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アスカケ第2部九重連山 ブログトップ
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‐ウスキへの道‐1.森の一夜 [アスカケ第2部九重連山]

1.森の一夜
高千穂の峰で、ふるさとに別れを告げた三人は、しばらく沈黙のまま山を下った。
故郷の父や母の顔が頭にちらついて、何か言葉を発しようものなら、同時に涙が溢れてくるような気持ちだった。
登った時と同様、しばらくは溶岩原が続いたが、次第に草が生え、緑が広がり、深い森に入った。初めての森は、西の谷から続く森とは違い、木もまばらで日の光が差し込み、先々の景色も見通せる。カケルは先頭に立ち、とにかく東へ東へと向かった。陽も傾いた頃、ようやくカケルが口を開いた。
「今日は、この辺りで休もう。」
森の中は日が沈むと一気に獣たちの支配する世界に変わる。陽のあるうちに安全な場所を見つけなければならない。
「カケル、ここにしよう。」
エンが言った場所は、高い崖の下で、壁がえぐれ、小さな洞穴のようになっていた。夜露を避け、三人で休むには格好の場所だった。

「エンは、薪を頼む。俺とイツキは食べ物を探してくる。」
イツキは、森の中に入り野草を捜した。
春の森で野草を摘む事は村に居た時から得意だった。すぐに、蕨やぜんまいなどの若芽を見つけて摘んだ。タラノ芽も見つけた。森の中を流れる沢には、せりもあった。
「カケルはどこ行ったのかしら?」
カケルは、竹の林を見つけて喜んでいた。
ちょうど筍が生える季節だ。カケルは器用に土を掘り返して、手のひらほどの大きさの筍を3本掘り出した。
エンは、周囲から薪を集め積み上げ、ケスキにもらった火打石を使ってみた。火起こし棒に比べ、数回打ち合わすだけで、簡単に火がついた。
イツキは、野草と干し肉と糒を使って、雑炊のようなものを作った。カケルの採った筍は、そのまま火の中に放り込まれた。一通り外皮が焼けた頃を見計らって、取り出して割ってみると香ばしく焼けていた。三人はハウハウ言いながら、筍を頬ばった。山で冷えた体を温めるには充分であった。

日が暮れると、辺りは真っ暗になり、遠く山犬の遠吠えが響き、暗闇のあちこちを動き回る獣の気配が感じられた。高千穂の峰に登って随分疲れたのだろう。イツキは、鹿皮を身に纏うと、すぐに眠ってしまった。

「なあ、カケル。この先の道はわかるのか?」
エンが、焚き火に薪を入れながら聞いた。
「ああ・・宴の席で、父様やアラヒコ様から、ヒムカへの道を教わったんだ。・・この先しばらく東へ進むと、ユイの村がある。まずはそこまで行こう。そこからは北へ道が繋がっているらしい。」
「ユイの村か・・ナギ様やナミ様も寄ったんだったな。」
「イツキはやっぱり女だ。俺たちとは違う。ユイの村に着いたら少し体を休めたい。まだまだ道のりは遠いんだ。ゆっくり行けばいいだろう。」
「ああ・・そうだな・・・よし、じゃあ交代で眠ろう。俺が先に休んでいいか?」
「ああ・・」
エンも鹿皮を身に纏い、座ったまま眠りに落ちた。

真夜中近く、焚き火の中で、何かが弾けてパチッと音がした。
その音に、イツキが目を覚ました。
「何だ、目が覚めたのか?」
「ええ・・夕餉の後、何だか眠くってすぐに寝ちゃったみたいね・・」
しばらくイツキもカケルも、焚き火を見つめたまま黙っていた。

「ねえ・・イツキも感じた?」
「何をだ?」
「私・・森の中で、母様を感じたの・・・」
イツキは迷いながらそっと口にした。カケルも、その事をどう切り出そうかと考えあぐねていたのだった。
「ああ・・俺もだ・・イツキが感じたのは、あの風のことだろう?」
「ええ・・あの風・・懐かしい気持ち・・ふっと優しい気持ちになれた・・あれは母様よね?」
カケルは、イツキの言葉を聞いて、思い出すように言った。
「母様は言ってたんだ。・・人は死んだらどうなるかって・・人は死ぬと、体と魂とが分かれてしまう。・・体は土に還り、また命を得て生まれ変わる。・・・魂は風になって、空高く登っていくんだって・・・。きっとあの風は母様に違いない・・・。」
カケルはそう言うと、不意に涙がこぼれてきて、顔を伏せた。

母の死を確かめるために村に戻る事などできない。だが、あの風は母に間違いないという確信はあった。
眼を閉じると、村を出てくる時、大門に持たれながら見送ってくれた母ナミの姿が浮かんでくる。もう一人で立つ事など出来ないほど弱っているはずなのに、「私は大丈夫」と教えるように凛とした表情で見送ってくれた。おそらく、最後の命の火を使い切ったのだ。イツキもカケルの言葉を聞いて、涙を流した。
「大丈夫よ、母様はいつも空高くから私たちの事を見守ってくださるわ。ねえ、そうでしょ。」
「ああ、そうだな。」
二人はじっと焚き火を見つめた。
「イツキ・・・夜が開けたら、すぐに出発するよ。・・父様と母様も行ったユイの村に行こうと思う。・・まだまだ随分歩かなくちゃいけない。さあ、もうお休み。」
「うん・・」
イツキは、カケルに寄り添うようにして横になった。静かに夜が過ぎていった。

翌朝、三人がいる場所に朝日が射し始めた頃には、出発の準備をしていた。昨日摘んだ野草の残りも麻袋の中に入れた。
「さあ、いくぞ。」
しばらく歩くと森を抜けた。その先には、広い草原が広がっていた。
たけのこ.jpg

‐ウスキへの道‐2.崖の道へ [アスカケ第2部九重連山]

2.崖の道へ
三人は広い草原を真っ直ぐ東へ向かって歩いた。天気もよく気持ちの良い風が吹き抜けていく。そのうち、イツキが歌い始めた。宴の関で必ず皆が歌った歌だった。古い大陸の言葉で、意味は知らなかった。ただ懐かしく歌い続けた。エンも一緒になって歌った。カケルは歌は苦手だった。小さい頃、みんなと歌った時に、変な声だと笑われて以来、歌うのをやめたのだ。
 広い草原はなだらかに下り続け、両側に切り立つようにあった岩場も無くなり、徐々に見通しが良くなってきた。
イツキは、突然歌うのを止めて、遠くを指差しながら言った。
「見て!あそこ。」
三人は、草原の端、見晴台のように目の前が開けた場所にいた。随分遠くまで見通せるところだった。指差す先を、カケルとエンも見た。
まだ、随分先だが、僅かに森の中に煌いて見える場所がある。湖のようだった。
「きっと、あれが御池だろう。」
「じゃあ、あそこまで行けばユイの村があるのね。」
イツキは安堵した表情で言った。
「ああ、きっとそうだな・・どんな村なんだろう?」
エンが、村の様子を確かめたいように目を凝らし、さらに付け加えた。
「夕方までに着けるかな?」
カケルは、三人がいる場所から、さらに前に進んで、この先の様子を確認してみた。
見晴台から下は急な崖になっている。真っ直ぐ降りるには危険だった。
「真っ直ぐ行けば夕方には着くだろうが・・この崖は無理だな。北側から回り込んで行こう。その方が安全だ。・・明日には着けるだろう。」
これを聞いてエンが提案した。
「俺が、ここを真っ直ぐ降りて一足先に村に行く。お前たちが村に着く頃に休める準備を整えておく。どうだい?」
「一人で行くつもりか?」
「・・もともと、アスカケは一人で行くものだろ?大丈夫だ、この距離なら日が暮れる前には村に着けるはずだ。」
イツキがそれを聞いて言った。
「私が居るから、回り道をするの?」
「いや、そうじゃないさ。急な崖を降りるのは大変だ。・・誰から足を滑らせれば皆
一緒に落ちてしまうかもしれない。一人ならまだ大丈夫だろうが・・。」
カケルの言葉にエンも、
「そうさ。俺一人ならゆっくり自分の具合で降りていけるからな。・・ということで、俺は先に行くよ。二人で後から来い。じゃあな!」
そう言って、麻袋の大荷物をカケルに渡し、崖を降りていった。降り口は、まだなだらかだったが、途中に見える岩場はかなり急であった。
カケルは、上からエンに声を掛けた。
「気をつけろよ。急がなくて良いからな。」

徐々に、エンの姿が見えなくなると、カケルとイツキも足を進めることにした。草原から北側に尾根伝いに進む。ぐっと回り込む様に広がった尾根から、エンが降りていく様子がなんとか確認できた。しかし、そのうち、尾根の道は森になり見えなくなった。
「エン、大丈夫かしら?」
「猟に行っていたんだ、崖を上ったり降りたりするのは慣れてる。大丈夫さ。それより、自分たちの心配をした方が良さそうだよ。」
カケルがそう言ったのには訳があった。
低地に下りてきたせいか、森は随分深く茂り、方角を見失うほどであった。昼間だというのに、随分暗い。足元も湿っていて、ところどころ泥濘もある。
「日が暮れぬうちに、この森を抜けたいな・・。」
カケルは、方角を誤らぬよう注意しながら進んだ。イツキも必死でカケルの後ろを歩いた。
夕方近くになった頃、湿った暗い森をようやく抜けた。カケルは一安心して、振り返るとイツキが苦しそうな表情をしていた。
「どうした、イツキ?」
「・・大丈夫・・・でも・・ちょっと疲れた・・休みたい・・」
イツキはそういうとその場に座り込んでしまった。
エンと別れてから、カケルは必死で森を抜ける事だけを考えて歩いていた。休憩も取らず歩き続けていたのだった。イツキも必死に後を追って歩いて、無理をしたのだろう。座り込んだイツキは、その場から動けなくなってしまった。
「ごめん、イツキ。気づかなかった・・・今日はここら辺りで休もう。」
そう言うと、イツキから小刀を借りて周囲の木の枝を切り、イツキの周りを覆った。
「休める場所を探してくる。しばらく、ここでじっと待っていてくれ。」
カケルは、森の中で体を休める場所を探しに行った。
一人きりになったイツキは、疲れのために急に体が重くなり、横になり眠ってしまった。
日暮れが近づいていた。一刻も早く、安全な場所を探さなくてはならない。森の中を走り回り、ようやく小さな洞穴を見つけた。イツキのところへ戻ると、イツキは眠りに落ちていた。カケルはイツキを抱え上げ、洞穴のところに運び、鹿皮を広げ横にした。それから、薪を集め、火を起こした。何とか日暮れまでには間に合った。気づくと、カケルもすっかり疲れていて、食事もせずに眠ってしまった。

朝日が顔を照らし、イツキは目を覚ました。見ると、カケルが座ったまま眠り込んでいた。イツキは、カケルが目を覚まさないように、そっと起き上がると、カケルが作った竹の水筒を手に、近くの沢を探した。洞穴からすぐのところに沢はあった。顔を洗い、水を汲み、ふっと顔を上げた時、遠くに白い煙が上がっているのが見えた。すぐに、洞穴に戻ってカケルと揺り起こした。
「カケル!起きて!・・・そこに・・煙が見える・・村は近いんじゃないかしら・・」
そう聞いて、カケルは飛び起きて沢まで走っていった。確かに、木々の向こうに一筋の煙が上がっていた。
「人が居るのは間違いないな\\だが・・村ではなさそうだな。」
朝の時間、ユイの村なら、煙が少なすぎる。それに、まだ村までの距離は随分あるはずだった。誰かが野宿して火を燃やしているのだと考えた。
「・・誰か・・エンかもしれない・・けど、急ぐ事はない・・・まずは腹ごしらえをしよう。夕べは疲れてしまって何も食べてないから腹が減ったよ。」
残り火を起こして、麻袋から野草と干し肉を取り出して、雑炊を作って食べた。
「さあ行くか。今日はゆっくり行こう。夕方には村につけるはずだからな。」
崖.jpg

‐ウスキへの道‐3.森の中の老人 [アスカケ第2部九重連山]

3.森の中の老人
沢に沿って歩き始めた。沢は徐々に広がり川となっていった。
昼を過ぎた頃だった。朝、沢で見つけた煙の場所と思われる焚き火跡を川原で見つけた。やはり、誰かがここに居たようだった。魚を焼いて食べた跡が残っていた。
「エンじゃなさそうだ・・誰かが森の中にいるんだ・・」
カケルは焚き火の跡を探りながらそう言った。
「まだ、村までは随分あるでしょ?猟に来ていたのかしらね?」
「いや・・一人で猟をすることは無いはずだが・・」
そう言ってしばらく川沿いを進むと、滝になっていてその先には進めなかった。やむなく、森の中をしばらく歩くと、森の中に小さな池があり、そのほとりに、老人が座っていた。

「煙の主はあの方かな?」
二人は、老人の様子を観察していた。
その老人は、腰掛け、足を水に浸けじっと目を閉じてまったく動かなかった。何かを待っているような、眠っているような、声を掛ける事が憚られる雰囲気であった。
イツキが近づいて恐る恐る声を掛けた。
「あの・・・すみません・・お尋ねしたい事が・・」
その声に、意外と優しくその老人は応えた。
「・・こんなところで人と会うとはな・・どこから来た?・・」
「はい・・私はイツキ。ナレの村からきました。このカケルとともに、アスカケに出て、これからユイの村へ行こうと思っています。」
「ほう・・珍しい、女子でアスカケとは・・ナレの村か・・セイは元気にしておるか?」
「ええ、お元気です。・・セイ様をご存知なのですか?」
「ああ・・若い頃、ナレの村で世話になった。わしの名はゲン。ユイの村の生まれじゃ。」
カケルはその会話を聞いてから、おもむろに尋ねた。
「ここで何をしていらっしゃいますか?」
「ほう・カケルとか言ったな。良い体をしておる。力もありそうじゃなあ。・・さて、何をしておるように見えるかな?」
「先ほどから見ておりましたが・・ただ座っておられる様で・・・。」
「そうか・・・おっと・・来た来た!」
老人は、急に叫んで足を上げた。水しぶきが上がる。見ると、その老人の足先には、紐が結ばれていて、その先の水面には、魚が飛び跳ねていた。老人は、ゆっくりと紐を引き、魚を引き上げた。
「魚を釣り上げておったのじゃ。この池には魚がたくさんおる。それを捕まえるためにここにいたのじゃ。」
「足で・・」
「ああ、不思議か?・・・それはホレこの通り。」
そう言って老人は、体に巻きつけた衣服を剥ぎ取り理由を教えた。老人は、左手が肩から無かった。右手も肘辺りに火傷のような跡があり、満足に動かないようであった。
「若い頃、森で獣に襲われたんじゃ。・・いや、獣が悪いのではない。猟に出ていて、山火事にあった。逃げる最中に、熊に出くわした。火に巻かれ正気を失っておった熊はわしを見るといきなり襲い掛かってきた。その時、腕をやられてのう。幸い、命は助かったが・・これではもう量にも出れず・・・。何とかならぬかと考えて、ようやくこの方法を会得したというわけじゃ。自分の食い扶持くらいなら何とかなる程度じゃがな。」
ナレの村にも、足の不自由なお婆や、目が見えないミコトも居たが、皆で世話をしあい生きていた。
「自分の食い扶持って・・村では食べ物を分けたりしないの?」
イツキが不思議に感じて尋ねた。
「・・ああ、村か。・・・」
「もしかして、一人で暮らしているのですか?」
「・・ああ・・そうじゃ。・・・怪我をしたばかりの頃は村に居た。皆、よくしてくれた。イツキの言うように食べ物等皆が分けてくれた。」
「なら、一人で暮らさなくても・・・」
「まあ、良いじゃないか・・・それより、わしの家に来ないか。人と会話するのも滅多にないことじゃ。大きな魚も連れたことだし、一人で食べるには大きすぎる。これを食わせてやろう。・・ナレの話も聞かせておくれ。さあ・・」
老人はそう言って、立ち上がると、魚を器用に肩に掛けて先を歩いた。
池から少し山道を登ったあたりに、洞穴を使った住まいがあった。住まいの前には、竹で獣よけの囲いがあったが、あちこち傷みが出ていた。
「さあ、ここじゃ。・・どうじゃ、意外に立派な家じゃろう。さあ入れ。」
老人は、家の前にある竈の脇に魚を放り投げ、家の中に案内した。
中には寝床と囲炉裏があるだけだった。

「ユイの村まで行くには、少し遅いようだな。おぬしらの足では、村に着く前に日が沈むだろう。今日はここで休んで、明日行けばよいだろう。まあ、ゆっくりしていくが良い。」
イツキとカケルは、先に村についているはずのエンが気がかりだった。二人の到着が遅れれば、エンがきっと心配するに違いない。どうしたものかと考えていると、老人が、
「何だ。気がかりな事があるようじゃな。」
「はい・・われらより先に、ユイの村に向かった男がいます。」
「エンという者じゃろう。」
「・・エンもここに?」
「ああ・・昨日の夕方、沢近くで会ったぞ。山を下り、崖を降り、ユイの村に行くと言った。だが、随分疲れておって、ふらふらになっておったわ。どこかで転んだか、落ちたか判らぬが、足を引きずるようにしていた。しかたなく、ここで休ませてやったんじゃが、今朝早くには、出て行ったぞ。」
「それなら・・われらの事も・・」
「ああ、カケルとイツキという二人もきっとここを通るだろうからと言っておった。大丈夫じゃ、ここで休ませてやるからゆっくり行けばよいと言っておいた。心配は要らぬぞ。」
二人は、崖を下ったエンが、無事、麓近くまで降りてきたことを聞き、安堵した。
「それより、なあ、たまには旨い料理を食ってみたいのじゃ。その魚を料理してくれぬか?」
「はい、早速支度をしましょう。・・カケルは、薪を集めて来て!さあ、日が暮れる前に。」

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‐ウスキへの道‐4.夜の帳 [アスカケ第2部九重連山]

4.夜の帳
イツキは、麻袋から野草をいくつか取り出して料理の支度を始めた。カケルは、薪集めに家の周りの森へ入った。日が落ちる頃には、すっかり準備も終わった。
魚は開いて半身は串を打ち、囲炉裏の火で焼いた。半身は、カケルが森で取ってきたホウノキの葉に、刻んだ野草とともに包んで蒸し焼きにした。
「おお、美味そうじゃないか・・いただくとしよう。・・おや、これは・・・」
老人は美味そうに一口頬張ってから不思議な顔をした。
「この味は?」
「はい、ナレを出る時、母から貰ったこれを使いました。」
イツキは懐から白い塊を取り出して見せた。
「ほう・・これは塩の塊か。そうか、ナレの村には塩があるのか?」
カケルが答えた。
「はい。長老様やミコト様達が、年に一度、南の村に行き、手に入れて来られます。」
「羨ましいものだ。・・塩があれば、食事も旨くなる。・・・。」
それを聞いて、イツキは、
「少し、お分けしましょう。今日、お世話になったお礼です。」
「そうか?すまないな。ありがたく戴く事にするよ。・・ところで、お前たち、何故、御山から降りてきた。ナレの村からなら、南の道を来ればほんの一日ほどで着くはずじゃ。」
老人は、イツキの料理を食べ満足そうな表情を浮かべて訊いた。
「・・それは・・実は・・御山に昇っていたんです。」
「ほう・・・御山になあ・・それでどうであった?」
「遠く、はるか遠くまで見えました。」
カケルは答えた。イツキが付け加える。
「頂上でニギ様の服と剣を見つけたんです。我が一族の祖、ニギ様は確かにいらしたのです。」
「方、それは凄い。ニギ様か・・・お前たち、ニギ様の話を知っておるのか。・・そうか、セイが聞かせたのだな。・・そう、ニギ様は我らの祖。ユイの村の一族の祖でもあるのだ。」
老人は、どこに隠していたのか濁酒を口にして、少し酔っていたようだった。
「え?ユイの村?」
「ああ・・昔、ユイの一族もナレの一族も一つだった。だが、二つに分かれたと聞いておる。随分と昔の話だがな。・・・・」
「どうして二つに?」
「さあ・・どうしてなのか・・・それより、お前たち、ユイの村に着いた後、どうする?」
「はい・・ヒムカの国へ行きます。」
「ヒムカの国か・・良い国だったが・・」
「あの・・ゲン様は、ヒムカの国へ行かれたことがあるのですか?」
「ああ・・ヒムカの国だけではない、その先の先まで行った。」
「ヒムカの国の向こうはどんなところなのですか?」
カケルは、身を乗り出して訊いた。
「ヒムカの国の北には、トヨという国がある。ヒムカとは違い、トヨの国は険しい山ばかりだ。高い山というのではなく、山のあちこちから煙が出ている。谷も深い。皆、険しい山の中で慎ましく暮らしておる。・・・ナレやユイの村より厳しい暮らしかも知れぬな。だが・・みな、争いも無く静かな国であることに満足しているようだった。・・そうだ、そのトヨの国には面白いところがあった。・・田の中に、湯が噴出している。それも一箇所だけではない、あちこちから湯が噴出しているところがあった。周りの村々から、病やキズを抱えた者が集まり、その湯に浸かって癒しておったな。・・お前たちも一度行ってみると良いぞ。」
「その先は、どうですか?」
「その先は、邪馬台国だ。・・・一度は入ってみたが・・随分、荒れていたな・・・戦が絶えないらしい。・・二つほど村を回ったが・・・余りの荒れ方に・・何も得るものは無いと思って、すぐに戻る事にしたのだ。・・もう邪馬台国は滅びていくだけだろう。」
老人の話に、二人は果たすべき目的の重さを改めて痛感していた。
「ヒムカの国へ行ってどうするのだ?」
カケルとイツキは少し答えに戸惑った。イツキが邪馬台国の王の末裔である事や、ヒムカの国の奥にあるウスキの話をすべきかどうか・・・。老人は、二人が答えに戸惑っている様子を見て、話を変えた。
「ヒムカの国より西、九重の御山を超えてみると良い。・・わしは話で聞いただけだが、火の国があるそうだ。大きな大きな山が火を噴いているそうだ。だが、その山の周りには、広い草原が広がっていて、馬や牛が静かに暮らしておるそうだ。田畑も広がり、人々はみな優しく、助け合って生きておるそうじゃ。ヒムカとは比べ物にならぬ良い国らしい。」
カケルは、幻の中で見た青い草原と火を噴く山、きっとその事だと思った。ウスキの村へ着いた後、火の国へ向かいたいと考えていたのだった。
「ただ・・気をつける事がある。そこは、大地の思いもよらぬところから、熱い風が吹き出すらしい。巻き込まれると大やけどをするそうだ。・・なんだか、面白そうだろ?」
イツキは、老人の話からなんだか不思議な所だと感じたが、草原のあちこちから暑い風が吹き出し、馬や牛が逃げ惑う様子を想像して可笑しくなった。
「ゲン様、これからもずっとお一人で、ここに住まわれるつもりですか?」
カケルは気になり訊ねた。
「・・ああ・・ここでの暮らしは楽ではないが、気ままに暮らせるからな・・」
「寂しくはありませんか?」
「・・ふむ・・まあ、寂しいといえば寂しいが・・まあ、時々、言葉を忘れる事はあるな・・」
「村に戻られたほうが良いのではないですか?」
その言葉にすこし老人は考えてから答えた。
「カケル、お前はアスカケとは何だと思っておる?」
「・・はい、自分の生きる意味を見つける事です。自分の役割、果たすべき事を見つける事。」
「そうだ・・わしも、ここで生きることが我がアスカケと思っておるのだ。」
「村から離れ、一人で生きることがアスカケですか?」
「よく見よ。この場所はどんなところじゃ?」
瞬く星と獣の声、それ以外にない静かな場所であった。カケルは答えに困っていた。
「よく見るのじゃ。・・ここは、獣と人の世界のちょうど真ん中なのだ。その柵の外は獣が支配する世界じゃ。ワシが片腕を失くしたのも、ここからそう遠くないところじゃ。そう、ここにワシが生きておる限り、ここより里へは獣は行かぬ。火を焚き、人の臭いを広げれば、獣も容易には近づかぬ。ワシは、何もできぬ身じゃが、ここに生きている限り、村を獣から守る事ができよう。・・それがワシのアスカケなのじゃ。」
深い森の中で生きる事で、村を守るという老人の思いは、命を削りながら笑って見送ってくれた母の思いと重なって、カケルは思わず涙を零してしまった。

阿蘇噴火2.jpg

-ウスキへの道‐5.ユイの村 [アスカケ第2部九重連山]

5.ユイの村
翌朝、カケルとイツキは老人に礼を言い、早々に出発した。昼過ぎには、ユイの村の入り口に到着した。先に到着していたエンが、村の大門の脇に座り、心配顔で二人の到着を待っていた。
「やっと来たか!」
「すまない。途中で日暮れにあってしまって、森の中でゲン様にお会いして、一晩やっかいになったのだ。」
「ああ・・俺もゲン様にあった。一晩厄介になったよ。・・だが、村の人には黙っておいて欲しいと言われたんだ。」
「ああ・・俺もそう頼まれた。・・だが・・」
「まあ、いいさ、とにかく村に入ろう。昨日のうちに話はつけてある。まずは長老様に挨拶だ。」
三人は村の中に入った。ユイの村は、ナレの村より人数が少なく小さかった。男手が少ないのか、村の家はあちこち傷みが目立ち、村を囲む柵もところどころ壊れていた。

「長老様、二人が到着いたしました。」
エンが、長老の館の前で声を掛けた。長老はゆっくりと顔を出した。随分高齢の様子で、目が良く見えないのか、声のするほうに向いたものの、視線はまったく別の方向を向いていた。
「よくおいでくださった。小さな村ゆえ、たいしたもてなしはできないが、ゆっくりしていきなされ。・・カケルとイツキと言ったな。・・ナギ様、ナミ様はお元気か?」
先についていたエンが、カケルたちのことをすっかり紹介しているようだった。
「はい、父や母からは、ここでしばらく養生させていただいたと聞いています。ありがとうございました。」
「ほう・・力強い声で・・どうやら、ナギによく似ておるようじゃ・・さぞかし、凛々しい青年なのじゃな。」
「・・イツキでございます。・・我が母セツも、この地に来たと聞いております。ありがとうございます。」
「・・セツ?・・なんと、お前はセツ様の娘か・・・ならば、ウスキの村・・いや・・邪馬台国の王の血を継ぐものなのか?・・・もっとこっちへおいで。」
長老はイツキを呼び寄せ、両手でイツキの顔を包みこむように優しく触った。
「美しい娘じゃ・・・セツ様とよく似ておる。・・そうか、ウスキへ行くのか?・・ウスキの村の者も喜ぶであろう・・。」

長老の口から、邪馬台国の王の話が出ようとは思いもしなかった事に、三人は驚いた。
「長老様は、邪馬台国の王の話をご存知なのですか?」
「ああ・・ナギ様がここへ立ち寄られた時に、もしもナレの村にもしもの事があれば、ユイの村でもセツ様をお守りするという約束を交わしたのだ。・・そして、時が来るのを待っておったのだ。生きているうちに、こうして、また王の血を受け継ぐものと会えるとは・・・」
見ると、長老は涙を流していた。イツキは、自らの運命の重さを改めて感じていた。
「まあ、ゆっくりされるが良い。ここ数年、厳しい暮らしが続いて、たいしたもてなしは出来ぬが、体を休める場所は設えておる。・・村のはずれの家を使ってくだされ。・・誰か、おらぬか、案内を頼む。」
長老がそういうと、脇に控えていた姉と弟と思しき二人がそっと近づいてきた。
「フミと申します。こちらは、弟のカズ。村にいらっしゃる間、私たちがお世話させていただく事になりました。さあ、ご案内しましょう。こちらです。」
フミは、カケルたちより、二つほど年上。弟のカズは二つほど年下であった。

三人は、フミたちの案内で、村の中を回った。村のものたちは、フミの顔を見ると皆お辞儀をした。中には、その姿を拝むものまでいた。不思議に感じて、イツキは訊ねた。
「あの・・フミ様?貴方たちはどういう・・」
そこまで言うと、弟のカズが振り向いて、
「姉様と私は、おさ様の孫です。父は、数年前にはやり病で亡くなりました。姉様は、爺様のお手伝いをして、今は、この村を治めています。」
凛としていながら、優しさと慈しみを感じさせる姿は、彼女の果たすべき役割をしっかりわかっている事を示していた。
「母様は?」
カズがフミの顔を見ながら、どう答えようかと思案していた。
「母は、病で臥せっております。」
フミがきっぱりと答えた。
「もう、長くお悪いのですか?」
「・・もう一年近く・・長様と同様、目を患っております。」
そう答えた後で、急に立ち止まりフミが言った。
「ここをお使い下さい。今は誰も使っておりませんので少々傷んでおりますが・・」
そう言って教えられた家は、何とか屋根はあるもののあちこち傷みが出ていた。その様子を見てカケルが訊いた。
「・・この村の家々を見ると、あちこち傷みがありますね。それに獣除けの柵にも・・・」
「はい・・流行り病でミコト様が減り、力仕事ができる者がおりません。・・」
「我らがここに留まる間に、できる限り、修理をいたしましょう。・・他にも何かお役に立てることがあるなら、申しつけ下さい。」
フミはその言葉を聞いて、思わず涙を零した。
「・・ありがとうございます。・・・是非にもお願いいたします。・カズにも手伝わせます。」
「・・そうですか・・それでは、カズ様にもお願いいたします。」
三人は、与えられた家に手荷物を置くと、すぐに、仕事を始めることにした。
カケルとエンは、カズに案内を頼み、家の材料となる木や葦を近くの森や川原で集め、村に運び込んだ。イツキは一つ一つの家を回り、屋根や壁を修理すべき箇所を聞いてきた。カケルとイツキが家の修理を受け持ち、エンとカズは獣除けの柵の修理をする事にした。
家の修理は、何とか日暮れまでにある程度片付いたが、柵の修理は手間が掛かっていた。長年手入れをしていなかったのか、柵の外堀が埋まってしまって役に立たない。エンとカズは、堀をもう一度掘り返すところから始めたのだった。
「カズ、これは厄介な仕事だぞ。村を一巡りする堀をもう一度掘らなければならない・・。」
カズはまだ13歳、体つきもまだまだ少年で体力があるとは思えなかった。しかし、カズも長の跡を継ぐものとしての自覚は人一倍持っていた。
「大丈夫です。少しずつでも掘り進めればいつか出来上がるでしょう。私一人ではやりきれないけれど、エン様やカケル様もご一緒ならきっとやり遂げる事ができると思います。」
カズはそう答えて、また掘り始めた。
「明日も、続きをやろう。・・しばらく、この村に留まることになるな。」
汗を拭きながらエンが言うと、カズは嬉しそうな顔をした。
ウスキの村は遠く何日掛かるかはわからない。ただ、先を急ぐだけがアスカケではないのだ。

堀.jpg

-ウスキへの道-6.相談 [アスカケ第2部九重連山]

6.相談
日暮れになり、三人は与えられた家に戻った。
さすがに疲れた三人は、家に入るとすぐに横になってしまった。空腹感は強かったが、何をする気力もなくなっていた。日も暮れ、家の中は真っ暗になった。ようやく、カケルが起き上がり、囲炉裏の火をつけた。エンやイツキも囲炉裏の傍に来てじっと火を見つめた。
「思ったよりもこの村には長く居ることになりそうだな。」
エンがポツリと呟いた。
「ああ・・まだ、まだやることはありそうだ。しかし、男手がないのは大変だ。ナレの村はたくさんのミコト様がいた。皆、それぞれにたくさんの仕事をこなしていたんだな。」
カケルが答えた。
「そうね・・村に居たときは気づかなかったわ。村はミコト様や母様たちが力を合わせていたから、あんなに穏やかで住みやすかったのね。」

ふいに、外で声がした。カケルが出てみると、フミとカズが両手に皿を持ち立っていた。
「お疲れでしょう。・・本来ならば歓迎の宴をすべきですが・・なにぶん、今は、村も苦しくて、もてなしをする事ができません。これでお許し下さい。」
そう言って、野草と雑穀を煮た雑炊を差し出した。
「少し、お尋ねしたい事があるのですが・・」
カケルがそういうと、フミとカズを家の中に招き入れた。

「しばらく、我らはここに居させていただきます。・・村のお役に立ちたいのです。」
「ありがとうございます。・・今日も随分あちこちを修理いただいたのに・・・。」
「先を急ぐ旅ではありませんから、気にしないで下さい。あの・・それで・・ひとつ、お伺いしたいですが。・・村の流行り病とはどんなものですか?」
フミは少し考えてから慎重に答えた。
「・・はい・・長様のように、目が見えなくなる病なのです。私たちのように子どもはなりませんでした。ミコト様のように力仕事をされる方から順番に悪くなって・・今では、村の大人のほとんどが同じような病になっているのです。」
「目の患いか・・・」
カケルは何かを思い出そうとしているようだった。
「いつごろから?」
イツキが問う。
「・・確か・・前の大水があった時だがら・・2年くらいになるでしょうか・・・その年は、夏に長雨があり、御池も溢れて、この村の家も畑も水に漬いてしまって・・・食べ物も無くて、ひもじい思いをしました。その年、長様が病になられて、順に広がってしまいました。」
「それで・・堀も埋まっていたんだ・・御池が溢れる事があるんだ。」
「ええ・・長様はおっしゃるには、御池から流れる川が埋まってしまったせいだと・・」
「川の流れを戻すのはかなり苦労するな・・。こりゃ随分長くいる事になりそうだ。」
エンが天井を見上げて言った。
カケルは、先ほどの会話からずっと考え込んでいた。その様子にイツキが気付いて訊いた。
「ねえ、どうしたの?」
「・・あ・・いや・・目の患いと聞いたんで・・治す方法を考えていたんだ・・確か、館で見た書物にあったはずなんだ・・・なあ、イツキ、覚えていないか?」
イツキも考え込んだ。二人の様子を見ていたエンが言った。
「なあ、俺の母様は、よく言ってたんだ。・・塩でキズを洗うとすぐに治るって・・でも、傷口に塩を入れると飛び上がるほど痛いんだぜ・・だから・・」
そこまで聞いていたカケルが声を上げた。
「そうだ!・・エン、凄いぞ。そうだ、そうだ。塩だ。確か書物に・・塩で目を洗い清め、その後に・・薬草を・・何だったか・・確か・・オオバコ草が効くはずだ。」
それを聞いて、フミが残念そうに答えた。
「・・塩は、今、ほんのわずかしかありません。・・」
イツキが驚いて言った。
「えっ?塩が無いって・・・」
「はい。以前は、ミコト様がカワセの村まで出かけて分けてもらっておりましたが、今はそれもかないません。残った塩を大切に使っているのです。」
「じゃあ、俺がそこまで行ってもらってくるよ。」
エンは、今日の作業に嫌気が差していたのか、隣村まで行くほうが気楽だと考えたのか、勇んで申し出た。
「しかし・・カワセの村までは丸一日掛かります。それに、ただもらえるわけではありません。代わりになるものを持っていかなくてはなりません。・・以前は、猟で得た猪や鹿を届けておりましたが・・今、村にはそれさえも・・・」
「じゃあ、俺が猟をして獲物を捕らえてそれを届けてくるさ。何、俺の弓の腕なら簡単な事だ。明日にでも出発する。・・そうだ、カズ、お前の一緒に行くぞ。二人で猟をして大物を捕らえて、たくさんの塩を運んでこよう。」
カケルがそれを聞いて、
「そうだな。それが良いだろう。道案内も必要だし・・カズ様、お願いします。」
カズは戸惑いながら、頷き了解した。
「それで・・イツキとフミ様には、薬草を探してもらいたい。まだ、春になったばかりだから、それほど大きくは育っていないだろうが・・できるだけたくさん手に入れて欲しい。」
「オオバコ草は、御池の畔にたくさんあります。そこに行ければ・・」
「確か、父ナギが村から御池に楽に行けるように橋を掛けたと聞いているんだが・・」
「はい、以前は橋がありました。しかし、大水の年に橋を掛けていた大楠が根から流されてしまって・・今は、御池には行けません。」
「そうか・・ならば、まず、明日、橋を掛けなおそう。いずれは必要になるのだ。家の修理もほぼ終わった。エンとカズ様が塩を運んでくる間に、橋を掛け、薬草を集めておこう。」
「堀や川はどうする?」
「病を治せば、ミコト様たちも手伝ってくれるはずだ。川を治すには大人数で無いと難しい。まずは、村の人の病を治す事にしよう。」
「よし・・それなら・・腹ごしらえだな。」
エンはそういうと、フミが運んできた食事に手をつけた。カケルもイツキも食べた。
わずかな塩味がつけられた雑炊を、三人はしっかり味わいながら食べた。

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-ウスキへの道-7.長老とイトロ [アスカケ第2部九重連山]

7.長老とイトロ
 フミとカズは、館に戻って、カケルたちの話を長老に伝えた。
「なんと・・この眼が治るというのか?」
「はい。」
「ありがたいことじゃ・・・。」
「はい・・本当にありがたいことです。・・」
「カケルの父様も、アスカケの帰りに、この村に留まり、家々を直し、むらを元気付けてくださった。ナミ様の体を癒すための礼と言われてのお。その時も、村は苦しい暮らしじゃった。じゃが、ナギ様は毎日ひたすら働かれた。・・ナレの村はそういうミコト達がたくさん居るのじゃな。しかし・・この村は・・・わしの力が足りぬばかりに・・」
長老は、見えぬ眼から一筋の涙を流している。

「きっと、病さえ無くなれば、ミコト様たちも以前のように動けるようになるでしょう。それまでの辛抱です。病を治す術をしっかり教わります。」
フミも泣いている。そしてこう言った。
「ですが・・・村の人たちは、素直に治療をうけてくれるでしょうか?」
塩で眼を洗い、薬草をつけるだけであるが、もともと傷んだ眼を塩で洗うなど、やはり相当の痛みもあるはずである。
「大丈夫じゃ・・わしが一番に受けよう。そうすれば、皆も受けるはずじゃ。」
「でも・・・」
「心配せずとも良い。・・どんな痛みにも耐えてみせよう。長とはそういう役目なのじゃ。」

「あの・・長老様・・・狩りをするにはどこへ向えばよいでしょう。」
カズが尋ねた。
「そうか・・お前は、エン様とともに、獲物を取り、塩を貰い受ける役目じゃったな。・大事な役目じゃ・・頼むぞ。・・狩りをするには・・本来ならば、山手の森が良いのだが・・それでは、遠くなる。」
長老は思案していた。そして、しばらくしてから思い出したように言った。
「おお・・そうじゃ・・・お前は、カワセの村までの道はわかるか?」
「はい・・一度、ミコト様たちに連れられ行ったことがあります。大川の畔にありました。」
「そうか・・頭の良い子じゃな・・その途中に、獣の潜む森がある。そこならきっと良いはずじゃ。途中、険しい道もあるが、お前なら大丈夫だろう。」
「行かれたことはあるのですか?」
「いや・・わしは行ったことは無い。・・イトロに尋ねるがよい。確か、何度か行っておる。峠から森へ入る道も教えてもらうが良い。」
「わかりました。きっと獲物を仕留め、塩を持って帰ります。」

フミとカズは長老の部屋を出た。
カズは、長老に言われたとおり、イトロの家を訪ねた。イトロは、村一番の弓の名手であり、狩りの腕も相当なものであった。元気だった頃には、大きな鹿や猪、熊までも仕留め、村人の胃袋を満たしてくれた。しかし、今は、眼の病になり、ほとんど視力を失っていたのだ。
「イトロ様・・夜遅くすみません。カズです。」
そう言って声をかけると家の中から返事がして、イトロの妻が出てきた。
眼の病になっているがまだ視力は残っていた。
事情を話して家の中に入ると、イトロは、座って弓を磨いていた。イトロは、いつか目が治る事を信じていたのだった。
「イトロ様、一つお教えください。・・カワセの村へ向う途中の峠で、獣の潜む森があるのはご存知でしょう。明日、そこに行きたいのです。」
カズがそう言うと、イトロはじっと考え込んでいた。
「お前一人で、狩りをするのか?」
カズは、カケルたちのやろうとしている事を話した。しばらくイトロは考え込んでいたが、ぼそりと言った。
「確かに、二つ目の峠を越えたところから、北へ入ったところに沼がある。入り口には、大杉がある。俺がつけた目印もあるはずだ。その沼は、山の獣が水を飲みにやってくる。・・鳥も多いし、ウサギや狐も居る。・・そうだ、鹿がよいだろう。沼に来た鹿は足元が悪いから、すばやく動けない。鹿を狙え。一つ取れば充分なはずだ。二人で運ぶにもちょうど良かろう。」
そう言うと、磨いていた弓をカズの前に差し出した。
「これは?」
「ああ、猟をするのならこれを使ってくれ。毎日磨いて、よく撓るようになっているはずだ。俺は使えないからな。・・お前が使ってくれるなら、俺も猟をした気持ちになれる。・・エン様を助け、大物をしとめるのだ。」
「判りました。ありがたくお預かりします。・・でも・・きっと眼は治ります。そしたら、イトロ様、弓をお教え下さい。」
「ああ、判った。きっとだ。」
カズはイトロの家を出て、自分たちの家に戻った。

家の中は暗くひんやりとしている。薪すら満足に無い村で、二人は長の一員として、他の家々に、自らの薪を分けていたのだ。
カズは冷たいだけの干草の寝床に入った。
「ねえ、姉様。もう寝ましたか?」
フミはそっと寝返り、カズのほうを向いた。
「どうしたの?」
「カケル様たちは、何故、あれほど熱心に我らを手助け下さるのでしょう?」
「昔、父様と母様がこの村で世話になったから、お礼をしたいとおっしゃっていたけれど・・・。」
「もし、村の病が治り、昔のような村に戻れたら、我らは、カケル様たちにどうやって恩返しをすれば良いのでしょう。」
フミは答えに困った。そして、
「今はまず、自分の役目をしっかり果たすことでしょう。お前は、エン様を助け、無事、獲物を仕留め、カワセの村にご案内するのです。そして、ちゃんと塩を運んでください。」
「はい。」
カズは、真剣なまなざしで答えた。
「私は、カケル様とイツキ様を助け、橋を掛け、御池でオオバコ草を取ります。そして、村の人たちにちゃんと病を治すようにします。今はまず、出来る事をしっかりやりましょう。」

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-ウスキへの道-8.鹿の命 [アスカケ第2部九重連山]

8、鹿の命
翌朝、エンとカズは、カワセの村に向うため出発した。
カケルとイツキ、フミは、橋を掛けるために御池に向った。

エンとカズは、村から東へ延びる野道を歩いた。ゆっくりとした上り坂を一つ越え、二つ目の峠に差し掛かった。
「エン様、この峠から入ったところに、沼があるそうです。鹿を仕留めるのが良いと聞きました。」
「そうか・・沼か。・・今日は空も少し曇り気味出し、風もほとんど無い。これならきっとうまくいくだろう。・・で、沼まではどうやって行く?」
カズは辺りの木を一つ一つ調べ始めた。
「・・狩りの名手、イトロ様が昔ここへ来た時、沼への入り口の印をつけたそうなのですが・・」
「いつの事だ?」
「随分前でしょう。」
「それなら、もっと上の方を探せ。長い年月で木も大きくなっている。」
そう言って、木々の上の方に視線をやると、一番下の枝に黒い縄のようなものがぶら下がっている杉の木があった。
「あれじゃないか?」
「きっとそうです。」
二人は、その杉の横に立ち、森の奥を見た。木々の間に、ぼんやりと道のようなものが続いているのが判った。その道に沿ってゆっくりと入って行った。少し入るだけで日差しが弱くなり、途中真っ暗な森になった。足元を確かめながら進むと、前方に青く光る沼のようなものが広がっていた。二人は、頭を下げて辺りを観察した。
エンが小さな声で言った。
「・・あれだな・・確かに、ここなら大物がいるかも知れないな・・。」
エンは、そっと弓を手にした。その様子を見て、カズも弓を取り出した。
「良い弓を持っているな。少し大きいようだが・・・」
「はい。昨夜、イトロ様から預かりました。自分の代わりに役立てて欲しいと言われて・・」
「そうか、ならば、大物が出てきたらしっかり狙うのだぞ。気持ちを落ち着けてゆっくり構え、力強く引くのだ。」
しばらく、二人は木の陰に潜んで、獲物が来るのを待ち構えた。
沼には、水鳥の群れが羽音を響かせて降りてきてはまた飛び去っていく。なかなか大物といえる獲物が現れなかった。風が吹き始めた。エンは風の方向を確認した。
「・・風上になってしまったな。・・ここに居ては駄目だ。風下へ移ろう。」
二人は腰を上げ、沼のほとりを出来るだけ音を立てないように対岸へ歩いた。沼を半分ほど来た時だった。がさがさっと音がした。エンがカズの頭を押し、腰をかがめるようにした。また、がさがさと音がする。エンは眼を閉じ、音のする方角を定めた。カズもエンの様子を見ながら視線をその方向に向けた。じっと目を凝らしていると、薄暗い森の中から、一頭の大鹿が現れた。見事に張った角を持ち、前足も後ろ足もパンと張っていて、立派な鹿であった。
「来たぞ。・・・」
そう小さく言って、カズに弓を構えるように指差した。
カズは、エンに言われたとおり、ゆっくりと弓を構えた。エンは脇で「まだまだ」というしぐさをしている。一歩一歩、鹿は近づいてくる。カズは弓を引いた。ギリギリという音がする。
「よし、今だ!」
その声とともに、カズが放った。ヒューっと風を切り裂いて矢が飛んでいく。ほとんど同時に、大鹿が跳ねた。放った矢は、大鹿の首元に突き刺さっている。だが、張った筋肉にわずかに刺さった程度で致命傷にはなっていない。鹿は、飛び跳ねながら森の中へ逃げ込もうとしていた。その様子を見て、すぐに、エンが追い矢を放つ。エンの矢は、大鹿の後ろ足に深く突き刺さった。鹿は、その場に倒れ込んだ。それでも鹿は何とか逃れようと必死にもがいている。エンとカズは、必死で追い、暴れる鹿のとどめを刺すために、首筋にあった矢を抜き、心臓めがけて差した。鹿は、キューンと一声啼いて果てた。

カズは本格的な狩りは初めてだった。弓を構えた後、どうやって仕留めたか、何も覚えていないほど興奮していた。落ち着いて弓を引けと言われていたが、獲物を見たときから、鼓動が高まり、構えた腕はぶるぶると震えた。仕留めた後も、カズは興奮していた。

「よくやった。見事に矢を放ったな。」
その声に、カズは我に返った。
見ると、エンは仕留めた大鹿の首筋にそっと手をあて、何か謝る様なしぐさをしている。
「エン様?」
「ああ・・命を奪ってしまったのだ。俺は、ミコト様たちと猟に出たことがあるが、ナレの村のミコト様たちは、必ず、こうやって命を奪った事を謝るんだ。自ら生きるためとは言え,殺生には変わりは無い。この鹿も、我らと会わなければまだ野山を駆けていたはずだ。弓を引くという事はそういうことなのだ。」
神妙な面持ちで、エンはそう言った。カズも鹿の横に座り、そっと首筋に手を置いた。まだ、鹿の体は生暖かく、ほんの少し前まで命があったことを教えている。カズは、その温もりを感じ、弓を引く事の重さを感じ、涙を流した。
「さあ、鹿の命を無駄にしないように、ミナカタへ運ぼう。」
木の枝に鹿の足を縛りつけ、二人で抱えて山道を運んだ。荒れた山道、一歩進むたびに、鹿を縛り付けた枝が肩に食い込み、激しい痛みがあった。しかし、村の人々の苦しみを救い、鹿の命を大切に使うために、歯を食いしばって痛みに耐えた。
日暮れ前に、何とか、カワセの村の入り口に着いた。

カワセの村は、川沿いの低い土地にあり、周りには広い葦原もあり、ナレの村やユイの村のような獣よけの策はなかった。家も、ナレやユイの村のような地面を掘り、太い柱に支えられた家屋ではなく、皆、館のような高床式の新しい作り方であった。はるかに豊かな暮らしをしている村のように思えた。

エンは、村の入り口で立ち止まり、一旦、鹿を降ろした。
「疲れただろう。」
カズは、へなへなとその場に座り込んでしまった。肩からは血が滲んでいた。
「よく辛抱したな。俺も、ほら。」
そう言うと、肩を見せた。盛り上がった筋肉が紫色になっていた。
「ちょっと村の様子を見てこよう。ここで待ってろ。」

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-ウスキへの道-9.カワセの村 [アスカケ第2部九重連山]

9.カワセの村
エンは、村の入り口から、緩やかな坂道を登り、村の大門に着いた。
大きな村だが、余り人が歩いていない、幼子が数人、一軒の家の下で蹲っている。
「もう日暮れだというのに、大人たちは、まだ仕事をしているのか?」
エンは蹲っている幼子に声をかけた。
「村のおさ様はどちらかな?」
声をかけられた幼子の一人が、ゆっくり指さした。エンはその子の頭を撫でながら、礼を言おうとして驚いた。その幼子の目がすっかり精気を失っているのだ。どこか宙を見て、定まらぬ視線のまま、よく見ると、頬は虚仮てしまっていた。
エンは、村の周囲をよく観察した。静か過ぎる。まるで村自体が死んでいるかのように、ひっそりとしているのだった。エンは、すぐに大門を出て、カズの待つ場所に戻った。
「カズ、ここが本当にカワセなのか?」
エンの驚愕した表情に、カズのほうが驚いた。
「はい、確かにここがカワセです。」
「それなら、この村では何か起きたんだ。・・静まり返って・・・とにかく、そいつを持って村に行くぞ。」
二人は、鹿を担いで村に入った。カズも村の様子を見て驚いた。
エンは先ほどの幼子に教わった館の前で声をかけた。
「おさ様はおいででしょうか?」
しばらくして、戸が開き、弱弱しい声で返事があった。さらにしばらくして、長老と思しき人物が現れた。
二人はひざまずき、エンが挨拶をした。
「私は、ナレの村のエンと申します。こちらはユイの村のカズでございます。」
「ナレの村とユイの村?・・二つの村の若者が何の用じゃな?」
「はい、・・私はアスカケの旅の途中です。立ち寄ったユイの村で、病で苦しむ村人を見て、何か助けになればと相談し、このカズと、塩を分けていただきたく参りました。」
「そうか・・ユイの村で病か・・困った事じゃな・・・じゃが、この村に、今、塩は無いのじゃ。いや、この村には何もないのじゃ。」
「いったい、どういうことですか。」
「・・昨年の秋、大雨に遭って、作物が何一つ取れなかった・・蓄えてきたもので冬を凌いだ来てが、いよいよ底を着いたのじゃ。」
エンとカズは顔を見合わせた。ユイの村も、病で大変な状態にあるが、カワセの村のほうが一層深刻であった。エンは、すぐさま言った。
「おさ様、我らは、先ほど峠で狩りをして、大鹿を取ってまいりました。・・塩を分けていただくためのものですが・・よろしければ、この鹿をお使いください。・・せめて、幼子たちに食わせてやっていただけませぬか?」
カズは驚いた。この鹿を渡すとなれば、ユイの村の塩を手に入れることが出来なくなる。
「エン様・・でも、この鹿は・・」
「いいのだ、カズ。・・この鹿はきっとカワセの村の様子を知っていたのだ。だから、われらの前に姿を現し、命を投げ出してくれたのだ。」
カズにエンはそう言って納得させようとした。
長老は、二人のやり取りを聞き、如何に大事なものかを理解した。そして、こう言った。
「・・・それは・・いただけません。・・見事な大鹿、これなら、きっとユイの村をすくうだけの塩は手に入るでしょう。これをもって、もう一つ隣のモシオの村へ行かれるが良い。」
「いえ、良いんです。この村に入ってすぐ、幼子たちを見ました。皆、死んだような眼をしておりました。このまま、通り過ぎるわけには行きません。なあに、大丈夫です。獲物はまた取ればいいんです。弓の腕には自信があります。是非、この鹿を、村の皆に食べさせてやってください。」
「いや・・しかし・・」
「それならば、道案内できる方をお貸しください。・・その・・モシオの村まで。途中、狩りをして獲物を獲ます。できれば、力自慢の男手が良いのですが・・・・。」
「判りました。まだ、ミコトではありませんが・・ちょうど良い若者がおります。」
「良かった。それなら,これを。」
長老は、エンと数に礼をいい、村人を呼び、鹿を運ばせた。
すぐに鹿は解体され、一部は干し肉に、一部は、すぐに焼いて、村人たちに分けられた。無心に鹿肉にむしゃぶりつく幼子たちの顔には、嬉しさが溢れていた。
エンとカズも、焼いた肉を分けてもらい、頬ばった。しばらくすると、長老に連れられて、青年がやってきた。
「エン様、この男が案内役をします。名は、リキと申します。モシオの村までは何度も行っておりますから、大丈夫です。」
リキと紹介された青年は、エンよりも遥かに大きく、腕もエンより一回り太かった。ひげ面で長い髪を頭の天辺でひとつにまとめているので、更に背が高く見えた。
「それから・・モシオに行く時、この荷車をお持ち下さい。」
「おお、これなら、たくさん運んで来れる。・・よし、カワセの分も一緒に運んでこよう。」
夜には、館に寝床を設えてもらい、早々に休む事にした。
翌朝早くに、エンはリキと出発の準備をしていた。
「カズ、お前はユイの村へ戻り、塩の到着は今しばらく掛かると伝えてくれ。・・」
「私もともにモシオに行きます。」
「いや、リキがいれば塩を運ぶ事はできる。それよりも、このカワセの様子をカケルに知らせて欲しい。あいつなら、カワセへも足を運び、何かの手立てをするはずだ。頼む。お前にしかできぬ仕事だ。さあ、行くんだ。」
エンはそう言って、カズをユイの村へ向わせた。
「よし、リキ、俺たちも行こう。」
カワセからモシオまでは、塩を運ぶためにしっかりとした道が出来ていた。途中までは長い山道を登っていく。峠をひとつ越えたら、海が見えた。
「ここからは、下りだ。後は川沿いに行けば、モシオまではすぐだ。」
荷車を引きながら、リキが言った。
「ここで、一休みしよう。塩を引き換えにする獲物を捕らえねばならないし・・。」
「そうだな・・それなら、猪がいい・・モシオの者は、猪が大好物だ。・・下ったところに良い猟場があるって聞いたんだ。」
リキの目が輝いた。
「前にも、そこで獲れたのか?」
「・・大物は取り逃がしたらしいけど・・そこそこの奴は、いつでも出てくるらしい。」
「猪か・・・少し厄介だな・・・。」
竹筒に入った水を飲みながら、エンは考えた。
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-ウスキへの道‐10.橋を掛ける [アスカケ第2部九重連山]

10.橋を掛ける
 エンとカズが出発した後、カケルとイツキ、フミの三人は、御池へ向かった。
 村を出てすぐを、一旦川沿いに進む。川幅は狭いが、切り立った川岸が続いていて、対岸に渡れない。対岸に渡れればすぐに御池なのだが、渡るべき橋が無い。昔、ナギがユイの村に滞在した折に掛けた縄橋も、大雨で流されたのだ。三人は、御池を対岸に眺めながら、川べりを進み続け、ようやく、川幅が狭まっているところにたどり着いた。そこは、大雨で川岸が崩れ、埋まってしまい、川の流れをせき止めているところだった。
「ここなら、何とか向こう岸へいけそうだな。」
カケルは、崩れた崖を少し下ってみた。その拍子に、崩れた土砂がばらばらと落ちてきた。カケルは、一旦、元の場所に上った。
「通れるには通れるが、下に下りるのは、危ないな。・またいつ崩れるか判らない・・」
「以前、ここに縄橋がありました。向こう側とこちら側に、大楠の木があって、両方に縄を張っていました。でも、大水の年、木ごと、流されてしまいました。」
そう言って、フミが川下を指差した。川底に、楠木が2本横たわっていた。そして、その木をつなぐ形で太い縄橋の残骸が見えた。
父ナギも、昔ここで橋を掛ける仕事をしたのを知り、カケルは納得した。しかし、周囲を見ると、大木も大岩もなく、あるのは竹林だけで、ここで橋を掛けるのは難しいように思えた。
「どうする?」 イツキがカケルに訊く。
「縄橋を掛けるには、基になる木か岩がないと・・・何か、別の方法を考えなければ・・。」
カケルは考えた。ここにあるのは竹ばかり、・・この竹を使うより他に方法はなさそうだった。
カケルは、太そうな竹を手で触りながら、じっと考えた。
「よし・・・この竹を使おう。・・・イツキ、小刀を貸してくれ。」
そう言うと、イツキの小刀を手にして、太くて長い竹をなんとか1本切った。
「これでは、時が掛かる。」
カケルは腰に差していた剣を抜いた。急に竹薮に風が吹き渡り、ざわざわと音を立てた。カケルは剣を振りかざし、竹めがけて振り下ろした。スパッと竹は切れた。それも、1本ではなく、数本一気に切れていた。
何かが、乗り移ったように、カケルは無心に竹を切り始め、どんどん竹薮の中に入っていった。竹の切れる音だけが響いていた。イツキとフミは、カケルが異様な様相でどんどん竹薮の中に入っていくのを見て、怖ろしくな利、その場に留まった。
竹は次々に根元から切れて倒れていく。カケルは竹薮の中を切り分け、ついに抜けてしまった。そこには、ユイの村があった。ふと我に返ったカケルは、後ろを振り返った。自ら切り倒した竹薮には、村からまっすぐ御池までの道が出来ていた。
カケルはその道をとおり元の場所に戻ると、イツキとフミが、座り込んでいた。
「どうしたんだ?」
カケルの声にイツキが
「どうしたって、訊きたいのは私のほうよ。・・いきなり竹を切り始めてどんどんいっちゃうんだもの。・・怖かったわ・・・。」
そう言って立ち上がった。フミもようやく立ち上がり、カケルが開いた竹薮を見た。
「あら・・すぐそこが村なのね・・・」
三人は開いた竹薮を見て気付いた。カケルが切り開いた場所の足元には、綺麗に敷き詰められた石畳があったのだ。
「どうやら、昔、ここに道があったみたいだな。・・多分、御池に行くために敷かれた物だろう。綺麗にすれば、便利になるはずだ。」
そう言ってから、切り倒した竹を拾い上げて、枝を切り落とし始めた。イツキも小刀を使って手伝い、フミはそれを川岸に運んだ。たくさんの竹棒が並んだ。
「これをどうするの?」
「川の中に立て、その上に何本かを繋いで橋にするんだ。・・さあ、竹と竹を繋ぐための蔦を集めてくれ・・俺は竹に少し細工をするから・・」
三人は手分けして作業を進めた。
できるだけ太くて長い竹を選び、2本を蔦で結んだ。それを、川岸に立てた。その結んだあたりに、2本の竹を掛け足場にした。次も同じように、太い竹を蔦で結んで橋桁にして、竹を2本足場に渡す。そうやって、何本も何本も竹を組んで繋げていった。川は、幅こそ広いが浅い。どんどん繋いで、向こう岸までようやくたどり着いた。
「少し、弱いな。・・よし、同じ要領でたくさんの竹を結んでいこう。そして、途中を荒縄で更に縛って強くしよう。・・・・父が掛けた縄橋を使うのが良いだろう。・・・」
カケルたちは、川底まで降りて、ナギが掛けた縄橋のところに行った。基になる木が抜けなければ、きっと今でもしっかり掛かっていたはずだった。カケルは、木に根元の縛られた縄を少しずつ解き始めた。掛けられてから長い年月が経っているはずだが少しも傷んでいない。1本1本解いては、岸辺に運び上げた。それからたくさんの竹を縛る縄に選り分けた。
しばらくすると、人の声が聞こえた。
「僕たちも何かできること、無い?」
村の子どもたちが、カケルの開いた竹薮の道を抜けて集まってきたのだった。
「手伝ってくれるのか?」
「うん、・・ねえ、できることない?」
カケルは辺りを見回してから言った。
「よし、それなら力のあるものは、縄を縛るのを手伝ってくれ。それから、小さい子や女の子には、残っている竹を割って、籠を編んでくれないか?・・それと、筍掘りもやってくれ。・・フミ様は竹籠を・・イツキは筍掘りを・・頼む。」
「判った。」「判りました。」
イツキとフミは、カケルに言われたとおり、幼子や女の子を連れて竹薮に向かった。
「よし、日が暮れるまでに、橋の元になるところまで仕上げよう。」
少年たちは、竹の枝をうち、縄で縛り、両側に掛けてさらに太い縄で縛り上げた。
「カケル様・・太い橋を掛けても、これじゃあ渡れません。」
一人の利口そうな少年が完成間近の橋を見ながら行った。
「手綱が無いと、揺れると落ちてしまいます。」
縄橋は、両側の太い縄をよりどころにできるが、カケル達が作っている橋は、ただ歩ける幅の板状のものだった。竹のしなりで揺れると確かに足元がおぼつかない。
「どうするかな?」
カケルはじっと考えていた。先ほどの少年が言った。
「桁になっている竹に縄を張りましょう。支えになる竹ももっと強くなるでしょう。揺れなくなるし、丈夫になる。」
「そうか・・・お前、名はなんと言う?」
「はい、ユウキです。」
「ユウキか・・お前は知恵者だな・・その力で、村をもっともっと良くしてくれ。・・よし、ユウキの言うように、支え柱と縄を張る棒を立てるぞ。」
日暮れ近くまで、みんなで手分けして仕事をした。
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