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file-1-1 -探して- [同調(シンクロ)]

ここは人口30万人ほどの地方都市、橋川市。
大手自動車メーカーの工場やその関連企業の誘致が成功して、地方にありながらも、比較的景気が良く、近年は外国からの労働者の流入も多かった。
もともとは、農業が盛んで、現在でも郊外に行けば、広い丘陵地帯には、見渡す限りの圃場が広がっていた。

****空に、一筋の青白い閃光が上がる。******
2007_0714_101044(1).jpg

「すみません。・・あの・・・事件が起きてるんです。」
まだ二十歳そこそこの娘が、警察署の玄関で、受付の女性署員に訴えるように迫っていた。

突拍子もない言葉に、女性署員は面食らって、返事が出来ずにいた。
「早く、・・急がないと・・殺されるかも知れません。ねえ、早く!」
「落ち着いてください。いきなりそう言われれても・・あの、何か目撃したんですか?」
そう問いかけられて、娘は天井を見上げて黙り込んだ。
少し間を置いてから、女性署員を睨み付けて、
「目撃したんじゃありません。でも、誘拐されてるんです!」
「はあ?誘拐?一体・・誰が誘拐されたんですか?どこで?」
「いえ・・それは・・判りません。でも誘拐事件が起きてるんです。」

娘が言っている事は、誰が聞いてもつじつまが合わない内容だった。
受付の女性署員は、単なる嫌がらせではなさそうだと思いつつも、まともに相手する中身ではないと感じていた。そして、半ば、拒否するかのように切り出した。
「判りました。それなら、この紙に、住所と氏名、連絡先を記入してください。それから、誘拐事件が起きていると言うのなら、その事実、証拠等も一緒にご記入ください。」
娘が渡された紙は、「困りごと申請書」という表題があった。
明らかに、女性署員は「娘が単に騒ぎを起こしたいのだろう」というふうにしか受けとめていないことがわかった。

「何なの!人の命が懸かってるのよ?誘拐事件が起きてるの!もう・・・。」
娘は悔しさ一杯に女性署員を睨み付けた。そして、急に何かひらめいたようだった。
「ねえ!じゃあ、矢沢さんていう刑事さんを呼んで来て!その人ならわかってくれるから!」
刑事の名を出した事で、女性署員も少し態度を変えた。

「お知り合いですか?」
「・・・いいから!呼んで来てよ。・・もういいわ。どこにいるの?教えて!会いに行くから。ねえ!」
娘が、受付の脇から強引に署内へ入ろうとしたので、女性署員は制止した。

「困ります。ここからは部外者は入れません。それに・・矢沢さんは刑事課じゃありません。」
「じゃあ、どこにいるの?ねえ、教えてよ!」
「やめてください。ちゃんと事の次第を説明していただければ・・」

警察署の玄関で、若い娘と女性署員がもみ合いになったものだから、出入りする人も驚いて、周りを取り囲んだ。その騒ぎを、ちょうど帰宅しようとしていた、紀藤亜美が見つけた。

file1-2  亜美と・・ [同調(シンクロ)]

「ちょっと、どうしたのよ?」
「ああ、紀藤さん。いえ、この娘さんが、事件起きてると・・言われて・・矢沢さんに会わせろって・」
女性署員は娘の腕を掴んで制止したままで答えた。
「え?どうして、一樹に?」
亜美は、その娘の顔を見た。<こんな娘が会いにくるなんて、一樹は一体何してるのかしら>
内心、不快感を覚えながら、亜美は言った。
「ちょっと。落ち着きなさいって。今、呼んで来て上げるから。・・ああ、私は紀藤・・紀藤亜美。ここの署員よ。あなた、名前は?」
「レイです。ねえ、早く、呼んできて!」
「判ったから。・・ああ、そこに休憩所があるから、そこで待っていて。」
そう促して、休憩所の椅子にレイを座らせると、亜美は一樹を呼びに行った。

矢沢一樹は、埃っぽい資料室の机に足を乗せ、ふんぞり返って椅子に座っていた。
もともと、刑事課に配属されていたのだが、半年ほど前、窃盗事件のミスで、配置転換されたのだ。
元来、理屈より先に体が動く体育会系の彼にとって、この部署での日々は、眠っているのと変わらない、退屈極まりないものだった。
資料室のドアがいきなり開き、亜美が部屋に入ってきた。一樹は、その勢いに慌てて椅子から落ちそうになった。
「おいおい、なんだい。ノックぐらいしろよな。」
「ちょっと、来なさいよ。可愛い女の子があなたに逢いたいって玄関に来てるのよ!」
「あ?ああ?なんだい、それ?そんな可愛い女の子なんて知らないぜ?」
「良いから、早く。事と次第によっては、これっきりだからね。」
亜美が何故機嫌が悪いのか、それに可愛い女の子なんて言われてもまったく思いつかない、豆鉄砲食らったような表情のまま、一樹は亜美に腕を掴まれ、部屋を出て行った。

玄関脇にある待合室の隅、カップ売りのコーヒーの自動販売機の明かりを見つめるように、レイは居た。
資料室から出て廊下を曲がったところで、一樹はレイの姿を見つけて立ち止まった。
亜美は、犯人の取調べのような鋭い目つきで、一樹の顔をじっと見つめていた。
「おい、亜美。俺、あんな娘、知らないぞ。初めて見る顔だ。・・・それにしても可愛い顔してるじゃないか・・。ひょっとして、誰か、俺の名前を使っていたずらでもしたんじゃないか?」
どうやら一樹は本当に知らない様子らしかった。亜美は、少しほっとして言った。
「それならそれで、逢えば判るでしょ。」
「ヤダヨ。・・なあ、居なかったって行って追い返しちゃえよ。」
「何?やっぱり、何か隠してるんじゃないの?」
「何も無いよ。」
「じゃあ、自分で逢ってそう言えば?」
「判ったよ。・・お前、ここにいろ。ちょっと様子を見てみるから。」
一樹は、ぶつぶつと言いながら、レイの居るところへ向かった。

一樹は素知らぬ顔で、自動販売機に近づいて、小銭を放り込むとコーヒーを買った。機械が音を立てながら抽出する間に、横目に麗の顔をちらちらと見た。
<やっぱり、知らない顔だな。それに、俺のこと、知ってるなら、すぐに声をかけてくるはずだし>
そう思いながら、カップに注がれたコーヒーを取り出そうとしゃがみこんだ時、
「矢沢一樹さんですね。」
麗は、一樹の腕をおもむろに掴んだ。一樹は驚いて、コーヒーをぶちまけてしまった。
「あちー。何だよ急に。びっくりするじゃねえかい。」
「ごめんなさい。でも、思ったとおりの人。良かった。」
そう言うと、麗は飛び切りの笑顔で一樹を見つめた。
そのやり取りを少し離れてみていた亜美は、何だか腹が立っていた。可愛い娘のあんな笑顔、それだけで許せない気持ちになっていた。明らかに、嫉妬しているようであった。
「ねえ、一樹!どういう事?やっぱり、その娘と何かあるんでしょ?」
「ち、ちょっと待てよ。誤解だってば。俺はこんな娘知らないぜ。」
「レイさんだったかしら?一樹とはどういう関係なの?」
「・・はい、初対面です。」
きっぱりと言った言葉に、一樹も亜美も、呆気に取られ、顔を見合わせた。
「そんな事より、大変なんです。誘拐事件が起きてるんです。助けてください。」
二人は呆気に取られ、どうしたものかと目を合わせた。

file1-3 レイの話 [同調(シンクロ)]

「まあ、いいさ・・とりあえず、話を聞こうか。」
一樹は、改めて、コーヒーを買ってから、長いすに腰を下ろした。
亜美もレイを促すようにして、向かいの椅子に腰掛けた。

「小さい女の子が、どこかの・・倉庫みたいなところに監禁されるんです。」
「あなた、それを目撃したわけ?」
「いえ・・なんていうか・・感じたんです。その女の子の恐怖を、感じたんです。」
「感じた?なんだい、それ?まるでオカルトか、じゃなきゃ、あんたはエスパーかい?」
一樹は、うんざりした表情で天を仰ぎ、手にしたコーヒーを一口飲んだ。
「あの・・私の話、信じてもらえないんですか?」
「・・・なあ・・・常識的に考えても、それを信じろっていうのは無理があるだろう。」
レイは、その言葉を聴いて、そっと目を閉じた。そして、両手で頭を包み込み、まるで何かを思い出しているような表情をした。真っ直ぐな長い髪の色が、その瞬間、少し青みがかったように見えた。そして、ゆっくりと目を開いてからこう言った。
「でも、今も・・その子が居るのは、廃工場の倉庫です。・・男が一人、近くに居ます。・・椅子に縛られているみたいです。」
「おいおい・・なんだい、それ、作り話もいい加減に・・」
と一樹が言いかけた時、急に、廊下にブザーが響いて、甲高いアナウンスが流れた。
『入電!入電!誘拐事件発生。関係署員は、3階会議室へ!』
一樹は、咄嗟に階段へ向かった。刑事課に居た時の習慣のようで、体が勝手に動いていた。

階段の上り口で、刑事課の佐伯と鉢合わせになった。
「やい!お前は、関係署員じゃないだろ!じゃまなんだよ!」
そういうと、一樹の肩をどんと衝いて、足早に階段を駆け上っていった。
その様子を見ながら、同じ刑事課で後輩だった佐藤が、
「済みません、矢澤さん。通ります。・・・会議の後、情報、流しますから。」
小声でそっと言って通り過ぎて行った。

一樹は、頭を掻きながら、すごすごと亜美たちのいる休憩室へ戻ってきた。
一樹はレイを見てから、
「偶然かもしれないが・・いや・・きっと、偶然だとは思うが・・その・・話を・・」
と言いかけたところで、亜美が横から口を挟んだ。
「ねえ、最初からちゃんと話を聞かせてくれる?」
レイは、二人の顔を見てこくりと頷いた。

「夕方、学校帰りに車で連れてこられたみたいです。近くに、ランドセルがあるようですから。それと、窓の外に、大きな風車・・風力発電の・・があるのが見えました。」
「見えましたって?あなた、その子が見ているものが同じように見えるの?」
亜美は興味深く尋ねた。
「ええ、その子の心と同調すると、五感が同じになるんです。ただ・・ぼんやりとした部分もたくさんあるんですけど・・。」
「心が読めるってわけ?」
「いえ・・・強い波長のような・・私は勝手に『思念波』っていってるんですけど。・・恐怖みたいなものを感じると、周波数が合うような感覚で、思念波にシンクロできるんです。・・夕方、女の子が誘拐された時の恐怖を偶然キャッチしたので、今、感じる事ができるんです。」
「そんなことって、あるのかい?」
一樹はまだ信じていないようだった。
「じゃあ、それが事実かどうか、調べてみましょうよ。どうせ、資料室に居てもやる事ないんでしょ?私ももう帰るところだし。」
「そう言ったって、どこに行くんだよ?風車が見える廃工場なんて、たくさん・・・いや?待てよ?・・なあ、仮にだが、その思念波とやらは、遠い距離だと感じないこともあるのか?」
「ええ・・私にはわからないんですけど、やっぱり遠くは感じないみたいです。」
「じゃあ、そんなにとおくじゃない。仮に、市内と考えてみれば・・・風車が見えるところなんて、そんなに多くない。・・その工場の周りに他には何か目印みたいなものはないか?」
レイはまた両手で頭を包み込み、目を閉じた。
「大きなクレーン・・赤と白に塗られたクレーンみたいなものも見えます。」
「そうか・・・じゃあ、場所の見当はついた。きっと、石崎町の工場団地の中だろう。」
一樹の目は昔の刑事だった頃の鋭さを戻していた。その様子を亜美は嬉しそうに見つめた。そして、
「じゃあ、これから行きましょう。どうせ、上じゃ、今頃、誘拐事件対応マニュアルに沿って、準備を始めてる頃よ。まあ、明日の朝くらいまで掛かるでしょ。その前に、助け出せば、きっとまた、刑事課へ戻れるかもね。」
「馬鹿なこと言うな!まだ、この娘・・レイさんだったっけ?まだ、信じたわけじゃないからな。」
「あら?そうなの。まあ、いいわ。行きましょう。」
3人が休憩室から出たところで、先ほどの佐藤刑事に出くわした。佐藤は、刑事課に配属され、最初に一樹から指導を受けたので、今でも兄のように慕っていたのだった。
佐藤は、何も言わず、小さなメモを一樹に手渡した。

file1-4 誘拐現場 [同調(シンクロ)]

F1-4
3人は、急いで、警察署の裏口から駐車場に向かった。パトカーを使うわけにはいかない。
「私の車で行きましょう。ねえ、一樹、運転して。」
亜美は、通勤で使っている軽自動車のキーを投げた。
「お前、俺は運転手か?それに、俺はお前より年上なんだぞ。呼び捨てにするのはやめてくれよな。」
そう文句を言いながらも、運転席に乗り込んで運転を始めた。
亜美は助手席、レイは後部座席に座った。

石崎町は署から20分ほどのところだ。産業道路を真っ直ぐ走ればじきに着く。

「ねえ、さっきのメモ、見せてよ。」
一樹は、ズボンのポケットから取り出して渡した。メモは、佐藤が会議中に走り書きしたものだった。
『権田さき(小1)、祖父権田健一、魁トレーディング会長。』

「きっと誘拐された女の子が権田さきちゃんね。そして、祖父の権田健一が通報してきたんだわ。」
「権田って言えば、相当有名人だ。10年くらいで大きな会社にしてきたやり手だな。」
「じゃあ、身代金誘拐かしら。・・・成功なんてしないのに。」
「いや、金目的じゃないだろう。金が欲しいなら、会長本人を誘拐したほうが成功する。」
「え?」
「亜美は知らないだろうが、警察に通報されてくる誘拐事件は大抵の場合、怨恨が根底にあるんだよ。金目的なら、金を持ってる本人を誘拐して、直談判したほうが手っ取り早いからな。しかし、これだけの情報じゃなあ。」
「そうね。」
「石崎町も広いし、工場だらけだしなあ。」
後部座席のレイは、また、両手で頭を包み、目を閉じてじっと何かを掴もうとした。
バックミラーでその様子に気づいた一樹が声を掛けた。
「どうだい?なにか”感じた”かい?」
レイは何も答えなかった。

遠くに風車とクレーンが見えてきた。
「その子の話が本当ならこのあたりなんだけどなあ?」
一樹はゆっくり車を走らせる。何しろ、埋立地に工場誘致をしたエリアで、大小の工場があちこちにある。最初の頃にできた工場や事務所は廃墟のようになっているものもあって、怪しいところばかりだった。
日もすっかり暮れ、夜の闇が広がり始めた。24時間操業の工場の明かりや、港湾のライトもあるのだが、やはり、工場地帯で人影など無い。一樹は、目を凝らしてあたりを探っているが、なにしろ情報が足りない。何を探すべきなのかも判らなかった。

急に、レイが声を出した。
「そこです!女の子の思念波が出てるところ。ほら、そこです。」
レイが指差した先には、『武田フーズ』という看板が掛かった工場が見えた。廃工場と言うよりも、少し休業している程度で、確かに、出入り口は草が伸び放題になっていて、人の出入りはほとんど無いようだった。工場の脇に小さな2階建ての事務所があった。2階の窓のカーテンの隙間から、ほんのりと灯りが漏れていた。事務所の横には白いバンが停まっている。

一樹は車を停めた。
「確かに状況としては充分だ。だけど、何も確証が無い。休業中の工場、消し忘れの電気、あるいは、偶然、社員が事務所に立ち寄ったということだってあるだろ。・・とにかく、そこに女の子が監禁されてる確証がまったく無いんだ。これじゃあ、踏み込む事もできないだろ。」
「じゃあ、このまま何もできないってこと?」
「とにかく、あそこにさきちゃんがいることの確証が・・・。」
「絶対に、あそこなんです。早く助けないと・・」
じりじりした時間だけが過ぎていく。
「もう私が様子を見てくる!」
亜美がそう言って助手席のドアを開きかけた時だった。1台の黒い乗用車が後方からやってきて、工場の中に入って停まった。
運転席から、30代くらいの痩せた男が降りてきて、外階段を上って事務所に入っていった。

「なあ、亜美!車の番号から持ち主を照会してもらえないか?」
亜美はすぐに携帯で署に連絡した。交通課の同僚がまだ残っていて、すぐに持ち主がわかった。
「加藤祐一、・・元、魁トレーディング部長・・ああ、権田の娘婿よ。離婚したらしいけど。」
「ということは、この事件、我が子を誘拐して、義父を脅してるってことになるな。」
「なんて親なの?・・我が子を怖い目にあわせて・・」
「これで、あそこにサキちゃんが監禁されているのはほぼ間違いないな。」
「じゃあ、すぐに助けに行きましょうよ。」

「待って!」
後部座席からレイが叫んだ。
「今、あそこには男が二人いるみたい。何か揉めてる様子よ。サキちゃんがとっても怖がってる。」
「何だって?加藤以外にも誰かいるのか?・・・一人じゃ、ちょっと無理だな。かといって、亜美を危険な目に会わせると署長がなあ・・・。」
「ねえ、出てくるわ。」

加藤が、何か言いながら、事務所から出て車に乗り込んだ。そして、すごい勢いで出て行った。
「よし、これで一人だな。踏み込むか!」
「待って!・サキちゃんの前に、何か・・・あ、男がナイフのようなものを持って立ってるみたい。」
「くそ!ナイフか!たいした武器じゃないけど、さきちゃんを人質にされたんじゃなあ・・。」

刑事ドラマでは、こういうシーンでは颯爽と踏み込んであっという間に解決なんてあるが、実際はそうはうまくいかない。逆上した犯人を取り押さえるなんて、そんな簡単じゃないのだ。

file1-5 救出 [同調(シンクロ)]

F1-5
「何とか、男を事務所から引っ張り出せれば・・・」
一樹はじっと考えた。
「よし!これから、俺が工場へ忍び込む。そして、機械や灯りか点ける。きっと不審に思って男が出てくるだろう。その隙に、亜美が事務所に入ってサキちゃんを連れ出せ!」
「いいわ、判ったわ。」
「私は?」
レイが訊いた。
「これは警察の仕事だ。一般人に何かあったら、懲戒処分くらいじゃ済まないんだ。じっとしていてくれ。いいな!」

そういうと、一樹は静かに車を出て、事務所の下をそっと抜けて、工場の中に入っていった。

「いや、参った。真っ暗で何もみえない。・・スイッチはどこだ?」
手探り状態で少しずつ前進すると、何かに躓いて転倒した。その拍子に、向う脛を思い切りぶつけて転がった。その勢いで、摘んであったプラスチックコンテナがガタガタと大きな音を立てて崩れた。
ベルトコンベアが動き始めた。その音は、事務所にも聞こえた。

「何だ?また、不良どもがいたずらに来たのか?今度こそとっちめてやる!」
事務所にいたのは、この会社の社長、武田だった。
「大人しくしてるんだよ、サキちゃん。何も怖くないからね。すぐにお父さんが来るからね。」
監禁しているにもかかわらず、武田はサキに対して優しかった。
武田はそういうと事務所を出て行った。

「出てきたわ。・・じゃあ、私の出番ね。」
亜美はそういうと静かにドアを開けて、工場の門の脇に身を潜めた。
武田が階段を下りて、工場に入っていったのを確認して、静かに階段を上がり、事務所の中に入った。
事務所のドアを開けると、椅子に座った状態のサキちゃんを見つけた。
「サキちゃん?権田サキちゃんね?警察よ。あなたを助けに来たの。もう大丈夫だからね。」
サキは、後ろ手に縛られ、さらにロープで体を椅子に縛り付けられていた。
サキは声も出さず、じっと亜美を見ていた。ロープを解くのに予想以上に手間が掛かった。

一方、一樹はまだ工場の床に転がったままだった。工場の入り口のドアが開いて、男が入ってくるのが判ると、そっと機械の下に身を潜めた。
「またいたずらしに来たのか!今度こそ、とっちめてやる。出て来い!」
男は声を荒げた。しかし、物音ひとつ聞こえてこない。男は懐中電灯を手にして、一樹の隠れている機械の傍にやって来た。
「おかしいな、コンテナは崩れてるし、誰かいるはずだが・・・。おい、誰かいるだろ!出て来い。」
男はそういいながら、機械を一回りしている。一樹は機械の足元に落ちていたパイプを握った。そして、男が機械のちょうど反対側に来た時だった。思い切り、男の足をめがけてパイプを振った。さっき、一樹がしこたま痛めたと同じ向う脛に命中。男はもんどりうって倒れた。機械の下から一樹は這い出ると、男に飛び掛かり、馬乗りになった。
「警察だ!サキちゃん誘拐容疑で逮捕する!」
その言葉に男は観念したように大人しくなった。
一樹はズボンの後ろのポケットに手をやってから、
「しまった、手錠もってねえや。」
辺りを見回し、落ちていたガムテープで男を後ろ手に縛り上げ、足にもガムテープを巻きつけて転がした。
「逃げるんじゃないぞ!!」
そういい残して、事務所に向かった。

事務所では、サキちゃんのロープを解こうと、亜美は必死になっていた。思っていた以上にロープは何重にも結ばれていてなかなか解けなかった。そうしているうちに、工場の前に車が停まった。先ほど出かけていった加藤が戻ってきたのだった。おそらく、権田宅へ身代金の催促の電話でもしに行ったのだろう。

事務所に煌々と灯りが点いている様子に、加藤も異常を感じた。
「あれほど灯りは点けるなと言っておいたのに。何やってんだよ!」
そう言いながら、加藤は階段を駆け上がる。
「おい!何やってんだ!」
そう言いながら、事務所に入ってきた加藤は、若い女が人質のロープを解いているのを見て、逆上した。そして、亜美に掴みかかろうとした。
その瞬間、加藤の後ろ頭に花瓶がぶつけられ、加藤は倒れてしまった。

車の中で大人しく待っていたレイが、加藤が戻ってきた様子に気づいて、階段の下の暗闇に身を潜め、そっと加藤の後に続いて事務所に来ていたのだった。
「よかった!間に合って。」

一樹が工場から出ると、加藤の車が戻ってきているのに気づいた。『まさか、亜美も人質になったか』と嫌な予感がして、階段を駆け上がった。事務所のドアが開いていた。

「無事か!」
「ええ、レイさんに助けられたわ。」
見ると、加藤は割れた花瓶と水浸しになった状態でのびていた。
「良かった、無事で。無茶すんじゃないよ。」



file1-6 置手紙 [同調(シンクロ)]

F1-6
ほどなく、刑事課の面々がサイレンを鳴らして現場に現れた。
「いやに早いな。亜美、連絡したのか?」
「いいえ、まだ。」

刑事課の佐伯と佐藤が入ってきた。
「お前ら、何してる?」
「いや・・」
「まあ、良い。権田サキちゃんだね。もう大丈夫だ。家に帰ろう。・・佐藤!加藤と武田、確保しろ!」
佐伯は調子よく、犯人を逮捕した。
「どうしてここが?」
一樹は不審に思って佐藤に尋ねた。
「さっき、権田宅へ身代金の催促の電話があって、逆探知で、岩崎町と特定できました。犯人は、加藤祐一だと、権田さんの話でほぼ特定できていましたから、魁トレーディングの関係者から、岩崎町の武田フーズにだいたい辺りをつけていたんです。・・素人の犯行ですし、すぐに特定できたんです。それより、矢澤さんこそ、どうしてここに?」
「いや、・・偶然・・かな。まあ、刑事の勘とでも思ってくれ・・まあ、またゆっくり説明するよ。」
そんな会話をしていると、佐伯が割り込んできて、
「困るなあ、部外者がこんなことしちゃ。人質が無事だったから良いようなもんだが、何かあったらどうしてくれるんだ。また、とんでもないミスでもされちゃ困るんだよ。さあ、現場を荒らさないようお引き取り願おうか。」
亜美がその会話を聞いて、佐伯に食って掛かりそうな表情を見せたのを一樹が気づき、ゆっくり制止した。
「へいへい、後は刑事さんたち宜しくね。・・ああ、武田は工場の中に転がってるよ。」
一樹はそう言って、レイと亜美の背を押しながら、階段を下りていった。
後ろから、佐伯が、
「悪いが、明日、事情聴取だ。一応、経過を聞かせてもらうから。」
一樹は振り向きもせず、亜美の車に乗り込んだ。

「まったく何よ!まるで自分たちが解決したような口ぶりで!一樹も何とか言ってやれば良いじゃない!」
亜美はまだ怒りが収まらない様子だった。
「レイちゃんが居なかったら・・」
そう言ってレイのほうを向いた、亜美が表情を変えた。
「ねえ、レイちゃん、レイちゃん、大丈夫?」
レイは、意識が朦朧とした表情だった。長い黒髪がところどころ白くなっていて、肩で息をしている。
「一樹、どうしよう。」
「大・・丈・・夫・・です・・・すこ・・し・・休・・め・ば・・」
レイが絶え絶えに小さな声で返事をし、憔悴したように意識を失った。

「私の家に行って!」
一樹は車を走らせた。亜美の家は、山手の住宅街にあるマンションだった。実家は署からほどない距離にあったが、一人暮らしがしたくて、父の反対を押し切って形で、住んでいた。しかし、マンションの資金は全て父親が出してくれていた。一樹も何度か玄関までは来た事があったが、部屋に入った事は無かった。
駐車場に車を停め、一樹がレイを負ぶって、部屋まで運んだ。

「意外に、レイって重いぜ。それに、まだ子どもかと思っていたけど・・」
その言葉に亜美が反応した。
「どこが子どもじゃないのかしら?」

レイをベッドに下ろすと、
「さあ、用事は済んだわ、さっさと帰って。私も疲れたわ。・・そうそう、明日、私非番だから、署へは行かないから、事情聴取は一樹一人でお願いね。まあ、そんなに佐伯さんも尋問めいた事はしないでしょうけど。それと、レイちゃんのことは、口外しないほうが良さそうね。言っても信じては暮れないでしょうけど。じゃあ、そういうことで。」
そういうと、亜美は一樹を厳寒に追いたて、靴を玄関の前に放り投げ、一樹を追い出すようにして、ドアを閉めた。
「なんだい、あの態度!だから、いつまでも彼氏ができないだろ!」
ぶつぶつ言いながら、マンションのエレベータのボタンを押した。
マンションの玄関を出たところで気づいた。ここに来るのに、亜美の車で来ていたのだ。一樹は、戻る足がなった。おまけに、カバンも署に置きっぱなしで、携帯電話も財布も何も持っていなかった。
「ここから、歩いて戻るわけ?なんて一日なんだ!」
そう言いながら、一樹は一人夜道を歩いた。

明け方近く、亜美のマンションの前に、黒塗りの高級車が停まった。
しばらくすると、マンションからレイが姿を見せ、その車に乗り込んで何処かに消えた。

翌朝、亜美が目を覚ますと、レイの姿は部屋になく、テーブルの上には、小さなメモが置かれていた。
『ご心配をおかけしました。もう大丈夫です。
お世話になりました。
信じていただけてありがとうございました。
また、連絡します。 レイ』


file2-1 署長からの呼び出し [同調(シンクロ)]

F2-1
 翌日も翌々日も、亜美は署に顔を見せなかった。一樹は、レイのことが気がかりで、亜美が来れば、その後の様子も聞きだしたかったが適わなかった。

誘拐事件から3日後、一樹は夕方署長室に呼ばれた。
誘拐事件の際、捜査本部には報告もせず、勝手に現場に突入した事で、何らかの処罰をされるのだろうと思いつつ、署長室に向かった。
犯人を捕まえる事ができたとはいえ、警察官としてはやはり規則違反、いや、見込み捜査であり、何の確証も無く、勘だけで動いた事はやはり一樹も反省していた。だからこそ、レイの能力や信憑性についても確かめたかったのだが、今日まで叶わなかった。
一樹は所長室のドアの前で一息ついてから、
「矢沢です。入ります。」
そう言ってドアを開けて驚いた。
署長室には、署長以外にも、県警本部長や刑事課長、佐伯や佐藤の顔もあったのだった。
「オウ、来たか。それじゃあ、そこに立て!」
署長席の前に立たされた一樹は、何が起こるのか予想がつかず、どぎまぎしていた。
「署長賞!貴殿の活躍は他の模範となるものであり、表彰するとともに金一封を与える」
署長はそういうと、表彰状と金一封を手渡した。居並ぶ面々が、拍手をした。
一樹は面食らったが、とりあえず、表彰状を受け取った。
その様子を見ていた佐伯が、ぼそっと「運が良いだけさ、なあ佐藤!」とつぶやいた。

刑事課長の鳥山が、
「署長、そろそろ、こいつを刑事課に戻しても良い頃じゃないでしょうか?」
とせっついた。署長はにやりとしながらも、
「いや、まだだな。今回は、娘・・いや紀籐署員の協力・・いや、他の署員を巻き込んで危険な目にも遭わせたらしいから、まだ、もうしばらくは今のところで鋭意努力してもらいたいなあ。」
と少し意地悪そうに返答した。

表彰が終わり、皆が退室し始めたとき、署長が、
「一樹、この後、何か予定あるか?・・あるわけ無いな。付き合え!良いな!」

署長の名は、紀籐勇蔵。亜美の父親である。
矢沢一樹は、小さい頃、警官だった父を亡くし、母も追うように他界してから、児童用養護施設で育ったあと、高校生の時、紀籐と知り合い、何かと面倒を見てもらっていたのである。警官になったのも、父と紀籐の影響によるものだった。

二人は、署の階段を下りながら話した。
「一樹、まあ、もう例の事件のことは、気にするな。お前の良さは俺が一番知ってる。刑事課にはいつでも戻してやれる。・・ただ・・これから、お前にやってもらいたい事があるんだよ。」
例の事件とは、1年ほど前の窃盗犯の事件の事だった。外国人の窃盗団が、橋川市に入ってきて、署を挙げて検挙に躍起になっていた。一樹は、同僚の葉山一郎と二人で深夜パトロールに就いていた。鷹丘町の住宅街で、黒塗りのバンが公園前に駐車しており、向かいの家の窓が割れる音が聞こえた。二人はすぐに現場に駆けつけた。体格の良い男3人が住宅の中庭に居た。すぐに、一樹が現場に飛び込んだ。
「警察だ!」
そう叫ぶと、3人は停めてあったバンに乗り込もうとした。一樹は、一人の腕を掴んで押し倒した。男は抵抗し揉み合いになった。男が洋服の下に忍ばせたピストルを取り出し、1発発射した。弾丸は、一樹の太ももを貫通した。すぐに、一樹は男の手首を掴んでピストルをもぎ取ろうとした。しかし、その弾みで、暴発した。運悪く、その弾丸が葉山の頭を貫通した。
葉山は一命は取り留めたものの、意識不明のまま緊急入院し、現在も意識が回復しないままだった。
犯人にも逃げられてしまった。
事件の状況は一樹の証言以外に無いため、事件・事故の両面で県警本部でも審議されたが、決着はつかず、一樹の責任は問えないものの、そのまま刑事課勤務にしておくことはできないと判断され、署長が今の部署へ配置転換をして、決着をつけたのだった。
「わかってます。それに、葉山はまだ病院にいます。奥さんにも申し訳ないですから・・。」
署長は、一樹の背中をぽんと叩いて、
「よし!署長賞の祝いをしよう。行きつけの店で騒ぐとするか!」

file2-2 レイの能力(チカラ) [同調(シンクロ)]

F2-2
「また、ここですか?」
「何だ、文句あるか?」
紀籐の行きつけの店は、署から歩いてすぐのところにあるカラオケ店である。
まったく下戸の紀籐は、しばしばここに一樹を誘ってきていた。店長とも顔なじみで、ドアを開けて入ると店長はそっと指差して、入り口近くの部屋を案内した。
部屋のドアの飾りガラスから部屋を覗くと、そこには、亜美とレイの姿があり、二人でマイクを持って楽しげに熱唱していた。

「おう、早いな。」
「パパ、遅いんだから。呼び出したのはそっちでしょ!もっと早く来てよね。まあ、レイちゃんと楽しくやってたけど。」
「すまん、すまん。・・・一樹、まあ、座れ。今日は一樹の署長賞の祝いだから、好きなものを注文しなさい。今日はおごりだ。」
一樹の祝いだといいつつ、亜美やレイが来ていることで、一樹は署長が誘拐事件のいきさつについて興味を持っている事はわかった。ただ、実際、一通り説明したところでどこまで信じてもらえるかは疑問に思いつつ、席に着いた。

「パパ、こちらがレイさん。誘拐事件の通報者。」
「初めまして、神林レイです。」
「やあ、初めまして。亜美が助けてもらったようで、ありがとう。・・・君、神林と言ったね。」
「パパ?神林さんって何か?」
「いや、ちょっと昔の知り合いでよく似た・・いや・・なんでもない。・・大体の話は、亜美から聞いたんだが・・どうにも信じられなくてね。・・それで、直接会って話を聞きたいと思ってね。」
「署長!・・俺も最初信じてなかったんですよ。・・今でもまだ半分くらいは・・」
「まあ、一樹!レイさんのおかげで署長賞ももらえたのに、まだそんな事言ってるの?」
「だって、そうだろ。・・おれもあれからいろいろ考えたんだ。ひょっとして、レイさんが偶然、サキちゃんが連れ去られるところを見て・・」
「まったく疑い深いんだから・・じゃあ、工場の場所や監禁されてる様子なんか、どうしてわかるのよ!」
「いや、私も、亜美から聞いた時、何を言ってるのか判らなかったくらいだ。もし、そういう能力があるのなら、刑事が汗水たらして動き回る事は無駄になる、その内、警察は要らなくなるんじゃないかな。」
「もう!本当に男どもはどうしようもない生き物なんだから。」
「まあ、そう言うな。少し、レイさんの事も知りたいんだが・・」

レイは自己紹介をした。
「神林レイです。年は、亜美さんより1歳年上で26歳です。大学を卒業して、今は家の手伝いみたいな事をしています。」
「え!亜美より年上なのか?まだ、二十歳前くらいかと・・亜美はやっぱり老けて・・」
「何なの!?一樹、どういうこと?」
「まあ、良いじゃないか。で、大学では何を?」
「医学部で・・」
「え?お医者さんなの?知らなかった。だって、家事手伝いって言ってなかった?」
「じゃあ、ご実家は病院を?」
「と言う事は、港町にある神林病院と言う事かい?」
「はい。」
そう聞いて、紀籐はじっと腕組みをし目を閉じて黙り込んでしまった。

「ふたりとも、何なのよ!取調べでもしてるつもり?」
「・・すまん、すまん。いや・・その・・君の能力について教えてもらいたいんだが・・」

レイは、誘拐事件の経過を追いながら、強い恐怖心から発せされる『思念波』をキャッチできる事、相手と同調する事で五感を共有できる事、能力を使うと体力を使い一時的に動けないくらい憔悴してしまう事などを話した。

「いつからそんなチカラが使えるようになったんだい?」
一通り話を聞いた紀籐が質問した。レイは少し困った顔をした。
「それが・・・よくわからないんです・・・小さい頃から勘が良いとは言われてましたけど・・はっきり意識したのは、6年ほど前です。」
「6年前と言えば、管内で連続暴行事件が起きた頃だ・・・未解決のままだが・・・」
「ええ、その頃、夜になると底知れぬ恐怖が襲ってくるようになって、最初、精神的な病気にでもなったのかと思ったんですが・・ある日、新聞で事件を知って・・ちょうど、事件の起きた日時と一致するので・・もしかしてと思っていたんです。」
「偶然じゃ・・なかった?」
「確か、最後の事件の被害者は、殺害されたんですよね。」
「ああ、18歳の女の子だった・・・部活の帰りに襲われたらしいんだが・・・。」
「異常に強い思念波を感じて、屋上に出たんです。ちょうど事件の起きた方向に、青い閃光のようなものが見えて・・その直後に・・」
そう言いながら、その時の状況を思い出したのか、レイは急にガタガタと震えだした。
「レイちゃん、大丈夫?良いのよ、無理しなくて・・」
亜美がレイを労るようにして、テーブルの上のアイスコーヒーを差し出して飲ませた。

file2-3 女の子の叫び [同調(シンクロ)]

一樹はそれまでのやり取りをじっと聞いていたが、レイの様子を見て、
「わかった。レイさんに能力があることは信じるよ。でも、その能力は使わないほうが良い。この間も、助け出したあと、すっかり意識も無くすほどになったじゃないか。・・凶悪事件はいくらでも起きるんだ。そういうのは俺たちの仕事だし・・なあ、そのチカラを封印する事はできないのかい?」
一樹の意外な言葉に、亜美が驚いて、皮肉めいた声でこう言った。
「なんだか、妙にレイちゃんには優しいのね。」
「いや・・そうだろう。被害者の感じるもの、見えるものがわかるって事は、苦しさとか痛みとか全て共有する事になる。レイさんが、直接、酷い目に遭うのとおなじだろう。そんなの耐えられるわけがない。俺なんか、殺害現場で遺体を見るだけでも耐えられないんだ、ましてや、その状況の中に居たとしたらどうだ?」
一樹がいつになく真面目に言ったことで、亜美は、自分自身が恥ずかしくなったと同時に、少し一樹を見直していた。

「そうだな。」
紀籐も、一樹の言葉に同調した。しかし、当人のレイは、
「いえ、そうじゃないんです。確かに一樹さんの言われるように苦痛は伴います。でも、この能力は自分ではどうしようもないんです。・・勝手に、思念波が飛び込んでくるんです。」
「使わないという事ができないのか。」
「ええ、だからこそ、最初の思念波を感じた時に、一刻も早く助けてもらいたいんです。より強い恐怖や苦しみにならないように・・・それで・・私の・・いえ、私も救われるんです。」

「ねえ、パパ、何とかならない?」
レイの必至の言葉に、亜美も何かできることはないのかを考えつつ、紀籐に尋ねた。
「レイさんの思いはわかった。だが・・・」
「ダメだって。結局、この前も危ない状況にレイさん自身も巻き込んでしまっただろう。」
「でも、このままじゃ、レイさんはずっと辛いまま。私たち警察は、事件が起きてから犯人を追いかけることには必至でも、事件を未然に防ぐ事ができないんだし・・レイさんの力を借りて、事件が速く解決できるなら、被害も小さく済むわけだし・・・そうよ、レイさんの能力で事件を解決するのが一番なんだってば。」

「あ・・・また・・・」
レイが急に頭を抱えるようにして蹲った。
「どうしたの?レイちゃん!」

「いや・・・怖い・・真っ暗な部屋の中・・・隠れてる・・・怖くて・・・」
その形相は尋常ではなかった。まるで自分が囚われているかのように、手足を縮めガタガタと震えている。
3人は顔を見合わせた。

「レイちゃん、何?何が起きてるの?」
顔を覗き込むように亜美が問いかける。
レイは目を開き、我に返ったような表情で
「どこかに小さな女の子が閉じ込められて・・いや・・隠れてる・・見つからないように・・クローゼットの中みたい。」
「他に様子はわからない?」
「怖くて目を閉じてるみたい・・じっとしてる。」
「名前とか・・住所とか・・何か手がかりになるようなものはないか?」
一樹が問う。先ほどまで否定的だったものの、この状況では動かざるを得なかった。
レイは首を振るだけだった。
「何でも良いんだ・・そうだ!何か、音は聞こえないか?」
レイはじっと精神統一するように目を閉じた。
「信号・・横断歩道の音・・そう、音声案内の音が聞こえてる。でも余り近くじゃないみたい。」
「他には?」
「・・・隣の部屋から音がする。・・・何か言い争っているような男の怒鳴り声。」
「夫婦喧嘩?」
「いや違うだろう。それほどの恐怖、隠れてじっとしている事、何かの事件に巻き込まれてるはずだ。」
「あ・・今、何か落ちて割れた音・・女の人の声もする。・・・きっと大人二人が隣の部屋に居るんだわ。・・」
「やはり強盗か何か・・場所がわかれば・・」
「女の子が、『ママ』って小さくつぶやいたわ。きっと女性が脅されてるみたい。」
「よし!署に戻ろう。戻って、音声信号のある場所をまず洗い出して、絞り込んでいこう。」
4人は店を出て警察署に戻った。

file2-4 場所の特定 [同調(シンクロ)]

F2-4
署に戻った4人は、一樹の勤務している資料室に入った。
早速、亜美がパソコンを使って、市内の音声信号のある地点を検索し始める。
「ダメだわ。市内に20箇所以上あるわ。一つ一つ当たってたんじゃきりがない・・」
亜美はパソコンの画面を睨みつけ、市内の地図画面から、何かヒントになるようなものはないか、考え込んでいた。

一樹は、レイを資料室の机の脇にあるソファ・・いつも一樹が昼寝をしている廃物同様の代物だが・・に座らせた。
紀籐は、一旦、署長室に戻り、専用のパソコンを使って、何かを調べ始めた。

「ねえ、他に何か手がかりになるものはないかしら。」
レイは再びシンクロを始めた。
「・・・何も見えない。・・・あ・・何?・・救急車のサイレンの音。すぐ近くだわ。」
「じゃあ、消防署で絞り込んでみましょう。・・ええと・・4箇所。全て音声信号の近くだわ。」

一樹は、そこまで聞いて、
「俺、とりあえず、その4箇所を回ってみるよ。何か、手がかりが見つかるかもしれない。何か判ったら、携帯で知らせてくれ!」
そういうと部屋を飛び出していった。

内線が鳴った。
「おお、亜美か?一樹は出て行ったな?」
「今、飛び出して行ったわ。とりあえず、市内の消防署4箇所の周辺を見てくるからって。」
「そうか・・今、消防署に問い合わせしたんだが、ちょうど2箇所で救急車が出動したらしい。どちらかだと思うんだが・・」
「ねえ、何で消防署に?」
「すまん、すまん。署長室にはモニターがあって、各部屋の音声を聞けるようになってるんだよ。署員は皆知らないんだが・・まあ、署長の悪口もたくさん聞くことになるけどなあ。」
「んもう!・・で、その2箇所って?」
「上田町と磐田町だ。」
「レイちゃん、どちらだと思う?」
レイはしばらく考えてから
「私の力はそんなに遠くは届かないんです。だから、おそらく、磐田町だと・・」
「よし、一樹に連絡して、磐田町の消防署周辺を調べるように伝えてくれ。」
「わかったわ。」

亜美は、すぐに携帯で一樹に連絡した。
「ちょうど今、磐田町に向かったところだ。1,2分で到着する。だが、ここからどうやって絞り込む?」
「もう少し、レイちゃんにシンクロしてもらうから・・」
「余り無理をさせるなよ。」
「やっぱり・・レイちゃんには優しいのね?」
「馬鹿言ってんじゃないよ!」

亜美に言われるまでもなく、レイはそのままシンクロを続けていた。レイは、まるで、隠れている女の子のような姿勢で足を抱え込み、背を丸め、じっと目を閉じている。時折、びくっと体を緊張させ、更に頭を縮めるようなしぐさもしている。

「声が・・声が聞こえる。・・今度はすぐ近く。きっと女の子の部屋に入ってきたみたい。」
「何て言ってる?」
「男の声・・『もっと金になるものがあるだろう。病院をやってるんだから』って言ってるみたい。」
「病院?・・そうか、きっとその家、病院の経営者ね。・・でも、磐田町には大きな病院はないわ。・・美容院かしら?・・でもね・・」

また、内線電話が鳴り、紀籐の声がした。
「亜美!それはきっと、加藤美容クリニックの院長宅だ。・・確か、磐田町にあるはずだ。」
「え?・・あ、そうか。病院長の家ね。ええと・・あ・・あったわ。」
「すぐに一樹に連絡だ。それと私たちも向かおう。」

亜美は、立ち上がり、レイのほうを見た。すると、レイはソファの上に座ったまま、体を強張らせ動かない様子だった。
「どうしよう。レイちゃんが、動けなくなってる。」

署長室から紀籐がやってきた。
「そうか、こんなに辛い事になるのか・・・でも、この娘が居ないと、これ以上は厳しいな。・・仕方ない、惨いようだが、一緒に行ってもらうしかない。」
そういうと、紀籐は、レイの丸まったままの体を包み込むように抱えると、署を出ていった。
レイの体を抱えた紀籐は、特別な感覚を憶えていた。懐かしいような、悲しいような、これと同じような感覚を、はるか昔感じていたのである。まだ、若かった20代の頃、遠く記憶から消し去っていた感覚だった。
レイの名前を聞いた時、まさかとは思っていたのだが、レイを抱きかかえてみて、自分の予想がおそらく確実なものだろうと考えていた。
レイは、抱きかかえられながら、徐々に体の強張りが緩んでいき、安らかな気持ちになっていくのを感じていた。

「パパ!もう良いわよ。ほら、レイちゃん、もう大丈夫よね?」
亜美の声で我に返った。亜美が車のドアを開けて、立っていた。

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