So-net無料ブログ作成
  • ブログをはじめる
  • ログイン
峠◇第1部 ブログトップ
前の10件 | -

1-1、訪問者 [峠◇第1部]

tao.JPG 夏の終わり、峠にあるバス停に男が一人、大きめの荷物を持って、立っていた。
 砂埃を立てて、峠を下っていったバスには、彼以外には乗客はいなかった。
 バス停の隅に置かれた今にも朽ち果てそうな長椅子に腰を下ろして、たばこに火をつけて、少し深く煙を吸い込んだ彼は、ため息を吐き出すように、
「ここが最後の場所だな・・・。」

 彼の職業は、フリーライター。と言っても、大した仕事をしているわけでもなく、ここ数年は、ある「言葉」を追って、全国を歩き回っていた。
 大きめの荷物には、大半がこれまで集めた資料が入っていて、他人が見れば、ゴミ同然の代物に違いなかった。

峠道の頂上に立つと、そこからは、瀬戸内の穏やかな海が見える。
そして、両脇に立つ山に貼り付くように集落があり、その間を流れる川を取り巻くように水田が広がっている。
晩夏となり、水田の稲もわずかに穂が伸びているらしく、西風にあおられて、やや重く揺れているようにも見える。
峠から少し下ったあたりに、東と西に広がる尾根伝いに小道があり、自動車がようやく入れるほどの道幅で、轍だけが木陰の中に続いていた。

 彼は使い古した黒い手帳を取り出して、これからの目的地を確認すると、荷物を持って立ち上がった。
 「この道でいいはずだよな。」
 独り言をつぶやき、西側の道を入っていった。
西側の道は、少し上り坂で、珍しく石畳が残っていた。
両脇の雑木が、ちょうどトンネルの様に茂っていて、汗ばんだ肌がひんやりするほどだった。行く手の100mほど向こうに、目的地の玉林寺が見えた。

玉林寺はこの村の墓守で、由緒や建立時期などは不明であるが、割と古い建物で鐘楼もしっかりしており、本堂には阿弥陀如来も鎮座していた。
山寺と言うにはやや大きく、本堂の裏には、墓地も広がっている。
漆喰の書蔵もあり、過去帳なども揃っているらしい。境内は、よく手入れされており、落ち着いた趣がある。
「ごめんください。ご住職はいらっしゃいませんか。」
 何度か呼びかけたが、本堂からは返事がなかった。横手にある住居に回ろうとしたところで、声がした。
「こちら、こちら。すぐにいきますから少しお待ちを。」
 納屋らしき建物から、住職が足早に出てきた。
「墓掃除をしていまして、道具を片づけていたところで転んでしまいまして。」
現れた住職は、右手をさすりながら、こう言って苦笑した。

住職と言っても、畑仕事の農夫と変わらず、麦藁帽をかぶり、腕抜きに地下足袋で、メリヤス肌着にナッパズボンを履いている。年齢は60才くらいだろうか、白髪が交ざった太い眉に、少ししゃくれた顎が印象的だった。
「あの、先日お電話させていただきました福谷幸一と申します。用件はお伝えしてあると思いますが・・・」
そこまで言うと、住職が遮るように
「存分にどうぞ。どうせ、暇にしていたところじゃし、庫裡の掃除にもなりそうじゃから、いいですよ。それと、本堂に寝泊まりしてもらって結構。儂もひとり暮らしで、気楽にやっとる身の上。食事の支度くらいは、お手のもの。なに、金なんかいらんから、ゆっくりしていけばええ。」
 こう言うと、妙な笑顔で、肩を叩いてさらに付け加えた。
「面白いものが見つかったら、教えとくれな。わはっはっは。」
 住職にしてみれば、彼が何をしに来たのか余り関心がない様子であったが、久しぶりの訪問者ということで、何とは無しに嬉しかったのだろう。彼にとっては、思ってもみない応対で、安堵した。


1-2.夕食にて [峠◇第1部]

 その夜は、夕飯に続き、住職の晩酌につきあうこととなった。
「この村は、その昔には島じゃったそうじゃ。干拓やら洪水なんぞで地続きになったが、ほとんどが船持ちの漁師でな。海辺にしか住んどらんかったが、峠道が開通して、町からよそ者が入ってきて住みだしてからというもの、上の衆だとか、下の者だとかというて、仲が悪くてなあ。それからな、山が東西にあって、東方・西の地と分かれてまた仲が悪い。今でも名残があるようじゃけど、まあ、最近は派手なもめ事はないわな。」
「というと、この村は、4つに分かれて喧嘩状態になった事もあるわけですね。」
「そうじゃ。村の真ん中の川に橋がかかっとるんじゃが、これを作る前にはみんなで助け合って人夫作業もやっておったんじゃ。いざ、出来たら名前をつける時にもめてのう。結局、四方の橋、「四方橋」という事で、まとまったんじゃが、決まるまでには、大変じゃったのう。」
「何か事件でもあったんですか?」
「いやいやいや、そんなことは・・・・。それより、あんたは何を調べておるのかのう。」
「いえ、他人から見ればゴミみたいな事です。自分の因縁みたいなものを見付けたくて・・・。」
「因縁とは難解じゃな。この村にその因縁があると言うことかの。」
「たぶん、あると信じてきました。ここには、玉という字の付くものが多いですね。さっきの川も「玉の川」だし、この寺も「玉林寺」。確か、山の中腹には「玉祖神社」というものありますよね。海岸の先には「玉付崎」というものある。何か言い伝えがあると思うのですが。」
「それは、昔の言い伝えでな。玉付崎に流れ着いた舟に、赤子が乗っていた。その子は、錦の着物に包まれていたことから、村人が、高貴な人の落とし子と思いこんで、大事に育てた。やがて、青年になり、村の長の娘と恋に落ちてのう。そのことを知った村の若者達は快く思わず、邪魔をし始めて、ついには、青年を殺してしもうたそうじゃ。そのことを知った娘も玉付岬から身を投げたそうじゃ。」
「そんな悲恋の物語があったんですか。」
「話には続きがあってなあ。その娘が身を投げた後、天変地異が起きたそうで、村人達は、青年と娘の恨みじゃと思い、娘が身を投げた岬にあった大岩をご神体として、玉祖神社を造り祀ったという事じゃ。」
「やはり青年は、高貴な方の落とし子だったのでしょうか。」
「それはわからんが、、、さて、夜も更けた。寝るとしよう。ゆっくり休むがいい。」
そういうと、住職はさっさと立ち上がり住居のほうへ引き上げていった。

1-3.視線 [峠◇第1部]

 翌日、彼は朝食を済ますと、集落のほうへ歩いて出かけることにした。
玉林寺から、西の山沿いに玉付崎まで「西の地」の集落を抜ける道が続いていた。町からバスで1時間の距離にも関わらず、この村は過疎となりつつあり、集落の中には随分と無人の家屋が目立つ。中には茅葺きだった様に思える古い家屋もあり、何十年も前から廃屋となっているようであった。

四方橋に出る道との三叉路に近づいたところで、1台の車が追い越してきた。この村には不似合いな外車には若い娘と老紳士らしき二人が乗っているようで、追い抜きざまに、運転している娘と目があった。見慣れぬ男がふらふらしているのが気に障ったのか、きっと睨み付けるような視線を投げつけてきたように、彼には見えた。

三叉路を左に曲がり、四方橋に出た彼は、橋の真ん中まで来ると、ぐるっと、村を見回してみた。
丁度、ここから見ると、北側が山、南側に海があり、橋は山と海をつなぐ川の真ん中にあるのが良くわかった。この村だけでこの世のすべてのものを凝縮し完結しているようで、確かに、よそ者は嫌われるようだと感じた。

四方橋を渡り、東方に入ったところに、小さなたばこ屋があった。
道に面した壁には、自動販売機が一台あり、横には昔ながらのたばこの陳列ケースが設えてある座敷が見えた。座敷には老婆が一人座っていた。たばこを買うついでに少し話しを訊きたくて彼は声を掛けた。
「おはようございます。ホープ一箱ください。」
「そこの自販機で買うてくれんかのう。ここにはたばこは置いとらんので。小銭がないんなら両替はしますから。」
 見知らぬ客に少し怪訝そうな声でうつむいたまま、老婆は応えた。
「あ、そうですか。」
なんだか、声を掛けた方が悪かったように思えて、そのままホープ一箱だけ買ってそこを離れようとした時、その老婆が問いかけた。
「あんた、この村に何しにきたのかね。」
「少し興味のある事がありまして。あ、僕は福谷と言います。職業は一応フリーライターということになっていますが、、、、」
「物書きさんかな。そうじゃ、もうじきこの村の祭りじゃからのう。全くけったいな祭りじゃからそれを書いたらええ。」
「どんな祭りなんですか。」
「いやあ、祭りはそう珍しくないんじゃが、終いの儀式と言うとる玉の川の騒ぎが面白いんじゃ。」
老婆はゆっくりと思い出すように話してくれた。

この村の祭りは9月の末。玉祖神社の奉納祭りで、朝から村の青年が玉を乗せた御輿と鐘と大笊を持って、上・東・下・西と回って賽銭を集めてから、神社に帰り神主の詔で幕を閉じる。
終いの儀式とは、その後、青年達が四方橋まで駆けてゆき、褌一丁で大声を出しながら川に飛び込むと言うものだった。一番に飛び込んだ青年の集落から村の総代を選ぶのが習慣となっている。褌姿が面白く、村人はもちろん町からも見物人がくるほどというものだった。

「まあ、近頃は若者も少なくなって褌姿になるのが嫌だとかで、ここ数年はさびしいもんじゃがのう。」
 ここまで訊くと返す言葉がなくて、
「どうもありがとうございました。少し村の中をぶらぶらしてみます。それじゃ。」
 そう言うと山手の方へ坂道を上ってみた。

1-4.怜子 [峠◇第1部]

 ここらには大きな家が目立ち、若者らしい車などもあって勤め人も多そうだった。たばこ屋の前から山に向かって坂道が続いていて、行き着いた先に薬師堂が立っていた。
薬師堂より山手が上、海側が東方となっている様だった。

その脇を抜け、角を曲がったところで急に視界が開け、その先に玉付岬が見えた。岬まではかなり距離はあったが、緩やかな下り坂なので、一息に歩いてみることにした。道の両側には、段々畑が広がっていて、殆どがミカンを作っているようだった。

 岬といっても、十メートルくらいの高さの断崖で、先端には船の航路案内の簡易灯台がある位だった。ただ、振り返ると集落が見え、思いを残しながら自殺するには打ってつけの場所でもあり、昨夜住職から訊いた話しが、妙に真実味を帯びて感じられた。
 断崖の下を覗くと、山から崩れ落ちた岩がごろごろしていた。ここから落ちるとどうなるだろうなどと考えていたところで、いきなり、後ろから声を掛けられた。
「落ちますよ。」
 振り返ったところに、一人の女性が立っていた。
 白いTシャツにスリムのジーンズ姿で、まっすぐに彼の方に向いていた。
「びっくりしたなあ。」
「あなたはさっき四方橋のところにいた方ね。」
「あ、はい。福谷と言います。この村には昨日から来ていまして。」
「何をしていらっしゃるの?。」
返事に困っていると、
「私は、怜子。私の家は、あそこよ。」
彼女が指さした先は漁港のはずれにある水産会社だった。
「というと、玉水水産のお嬢さんですか。」
「お嬢さんなんて変な感じ。確かに父は社長をやってるけれど、あれは会社なんてものじゃないわ。港の余りものを集めて少し手を加えては高く売りつける、詐欺師みたいなものよ。」
彼女は父の仕事を余り快く思っていないようだった。
「この村には観光なんて気の利いた名所もないし、どこかのご親戚の方と言う感じでもないし。何をしにいらっしゃったの?」
「僕はフリーのライターで、自分の興味に任せてあちこち旅しては記事にしているんです。実は今、神社に興味があって、この村にある玉祖神社の由来を書かこうかと思っているんです。」
「そんなもの書いて、だれか読んでくれるの。」
「そこそこ、売れるものにはなると思っているんだけどね。」
「へー」
「君は?。」
「父の運転手。今日は週1回の通院のタクシー代わり。高校を卒業してからずっと同じ調子。近頃は毎日のように運転手をさせられてもううんざり。おまけに、今日なんか行きも帰りもずっと縁談の話しばかり。どうしても会社を継がせさせたくて会社の連中や村の青年団の連中の名前を挙げては、あいつはどうだ、こいつはどうだなんて。それでむしゃくしゃしていたから、ここに来たというわけ。」

 彼女のうちからここまでは漁港を抜けて海岸づたいにまっすぐこれる場所で気分転換には丁度よいところらしかった。しばらく、海風を浴びながら光る海を眺めていた。岬から外洋に出ていく漁船が数隻見えた他は少しも変わらぬ景色に溶けていく感じを味わっていた。
「そろそろ帰らなくっちゃ。お昼の用意をしないとまたお説教だわ。」
「もうそんな時間か。ひとつ教えて欲しいんだけど、この村に食堂はあるかい。」
「そんなものないわよ。漁協の横ににしきやっていう食料品店があるからそこでなにか買ったら?。朝晩には市場の食堂はやってるけど、よそ者は無理ね。」
「ありがとう。」
「一つ忠告しておくわ。余り村の中をうろうろすると怪しい人と思われるわよ。この村の人は、よそ者をすごく嫌うから。」
「注意するよ。」
「あなた、どこに泊まっているの?」
「玉林寺だけど。」
「いつまでいるつもり。」
「しばらく、、かな。面白い祭りがあると訊いたから、それくらいまでの予定だけど。」
「そう・・・・・。」
彼女は何か考えてから、
「それじゃ。」
といって海岸沿いに帰っていった。

1-5.「にしきや」の女主人 [峠◇第1部]

 彼も少し遅れて海岸に降りて堤防道路に沿って歩いていった。
 さっき彼女から訊いた「にしきや」に行き、昼食になるものを買い求めるつもりだった。
 堤防沿いの道は漁港の作業場につながっていて、丁度、漁に出かける人が準備をしているようだった。
 見知らぬ男が入ってきたことなどあまり関係ないように忙しく動き回っていた。
 漁港を抜けると道は二手に分かれていて、右手には峠に続くバス道路で、左手が彼女の家-水産会社に向かう道であった。

 彼は右に曲がりバス道路のやや上り坂を進んだ。
 坂の途中に漁協の建物が見えた。昼食の時間らしく職員の姿は見えなかった。その隣に食料品店はあった。
 「にしきや」の看板よりも酒造メーカーやパンメーカーの看板の方が大きい外観で、店先の半分くらいが自動販売機で埋まっていた。この店の隣が定期バスの終点・回転場になっているせいか、店の売り上げよりも自動販売機の方が儲かるような感じだった。
 店の中に入るといきなり大きな声で「いらっしゃい。」と声を掛けられた。
 そこには、太った女店主がいた。見たところ、50代。時代遅れのパーマ髪に、濃い化粧、しっかり書かれた眉と赤いルージュ。酒屋の前掛けをつけ、レジ台の奥で椅子に座ってこちらを見ている。
 「お客さん、初めてみる顔だね。どこから来たの。」
 店主はぶしつけに訪ねた。
 「昨日、ここには来ました。福谷といいます。」
 「で、何しにきたのかね。たいして面白い村でもないはずだけど。」
 「先ほど、四方橋の近くのたばこ屋のおばあちゃんから、祭りの話を聞きました。何でも終いの儀式とかある様で、一度見てみたいと思っています。」
 「ああ、あの祭りの事かね。あんた、刑事さん?・・・でもなさそうね。」
 「刑事って、・・祭りの時に何か事件でもあったんですか?」
 「いや、最近はほとんど終いの儀式とやらは廃れているからね。あの事件の事でもまた調べに来たのかと思ったんだよ。」

 店主の話では、30年ほど前にその事件は起こったということだった。
 例年の様に、祭りが終わり、若者衆が神社から四方橋の袂まで駆けてきて、川に飛び込む「終いの儀式」が始まった。
 その年の祭りの前日は豪雨で、通常より水流も強く危ないからと飛び込むのを躊躇う者が多かったが、四人の若者は飛び込んだ。
 そのうち三人は無事に浮き上がってきたが、一人が流れに飲み込まれて行方不明となったのだった。
 二日後の夕方、漁港から出た船が、その男の遺体をはるか海上で発見したのだった。流れに巻かれて溺れ死んだのならば、体中が痣だらけで、見るに耐えない姿になっているはずだが、その男はほとんど水を飲んでいなかった。警察でも、現場検証や事情聴取など行ったが、結局、見物人の証言や状況、男が大量に酒を飲んでいたという点から「溺死事故」とされたという事だった。

 「すこししゃべり過ぎたようだね。お客さん、何買うのかい。忙しいんだから早く買ってってよ。」
 店主は急に追い払うような態度となった。
 出入り口付近に、初老の男が立っていて、彼の方を睨み付けていた。
 彼はパンと缶コーヒーを買うと早々に店をでた。

1-6.昭(あきら) [峠◇第1部]

 バスの回転場にはだれもおらず、彼はバスの回転場の脇にある長椅子に腰を下ろして、買ったパンをほおばりながら峠の方をみていた。
 ここから見ると、先ほど歩いてきた東方のミカン畑の中に、ひときわ大きな屋敷が建っているのがわかった。急斜面に張り付くように立っているその屋敷は、高い石垣を持っていて、周囲には白壁もあり、小さな城の様にも見える。
 「さっき通った時には気づかなかったなあ。ミカン御殿っていうとこかな。」
 そんなことをつぶやきながら、目を左手に移すと、西の地にも同様に大きな屋敷が見えた。こちらは水田を前にして低い生け垣に囲まれていて、奥の方に母屋と屋敷、そして倉を持っていて、いわゆる庄家だろうと思われた。

 しばらくすると回転場に、1台の乗用車がものすごい勢いで入ってきた。真っ赤な車体、底が衝きそうなほど車高が下げられ、ボディからはみ出した太いタイヤ、元の車名がわからないくらいに改造している。
 回転場で2、3回回ってタイヤを鳴らして止まった。ドアが開いて降りてきた青年は、おもむろにボンネットを開けて中を覗き込んだ。エンジンの調子でも悪いのだろうか、あちこちをいじっている様子だった。
 「あの、ちょっと訊きたいことがあるんだけど。」
 彼は声を掛けてみた。青年はちょっと振り向いたが、すぐにエンジンに眼をやって、面倒臭そうに応えた。
 「なんだよ。」
 「あそこの、城の様に見える家は誰のお屋敷ですか。」
 青年は彼の指さす方をちょっと見て応えた。
 「ああ、あれは、祐介んちだ。ミカン成金ってやつだな。」
 「じゃあ、あちらのお屋敷は?」
 青年は同じ様にちらっと見て
 「百姓の親玉、いわゆる庄屋ってとこかな。色気ばばあとバカ息子が住んでるよ。玉穂の屋敷。そして、そのバカ息子というのが俺ってわけ。他には?」
 「ああ、ありがとう。」
 彼は少し呆気にとられて青年の言葉を聞いた。
 一見暴走族のなれの果てかと思うような雰囲気だが、目つきや態度は比較的常識的であって、少し悪ぶっているだけの様な青年だった。

 「あんた、誰?初めて見る顔だけど。」
 「すいませんでした。僕は福谷。フリーのライターで、今回は、この村のことを記事にしようかと思って、昨日ここに来たんです。」
 「こんな村に何か面白いことでもあるのかね。」
 「祭りの事と神社の悲恋伝説を訊いたんですよ。」
 「ふーん。そんな話、誰が読むの?まあいいや。」
 青年は、また視線を車のボンネットに移した。
 幸一も、缶コーヒーを飲みながら、山手のほうへ視線を移した。

 
 青年は、急に何か思いついたように、振り向いて
 「なあ、あんた。フリーって事は、時間はあるんだよな。少し俺につきあわないか。さあ、乗れよ。」
 やや強引に彼を車に乗せると急発進した。
 「どこに行くんですか。」
 「あ、俺の名は昭。この村を記事にするんだろ。それならこの村のことを良く知っている人に会わなきゃだめだ。適任の人がいるから、今からそこに連れていってやるんだよ。」

 この村の中なら、歩いても行けそうな距離なのに、昭は狭い道をすごいスピードで走りぬけていく。改造しているせいで、乗り心地は最悪だった。

1-7.親父さん [峠◇第1部]

昭の車は回転場から左に出て、にしきやの前を通り漁港に出た。三叉路を右に折れて海岸通りを走った。左手前方に水産会社が見えてきた。どうやら、目的地はそこらしかった。
防波堤の切れ目に水産会社へ降りる道があった。
水産会社は午後の出荷のためらしく、倉庫の前には大型トラックが数台止まっていた。昭の車は水産会社の脇の小道を通り裏の空き地に止まった。

「さあ、着いたぞ。ここはこの村の元締め、玉水水産。ここの社長は、この村のことなら良く知ってるからいろいろ訊くといい。」
 そう言って昭は事務所の中に入っていった。

 事務所には、運転手風の男が一人、ソファに横になっていた。
「こんちは。親父いる?」
 昭は、男に訊いた。
「昭か。懲りもせず、良く来るなあ。・・社長は今、浜だよ。」
 昭は、男の返事などどうでもいいという感じで、きょろきょろしていた。
その様子を見て、男は、
「お嬢さんなら、2階の部屋。どうでもいいけど、いい加減諦めたほうがいいぞ。しつこいと返って嫌われるだけだぞ。」
「いや、俺は社長を・・」
 と言い掛けたとき、後ろから声がした。
「こら、昭。また来とるのか。」
 事務所の扉のところに、大柄でがっしりした体格の、一見して「親分」と読んだ方がいいような風体の男が立っていた。
「親父さん、今日はお客を連れて来たんだよ。ほれ。」
 昭は幸一に顎で合図した。
「あ、僕は福谷です。フリーライターで、今、この村のことを記事にしようかと思っていろいろお話を伺っていて・・」
「ほーお。それで。」
「バス停で玉穂さんとお会いして、それなら、村のことを良く知っている人にあわせてくれると言うことになって・・・」
「親父さんなら、いろいろ知ってるだろ。それにこの村の宣伝にもなるし、そうなれば、この会社だってさあ・・。」
 社長の風体がやや強面であったし、何しろ、急な展開で彼もどぎまぎして説明も要領を得なかった。
 そんなやりとりをしていると、2階から足音がして、「お嬢さん」が現れた。
 岬で出会った時とは違い、ピンク色のワンピース姿で、ややうつむいた表情で「お嬢様」という言葉がしっくりする感じだった。
「どうしたの。」
 そう小さな声で言ったところも、別人の様であった。
「おお、怜子。もう具合はいいのか。」
「ええ、楽になったわ。」
「どこか具合が悪かったのか?」
 昭がやや大げさに尋ねた。
「お前らみたいな馬鹿が多いから、頭が痛いんじゃと。」
 社長の言葉から、娘のことが眼の中に入れても痛くないほどかわいいという事が伝わってきた。
「あら。あなたは。」
「やあ、先ほどはどうも。」
「何じゃ、知っとるのか。」
「ええ、さっき岬に行ったときに見かけたんです。落ちそうなくらいに海を覗き込んでいらっしゃったから。」

 そこまで訊いて、急に社長が不機嫌になった。
「さあ、忙しいから帰れ、帰れ。お前達のくだらないことにつきあってる暇はない。おい、史郎、入荷はどうなっとる。」
 急に社長に言われて、ソファに横になっていた男はびっくりして、事務所から飛び出していった。
「それじゃ。」
 社長の急な変貌に驚き、こちらも挨拶もそこそこに事務所を出た。

 車に乗り込みながら、昭は、独り言のように、
「おかしいなあ、いつも暇にしていてさあ。俺が行くと1日中、どこで儲かっただとか、あそこの未亡人はどうのだとか、くだらない話しで時間をつぶしてるのが。やっぱり、よそ者が嫌いなのかな。」
と言った。
「君は、あの、怜子さんが好きなのかい。」
「いや、一時は嫁さんにやってもいいって親父、ああ、社長も言ってたし、車好きなんで時々ドライブなんかにも誘ったりしたんだけどな。最近はなんか避けられてるみたいでさ。」
「ふーん。」
「お前に一言だけ言っとくぞ。怜子には手を出すな。なんかあったらコロスぞ。なんてね・・・・。」
「大丈夫だよ。そんな事が目的でここに来た訳じゃないから。」

 さっき出会った回転場まで戻って、彼は車を降りた。昭は別れ際にこう教えてくれた。
「何にもない村だけどな。夜の十時過ぎに漁港の横にある市場に来てみなよ。酒くらい飲ませてやるからさ。」

 青年と分かれてから、彼は青年が妙に親しくしてくれたことがこれまでに無く嬉しくて、なんだか不思議な気分だった。そんな気分のまま、一旦、寺に戻ることにした。

1-8.玉林寺墓地 [峠◇第1部]

 寺に着いた幸一は、早速、住職の姿を探した。
 境内や本堂、庫裡、納屋、まで回ったが見あたらなかった。どこかの檀家周りでもしているに違いない。
 
 寺の裏手にある墓地に入ってみた。住職は、墓地をよく手入れしているらしい。雑草もなく、供えられた花もきれいに咲いている。
 墓地には、この村の殆どの家の墓があるらしく、寺の構えに比べてかなり広い。
 墓地は東西と南北に走る石畳で四方に分かれていて、それぞれの一番奥に当たるところにはひときわ大きな墓があった。まるで、この村を縮小したような造りだった。
 南の墓には「玉水家」、東の墓が「玉城家」、西の墓には「玉穂家」とあった。
 だが、北の墓だけは壇を残すのみで墓石はなかった。かなり以前に取り壊されたような感じだった。墓石はないが、周囲はきれいに手入れされている。よく見ると、壇の真ん中には、花が植えられている。住職が植えたものだろうか?それとも、この村の上の地区の住人が植えたものだろうか。きれいに咲いている。

 幸一はこの墓からも、さっきバスの回転場で見たそれぞれの屋敷が各集落の代々の顔役の様な存在であることがわかった。

 「上の地区の顔役はどうしたんだろう。にしきやで訊いた事故で溺死した青年が、上の衆の顔役だったのだろうか。それなら、跡継ぎを亡くしてしまったということになる。それでも、何故、墓を壊すような事になったんだろう。」
 しばらく考えていたが、なんだかこの村の集落毎の対立や伝説などと関係があるような気がして、やはり住職に尋ねることにした。

1-9.住職との2日目の夕食 [峠◇第1部]

 夕方まで住職は帰らなかった。
 それまでの間、彼は本堂で、訊いたことなどをまとめることにした。
 彼が持ってきた鞄の中は、これまで彼が調べて集めた資料が詰まっていた。ここ数年はほとんどが神社に関連するもので、それも「玉」と名の付く神社に限っていた。そして、それらの資料の最後のページにはいずれも「我が因縁との関わりなし」と記されていたのだった。
 
 夕日で東方の集落が照らされる頃、住職は帰ってきた。
 帰り着くなり、住職は本堂の彼に声を掛けた。
 「昼食はどうされた。」
 「はい、今日は村の様子見で一回りした途中で、にしきやでパンを買って済ませました。あ、しばらくはこの調子で過ごしますからご心配には及びません。」
 「それはすまなんだなあ。いや、今日は峠向こうの香林寺の住職に相談事があってな。ついつい長居をしてしもうて。すぐに夕飯をこしらえるからのう。」
 「お気遣いなく。お手伝いしましょうか。」
 「いやいやいつもの事じゃ。それより何か収穫はあったかの。」
 「まあ・・・」
 「この村の衆は、よそ者を嫌うからのう。」
 それだけ言うと、住職は夕飯の準備の為に住居のほうへ入っていった。

 月が顔を出す頃には支度も終わり、昨日同様に彼と住職は夕食についた。
 彼は、昼間の疑問を住職に尋ねるため、岬での怜子と出会ったことやにしきやで訊いた話、などをした。
 「そうか、にしきやの店主はそんな事を話したか。」
 「ご住職はそのときには?」
 「儂は、その事故の数年後にこの村に来たのじゃ。その事故の事は村のものもあまり話たがらんので詳しくはしらんがの。」
 「そうですか」
 「確か、事故のすぐ後に、亡くなった青年の後を追うように女が岬から身投げしたということじゃ。どうも、恋仲だったらしく、警察が事故として片づけた後もあれは事故じゃないと言うておったそうじゃ。まあ、訊いた話しじゃから本当のことはどうかしらんが。」
 「その事故のあとも終いの儀式はやっているんですか。」
 「ああ、翌年も、あれは事故じゃから気をつければ問題はないと言うて、剛一郎が続けたようじゃ。」
 「剛一郎というのは?」
 「水産会社の社長じゃ。漁師連中の親分みたいなもんじゃから、あいつがやると言うたら下の若いものはみんなやるからのう。下のものがやるなら、他の部落のものも黙っとらん。事故の前よりも盛んにやるようになったんじゃ。」
 「ひとつ教えていただけませんか。下の顔役が玉水家なら、東方は玉城家、西の地は玉穂家ですよね。裏の墓を見てそう思ったんですが。」
 「そうなるのう。それぞれ代々の顔役でな、村のまとめ役でもあり、いろんなもめ事の原因でもあるがの。」
 「上の衆の顔役はどこの家なんですか。」
 「そうじゃのう。儂がこの寺に来たときにはもう墓も無かったし、何より上の衆も峠の向こうの人間が増えたから、そういう事が廃れたのかもしれんがのう。」

 彼の疑問の肝心な部分は結局わからずじまいであった。

2-1.焼け跡 [峠◇第1部]

翌朝、彼は昨日の疑問を晴らすために上の方を訪ねてみることにした。
ついでに、玉置神社も見て見るつもりで、住職には夕食までは帰らない事を伝えて寺をでた。

 彼は、一旦、四方橋まで行き、たばこ屋の前を通って薬師堂まで行き、昨日とは反対に回ってみることにした。
上の地区は、真新しい建物や洋風の家などが立っていた。車庫や表札もあり、殆どの家はこの村の時代錯誤の雰囲気とは無縁な感じがした。確かに今更、村の顔役の存在など必要としない様であった。
 しばらく行くと、家並みが途切れ目の前に農業用のため池が見えた。すでに刈り入れ時期直前と言うこともあり、池には水も少なくなっていた。池の土手には、老人が座っていて釣りでもしている風であった。
ため池沿いに道は曲がり、峠の方へ上っていた。
 峠を超える道との分岐点まで来たとき、山手側にひときわ大きな屋敷跡があるのが見えた。一見すると森のように見える屋敷跡は、道から一段高いところにあり、周りは古い石垣で囲まれるような構造となっていた。
 
 彼は、昨日の疑問の答えがわかると直感し、この屋敷に足を踏み入れた。
 森の正体は、楠の木が生い茂ったものであった。既に建物は無く、雑草が伸び放題であった。
 「やはり、随分昔に廃れてしまったみたいだな。」
 そうつぶやきながら、深い草叢に分け入った。敷地のほぼ中央にある楠の木に近づくと、何かに躓いた。
 草を分けて見ると、そこには黒く焦げた柱が横たわっていた。柱の太さは1尺もあろうかと思えるほどで、屋敷の大黒柱であったものらしかった。周囲をよく見ると、他にも黒く焦げた柱や壁跡などがあった。
「ここは廃れたのじゃなく火事で消失したんだ。」
 しばらく考え込んでいた時、
「そこで何してるんだ。」
 咎めるような声がした。振り返ると、この村の駐在が立っていた。
「お前は何ものだ。昨日もタバコ屋の婆ちゃんも気味の悪い男が話しかけてきたと言っていたし、漁師連中も目つきの悪い男がうろうろしているとか言っていたが、貴様の事か。そんなところで何をしているんだ。」
 初めから悪人を見るような眼で、今にも捕まえてやろうかというくらいの勢いで尋問した。
「僕はフリーライターで福谷と言います。」
 彼は最低限の必要事項を伝えるかのように短く応えた。
 彼は、若い頃から警官にはあまりいい思い出はなかった。
 「勝手にこんなところに入り込んで何をしているんだ。」
 「すぐに出ていきますから。」
 彼は、草むらを引き返し警官の横を抜けて道にでた。
 「ちょっと待て。何をしにこの村に来たんだ?」
 警官が彼の肩を掴もうとした瞬間、大きなクラクションが鳴った。
 二人とも驚いて一瞬動きが止まった。
 「福谷さん、こんにちは。」
 昨日出会った怜子が車から声を掛けたのだった。
 「やあ、君は。」
 「どうも、お待たせしました。」
 彼には何のことだか良くわからないと言う表情をしていると、
 「ごめんなさいね。なかなか抜け出せなくて。30分も遅刻ね。」
 彼女は、待ち合わせの約束をしている事をわざと駐在に伝えて、
 「駐在さん。こちらは福谷さんといってフリーライター。この村を題材に本を書くんですって。昨日、昭さんが紹介してくれたの。」
 「昭の知り合いですか。」
 「さあ。行きましょう。時間があまりないの。急がなくっちゃ。」
 そう言うと彼女は車に乗り込んでエンジンを掛けた。
 「早く乗って。それじゃ、駐在さん。」
 彼女の車は、彼を乗せて峠を上っていった。

前の10件 | - 峠◇第1部 ブログトップ