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アスカケ第3部遥かなる邪馬台国 ブログトップ
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3-1-1 火の国からの使者 [アスカケ第3部遥かなる邪馬台国]

1.火の国からの使者
カケルが、ウスキの村を出てから、ひと月が経った頃、タロヒコの兵を破り、ヒムカの国に平和が訪れたという知らせが、キハチの弟、キイリによってウスキにも伝えられた。同時に、カケルは、ヒムカの村々を回って、しばらくウスキには戻らない事も伝えられた。
伊津姫は、カケルの無事を聞き、安心したと同時に、すぐには戻らないという知らせが、そのまま、再びカケルの顔を見ることがないのではないかと、考えるようになり、気持ちが沈んでしまっていた。エンは、そんな伊津姫の様子を敏感に感じ、何かにつけ、明るい話題を提供しようと努力していた。

次の春を迎えた頃、猩猩の森に住む、ウルが、モロの村からカケルの話を聞いて戻ってきた。
「カケル様は、あちこちの村を回られているようです。家を修理したり、橋を掛けたり、病を治したり・・皆、カケル様を賢者様と呼び始めているようです。」
伊津姫は、カケルが無事で熱心にアスカケに励んでいる事を聞き、安心した。
「ただ・・不思議な事が・・」
ウルは少し躊躇してから言った。
「どうやら、カケル様はお一人ではないようなのです。・・アスカという名の少女を伴っているとのこと。・・どういう関係なのかはわかりませぬが・・力を合わせ、熱心に働いていると聞きました。」
初めて聞く名前だった。
伊津姫は、今まで感じた事の無い、ざわざわとした気持ちが心の中に湧き上がってくるのを覚えた。
「エン、アスカという名の娘を知っていますか?」
伊津姫は、エンに尋ねた。
「さあ・・聞いたこと無い名だな。・・・カケルの事だから、どこかの村で独りぼっちなった娘の面倒をみるために、連れているんじゃないかな?」
「まだ、幼子なのでしょうか?」
伊津姫は、ウルに尋ねた。
「さあ・・ただ、皆、その娘を女神様と言っているようですから・・そんなに小さな娘でもなさそうです。」
ウルの言葉は、伊津姫を、一層不安な気持ちにさせただけだった。
「カケルの奴は、きっとここへ戻ってくるさ。噂が届いたって事は、案外、近くまで戻ってきているんじゃないか?戻ってきたら、娘の素性もわかるだろ?」
エンは、わざと気楽な言い方をして、伊津姫の不安を和らげようとした。
しかし、エンの言葉は、伊津姫の耳には入らず、伊津姫の表情はこわばったままだった。

それから1年ほどが過ぎた頃、巫女がキハチの弟、キイリを呼んだ。
キハチの弟、キイリは、ミミの浜から戻った後、伊津姫から、村の若者を取りまとめ、村の守る、守人の役に任命されていた。キイリは、キハチに比べ、性格も穏やかで辛抱強く、思慮深かった。キイリには、下に双子の弟たちも居て、三人で力を合わせて働いていた。
巫女は、キイリを前にして、言った。
「西の谷を越えて・・誰かが来る・・守りを固めてください。」
「兵ですか?」
「わかりませぬ。ただ、我が村に、何か・・良からぬものを届けるために来たようです。」
「それならば、すぐに、追い返しましょう。」
「いえ・・それは無理でしょう。・・丁重に迎え、ここへ案内してください。」
キイリは、弟たちとともに、すぐに西の門へ向かった。
ウスキの村は、深い五ヶ瀬川の淵が天然の要崖となって守られていたが、西側には、五ヶ瀬川の淵に沿って、唯一の山道が続いている。西へ向かえば、隣の村五ヶ瀬の里に行き着く。その先から南には、更にいくつかの村があり、斎殿原の都までつける。途中、峠の分岐から、西へ続く道があり、その先は火の国クンマの里へも繋がっていた。
西の門の脇には、小さな小屋がある。キイリが守人となってから、村を守るために控えている場所を作ったのだった。小屋の前には、キイリの双子の弟たち、キムリとキトリが弓の手入れをしながら西の山道の様子を探っていた。
館から戻ったキイリの姿を見つけて、キムリが訊いた。
「兄者、巫女様は何と?」
キイリは、キムリとキトリの居る小屋に着いて言った。
「西から使者が来るようだ。」
「兵なのか?」
「いや・・使者だと聞いた。ただ、村には良からぬものを持ち込むようだ。」
「追い返せばいい!」
「いや・・巫女様は丁重にお迎えしろと言われた。」
そう話していると、キトリが立ち上がり、西のほうを指差した。
キイリとキトリもその方に視線を遣った。急な斜面に張り付くように続く山道、木々の間から、何か白い影が見える。徐々にこちらに向かっているのが判った。「使者」が来たようだった。
キムリとキトリは門を出て、山道に走った。そして、道の上の樹の陰に隠れ、弓を構える。
「使者」は二人連れであった。
二人とも、白い衣服を纏い、笠を被っていた。一人は初老の男、もう一人は女のようだった。朱の布包みを背に結わっていた。よく見ると、女は、初老の男を労わるようにして歩いている。
二人は門の見える場所まで来た。キイリは、門の前に立ちはだかり、厳しい目つきで二人を迎えた。
「何者だ!これより先は、ウスキの村。用のないものは立ち去るが良い!」
初老の男がゆっくりと進み出て、膝をついてから言った。
「我らは、クンマの里の者です。・・ウスキの姫様にお会いしたく、ここへ参りました。」
「姫様・・と・・?」
「はい・・・・邪馬台国の姫がお戻りになったと聞き、ご挨拶に参りました。」
伊津姫がここに居る事はウスキの秘密のはずだった。
「姫様の話、どこで聞いた?」
「はい・・ヒムカの村々を廻っていた、我が里のミコトが、モロの村で耳にしたと話しておりました。」
確かに、カケルとイツキ・エンは、モロの村を通り猩猩の森を抜けてきた。モロの村で話を聞いたのは間違いないだろうとキイリは考えた。巫女からも丁重に迎え、館につれてくるよう命じられている。
「判った。我らについてくるが良い。・・・キトリ、キムリ、弓を下ろせ。もう良い。」
そう言うと、二人は樹の陰から身を表した。キイリは二人を館に案内した。

高千穂川.jpg

3-1-2 クンマの長(おさ)シン [アスカケ第3部遥かなる邪馬台国]

2. クンマの長 シン
二人の使者は、館の広間に案内された。しばらくして、奥の部屋から巫女が現れ、二人に対面した。そして、伊津姫も御簾の部屋にそっと入り座った。御簾の間の脇には、姫様の護衛役として、エンも座った。
二人の使者は、深く頭を下げ、ゆっくりと顔を上げた。
「我は、ウスキの巫女である。姫様も御簾の中にいらっしゃる。ご挨拶に来られたようだが・・」
「はい、我らは、クンマの里より参りました。私は、ムサ。こちらにいるのは・・・マコと申します。」
「それで、姫にご挨拶とは・・何か、大事な用件があるのでしょう?」
初老の男、シンはちらっと娘の顔を見て、何か確認を取るような目線を送っていた。娘がこくりと頷くと、シンは姫の控える御簾の間に向かって話しはじめた。
「ヒムカの悪しき王とその臣下タロヒコの兵が滅びたとの知らせが我が里にも届きました。何でも、この村の勇者様のご活躍だと・・そして、その勇者様は今ヒムカの村々を回っておいでだというお話もお聞きしております。」
「ええ・・確かに、その勇者様は、カケル様です。・・それで?」
「・・我が里は、長年、ヒムカの悪しき王とタロヒコの悪事に備え、戦支度をしておりました。今となっては無用のものとなりましたが・・実は、・・・我が村の長が・・誤った道へ進もうとしております。」
「誤った道?」
「はい・・・蓄えた戦支度を・・阿蘇一族に向けようとしているのです。・・もともと、我らの火の国は、球磨(クンマ)一族と阿蘇(アソ)一族で力を合わせ、ヒムカをはじめ隣国から我が地を守るために働いておりました。今、ヒムカからの脅威が無くなったのを機に、クンマ一族が火の国を治めようと・・阿蘇一族へ戦を仕掛けているのです。」
そこまで聞いて、御簾の脇に控えていたエンが口を開いた。
「ようやく、皆が安らかに暮らせるようになったというのに。・・戦をするなど、悪しき考えだと何故気づかない!お前たちも何故、長を諌めないんだ!」
エンは、腹立たしい想いでそう言い放った。
「我らとて、ただ手をこまねいていたわけではありません。何度も思いとどまるようお諌めいたしました。しかし・・・」
ムサは、悔し涙を零し、床を叩いた。
脇に居た娘マコが、ムサの背を摩りながら同じように涙を零した。そして、一歩進み出てひれ伏すように頭を下げてから、まっすぐ顔を上げた。
「クンマの長、シンは、我が兄です。・・ここにいるムサは、父シンの守人でした。兄は幼い頃から我がままで、何につけても自分の思い通りにならないと許さない性格なのです。この度の事も、このムサが、何度も思いとどまるよう説得してくれました。しかし、兄は少しも耳を貸そうともせず、ついには、長年、世話をしてくれたムサを、村から追放したのです。」
ずっと沈黙を守っていたマコの口から、思いがけない言葉が発せられ、皆、驚いた。
「それでは、貴女は、クンマの姫様なのですか?」
マコは、こくりと頷いたが、
「それは・・どうでも良い事なのです。兄を、シンを、どうか止めていただきたいのです。」
マコは懇願するように、御簾の中に居る伊津姫に訴えた。伊津姫はその言葉に、席を立ち、御簾の中から顔を出した。
「おお・・伊津姫様・・」
ムサとマコは頭を下げた。
「話はわかりました。しかし、ムサ様がお止めになっても聞き入れぬ方を、どうやって止めることが出来るのでしょう。」
伊津姫は優しく問う。
「・・はい・・・邪馬台国の姫、伊津姫様ならきっと・・・。」
マコが答える。
「判らないなあ?・・どうして、イツキ・・否・・伊津姫様になら止められるんだ?」
エンは、頭をかきながら尋ねた。
「マコ様・・事の始めからお話せねばなりますまい・・」
ムサがそう言って、改めて、クンマの長シンが、阿蘇一族へ戦を仕掛けるまでの事を話した。
「ヒムカの悪しき王と側近タロヒコが倒れた話が伝わって、まもなくの事でした。我がクンマの里の南方より、阿多の隼人一族の兵がやってまいりました。」
「戦を仕掛けに来たのですか?」
「我らも最初はそう警戒しておりました。しかし、阿多の隼人の将で、バンと名乗るものが、単身、我が村に参り、戦のために来たのではない、長に会いたいと申しまして・・不審には思いながらも、シン様に引き合わせたのです。」
そこまで聞いたエンが口を挟んだ。
「隼人一族って言えば、ナレの村から僅か先に居たはずだぞ。・・屈強な男どもで、大きな船を操り、南の海を治める一族だったはずだ。皆良く働き、村も豊かで、戦などしない、心優しき一族だと、父様から、昔、聞いたぞ。」
「はい・・我らも長年、ヒムカの王の脅威に怯えておりましたが、隼人一族とは、行き来もあり、戦などとは考えもしませんでした。・・兵が居る事さえ知りませんでしたから・・」
「それが、どういうことだい?」
エンは一層熱心に、ムサの話を聞いた。
「バンという将は屈強な大男でした。・・シン様は、警戒はしながらも、外の地から来た将にたいそう興味をもたれたようでした。次第に、打ち解けられ、バンからはるか南の海の話を興味深げに聞いておられたのです。」
そこまで聞いて、マコが付け加えた。
「兄は、長の息子として大事に育てられ、ほとんど、村の外へ出た事がなかったのです。ですから、バンの話がとても新鮮で楽しかったのでしょう。隼人の兵たちも、すぐに、里に引き入れ、館に住まわせ、毎日のようにバンと語り合っておりました。」
「そこまでならば、特に、謝った道へ足を踏み入れる事もないようだが?」
エンが首をかしげる。
マコはきっとエンを睨んでから言った。
「兄に気に入られることこそが、バンの策略だったのです。ある日、兄は里の者を集めて言ったのです。・・阿蘇の一族を攻め、火の国を・・九重の国を纏めるのだと。皆、驚きました。これまで、ヒムカの兵を恐れ、戦支度はしていましたが、本当に戦をするなどとは考えても居ませんでしたから。・・私は、兄に理由を聞きました。・・」
「兄様は何と?」
伊津姫が尋ねる。
「ヒムカの王が倒れた今、九重を纏めるのが自分の仕事なのだと。そして・・邪馬台国を再興するのだと言ったのです。」
「邪馬台国の再興・・・。」
伊津姫は、ウスキに来てから、しばらくはその言葉に縛られ、為すべき事が判らず憂鬱な日々を過ごしていたのを思い出し、呟いた。

薩摩半島1.jpg

3-1-3 クンマからの知らせ [アスカケ第3部遥かなる邪馬台国]

3.クンマからの知らせ
「きっと、隼人の将の入れ知恵に違いありません。きっとそうです。」
マコはそう言うと泣き崩れた。ムサがマコをなだめながら、
「・・我らクンマの里は、山間の小さな村です。長い間、静かに暮らしてきました。そしてこれからも里を守る事で充分なのです。それなのに・・・あの、バンという将が村に入ってからというもの、長様は人が変わられたように・・・・」
ムサは悔しそうに言った。続けて、マコが言う。
「・・ですから・・邪馬台国の姫にお願いに参ったのです。邪馬台国の再興には、姫の意思が必要なはずです。・・・姫様から、無用な戦いをやめる様お話いただきたいのです。」
二人の話を聞きながら、大体のことを理解したものの、果たして、それほどの力が自分にあるとは思えない伊津姫は悩んだ。その様子を見て、巫女が言った。
「おおよそのことは判りました。・しかし、もし邪心をもって戦をしようと考えているのであれば、伊津姫様の身が危うくなります。」
「どういうことですか?」
巫女の意外な答えに、ムサもマコも改めて訊いた。
それには、エンが答えた。
「俺が仮に,この国を我が物にしたいと思うなら、邪馬台国の正当な後継者が居ては困る。すぐにも亡き者にするか、自分の言いなりにするか、いずれにしても都合が悪い。命を狙われるはずだ。」
「そんな・・・。」
ムサとマコは落胆した様子だった。
「何か策はないでしょうか?」
伊津姫は皆に訊いた。巫女もエンも、キイリも、よい知恵が浮かばない。
「ああ・・こんなときに、カケルが居てくれればなあ・・」
エンが呟いた。皆も同じ気持ちだった。
「すぐにも動き始めるのでしょうか?」
伊津姫がムサに尋ねた。
「・・さあ、ただ、今は穫り入れに忙しい時です。そしてすぐに冬になる。きっと動くなら、春を迎えてからになるでしょう。・・・それと、里には、わが息子たちがおります。何か動きがあれば、すぐにここへ知らせるよう命じて参りました。」
それを聞いて、伊津姫が言った。
「それならば、まだ時はあります。何かよい策はないか、皆で考えましょう。いずれにしても戦にならぬようにしなければ・・。・・」
姫の言葉に皆同意した。ムサとマコはしばらく、ウスキの村に留まる事になった。

キイリは、西の門の守りをこれまで以上に強固なものにすべく、弟たちと力を合わせて、門より、さらに外側に、二つほど、小さな砦を作った。深い谷を作る五ヶ瀬川は、山を回りこんで流れている。先を見通す高台に砦を作った。狼煙を使って外敵を知らせるようにした。
一番、西のはずれの砦にはキトリとキイリがいた。キトリはキイリに尋ねた。
「兄様、これで大丈夫でしょうか?」
「ここを使わずに済ませたいものだがな・・。兵の一軍が攻め込んでくれば、この砦などそう耐えられしないだろう。・・しかし、時を稼ぐことはできる。姫が居ることが知れた以上、いつ、隼人の軍がここへ来るとも限らない。気を抜かず、しっかりお守りするのだ。」
「はい。」
キイリ兄弟だけでなく、村の若者も交代でこの砦を守ることになった。
カケルがウスキを出て、3回目の春を迎える頃、西の道から男が一人やってきた。
随分と疲れているのか、怪我をしているのか、たどたどしい足取りながら、必死の形相をしている。二つ目の砦で、見張りについていたキムリが、慌てて弓を構えた。徐々に近づく男の様子をみて、兵では無いことはすぐに判った。キムリは砦を出て、男に駆け寄った。
「私は・・サビと申します。・・父に・・いや、姫様にお伝えしたい事があって・・」
男は、そう名乗ると、安堵したのかその場に座り込んでしまった。キムリは、男を背負うと、村に向かった。途中、キトリが様子を理解して、すぐに館に知らせに走った。

その男は、「サビ」。ムサの息子であった。サビは館の広間に寝かされていて、周りに、ムサやマコ、エンが見守っていた。
「おそらく、クンマの里で何か起きたのでしょう。・・何か起きたら。すぐにここへ知らせるように、私が、これに申し付けていたのです。」
横になっているサビは、足の裏や膝、腕にもたくさんの傷があった。おそらく、一刻も早く知らせようと、夜道も厭わず、走り続けたのだろう。しばらくすると、目を覚ましたサビは、飛び起きようとした。
「・・いいから・・横になっておれ!よく来た。」
ムサは労わるように言った。
「父様・・姫様・・大変です。・・シン様がいよいよ挙兵されました。・・・バンの兵とクンマの若者を集めて、動かれました。早く、お止めしないと・・大変な事になります。」
サビがウスキに訪れた事で、知らせの中身は大方想像はついていた。
「そうか・・ついに・・それで、総勢は何人くらいだ?」
ムサは、苦々しい思いで知らせを聞いた。
「バンの兵は、10人ほどがクンマに居座ったままですから・・30人ほどでしょうか・・。」
「何?・・兵が半分居座っていると?」
「はい。何故かは判りません。シン様は10人ほどのクンマの若者を連れて行かれました。」
「バンは?」
「シン様とともに立たれましたが・・・。」
「それじゃあ・・クンマの里は、バンの兵隊ばかりなんじゃないか?」
そこまで聞いて、エンがふと漏らした言葉に、皆、驚いた。
それを聞いた伊津姫も口を開いた。
「クンマの里には、誰か村をまとめるお役の方は居られるのですか?」
ムサとマコは、顔を見合わせた。そして、首を振った。
「おいおい、大丈夫なのか?・・バンの兵が村を好き放題にしているんじゃないのか?」
それを聞いていたサビが言った。
「我が弟が、残っております。・・私も里を出る時、それが一番怖かったので、弟に命じて、村の者がいつでも隠れられる場所を教えておきました。兵が狼藉を働いたら、すぐに逃げるように言っておきました。」
そこまで聞いて、エンが言った。
「すぐに、クンマに向かおう。キイリ、キトリ、キムリ、俺と一緒に来てくれ。まず、クンマの里を救わねば。」

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3-1-4 イツキの決断 [アスカケ第3部遥かなる邪馬台国]

4.イツキの決断
サビによると、シンとバンの軍は、一旦、不知火の海を目指し、西へ向かったようだった。
それを聞いて、キイリが首をかしげた。
「・・それは変だな?・・阿蘇の里を攻めるなら、クンマの里から、九重の山を越えるほうが早いはずだ。・・何故、そんな遠回りをするんだろう?」
「・・きっとバンには別の思惑があるに違いない・・まさか・・」
エンが、難しい顔をして押し黙った。伊津姫は、エンが何時になく考え込んでいる様子が気になった。
「エン、何があるのですか?」
エンは、言いにくそうに、躊躇いがちに言った。
「隼人一族は、船を操り、海で生きる一族。・・兵など居なかったはずだ。・・なあ、バンという将は、本当に、隼人の将なのかい?」
これには、ムサが答えた。
「はい、それは確かです。・・ただ・・私も隼人の一族とは随分前に会った事はあるのですが、兵が居たとは知りませんでした。」
「どうやら、何かいわくありという奴みたいだな。・・里から追い出された奴らなのかもしれない。・・もし、そうなら、やはり、クンマの里を我が物にするために、長であるシン様を里から引っ張り出して・・・どこかで亡き者にする・・そして、里に戻って・・・」
エンは、頭の中に浮かんだ事を順に話した。その中身が、ムサやマコがどう受け止めるか考えもしていなかった。マコは、エンの話を聞きながら、ワッと泣き出してしまった。
「エン!やめなさい。・・まだ、そうと決まったわけではありません。・・ただいずれにしても、クンマの里に危険が迫っているのは間違いないでしょう。・・判りました。兵が西へ向かったのならば、我らは一刻も早く、クンマの里へ向かいましょう。皆の力を合わせれば、きっと、里を取り戻せるはずです。」
伊津姫はそう言って立ち上がった。
「姫様もともにいかれるおつもりですか?」
巫女が慌てて訊いた。
「ええ、私もここで待っているなんて出来ません。」
「ああ、伊津姫様が一緒なら、きっとクンマの里の者も勇気付けられるに違いない、行こう。」
エンも言った。
「ダメです!・・伊津姫様にもしもの事があったら、どうするのですか?」
巫女は厳しい目でエンに迫った。
「大丈夫だ。俺は、伊津姫様の守人なんだぞ。命に代えても、姫様をお守りするさ。」
「せめて・・カケル様がお戻りになるまで・・姫様はここにいらして下さい。」
巫女は、伊津姫に懇願した。
「いいえ、カケルはいつ戻るか判りません。いや、ここには戻ってこないかもしれません。・・それに、こうしている間にも、クンマの里やシン様の身に危険が迫っているのです。行かせて下さい。・・いえ・・私は行きます。」
伊津姫はそういうと奥の部屋に入っていった。旅立ちの支度を始めるためだった。
「俺たちもすぐに出立できる支度をしよう。・・弓は丈夫なものを持っていこう。」
エンも、キイリたちにそう言って、館を出て行った。

「巫女様・・申し訳ありませぬ。巫女様がご心配される事は重々承知しております。私も、命に代えて、伊津姫様をお守りいたします。」
ムサはそう言うと巫女に深く頭を下げた。マコも、巫女に深く頭を下げた。

翌日、日の出とともに、伊津姫、エン、キイリ、キムリ、キトリ、そしてムサ、サビとマコは、クンマの里へ向けて出発した。
途中、五ヶ瀬の村に着いた時、巫女から話を聞いた、ウルが、猩猩の森に潜んでいたミコトたちを連れて、同行することになり、10人を越える一行が、クンマの里へ向かう事になった。

「姫様、われらが先行して、クンマの里の様子を探ってまいります。危険があるようなら、姫様はクンマの里には入られないようお願いします。」
ウルは、「巫女からくれぐれも姫様をお守りするように」と頼まれていた。そのために、脚の強いミコトを同行させ、深い山を抜ける道を抜け、伊津姫たちより先にクンマの里に入る事にしたのだった。
伊津姫たちは、五ヶ瀬の村を抜け、椎葉の村を経由して、多良木の里まで一週間かけて到達した。伊津姫は、途中で、カケルと出逢う事があるかもしれないと密かに考えていたのだが、カケルが訪れたという村は無かった。
伊津姫たちが、九重の山中を南下していたころ、カケルとアスカは、まだ、海辺の村を廻っているところだった。クンマで起きている事は、まだカケルの耳には入る由も無かった。

伊津姫一行が多良木の村に到着した頃には、ウルたちがすでにクンマの里が見える高台に達していた。そこから見えるクンマの里は、静かで、畑にも人影は無く、バンの手下らしい男たちが、大門の辺りをうろついているのが判った。
「どうやら、村の皆は隠れ場所に逃れたようです。」
ウルたちに同行していたサビが、村の様子を見て言った。
「しかし、奴らは一体、何のためにここに留まっているのだ?」
里を見下ろせる高台から、様子を伺いながらウルが言った。
「エン様が言われたように、やはり、我が里を手に入れるためでしょうか?」
「ああ、そうだとすれば、やはり、シン様の身が危ないだろう。さあ、どうする?」
ウルの指示で、ミコトの一人がクンマの里近くまで行き、兵たちの様子を探る事になった。
サビは、弟に命じた隠れ場所に向かった。
隠れ場所は、クンマの里から球磨川を少し下ったところで、切り立つ崖にぽっかりと開いた場所で、古くからクンマ一族の、祈りの場所として使っていた鍾乳洞であった。
「おお、サビ様!」
鍾乳洞の中に潜んでいた村人が、サビの姿を見て、ほっとしたような表情で叫んだ。
「みんな、無事か?」
サビの弟サトルによって、村人たちはほとんどここに逃れることが出来たようだった。
「サトルはどこだ?」
サビは、辺りを見回した。一人の村人が、悲しい表情を浮かべて言った。
「我らをここへ逃れる時を作るために、兵たちと戦われて・・・多勢に無勢・・・切り殺されてしまいました。亡骸だけでもと何度か里へ行こうとしましたが・・・。」
「そうか・・命を落としたか・・・奴はちゃんと役目を果たしたのだな・・。」
「サビ様・・」

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3-1-5 里を救う [アスカケ第3部遥かなる邪馬台国]

5. 里を救う
伊津姫たちは、ウル達からの知らせを受けて、里の人たちが隠れている鍾乳洞に向うことになった。クンマの里を回避するため、一行は、多良木の村の協力を得て、球磨川を舟で下る事になった。春を迎えて、雪解け水が流れ込む川は、あちこちで濁流となり、危険ではあったが、なんとか辿りつくことが出来た。

「マコ様、ご無事でしたか?」
一行が鍾乳洞に現れると、里の者たちは皆喜んだ。
「皆さん、兄のせいでこんな事になってしまって・・本当に、申し訳ありません。」
マコは、みなの前で頭を下げ謝罪した。
「いえ・・我らこそ、男たちに里を奪われ・・隠れるしかできず・・申し訳ありません。」
皆、マコを労わるように集まり、涙した。
ムサは、その様子を見ながら、言った。
「みんな、聞いてくれ!・・こちらは、ウスキより参られた方々だ。我らとともに、里を取り返すためにおいでいただいた。・・そして・・こちらは・・邪馬台国の姫、伊津姫様じゃ。」
その言葉に、里の者たちはみな驚いた。はるか昔、伝説となっている邪馬台国の名とともに、その姫が現れた事に心から驚いていた。
伊津姫は、皆の前に出て、ゆっくりとお辞儀をした後で、胸元から双子勾玉を取り出した。そして、それを皆に見せるように掲げた。ここへ来る前、ムサから、里の者を励ますために、邪馬台国と伊津姫の権威を一層高めるよう、より神々しく名乗ってもらいたいと頼まれていたのだった。
「われは、邪馬台国の伊津姫である。・・九重の国々の穏やかな時を取り戻すため、ここへ参った。さあ、悲しみにくれることなく、今一度、クンマの一族の力で、里を取り戻そうではないか。」
やや芝居がかった言い方ではあったが、里の者はみなその言葉に勇気付けられ、気勢を上げた。
ムサはその様子を見て、サビに目配せをした。サビは、岩の上に上がり、皆の顔を見ながら大きな声で叫んだ。
「里は高々数人の男たちがいるだけだ。我らの力を合わせれば、負けるものではない。さあ、男たちは弓を取り、里へ向かうぞ。女たちは、子どもや爺様、婆様を連れ、里へ向かうのだ!」

里を見下ろせる高台には、ウルたちが里の様子を探るために、集まっていた。
「ウル様、バンという男は、どうやら隼人から追い出された厄介者だったようです。」
ウルの命で、隼人の一族と接触をしていたミコトが報告した。
「やはりそうか。では、あの兵たちは?」
「聞いたところでは、バンがあちこちを放浪している最中に、一人ひとりと集めたようです。いずれもあちこちの村から追い出されたもののようです。」
この時代、村の掟を守らず、勝手な事ばかり繰りかえすような輩は、村から追い出され、たいていは野垂れ死にするのだった。それをバンが集め、隼人の兵を名乗り、このクンマにやってきたのだった。

「どうです?里の様子は?」
サビが、エンたちとともに、里の者たちを引き連れて、高台に姿を見せた。
「大門辺りに、何人かいるようだが・・」
エンが、
「そう大人数ではないのだろう?一気に攻めて片付けてしまおう!」
そう言ったが、ムサが止めた。
「攻めるのは容易いでしょう。しかし、一人でも取り逃がすと、里の事がバンに知れ、シン様の命が危うくなるでしょう。」
「では、どうする?」
「これだけの人手があります。・・里へ入る三つの門ごとに分かれていきましょう。・・できるだけ静かに近づき、片付けましょう。騒ぎが大きくなると、男たちが里に火を掛けるかもしれません。」

男たちは、南と北、そして西から里へ入る道に分かれた。男たちに気づかれぬよう、一人ずつ草叢に隠れるように里へ入っていった。
南の大門には、男が三人、様子を見張っているようだった。南からは、ムサとキイリ兄弟が近づいていた。
「よし、一気にやるぞ!」
キイリたち3兄弟が弓を構え、男たちを狙った。ヒュンという音ともに、大門の前の男たちは呻き声を立てる間もなく、どさりとその場に倒れた。すぐに、男たちの遺体は草叢に隠された。そして、静かに、里へ入って行った。
西からは、サビとウル、そしてウルがつれてきたミコトたちが向かっていた。川沿いから高い土手をいくつも越えねばならず、予想以上に村に近づくのに手間取っていた。
北には、エンが里の者とともに向かった。こちら側は、男たちも警戒しているようで、弓を構えて何人かの男が大門の上に座って様子を見ていた。
「こちらから攻めるのは厳しいな。」
葦の中に姿を隠して村に近づいてきたエンたちは、これ以上前進できない状態になった。
「どうするかな?」
エンは、草の中に身を隠しながら考えた。そして、何か思いついたように大門を見つめた。
「使えるかもしれない・・」
エンは、矢筒を取り出し、羽の大きな矢を選んで、何か羽に細工をし始めた。
「どうするんです?」
エンの隣で様子を伺っていた里の若い男が訊いた。
「前に、モシオの村で、カケルがやった技なんだが・・俺にもできるかどうか・・・」
そう言いながら、弓を取り出し、矢を当て強く引き、空に向かって放った。
放たれた矢は、ピーと大きな音を上げながら、空を舞う。そして、はるか上空から、あたかも空から降ってくるように、更に大きな風切音を上げて、大門を超えて突き刺さった。
大門で弓を構えた男たちも、突然の音に驚き、どこから飛んできたのかも判らず、空を見上げたり、辺りを見回したり、うろたえた表情を見せた。
エンは、今一度、弓を放った。今度は、さらに上空高く放ち、先ほどよりも更に高い音を響かせた。その矢は、門の上で海を構えた男の胸を貫通した。
それを見ていた里の者も、同じように、空高く矢を放った。どこから飛んでくるのか判らない矢を防ぐことは容易ではない。里の奥深くへ逃げ込んでしまった。
それを見て、三方向から一気に里へ攻め入った。意外にも、男たちは大して強くなく、あっさりと捕らえることができた。
エンやキイリ、ムサたちは、里の真ん中にある広場に集まった。そして、無事、里を取り戻した事を知らせるため、狼煙を上げた。

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3-1-6 バンの思惑 [アスカケ第3部遥かなる邪馬台国]

6. バンの思惑
鍾乳洞で合図を待っていたマコや伊津姫は、里から狼煙が上がるのを確認した。
「エンたちは、無事に里を取り戻したみたいね。」
「さあ、みなさん、里へ戻りましょう。」
その声で、順番に鍾乳洞から出て、里へ向かおうとした。
球磨川の浅瀬を渡りかけた時だった。対岸に、大勢の男たちが現れた。手には剣を構え、恐ろしい形相で、反対側から渡ってくる。おどろいた者たちが、浅瀬に足を取られ転倒したり、流されたり、逃げ惑い、悲鳴を上げた。
「何?どうしたの?」
悲鳴を聞いて、伊津姫とマコは急いで、球磨川のほとりにやってきた。すでに、大勢の男が、里の者を取り囲んでいた。

「やっと、おでましかい?」
男たちの真ん中、河原の大岩にどっかり腰を下ろし、不敵な笑みを浮かべた男がいた。
伸び放題の髪を一つに縛り、太い眉、来い髭、両腕にも剛毛を生やし、いかにも、悪事を働くに十分な様相をしている。
「バン!」
マコはその男を見て叫んだ。
「お久しぶりです、マコ様。・・おや、そちらは、・・ほう・・邪馬台国の姫様ですか?」
「何故?いったい、どうしたの?」
マコは、バンがそこにいたことだけでなく、伊津姫の事を口にしたことにも大いに戸惑った。
その言葉に、バンは立ち上がり、マコの前までずかずかと歩いてきて、睨みつけるように見てから言った。
「いやあ・・マコ様は、本当に素直な人だ。・・貴方が、ムサとともに里を抜け、ウスキへ行かれたのは知っていたさ。・・そう、邪馬台国の姫様を頼ったこともな。・・・だから、我らは、一旦西へ兵を挙げた。その間に、きっと姫様を連れ、ここへ戻ってくると踏んでね。・・いやあ、これほど思惑通りに行くとは思わなかったんだがねえ。」
「どうするつもり?」
「さあて、どうするかな?・・ここで、皆殺しにしてもいいんだが・・・。」
そう聞いて、伊津姫が口を開いた。
「貴方の望みは何です?」
「これはこれは・・邪馬台国の正当な後継者、伊津姫様。お初にお目にかかります。・・さすが、姫様は強きお人のようだ。まったく畏れておられない。・・まあ、いいでしょう。俺の望みは、この国を我が物にする事。・・・貴女なら、どういうことかお分かりになるでしょう?」
「・邪馬台国の王となるという事ですか?」
「・・いや、王などと面倒な事は考えていない。王は、正当な後継者である貴女以外にないでしょう。・・・貴女が、俺の言うことを聞いてくれれば、それでいいんですよ。・・」
「何という事を・・天は、そのような事をお許しにはなりません。」
それを聞いて、バンは、
「別に、相談してるわけじゃない!・・おい、お前たち!」
バンの掛け声に、男たちが一斉に里の者たちに剣で襲い掛かろうとした。
「やめて!」
「やめなさい!」
マコと伊津姫は、悲鳴のような声を上げた。
「おい、やめろ!」
男たちは剣を下ろした。
「判ったか!なら、言う事を聞いてもらおう。」
そういうと、里の者たちを鍾乳洞に追いたて、中に入れて、手足を縛りあげた。
「さあ、マコ様も同様に。伊津姫様、縛ってください。きつく縛ってもらおうかな?」
薄ら笑いを浮かべて、バンはマコに縄を手渡した。
「それじゃあ、伊津姫様は我らとともに行きましょう。・・大丈夫ですよ、貴女は生かしておかなけりゃ、使い道が無い。大事にしますよ。・・おい、お前ら、姫様をお連れしろ。」
どこに隠してあったのか、球磨川を下るために舟が何艘も用意された。
バンが、鍾乳洞を出ようとした時、マコが訊いた。
「一つ、教えてください。・・兄様、シン様は?」
再び、バンはマコの前までやってきて、耳打ちするように言った。
「シンは、八代の浜で戦の最中に、俺に逆らったんだ。だから、そのまま、置いてきた。きっと、八代の浜の奴らになぶり殺しにでもなってるんじゃないか?・・俺にたてついた報いだ。」
「まあ・・なんと・・・惨い・・」
マコは、兄の最後を思い、泣いた。
「よおし、一気に川を下るぞ。・・ムサの奴らが追いついてこないうちにな!」
そういうと、バンの一軍は、一気に球磨川を下って行った。

「里の者たち、遅いな。何かあったか?」
ようやく、クンマの里を取り戻したエンたちは、大門から外の様子を伺っていた。ムサやサビは、里に居座っていた男たちを縛り上げ、周りを歩きながら不思議に感じていた。男たちの様子が、どこかおかしいのだ。
「おい、お前たち、バンとはどこで一緒になったのだ!」
サビが、縛り上げた男をひとり小突きながら訊いた。
「バン?それは誰だ?・・俺たちは、ここがもぬけの殻の里になるからと隣村の男に教えられて、居座っただけだ。」
「何だって?」
それを聞いて、サビとムサは、エンに伝えた。
「何か、おかしいとは思ったんだが・・・まさか、・・里の者が隠れているところへ行ってみよう。」
すぐさま、エンやムサ、キムリたちは隠れているはずの鍾乳洞に向かった。

鍾乳洞に着いたエンたちは、目を疑った。里のものは、皆、縛り上げられ、蹲って泣いている。
「何があったのです!」
マコから事情を聞いたエンは、怒り、動揺した。
命に代えても伊津姫を守ると言い切って、ウスキからここへ来たのに、一番大事な役目を果たせなかった。悔しさと怒りで狂いそうだった。
「では、我らが伊津姫様とともにここへ来る事を見越していたということか!」
ムサも大いに悔しがった。ようやく、縄を解かれたマコが、すっかり気落ちした様子で話した。
「バンは、兄も殺めたのです。・・怖ろしい男です・・。」

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3-1-7 先の相談 [アスカケ第3部遥かなる邪馬台国]

7. 先の相談
「すぐに、奴らの後を追うぞ。」
怒りと悔しさで我を見失ったエンが、弓を持ち立ち上がった。
「奴らは舟で行ったのです。とても追いつけるものではありません。」
サビが止めようとした。
「いいんだ!ここに居てもどうにもならないんだ、すぐに川を下る。」
「エン様、少し落ち着いてください。・・ただ追いかけても仕方ないでしょう。我らがここに姫様をお連れする事を見越していたほど、悪知恵の働く奴なのです。闇雲に追いかければ、姫様のお命が危うくなるかもしれません。ここは、皆で知恵を出し合い、これからの事を考えましょう。」
ムサがゆっくりとした口調で、エンに諭すように話した。
ウルも、続けて
「マコ様のお話では、バンは邪馬台国の権威を使って、国を手中にするつもりのようです。すぐに、姫様のお命が危ういわけではないでしょう。ここは、ムサ様と言われるとおり、一度、里へ戻って、この後のことを考えましょう。」
エンはようやく落ち着き、里へ戻る事にした。

館では、マコをはじめ、ムサ、サビ、キムリ、キトリ、キイリ、ウルなどがエンを囲んで座っていた。ムサが口火を切った。
「球磨川を舟で下ったとすれば、行きつく先は八代だ。だが、前に戦を仕掛け敗れている。そこまで行くかどうか・・・。」
キイリが言った。
「伊津姫様を奉じて、八代を従わせる方法もあるのでは?」
それをきいて、ムサが続けた。
「確かに、それも一つだ。むやみに戦を仕掛けても兵力が違うのだからな・・では、仮にそうなった後はどうする?」
サビが言う。
「私なら、そのまま不知火の海を渡り、宇土の地へ向かう。八代と宇土を手に入れれば、強大な力になる。」
それを聞いて、再び、ムサが言う。
「そうだな・・阿蘇一族と戦を構えるなら、八代、宇土、そしてその周辺の村を全て我が物とし、兵力を増やさねばならぬ。それでも、阿蘇一族に勝てるかどうか・・。」
エンは、ムサに訊いた。
「阿蘇一族とは、それほどの強大な力を持っているのか?」
「火の山を治め、古くから豊かな大地の恵みで、富を作り、見た事も無いほどの見事な館も持っていると聞く。それに、草原を駆ける馬を操り、牛さえも自在に使う一族なのだ。」
「それ程の一族がいるのか・・・」
「しかし、阿蘇一族は、火の山から一歩も出る事はしないのが掟なのだ。火の山の懐を守る事が一族の使命と決め、他の村を脅かす事等しない。おそらく、そのことはバンも知っているだろう。・・よほどの兵を持つまでは、やはり、しばらくの間は、八代辺りで、力をつけていくに違いない。」
「では、伊津姫様もしばらくは、無事と考えても良いだろう。」
ウルが言った。マコが訊く。
「この里はもう安心なのでしょうか?」
ムサはその事葉を聞いて考えた。
「バンは、あれだけの悪知恵を働かせる男だ。仮に、八代で兵を増やせなければ、またここへ戻ってくる事もあるでしょう。・・九重を手に入れるなどと大きな事を言っているが、実のところは、自ら支配できるところを手に入れようと考えているかも知れません。・・もし、そうらなれば、この地を一番先に狙うでしょう。」
それを聞いて、サビが言う。
「伊津姫様を楯にして、ここを攻められれば、我らとて刃向かう事はできません。」
マコも、それを聞いて心配顔になった。エンは、言う。
「もしも、伊津姫様を人質にしてここを攻める事があれば、遠慮なく戦って貰いたい。」
「しかし・・」
「いや、姫様は、何も抵抗せずにバンに捕えられただろう?・・里の者が傷つかぬようにな。・・それが、伊津姫様のお考えなのだ。もし、バンが伊津姫様を人質にここを攻めようとすれば、おそらく、自ら命を絶つだろう。・・」
「そんな事が・・」
「いや間違いない。・・姫様は、昔、カケルが持たせた短剣を肌身離さず隠し持っている。ナレの村の者はみな、大事なものを守るためには命など投げ出す覚悟をもっているんだ。伊津姫様は、邪馬台国の姫だが、俺やカケルと幼い頃からともに育ってきたナレの者だ。ためらいなく、自らの命を絶つに違いない。だから、皆、クンマの里の守りを固めて欲しい。」
そこまで聞いて、マコは頷き答える。
「判りました。・・兄無き今、私も長の妹として、この里を守る使命があります。ムサにも手伝ってもらって、今まで以上に強き里にしましょう。」
一通り相談し終え、それぞれ役割を決めた。
エンは、伊津姫を追うこととなった。キムリとサビが同行し、球磨川を下り、バンを探す事にした。何か動きがあれば、すぐに、クンマの里へ知らせをする事にした。
ムサは、マコを助け、クンマの里の守りを固める手筈となった。ウルとキイリも手助けすることにした。
キトリは、ウスキへ戻り、ここで起きた事とこれからの事を村に伝える役を負った。
エンたちは、里の広場で、旅支度を整えていた。
「ウル様、一つ、お教え下さい。いつも、ウル様に従うミコト様たちの事ですが・・」
「ああ・・」
「ウスキの村のミコト様とは違い、いつも、静かに、ウル様に従っておられるようで少し不思議な感じがするのです。どういう方たちなのです?」
「・・あ奴らは、幼き頃に、猩猩の森に捨てられた者なのだ。・・どこの村かはわからぬが、おそらく食い物に困り、捨てるしかなったのかもしれぬが・・それをワシがあの森で育てた。人を嫌い、村を嫌う、物言わぬのも、人との関わりを持ちたくないためだ。」
「しかし、ウル様には素直に従っておられますね。」
「生きるために必要な事を教えたのがワシだからだろう。・・森深くで育った事で、比類な力を持っておる。ワシは、奴らを信じておるよ。」
「一つ、お願いが。あのミコト様たちに、バンの素性を調べてもらえないでしょうか?」
「ああ、ワシもそう思っていたところだ。隼人の者と名乗るからには、何かつながりがあるのだろう。もう、隼人に向け、走らせておいた。何か判れば、知らせよう。」
エンとキムリ、サビは、球磨川を下って旅立った。

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3-1-8 人質 [アスカケ第3部遥かなる邪馬台国]

8.人質
バンの兵に取り囲まれ、里の者を救うために、やむなく、バンの元へ下った伊津姫は、球磨川の急流に翻弄される舟のごとく、明日さえもわからぬ自分の運命を考えていた。バンは、伊津姫を捕えた事で、何か安堵したような表情を見せているが、鍾乳洞の前で威勢よく九重の国を手中にすると言った、恐れ多い野望を持った男には見えなかった。
夕暮れ近くまで、球磨川の急流を下り、いくつかの淵も過ぎ、緩やかな流れとなったあたりで、舟は岸につけられた。
「よおし、今日は、ここで休むとするか!」
バンは手下に命じて、岸の芦原に舟を隠すと、球磨川に流れ込む支流の川沿いにある、小さな集落を目指した。
「さあ、姫様、ここからは歩いていただきますよ。」
屈強な男が周りを取り囲み、じろじろと無遠慮な視線を投げつけ、姫を監視しながら、村への道を進んだ。ふと見ると、ひときわ体の小さな、まだ子どもではないかと思える少年が、幾つかの荷物を重そうに抱えながら、歩いている。悪事に加担するような風体ではない。伊津姫は、その少年が気になっていた。
しばらく行くと、支流沿いに開けた土地に、小さな集落があった。男たちは、閉ざされた門を壊すような勢いで叩き、村人を脅すようにして明けさせて、村に入った。そして、村の長老を捕えると、乱暴しようとした。
伊津姫は、長老と男の間に入って、きっと睨みつけてから言った。
「やめなさい。・・狼藉を働くなら、私はこの場で命を絶ちます!」
それを見て、バンが仕方ないような表情を浮かべて、
「おい、やめろ。・・姫様、良いでしょう。・・その代わり、村人を説得してもらいましょうか。我らは、邪馬台国を作るために兵を挙げたのだ。・・九重の村は、我らに加勢するのが道理だとね・・どうです?」
「わかりました。」
伊津姫は、そう答えると、長老と館に入り、ここまでのいきさつを話すことにした。
「これをご存知ですか?」
伊津姫は、胸元から双子勾玉を取り出した。村の長老は、それが邪馬台国の王の証であることは承知していた。
「私の名は、イツキと言います。ここよりはるか南、ナレの村から自分のさだめを果たすために、ウスキへ参り、訳あって、クンマの里と皆さんとともに、バンの悪事を止めようと・・しかし、囚われの身になりました。・・・バンは、この先の八代へ向かうつもりです。抵抗せず、一晩、兵たちをここへおいてください。そうすれば、村に危害は加えないよう約束します。」
伊津姫の話をじっと聞いていた長老は、伊津姫の覚悟も汲み取って、受け入れた。
兵たちは、村の中心にある館に、無遠慮に入り込み、そこここに横たわり、体を休めた。
「姫様、逃げようなどとしない事です。ちゃんと見張ってますよ。さあ、こちらへ。」
バンはニヤニヤしながら、伊津姫を見て、傍に来るように言った。
「私は、邪馬台国の姫です。無礼は許しません。」
「おや、随分強気ですな。・・」
「私の見張りは、そこの者にお願いします。」
伊津姫の視線の先には、舟を降りたときにいた、ひときわ体の小さな少年だった。
「・・へえ・・こいつねえ・・まあ、いいでしょう。おい、お前、こっちへ来い。」
そう言われ、少年はおそるおそる傍に来た。
「お前、名はなんと言う。」
少年は、小さな声でもごもごと言った。
「聞こえないぞ、大きな声で言え!」
「・・アマリ・・です。」
「見かけない顔だが、どこから一緒に居た?・・まあ、良い。お前が今日から姫様の見張り役だ。いいか、逃がすんじゃないぞ。もし、居なくなったら、お前の命を貰うからな・・さあ、しっかり働け!」
バンは、アマリの背を押して、伊津姫のほうへ遣った。
伊津姫は、その少年を伴って、長老の案内で、館の奥の部屋に入った。
「ごめんなさいね・・貴方に大変な役をさせてしまって・・・アマリと言ったわね。年は幾つになるの?」
伊津姫は、優しい笑顔でその少年に尋ねた。
「もう15になります。」
その声は、とても15歳の少年の声ではなかった。
「貴方・・まさか・・女の子?」
アマリは辺りに聞こえたのではないかと不安な面持ちをしながら、じっと伊津姫の目を見た。
「大丈夫、あいつらには話さないから・・・でも、どうして、一緒に居るの?」
アマリは、観念したような表情をして、小さな声で話し始めた。
「私は、ここより南、野坂の海に浮かぶ、女島の生まれです。・・数年前、たくさんの舟がやって来て、私の村を襲ったのです。父も母も・・島の者は皆殺されました。」
そこまで話すと、急に蹲って泣き始めた。
「なんて惨い事・・貴女は無事だったのね。でも、どうしてそれなのに・・。」
「父が私を浜のはずれの洞穴に隠してくれたのです。・・でも、いつまでもあいつらは島に留まっていて・・私は、どうにか逃げなければと思いましたが・・でも、見つかれば殺されると思って、ならば、あいつらの中に入り込めないかって・・」
「生きるために、仲間に加わったというの?」
「・・はい・・でも、本当は・・・あの、バンを・・いつか・・この手で・・」
「仇を討つつもりなのね。」
アマリは頷いた。
「そう・・判ったわ。・・私も、こんな悪行を止めるために人質になったんだから・・・良いわ、これからずっと私と一緒に居るのよ。貴女の事も秘密にしておきましょう。」
「姫様・・」
「きっといつか、バンには天罰が下るはず。それまで、じっと我慢しましょう。・・・それに、クンマの里からも、きっとエンたちも追いかけてきているはずだから。」
「あの・・一つ、お聞きしたい事が・・・勇者カケル様とはどんな方なのですか?」
「カケル?・・どうしてその名を?」
「はい、以前、シン様が居られた頃、バンとシン様が話していたのです。ヒムカには勇者カケルが居る。その者の力を得れば、九重の国をまとめるのも容易い事だと・・」
「そう、カケルの事は、バンも知っているのね。・・勇者かどうかは別にして、とても賢く勇気があって、知恵もある。きっとカケルが来れば、すぐにバンなど退治してしまうでしょう。」
「今はどこに?」
「判らない。・・ヒムカの村々を回っていると聞いたけれど・・どこに居るのか・・・でも、きっといつか、カケルも来てくれる、私はそう信じています。」
伊津姫は、アマリに話すというよりも、自分に言い聞かせるように言った。
バンや男たちは、村人に酒と夕餉の支度をさせ、たらふく食べた後、すぐに眠ってしまった。
翌朝、早く、バンたちは、舟でさらに球磨川を下って行った。

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3-1-9 伊津姫を追う [アスカケ第3部遥かなる邪馬台国]

9.エン、伊津姫を追う
球磨川は、クンマの里から山間を蛇行を繰り返し、八代まで流れている。水量は多く、ところどころ大きな淵があり、また、轟音を立てる瀬もある。切り立った崖が続くため、クンマの里からしばらくは集落など無かった。
エンたちは、崖に作られた細い道を、慎重に進んでいった。
恐ろしいほどの流れの瀬を過ぎた辺りで、サビが遠くを指差して言った。
「エン様、あそこ。舟があります。」
指差す先には、淵があり、高い崖に張り付くように、小さな船が見えた。三人は淵に降りて、辺りを見回した。
「誰もいないようですね。・・」
キムリは、上流も下流も見回していった。
「おそらく、バンの兵が激しい流れに舟を上手く操れず、落ちたのでしょう。この流れに巻き込まれれば、ひとたまりも無い。・・好都合だ、あの舟を使いましょう。」
サビは、川に飛び込み、舟まで泳ぎ着くと、ひょいと舟に飛び乗って、岸辺まで漕いできた。
「エン様、舟は操れますか?」
サビが訊いた。
「いや・・俺は無理だが、キムリは得意だ。ミミの浜まで五ヶ瀬川を下り米を運んだ。」
「それなら良かった。この先、急流が多く、私一人ではとても・・では、キムリ様、参りましょう。」
キムリが舳先、サビが舵側で、操ることになった。エンは、川を下りながら、バンの兵が潜んでいないか、陸に上がった形跡はないか、両岸に目を配った。
次第に、両岸の崖が低くなり、川の流れも徐々にゆるく、川幅も広がり始めた。
「エン様、そろそろ山あいを抜けます。この先、どこからでも丘に上がれます。ご注意下さい。」
「ああ、判った。」
川を下り始めて日暮れ近くになっていた。
「まだ、舟を降りた形跡はないようだな・・・。」
エンは、時々、立ち上がり遠くを見渡そうとした。
「この先に、村があります。今日はそこで休むようにしましょう。」
岸に舟を着け、三人は岸辺に降りた。
「おい、これ。」
岸から土手に向かって、無数の足跡がついていた。河原にも舟を引き揚げた跡が残っていた。
「奴ら、ここで休んだようだ。・・この先の村は大丈夫か?」
三人は急いで土手を上がり、村へ向った。大門に居た老婆に事情を話し、すぐに長老にあう事ができた。
クンマの里のサビが長老に話しをした。
「我は、クンマの里のサビと申します。・・バンという男の兵達を追って球磨川を下ってまいりました。この村に、遣ってきましたね?」
「はい・・おっしゃるとおり、邪馬台国を再興する兵だと名乗る集団が、ここに逗留しました。」
「それで・・村は無事だったのですか?」
「ええ・・最初は、乱暴を働こうとしましたが、伊津姫様が我らをお守り下さいました。・・奴らは、邪馬台国を再興する兵たちではないのでしょう?」
それを聞いてエンが言った。
「ああ、当たり前だ。姫様は人質だ。・・それで、どうした?」
「はい、昨日、朝早くに川を下って行きましたから、今頃は八代に着いているでしょう。」
先を急ぎたい気持ちはあったが、夜の闇ではとても敵わない。エンたちも一晩、この村で過ごす事にした。
「済みませんが、一晩、ここで休ませてもらえますか。・・夜露が凌げれば良いのです、どこか・・。」
その言葉に、長老は、
「何をおっしゃいます。・・どうぞ、館をお使い下さい。・・それと、姫様からエン様に言付けがございます。」
「伊津姫が?」
「はい。この先、八代へ向かうが、バンが大将ではないようだと。バンを操る者がいる、その正体を掴むことが大事だと。それと、アマリという者が世話役に付いているが、訳あって、今は我らの味方になってくれていると・・。」
「伊津姫は・・元気そうだったか?」
「はい。気丈なお方ですね。・・邪馬台国の王の血を受け継ぐにふさわしいお方でした。」

翌朝、三人は村を後にした。川岸に来ると、舟に誰か横たわっているのが見えた。
「あれは・・ウル様の下僕のミコト様ではないか。」
近づく足音に、目を覚まし、舟から飛び降りて、葦の草むらへ身を隠した。
「大丈夫、俺たちだ。」
その声に、草叢からそのミコトは顔を見せた。
「私の名は、イノヒコ。バンの素性を調べておりました。」
「何か判ったのですか?」
「はい、これより南の野坂の浜で聞いたことですが・・どこか、遠くの海から遣って来たもののようです。隼人ではありませんでした。・・渡来人なのかもしれません。たくさんの大船が来て、野坂の浜一帯を襲い、海沿いに北へ向かった一軍があったようです。バンは、その一部を率いて、山中の里を回り、時には襲い、男たちを集めながら、クンマに遣って来たようです。」
「バンの後ろに、もっと大きな敵が居るというわけか・・・。」
エンが腕組みをして言った。そして更に訊いた。
「あの辺りは隼人の一族が治めていたのではないのか?」
「どうやら、もっと南の方へ下ったようです。」
「何者なのでしょう?」
「まあ、いいさ。まずは、バン達に追いつくことだ。どうせ、八代に着けば会えるだろう。すまないが、イノヒコ様、もう少し、調べてみてくれないか?大軍から離れたのには、何か訳がありそうだ。それがあいつの弱点かもしれない。」
イノヒコは一つ返事をすると、すぐに土手に上がり、南を目指して走り出した。
エンたちは舟を進めた。蛇行する球磨川の穏やかな流れに乗る。
「おや、あれは?」
エンが岸辺に何か見つけて、舟を寄せるように言った。対岸の河原に広がる脚の原が何ヶ所かなぎ倒されていた。ゆっくり進むと、脚の原の中に、小舟が5艘隠すように置かれていた。円は直感した。
「ここで、舟を降りたようだ。」
「しかし、数が少ないように思うが・・・」
キムリがそう言うと、サビが、
「まさか、ここで二手に分かれて・・・」
「クンマの里が危ない!」

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3-1-10 里の危機 [アスカケ第3部遥かなる邪馬台国]

10. 里の危機
乗り捨てられた舟の数から見て、10人か15人程がここで船を下りたのは間違いないようだった。
「八代に向かう途中で、奴らは二手に分かれたようだ。きっとクンマの里へ戻ったんだろう。」
「ああ、おそらく、伊津姫に気付かれないように途中で別れただろう。」
サビは、落ち着かなかった。里を出る時、父ムサやマコは備えをするとは言ったものの、シンが兵を挙げた時、多くのミコトはシンに従い、村を去った。今、残っている手勢で、あの兵達を抑え切れるのか心配だった。エンは、そんなサビの様子をすぐに感じ取った。
「サビ様、里へ戻ったほうが良い。・・ここまで来れば、八代まではすぐだ。この先は何とかなる。おそらく、村にはまだウル様達も残っているだろうが、一人でも多く加勢したほうが良いだろう。」
「しかし、今から間に合うだろうか?」
「考えている暇は無い、すぐに戻るべきだ。・・何なら、キムリも供に里へ向かうか?」
「しかし、姫様の事も心配です。」
キムリも迷っていた。
「じゃあ、こうしよう。いずれ、バンたちは、阿蘇の里を攻める時が来るだろう。・・それまでに、クンマの里を立て直し、万全にしてから、シイバや五ヶ瀬、ウスキへも助けを得て、阿蘇の里で合流しよう。俺は、それまで何とか姫様の傍に近づき、機会をうかがう事にする。今は、とにかく、クンマの里を守る事だ。さあ、急いで戻るのだ。」
「エン様!」
「大丈夫だ、この緩やかな流れなら、俺にも舟は操れる。さあ、行け!」
サビとキムリは、頭を下げ、すぐに土手を登って、山道を駆け戻って行った。

球磨川沿いの山道を二人は、ただひたすら、駆け続けた。サビも、キムリも、一言もしゃべらずとにかく駆けた。日暮れになってからも、松明をかかげ、夜道を駆けた。途中、何度か、僅かな休憩は取ったものの、とにかく、里が心配で仕方なかった。

明け方近くだった。いくつかの峠を越えたところで、河原に数人の男が身を横たえ、眠っているのが見えた。
「追いついたようだ・・・やはり、クンマの里を狙うつもりだ。・・」
岩陰から、様子を伺いながら、サビが言った。夜掛けの最中には気付かなかったが、二人とも、膝や腕にいくつも疵をこさえていた。随分、疲れもでていた。
「奴らの先に行くか?」
「このまま、後を追い、後ろからやるか?」
二人は考えた。そして、サビが気付かれぬように先に里へ入り、戦支度を急ぐ役をする事にした。キムリは、男達の後を追うことにした。
クンマの里までは、急げば、日暮れ前には着ける距離だった。
夕刻近く、サビはクンマの里に着いた。もう体はふらふらだった。
大門の上から様子を見ていたウルが、サビの姿を見つけ、すぐに迎えの者が出た。疲れきった体を両脇で抱えられるようにして、サビは館に運ばれた。
「どうしたのだ?エン様は?キムリ様は?」
ムサが、お椀に水を汲み、サビに飲ませてやりながら訊いた。
「バンの兵の一部がここへやってきます。・・はるか下で気付いて、私とキムリ様は戻ってきたのです。」
「何?兵がここへ向かっているのか!・・よし、すぐに戦の支度じゃ!それで、キムリ様は?」
「兵達の後ろを付いておられます。・・ここを攻め始めたところで、後ろから仕掛ける約束になっています。」
「そうか・・で、あとどれくらいでここへ来る?」
「もう、すぐ近くまで来ているはずです。・・・早く、支度を!」
話し終わらぬうちに、大門の上で見張りをしていたウルが、里に向かって叫んだ。
「兵が来るぞ!弓を持て!」
ウルの声に、里の男達は、弓を構えて大門の上に立った。
里に残る男たちは10人にも満たなかった。それに、若いミコトはすべて、シンとともに里を去っており、残っているのは老齢のものばかりだった。一気に攻められれば、とても勝ち目は無かった。
兵達は、南の門から少し離れた場所に止まった。こちらから弓を引いたが、とても届く位置ではなかった。
兵の中に一際大柄な男が居た。その男は立ち上がると、身の丈よりも大きな弓を取り出した。そして、矢を番い、先に火をつけて放った。
大きな放物線を描いて、矢は大門を越え、里の中へ飛び込み、屋根に突き刺さり、あっという間に火が燃え広がった。
里の者は慌てて火を消しに走ったが、なかなか、火の勢いはおさまらなかった。
子どもたちは、火の勢いに驚き、大声で泣きわめき、女たちは逃げ回った。
里の中は混乱した。
「皆、静まりなさい。大丈夫です、皆で力を合わせれば、きっと里を守れます!さあ、火を消すのです!」
マコは、慌てる里の者を鎮めた。
「くそ!なんて力だ!」
ウルは様子を見て悔しがった。そして、脇に控えていたミコトを呼び寄せた。
ウルの下僕のミコトは4人。イノヒコ、ニノヒコ、ミノヒコ、ヨノヒコと呼ばれていた。イノヒコは、バンの正体を探るために野坂の浜に居た。残った三人がウルの命令で、東と西の門から、男達に気づかれぬようにそっと里の外に出た。
両脇から挟みこんで、攻めるのが狙いだった。
南の門の先にいる男達は、火が燃え上がった様子を見て、おおっと声を上げた。
「おい!もっと射ろ!お前だけで里を取れるぞ!」
「よし!」
そう言って、再び弓を構え、矢を放った。同じように放物線を描いて矢は里の家に火を放った。
「良いぞ、良いぞ!もっと射ろ!」
遊びのような様相で、男達は囃し立て、大男はにんまりしながら、弓を構えた時だった。
「うぐうっ!」
そう言って、いきなり男が倒れてしまった。背中に矢が刺さっていた。ずっと男たちの後を付いてきたキムリが、木陰に身を隠し、隙を狙っていたのだった。
その様子を見て、両脇から機会を伺っていた、ニノ、ミノ、ヨノが、剣を抜いて一気に攻めかかった。油断していた男達は、剣さえももてない状態で、うろたえ、逃げ回ったが、あっと言う間に倒れた。こうして、クンマの里は守られたのだった。

矢炎.jpg
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