸素が濃いために体への負担は少なかった。1週間ほど、2千メートルほどの高さを維持して飛んでいく。大きな樹木は少なく、背の低い木や草が広がる穏やかな地帯だった。
徐々に気温が下がり始め、PCXはさらに高度の低い地帯を進んだ。高い樹木の森が広がる地帯に入った。
「ここらからは、虫の攻撃に注意しなければなりません。」
できるだけ木々の上空の高いところを飛んでいく。
「PCX、あそこに何か見える。」
キラは前方の森の中に、突き出したような恰好の人工物を発見した。ジオフロントとは形状が違う。
「寄ってみましょう。」
PCXが進行方向を変えた。近づいてみると、その人工物はかなり大きかった。少し傾いているが、空を突き刺すように真っ直ぐに伸びている。塔の様だった。キラは初めて目にするものだった。
「北緯35度・東経137度あたりです。」
キラは塔の先端辺りに近づいてみると、少し下の方に建物のようなものがあるのを発見して、入ってみた。中はがらんどうになっている。傾いているが、何とか歩ける。円形のフロアだった。
「遥か昔の建造物のようですね。1000年ほどでしょう。」
PCXが柱に刻まれた文字を読みながら解説する。
「こんな山の中に、これほどの建造物が?」
キラは、フロアを歩きながら訊いた。
「いえ、ここは、東京と呼ばれた大きな都市があり、海の近くだったようです。この塔はスカイツリーでしょう。記録によると、彗星の破片が衝突した時、大津波で地上のほとんどの建造物は破壊されたはずですが、おそらく、この塔は破壊を免れたのでしょう。かなり頑丈な構造のようです。それにしても、地殻変動で大きく地面が隆起したはずですが、よく無事に立っていられたものです。」
キラは古の人類が英知を尽くして建てた、巨大な構造物を目の当たりにして、感動していた。
「かつては、地表で人類が暮らせたんだね。・・・それにしても巨大な構造部だ・・・。こんなものがたくさん地表に建っていたんだろうか?」
「これはまだ小さいもののようです。高さが634mほどだったようですから。この後、1000mを超える巨大な建物が世界中にたくさん作られたはずです。」
「今まで飛んできたところには、こんな人工物はなかったが・・・。」
「記録によると、大津波で破壊された後、さらに地殻変動が起きました。人類が暮らしていた海沿いの都市のほとんどは海中に沈んだようです。ここは逆に隆起した数少ない地域なのでしょう。」
「では、この周辺には同じような建造物や人工物があるのかい?」
「深い森の底に沈んでいるかもしれませんが、この周辺にはきっとあるでしょう。しかし、700年以上前の建造物ばかりです。」
「そうか・・・。」
キラは塔の窓枠から外の景色を眺めながら、PCXの言葉を聞いていた。
遥か昔、ここには人類が繁栄していた証がある。
地中深くでしか生きられない現在とは違い、太陽の光を浴び、笑顔で暮らす人類に思いを馳せた。
キラはそこで一夜を過ごした。
「ここからは北西を目指します。火山地帯の北側を通る地帯を2千キロほど進めば到着します。」
アラミーラは最高時速30Km出る。ジオフロント出発した当初は、キラもアランも体力がありかなりの速度で1日8時間近く飛べた。しかし、今は重い荷物を背負ったうえに体力も落ちている。時速20㎞程度で1日5時間程度が限界だった。残りの距離を考えると、まだ20日以上は掛かる計算になるのだった。
しかし、一刻も早く戻らなければならない。灼熱の季節の熱波が北上を続けている。休んでいる間はなかった。
PCXは、キラの体力を観察しながら、できるだけ短い経路を探しながら、誘導していく。


19.緑の大地 [AC30第2部カルディアストーン]

北西へ針路をとって三日目のことだった。
火山地帯の一番北側、2千メートル級の火山の裾を通過していた。低地とは言え、千メートル程度の高度の場所だった。
山には渓谷がいくつも刻まれ、それが合流を繰り返し、一本の太い川になる。その太い流れは、荒れた大地を削るように蛇行して流れていく。そして、中流からは、豊かな森が広がっている。
天候は良好だった。遥か遠くまで見通せた。
突然、PCXが言った。
「キラ様、生命体の反応です。」
「生命体?」
「はい、虫ではなく、人間と同じ程度の大きさの生命体です。ゆっくり地面を移動しています。」
PCXはゆっくりと空中に静止し、生命体の位置を正確に測定しているようだった。
「あの森の中です。生命体は一つではありません。10体を確認しました。」
PCXが示した森は、キラたちの場所からまだ5Km程度前方だった。背の低い木々が生えている。
「ゆっくりと移動を続けています。・・・人が歩く程度の速度です。」
「よし、近づいてみよう。」
キラは少し高度を上げて、その森に近づいていく。人間と同じ程度の大きさ、10体ほどとなれば、もしかして、人類ではないかと期待が膨らんだ。まだ、灼熱の季節の少し手前の時期、自分たちも地表に出て、食糧の調達をしている時期だった。
近くにジオフロントがあるのではないか、そして、そのジオフロントに人間が暮らしているのではないか。キラは期待を膨らませながら、森を目指す。
「PCX、近くにジオフロントはないか?」
キラは森に近づきながら、PCXに訊いた。
「いいえ、5km圏内には、そういった構造物はありません。」
森に近づくと、少し高度を下げた。何か動く影が見えるのではないかと考えたからだった。しかし、森の木々に遮られ、目視では何も確認できない。
「どうだ?PCX、まだ居るか?」
「はい・・ですが、もうここには2体ほどしか確認できません。」
「消えたのか?」
「いいえ、何か、突然、素早く動いたようです。2体は、その森の中で停止しています。」
森までの距離は200mほどだった。
「PCX、降りてみよう。上空からでは判らない。」
「キラ様、危険です。何者か正体がわかりません。」
「だが、虫ではないんだろう?」
「はい、明らかに虫とは違う生命反応です。ですから、一層危険です。」
PCXはそう言いながらも、さらにセンサーを働かせて、生命体の正体を探ろうとしている。
「私のデータには合致する生命体がありません。危険です。」
PCXの体が黄色く発光している。予想できない危機を察知している様子だった。
「人じゃないのか?」
「いいえ、人間のものと似ていますが、100%一致しないのです。私が先に降りて調べてきます。」
PCXは、赤い光を放ちながら、一気に森へ降りて行った。
キラは上空で待機した。
しばらくすると、森の中からガサガサと音がして、木々に紛れていた小さな虫たちが、一斉に森から飛び出してきた。その後、ギギーッと吠えるような声が森に響いた。
時折、赤く発光しているPCXが木々の間から見える。かなりの速度で森の中を移動しているのが判った。
そのうち、周辺の木々からもギギーっと吠えるような声が響き始め、さらに多くの虫たちが飛び出してくる。次第に、同じような現象が森中に広がっていく。明らかに森の中で、何かの生命体が活発に動いている。それも、パニックを起こしたように騒いでいるのが上空からも判った。
キラは、その様子を上空から見守っている。
しばらくすると、森が静かになった。PCXの赤い光は見えなくなった。

20.生き残った生命体 [AC30第2部カルディアストーン]

しばらく待ってみたが、PCXは戻って来ない。足元に広がる森は静かなままだった。キラはゆっくりとアラミーラで降りて行った。梢を抜けると、森の中はいくつもの光の筋が差し込み、穏やかで静かだった。キラは地面に足を着けた。柔らかな地面だった。キラは、周囲に危険は迫っていないか、注意を払う。
「PCX!どこだ?」
小さな声で呼びかける。PCXはアンドロイドで通常ならキラの囁くような声も聞き分ける。正体不明の生命体に気付かれぬよう、小さな声で再び呼ぶ。
「PCX!」
しかし返答はない。だが、キラは何かの気配を感じていた。キラがゆっくりと森の中を移動すると、その気配も同じ距離を保ったまま移動するようだった。時には樹上から、時には草むらの向こうから、感じられた。一つではない。それはじっとキラの動きを観察しているようだった。
キラは腰に着けたスクロペラムに手を掛けいつでも撃てるように体勢を取る。しかし、キラを取り巻く気配の主からは殺気は感じられない。徐々に、その気配がキラを取り囲んだ。
樹上の気配に目を凝らすと、それは人間ほどの大きさで、手足もあるのが判った。ただ、体毛が長い事と、衣服を着用していない事から、人間ではないと判断できた。キラはそんな生き物を初めて見た。じっと見つめているうちに、その生命体の周りに、同じような格好をした生命体が、集まり始めた。皆、同じように、体毛が長い。
その一つが、PCXを抱えていた。
「PCX!」
キラが声を発すると、樹上に並んだ生命体が、グルルーっと低い唸り声を発した。皆、じっとキラを睨んでいる。
「刺激しないようにしてください!」
抱えられているPCXがようやく反応した。
「大丈夫か?」
「はい。大丈夫です。彼らは、太古に絶滅したはずの類人猿です。彼らを人間に近い存在と認識してしまったために、抵抗できません。」
「どうすれば良い?」
「判りません。ですが、彼らはむやみに攻撃する気はないようです。しばらく様子を見ましょう。」
そこまで会話をしたところで、最も体の大きなボスのような「猿」が、急に別の樹に飛び移り、あっという間にキラの前から姿を消してしまった。すると、次々に、他の「猿」たちも移動を始めた。キラは彼らを見失わないよう、アラミーラに乗って彼らの後を追った。
「猿」たちは、森のはずれに向かっているようだった。行く先を見ると、深い渓谷が見えた。「猿」たちのねぐらがあるのだろう。キラは、少し上空に上がり、「猿」たちの後を追い続ける。もう、日暮れが迫っていた。
渓谷に入ると「猿」たちは、川の流れに沿って上流を目指した。その先に、小さな洞窟があって、「猿」たちは次々にその中へ入って行った。
キラは、岩陰から中の様子を探る。
夕日が洞窟の中に差し込んでいて、中の様子がはっきりと見える。中には、たくさんの「猿」が身を寄せ合うようにしている。体の大きなボスは洞窟の中の大岩の上に座り、群れを見下ろしているようだった。
PCXを彼らはどう認識しているか判らなかったが、何頭かの「猿」がPCXを突いたり、蹴ったりしている。小さな「猿」も近づいてきて、ころころとボール遊びをするような恰好を見せていた。
PCXは、特に抵抗せず、為すがままにされている。
キラは、岩陰から彼らの様子を見ているうちに、不思議な感覚を覚えていた。
毛むくじゃらでぎこちない動きをしているが、どこか、人間と似ていて、身を寄せ合い、毛づくろいをしている様子などは、親が子を慈しむように見えた。
はるか数百年前の、想像を超えた天変地異の中、「猿」たちの祖先は、厳しい環境に耐え、山中で生き永らえたのだろう。頑強なシェルターに避難した人類の多くが死に絶える中、何も持たない動物がこうやって生き延びたのを目の当たりにして、人間の弱さと動物たちの逞しさを強く感じていた。
そして、ジオフロントで暮らす人々に思いを巡らせた。風前の灯にあるジオフロントにしがみつき、不安に苛まれる人々と、目の前にいる「猿」たちの違いはなんだろうかと考えながら、キラは岩陰で身を潜めていた。
次第に、宵闇が近づいてきた。


21.発見 [AC30第2部カルディアストーン]

「キラ様!」
その声で、キラは目が覚めた。
岩陰でじっと身を潜めているうちに、眠り込んでしまったようだった。
PCXは、「猿」たちの眼を盗んで、巣穴から抜け出してきた。
「無事だったか。」
「はい。あの生命体は、やはり、絶滅したはずの類人猿でした。何とか環境に適応し生き延びたようです。この巣穴は、奥が鍾乳洞になっていて、年間安定した気温を保っているようです。」
「天然のシェルターというわけか・・・それで生き延びられたんだな。」
「はい。それと、彼らは高い知能を持っています。木や石を道具にして、狩猟をしているようです。言葉も少し持っている様子でした。おそらく、これから何千年、いや何万年か後には、人類のようにこの地球を支配するようになるかもしれません。」
PCXは、アンドロイドのはずだが、絶滅したはずの生命体に触れ、何か興奮したような話し方をした。
「そのころには、きっと人類は滅亡しているのだろうね。」
キラは呟くように言う。
「すみません。ただの、科学的な考え方の一つです。・・それに、彼らの食糧になっているものを調べてみたところ、残された骨の形状から、他にも、小さな哺乳類がいるのが判りました。驚くべきことです。地殻変動と気候変動で、高等動物のほとんどが死滅したとされていたのです。しかし、こうして生き延びた種がいるということは、どこかに、人類もきっと生き延びているのではないでしょうか。」
確かに、PCXの言うとおりだった。
実際、ジオフロント以外、オーシャンフロントにも人類がいる。世界中に造られたジオフロントの数を考えれば、きっとどこかに人類が残っている。そう信じたいとキラは思っていた。
その日は、朝まで洞窟の入り口の岩陰で過ごした。
夜明けとともに、「猿」たちが動き始めたのをPCXが気付いて、キラを起こした。
昨日見た、ボスを先頭に、体の大きな猿たちが群れを成して、どこかへ出かけて行く。PCXが言っていた通り、猿たちは、手に様々な形や長さの木の棒を持っていた。
PCXとキラは、「猿」たちに気付かれないよう、少し離れてその群れを追い掛けた。「猿」たちは、昨日出会った森とは別の方角を目指している。その先には、大きな湖があり、深い渓谷からの幾筋もの流れが注いでいる。
「猿」たちは、湖に着くまでは、少し楽しむように枝を飛び移ったり、仲間内でじゃれ合うような場面があったのだが、湖が近づくと、ボスを中心に集まり始め、徐々に緊張しているように感じられた。
突然、ボスが何かを察知して停まった。「猿」たちはじっと身を潜めるように周囲の様子を伺っている。確実に何かが近づいているようだった。
キラは上空からその様子を感じ、遠くに視線を移した。
「猿」たちのいる岸部の湖面が徐々に波が立ち始めた。「猿」たちははっきりと身構え、手にした木の枝を掲げた。
すると、水中から巨大な黒い塊が浮上してきた。それは巨大なカメだった。甲羅の大きさは優に10mを超えており、背中にはいくつもの突起物がある。大人しいとは言い難い形状だった。ゆっくりとカメは岸辺に近づいてくる。そして、終に、大きな頭を持ち上げる。頭部は三角形に尖り、先端には甲羅同様に角のようなものが飛び出している。口には大きな牙も生えている。動きはゆっくりだが威圧感がある。カメは岸に上がると、しばらく、周囲の様子を伺った後、まっすぐに「猿」たちが潜んでいる場所に歩き始めた。一歩一歩、足音が静かな森に響く。カメは明らかに「猿」たちを獲物として狙っているのが判った。カメが近づいてくるのを察知して、ボス猿が唸り声をあげた。潜んでいる猿たちが四方に散っていった。「猿」たちも、このカメを獲物として狙っている。
キラとPCXは、じっと両者の動きを上空から見守っていた。
ボス猿は、ひときわ大きな木の棒を手にしている。そして、カメが森の中に入り、あとわずかにまで迫った時、いきなり飛び上がり、樹上から、カメを威嚇するように胸を叩き、吠えた。そして、カメの頭部に飛び、木の棒で一撃を加えた。カメがゴウーと唸り、ボス猿に牙をむく。それを見て、ボス猿が後ろに跳び、カメを誘導するかのように木の枝を渡る。カメはゴウと吠えながら、ボス猿を追う。どうやら、湖から流れ出している川に沿って、カメを誘導しているようだった。その先には、大きな断崖がある。カメは目の前に立つ木々をなぎ倒しながら前進する。ボス猿はカメに捕まらない距離を保ちながら進んでいった。

22.狩りの結末 [AC30第2部カルディアストーン]

いよいよ断崖の一歩手前までカメを誘導してきた。しかし、カメも何かを察知したようだった。そして、ボス猿を追うのを止めた。それを見て、後を追っていた若い「猿」たちが、後ろからカメを追い立てる。しかし、これは逆効果だった。後ろに表れた猿を気にして、カメが向きを変えようとしたのだ。これでは、ここまで連れてきた意味が無くなる。ボス猿は意を決して、カメの鼻先に立った。そして、強く胸を叩いて威嚇する。
「危ない!」
上空から一部始終を見ていたキラが叫ぶ。
カメは一瞬首を竦めた格好をした後、目の前のボス猿に向かって、大きな口を開いて噛みついた。ボスは身を躱そうと飛び跳ねるが、一瞬遅れた。カメの牙がボス猿の右足を貫いた。辺りに真っ赤な血潮が飛び散る。ボス猿は、右足を貫かれた状態で、カメの口元に宙づりとなっている。
それを見て、若い猿たちは恐れおののき、樹上に身を隠す。
「このままじゃ、ボス猿は死んでしまう!」
キラは、スクロペラムを手にした。
「キラ様、お止めください。自然の摂理です。むやみに手出しをするべきではありません。」
PCXがキラを止める。
「しかし・・・。」
そう言っているうちに、口元に宙づりになったボス猿が目を覚まし、ゆっくりと身を起こす。鋭い牙は右足を貫いたまま。激痛が走っているに違いない。ボスの表情は引き攣っている。それでも、目は爛々と輝き、闘争心は失っていない様子だった。
カメの視界には、ボス猿は入っていないようだった。ボス猿は、カメの鼻穴に手を突っ込んだ。カメは突然の激痛を感じたのか、首を左右に振る。その拍子に、ボス猿の右足は牙から抜けた。その機とばかり、ボス猿は、カメの頭に跨り、両方の眼を握り拳で何度も何度も打ち据え、カメの眼からは血が噴き出してきた。
最後に、カメが強く首を振ると、ボス猿は力尽きたのか、反動で,宙高く舞い、そのまま、高い崖から落ちて行った。
視力を奪われたカメは、興奮して、何度も何度も吠える。そして、ただ、その場を逃げ出すかのように前進して、終には、高い崖から真っ逆さまに落ちて行った。
「狩りは失敗だったのか・・。」
一部始終を見ていたキラが呟いた。
「そうでしょうか?」
PCXが答える。
「ボス猿は命を落とし、カメも谷底に落ちたんだ。失敗だろう。・・」

静かになった森に、若い猿たちが姿を見せ始めた。そして、ボス猿とカメが落ちて行った断崖の底をひとしきり覗き込んでは、一カ所に集まり始めた。そして、その後から,雌猿や幼い猿たちも姿を見せた。洞窟に居たほとんどの猿たちが集まってきたようだった。
しばらく、群れはその場に座り込んだまま、ボス猿を悼んでいる様子が感じられた。それから、一匹の猿が立ち上がり、手振りで何かを伝えているようだった。すると、猿たちは少しずつ、森の中へ散っていった。

「おそらく、あの巨大なカメは、猿たちの天敵だったんでしょう。森の中で、幾度も襲われていたんじゃないでしょうか?それをどうにかしようと、ボス猿が自らの命と引き換えに、退治した。群れのために命を懸けたのでしょう。これで、きっと彼らはこの森でしばらくは安心して暮らすことができるでしょう。」
PCXが解説するように言った。
「そういう事か・・・。」
キラが言うと、PCXが言う。
「いえ、そういうふうに考えれば、あのボス猿も救われるのではないかと考えただけです。本当のところは、彼らに訊いてみないと判りません。」
「いや、きっとそうだ。最後のボス猿の執念は、ただ狩りをするという程度のものじゃなかった。きっとそうだ。」
キラは、涙を流している。
「彼らはきっとこの森で長く生き延び、きっといつか、この地上を支配することになるだろうな。」
キラとPCXは、猿たちの群れを見送って、再び、ジオフロントへの帰路に着いた。

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