So-net無料ブログ作成
  • ブログをはじめる
  • ログイン
アスカケ第4部瀬戸の大海 ブログトップ
前の10件 | -

1-1 赤間 [アスカケ第4部瀬戸の大海]

第1章 1 赤間
「おさ様、ご無事で何よりです。・・大王を倒したという知らせが届き、おさ様がいつ帰還されるのやらと、皆、首を長くして待っておりました。」
カケルとアスカを伴い、ハクタヒコ一行が那の津へ到着すると、長老の一人が、挨拶をした。
「随分心配をかけたようだな。・・だが、もう大丈夫だ。邪馬台国が再興され、素晴らしき女王伊津姫様が、これからは九重をお守り下さる。何も心配などいらぬぞ。」
ハクタヒコは、にこやかな表情で里の者を見渡して言った。カケルとアスカモ歓迎された。ヒムカの国の賢者カケルの名は、那の津でも知られていた。そして、今回の活躍も、使者によってつぶさに伝えられていたのだった。そして、アスカの奇跡もよく知られていた。
「お疲れでしょう。しばらく、ここでゆっくりされると良い。」
ハクタヒコは、二人のために家を提供してくれた。二人の家には、里の者が、毎日のように食べ物を届けるついでに、筑紫野や遠いヒムカの国の話を聞きに来た。そうして、再び春を迎えた頃、カケルとアスカは、那の津を旅立つ事にした。
「船を使えばすぐにアナトの国、赤間の関へたどり着きます。海岸沿いに行かれると良いでしょう。アナトの国は乱れておると聞きます。くれぐれもご用心なされよ。」
ハクタヒコの言葉をしっかり胸に刻んで、二人は里を旅立った。那の津から、沿岸沿いに船を進めた。小さな集落を一つ過ぎると、潮の流れが強くなってきた。
「アスカ、大丈夫か?」
波と風に揺られる小舟を操りながら、カケルが声を掛ける。アスカは船縁にしっかり掴まって前方を見据えていた。
「カケル様、あれは?」
流れに乗った小舟の前方に、陸地の狭まった海峡が見えた。中ほどに島が一つ。その両脇に、まるで川のような潮の流れがあった。そして、その海峡の両岸に集落が広がっている。
「あれが赤間の関だろう。・・大きな里だ。」
カケルは、島の北側の流れに船を向けた。舟は一気に潮に乗り、海峡を進んでいく。一つ岬を回りこむと、潮の流れが無くなり、穏やかな海に戻った。行く手の左岸には、幾つもの家屋が見える。いずれも九重の家とは違い、高い屋根をもち、柱も朱や緑に塗られ、華やかな造りのものが多かった。山手のほうに、大きな建物が見える。海辺の家屋より更に大きい。カケルは、桟橋を見つけ、船を着けた。
「ここが、アナトの国か。」
陸に上がり、周囲を観察する。船着場の周りには、これまで見たこともないほど、多くの人々が、荷物を運んだり、魚をさばいたり、野菜を切ったりする光景があった。だが、どこか皆、何かに怯えているような表情を浮かべている。
カケルとアスカは、しばらく、その集落の様子を見て歩いた。
二人が通りに入ると、頭をそり上げ、残した髪を長く伸ばし一つに束ねた、見るからに、乱暴者だとわかる男たちの集団が前方からやってきた。
その男たちは、腰から大きな剣を下げ、民を威圧するように見回しながら、通りを我が物顔で歩いてくる。その中に一人が、カケルたちに気付いた。頭目らしき男に、なにやら耳打ちすると、数人の男が、カケルとアスカをじっと見つめた。頭目らしき男が、指で合図をすると、男たちが剣を抜いて、一気に、カケル達のところへ駆け出した。
「アスカ、逃げよう。」
カケルはアスカの手を握ると、路地へ走りこんだ。男達は、何か叫びながら、カケルたちを追いかけてくる。初めての村で、道も不案内である。カケルとアスカは必死に逃げたが、すぐに男たちに囲まれてしまった。
「お前たち、よそ者だな?何処から来た?」
頭目らしき男が、脅すような声で訊く。カケルは、アスカを背に隠し、ぐっと頭目を睨んだ。
「女を置いていけ、そうすれば、お前は助けてやろう。どうだ?」
厭らしい笑みを浮かべて、頭目らしき男が言う。カケルが、腰の剣に手を掛けた。
「おや?俺たちとやりあおうっていうのか?勝てるかな?」
別の男が、大剣を振り回して威嚇する。その時だった。
「何やってるんだ!邪魔だよ!そこをどきな。」
白髪の老婆が、大きな荷物を背負って、路地を入ってきた。そして、男たちを押しのけるように二人の前に出てきた。老婆は、アスカの脇を通り抜けながら、小声で言った。
「ついておいで。」
アスカははっとして、すぐに老婆とともに走り出した。
逃げ出した二人を見て、頭目らしき男が叫ぶ。
「逃がすな、捕まえろ!」
それと同時に、カケルは剣を抜いた。
数人の男が一斉にカケルに斬りかかる。カケルは、高く跳び上がり、男達の頭を超え、アスカが逃げたのとは反対に出た。そして、大剣を構えた男の背を取った。
「女は後だ!こいつをやっちまえ!」
男たちが再び、剣を構えて襲い掛かる。カケルは、次々に大剣を交わした。
男達は体に似合わぬ大きな剣を持っていて、動きが鈍い。カケルは、大剣を交わすと同時に、剣で、男達の服を切り裂いた。皆、裸同然になり、着られた服に手足を取られ転んだ。
その様子を見て、カケルは剣を仕舞うと、再び高く跳び上がり、屋根の上に登った。屋根の上から、辺りを眺めると、浜沿いに、老婆とアスカが走っていくのが見えた。カケルは、屋根伝いに、浜まで出ると、二人のあとを追った。

1-1-1瀬戸内海潮流01.jpg

1-2 海女 [アスカケ第4部瀬戸の大海]

第1章 1-2 海女
アスカは、カケルを心配し、何度も何度も振り返っていた。
「大丈夫だよ、あいつらは見た目だけさ。剣なんてまともに使ったことなんか無いんだ。あんたのだんなは、ちゃんと逃げただろう。」
老婆は、アスカの手を引きながら、そう言った。アスカは『だんな』と言われ、少し照れた。
行く手に、石を積み上げ、屋根に藁を載せただけの、小さな小屋が見えた。
アスカと老婆が小屋に着く頃に、カケルもようやく追いついた。
「さあ、入んな。」
入口の藁の筵をたくし上げ、老婆が、カケルとアスカを中へ案内した。
「ここは、海女小屋さ。ここなら大丈夫。」
老婆はそう言うと、中に入った。小屋の中央辺りには、焚き火があった。その周りに、数人の女が裸同然の格好で横たわっている。
「お前たち、そこを空けな!ほら、みっともない格好してるんじゃないよ!」
その声に起き上がった女達は、入口に、見知らぬ男が、それもかなりの男前が立っているのを見つけ、ばたばたと衣服を直し、隠れるように、部屋の隅へ座り込んだ。
「皆、朝から浜に出ていたからね・・ここで、体を温めてるんだ。さあ、そこへお座り。」
老婆は、二人を囲炉裏端へ座らせ、自分も定位置のように囲炉裏端に座った。
「私はタキ。ここらの海女の頭だ。あんたら、九重から来たんだろ?」
老婆は、鋭い眼光でカケルを見て、そう言った。
「・・はい・・那の津から船で参りました。私はカケル、これがアスカです。」
カケルとアスカは改めて礼を言い、頭を下げた。
タキは、二人をしげしげと見た後で、急に柔らかな表情になった。
「二人連れで海峡を超えて・・・一体、何処へ行こうというんだ?・・許されぬ仲と言うわけでもなさそうだが・・。ここ、赤間の関は、今、物騒なんだ。・・いや、さっきの奴らはたいした事はない。・・大船が行き来していた頃は賑やかだったんだがね・・今は寂れてしまって。旅の者がうろつくと皆、警戒する。その内、何か起きそうでねえ。」
「我らは、悪さをする為に来たわけではありません。」
タキは、他の海女が運んできた湯を飲みながら、言った。
「そんな事、判ってるさ。だが、腰に剣、背に弓を持っていれば、誰だって不安さ。・・まあ、九重では、そういう身なりでもなんてことは無いのだろうがね。」
アスカは意を決したように話した。
「私は、生まれた里を知りません。赤子の時、船に乗せられ流れ着いたのが、ヒムカのモシオの里でした。・・我が里を探して旅をしております。」
「里探しかい?・・・だが、赤子ならそれほど遠くから来たわけでもないだろうに。」
「・・カケル様と九重の地は回りました。ですが、手がかりも無く。那の津のハクタヒコ様から、赤間に行けばよいのではと教えられたのです。」
「ここに手がかりがあると?」
アスカは、そっと首飾りを外して、タキに渡した。
「これが、赤子だった私とともにあったそうです。この紋様に何か手がかりがあるのではないかと・・ここに来れば、何か判るだろうと思って参りました。」
タキはしばらく首飾りを見ていたが、思い当たる事はないようだった。他の海女も、アスカの話に興味を抱き、その首飾りを回して見た。だが、特に思い当たる事はなさそうだった。
「力になれそうに無いね。」
そう言ってタキはアスカに首飾りを返した。

「婆さん、何か食い物は無いかい!」
ぶっきらぼうな声で、入口の筵簾を跳ね上げて、大男が入ってきた。
「なんだい、その言い草は。ろくに仕事もしない奴に食わせるものなんか無いよ!」
タキはたしなめる様に返事をし、囲炉裏端から立ち上がり、土間に置かれた竹籠を覘いた。
「ほら、これでも焼いて食べな!」
そう言って、拳ほどの大きさのサザエと鮑を、その男に投げて渡した。男はそれを受け取るのと同時に、囲炉裏端に座っている二人を見つけて叫んだ。
「お前ら、ここに居たか!さあ、観念しろ。」
そう言うと、腰の剣を抜こうとしたが、サザエを持っていたので妙な格好になった。それを見てタキが言った。
「本当に、お前は馬鹿だね。一体、この人たちをどうしようって言うんだい?大体、さっき、お前達は、この人に手玉に取られたばかりじゃないか!さあ、大人しく囲炉裏端に座んな。」
そう言って、男の頭を小突いて、座らせた。
「こいつは、タマソ。私の孫だ。・・まともに仕事もせずに、里をうろついてるのさ。」
「何言っている、婆さん。俺たちが居るから、里の皆は安心していられるんだ。」
「何が安心だよ。大体、その剣だってまともに使えもしないくせに。」
「さっきは、場所が悪かったんだ。あんな狭いところじゃ、上手く動けない。」
「ほう・・なら、どこなら上手く動けるんだ?浜か?それとも、海の中か?一度、お前たちを集めて、海の中に沈めてやろうか!」
それを聞いて、仲間の海女たちも、「それが良い」「すぐに連れておいでよ」と囃した。
タマソはふくれっ面になって、囲炉裏にサザエと鮑を放り込んだ。
「体ばっかり大人になってしまって。いい加減、まじめに働く事を考えておくれよ。」
タキは、タマソの隣に座り、火の中のサザエを木の棒で突いた。

1-1-2海女小屋01.jpg

1-3 宮殿 [アスカケ第4部瀬戸の大海]

第1章 1-3 宮殿
「タキ様、さきほど、物騒だと申されましたが、ここはアナトの国の都なのでしょう。王様はいかがされているのですか?」
カケルは、タキに尋ねた。それを聞いてタマソが横を向いたままはき捨てるように答えた。
「何が、都だ!王なんて何の役にも立ちやしない。」
「一体、何があったのですか?」
もう一度、カケルは訊いた。
「ここは確かに、都だった。大陸から海を越えて、大船もたくさん行き来していた。だけど・・。」
タマソはそこまで言って、何かこみ上げる悔しさを押し殺そうとするかのように、そのまま押し黙った。他の海女たちも、何か思い出したかのように皆俯いている。
「まあ、昔の事さ。・・・・さあ、あんたたちも、食べな。」
タキは、それ以上訊かれたくないとでも言うように、話を遮って、カケルたちにサザエを勧めた。カケルも、その様子を察して、それ以上尋ねなかった。

海女小屋を出て、二人は、集落のある海辺を見下ろす崖の上に、一際大きな建物があるのを見つけ、崖へ上ってみることにした。上までは、整備された石段が設えてあったが、両脇は雑踏が伸び放題で、石段もところどころ崩れているところもある。入口の両側には、太い石柱と小屋、まっすぐ建物まで続く石畳、その先には大屋根を持った荘厳な建物があった。九重には見られなかった見事な造りで、二人はしばらく、見とれてしまっていた。
「ここは・・アナトの国の王の住まいなのだろう・・・。」
「でも・・誰も住んでいないようですね。・・・。」
アスカの言うとおり、建物は荘厳だが、よく見ると、あちこち傷んでいる。
一回りしてみたが、人の気配は感じられなかった。二人は、入口まで戻ると、遥か足元に広がる海峡と里を見下ろしていた。
「ここなら、海を通る船が手に取るようにわかる。民の暮らしも・・。」
アスカも遠くに視線をやってぼんやりと景色を眺めていた。不意に、後ろから声がした。
「お前たち、何者じゃ?ここには何もない、盗人ならさっさと出て行くが良い。」
長い白髪を一つに結び、口髭と顎鬚を伸ばした翁が立っていた。錦糸で飾り付けのある衣服をまとっているところから見ると、王族だろうを思われた。カケルは咄嗟にその場に跪いた。それを見て、アスカも同様に跪く。
「これは、失礼いたしました。我ら、旅の者です。先ほど、この里へ着いたばかり。様子も判らず、入り込んでしまいました。お許し下さい。」
カケルがそう言うと、王族と思しき翁が訊く。
「旅をしているとな。・・どこから参った?」
「はい、九重より参りました。生まれは、高千穂の峰の奥深くの村でございます。私は、カケル。こちらはアスカでございます。」
その翁は、二人の周りを歩き、剣や弓、着衣をじっと観察した。
「ふむ、嘘ではなさそうだ。そなたたちは遥か昔の身なりをしておる。確かに九重の者。だが、旅をする等、聞いたこともない。・・まさか、筑紫野の密使ではあるまいな?・・確か、カブラヒコとかいう若い王が居ったはずじゃが・・・。」
カケルは包み隠さず、筑紫野で起きた事を話した。
「いずれ、王の座を追われるとは思っていたが・・まさか、邪馬台国が再び興きようとは・・。」
その翁は、あまり驚いた様子ではなく、この事を予見していたような口ぶりであった。
「一つ、お教え下さい。・・ここは、アナトの王様の住まいなのでしょうか?」
カケルの問いに、その翁は物憂げな表情を浮かべながら答えた。
「ああ・・確かにここはアナト国の宮殿じゃ。そして、わしは国王であった。」
「国王様?」アスカが、思わず呟いた。
「このような姿では信じられぬであろうな。・・だが、本当なのだ。かつて、我がアナト国は、この関を守り、大陸からやってくる大船を迎えることで栄華を極めた。一時は、九重さえも支配するほどだった。かの邪馬台国すら、卑弥呼亡き後、我らの軍が攻め入り、その将が王となったのだ。・・しかし、今やその面影すらない。」
「それほどまでに栄えた国がどうして?」
カケルが訊く。その問いに答えるため、王は宮殿の先にある見晴台へ二人を連れて行った。
「見ての通り、ここは赤間の関。かつては、大陸と東国との行き来が盛んで、多くの船がここを通っていた。ここから先、佐波の津までは潮の流れも風の動きも複雑なのだ。我ら、赤間の民の力無くして、ここを通ることは敵わぬ。」
カケルとアスカも、王の指差す先に、視線を動かした。
「だが、大陸で戦が起きたのじゃ。すると、しだいに船が来なくなった。もちろん、東国から出て行く船もなくなった。船が行き来せねば、ここに富をもたらすものもなくなる。次第に、民たちの暮らしも貧しくなり、やがて、皆、わしの元を離れたというわけじゃ。」
翁は、静かに眼を閉じ口を閉じ、寂しげな表情を浮かべたまま、足元に広がる海峡を眺めた。
「おや?」
王が、海峡の西に視線をやって呟いた。そして、じっと何かを追うように睨んでいる。カケルとアスカも王の視線の先を追った。
「・・王様、あれは・・大船でしょう。・・」
カケルが王に訊くと、王は険しい表情をしている。王は何も言わず、じっと睨みつけている。
次第に、船の大きさや紋様がはっきりと見え始めると、王の表情は一艘厳しくなった。

1-1-3韓船1.jpg

1-4 悲鳴 [アスカケ第4部瀬戸の大海]

4-1-4 悲鳴
大船はゆっくりと、関を越えて、赤間の港に近づいてきた。
「あれは、韓船。また里を襲うつもりであろう。」
険しい表情のまま、王は呟いた。
「ここには、里を守る兵など居らぬ。また、多くの民が命を奪われ、連れ去られる。もはや、抗う事も、里の者を守ることもできぬ王など、王ではないな・・。」
そう言うと、宮殿の中に入ってしまった。
「アスカ、里へ行くぞ!お前は、どうする?」
「海女小屋の方たちが心配です。私も参ります。」
二人は石段を駆け下り、里へ向かった。

港にいた里の者たちは、大船の接近を知って、我先にと、家へ戻ろうとした。狭い路地は、逃げ惑う人で混乱している。
大船が港に入ると、船縁からたくさんの男たちが顔を見せた。男達は、甲冑と冑を身につけ、手には弓を構えている。そして、一斉に、矢を放ち始めた。
逃げ惑う者が次々に射抜かれて、悲鳴とともに倒れていく。穏やかだった里が、一変して戦場になってしまった。抵抗する者など居ない。それでも、大船からは矢が放たれる。

カケルとアスカが里に入ったときには、大船は船着場に着けられ、船の中から兵たちが、列を成して降りてくるところだった。兵たちは、剣を手に、港に居る者を捕えたり、そこらに置かれた品物を次々に奪い、船へ運び始めた。女や子どもたちは、縄に繋がれ船に乗せられていく。抵抗する男達は、その場で切り捨てられていく。惨い光景が広がっていく。

「カケル様、カケル様!」
物陰から、カケルを呼ぶ声がした。海女小屋に居たタマソが、数人の仲間とともに、家の陰に隠れていた。カケルとアスカは、タマソの隠れているところへ身を潜めた。
「酷い事になった。あいつら、里の物をみんな奪っていくつもりだ。」
苦々しくタマソは言うと、様子を伺っている。
「タキ様たちはどうされました?」
アスカが訊くと、
「海女小屋に潜んでる。あそこにはやって来ない。じっとしてろと言って来たんだ。」
「タマソ様、これからどうされる?」
「どうするって・・俺たちにはどうにもできないさ。あれだけの兵に敵うわけ無いだろ!」
一緒に居た仲間たちも、皆、俯いている。
「里を守るのが、貴方達の仕事でしょう?・・何も出来ないの?」
アスカは、やや憤慨して聞いた。すると仲間のひとりが言った。
「俺たちだって何とかしたいさ。タマソの父様は、あいつらに殺されたんだ。母様だって、連れ去られたまま、行方知れずさ。出来るなら、あいつら全員、八つ裂きにしてやりたいさ!」
タマソは、剣の柄をぐっと握り締め、悔しさを堪えているようだった。
カケルが言った。
「里の者を守りましょう。そして、あいつらを追い払いましょう。」
「どうやって?俺たちの何倍もいるんだぞ?」
タマソはカケルをじっと見つめ答えを待った。
「まず、里の人たちを、崖の上の宮殿へ行かせましょう。里の人に知らせる事はできますか?」
仲間の一人が、答える。
「ああ・・家々の裏道は知ってる。そこを通って知らせよう。」
「宮殿に逃げた後どうする?」
タマソがカケルに訊く。
「そこで、あなたたちが里の人たちを守ってください。あそこは崖に囲まれています。攻め上ってくるには石段を使う他ありません。一方から攻めてくる敵を防ぐのは少人数でも可能です。」
それを聞いた他の者が不安げに言う。
「だが・・俺達は、武器が無い。こんな剣、ろくに使えないんだ!」
「ならば、山の木を切ってください。丸太を作り、登って来る兵達へ落とせばいい。石でも良い。投げ落とすのは誰でも出来るでしょう。里の者にも手伝ってもらえばよいでしょう。」
皆、お互いの意思を確認するように、顔を見合わせ頷いた。
「時はありません。急ぎましょう。」
「カケル様たちはどうされる?」
「私とアスカは海女小屋へ行ってみます。タキ様たちが心配です。」
皆、話し合ったとおり、動いた。タマソ達は、裏道を使って、家の中に潜んでいる人たちに、宮殿へ逃げ込むように伝えた。里の者たちは、兵達に見つからぬよう、山沿いに宮殿まで向かった。
タマソは一足先に宮殿に入った。宮殿から、先ほどの王が顔を見せたが、タマソの話を聞き、「好きにすればよい。」と言ったきり、また、宮殿に篭ってしまった。
逃げ込んできた里の者たちも手伝って、宮殿の裏の木々を切り倒し、丸太を何本も作り、石段の上に運んだ。
港に着けられた大船の前では、兵達が終結していた。里の者が、宮殿に逃げ込んだことを知り、大船の上から頭目らしき男が兵たちに檄を飛ばした。
「抗う者は皆殺しだ!」

1-1-4石段.jpg

1-5 防御 [アスカケ第4部瀬戸の大海]

4-1-5 防御
宮殿の石段を目指し、多くの兵たちが進軍を始めた。
「さあ、みんな。これから戦だ!里を守る為に戦おう。」
タマソは、仲間たちとともに里の者たちに呼びかけた。
命からがら逃げ込んできた里の者も、皆立ち上がり、タマソに従った。手分けして、丸太を石段の上に積み上げる。こうする事で、兵達の矢も防げる。
「まだまだだ。しっかり引き付けて落とさねば効果がない。」
タマソは、じっと前進してくる兵を睨んだ。兵たちが、中段辺りまで来て、弓を構えようとした時だった。
「よし、落とせ!」
積み上げた丸太を一斉に落とし始めた。狭い石段の上から、次々に降ってくる丸太が、兵達を襲う。最前列にいた兵は、驚き、石段から脇に避けようとして崖を転落する。後ろに控えていた兵は何がおきたのか判らぬまま、丸太に襲われ下敷きになり、動けなくなった。だが、残った兵たちは、逃げることなく、再び石段を登って来る。再び、丸太が投げ落とされ、同じように下敷きになっていく。こうして大半の兵たちは、傷つき倒れていった。
「もう、丸太が無いぞ。どうする?」
兵達はまだ残っている。しかし、用意した丸太は全て落としきってしまった。
タマソは、皆の顔を見た。仲間達は、腰に下げた剣を手にした。
「やるしかない。」
皆、自信は無かったが、もう後へは下がれない。覚悟を決めていた。
「これを使いなさい。そんな見てくれだけの剣、役には立たぬ。」
そう言って、宮殿に逃げ込んだはずの王が、箱を持って立っていた。
「これまで、王らしき事など何も出来なかった事、許しておくれ。そなたたちの働きぶりを見て、私も、深く反省した。これからは民と朋に生きる覚悟じゃ。さあ、これなら、使えるだろう。」
王が差し出した箱には、漁師が使う銛に似た道具がたくさん入っていた。
「これは、赤間に伝わる武器なのだ。そなたたちの父や、爺様も使っていたはずだ。」
それを見た年老いた男が言う。
「これは・・鯨を突く大銛・・まだ、有ったのか。」
「鯨?」
誰かが訊く。
「赤間の沖には鯨がいる。昔は、皆で船を出して捕まえたのさ。一つ取れれば、しばらくは、里の者が皆、食べ物には困らないほどの大物さ。・・」
タマソは、銛を手にしてじっと考えていた。
遠い記憶の中に、父と船で沖へ出た時、黒い大きな山のような魚を見たことがある。きっとあれが鯨だったのだろう。
「よし、動ける者は皆、銛を持て!下から登ってくるのは鯨だ!皆で鯨を捕らえよう!」
タマソはそう言うと、先駆けて石段の上に立ち、銛を構えて雄叫びを上げた。
石段の下では、丸太に押しつぶされた様子に、残った兵たちは怖気づいた。
「どうした!進め!行かぬか!」
朱の衣服を纏い、大きな甲冑を身につけた将らしき男が、剣を翳して兵を威嚇する。
そのうち、兵達が逃げ出そうとするのを見つけると、剣で一人の兵を串刺しした。
「さあ、行かねば、お前たちもこうなるぞ!」
兵たちは、もはや正気を失い、泣きっ面になりながら、再び、闇雲に石段を登ろうとし始めた。

「あいつが大将か?・・なんて奴だ。・嫌がる者を脅して・・。」
石段の上から下の様子を見ていたタマソは、唇を噛み締めて吐き捨てるように言った。
そして、手にした銛を強く握り締め、目を閉じた。
幼い頃、父と供に沖へ出て、父が銛を突く姿を思い出していた。父は、揺れる船の上で、両足を踏ん張り、真っ直ぐ海面を見据えて、右手で銛を構え、左手を投げ出すほうに真っ直ぐに伸ばして、「えい!」と掛け声を掛けて一気に銛を投げた。父の銛は真っ直ぐに獲物に突き刺さった。
タマソをゆっくりと目を開けると、石段の下に見える大将を睨みつけた。そして、父の姿を思い浮かべながら、両足を踏ん張り、右手で銛を構えた。深呼吸を一つして、「エイ!」と掛け声を掛けると、思い切り銛を投げた。銛は、緩やかな弧を描くと、そのまま、朱の服を着た大将目掛けて飛んだ。
「グエッ」かすかに声が聞こえたと同時に、朱の服の男が丸太の上に転がった。タマソの投げた銛は、男の胸を貫いていた。それを見て、兵たちは怖れ慄き、転がるように石段を降り始めた。そして、一人の兵の姿も見えなくなってしまった。宮殿の広間では、歓声が上がった。
「やったぞ!追い払ったぞ!」
タマソの仲間達が歓声を上げる。兵たちを恐れ身を隠していた里の者たちも広場に出てきて、歓声を上げた。
タマソは、初めて人を殺めた。攻めてきた敵の大将とはいえ、胸を貫かれて横たわる姿を見て、自分のやったことが怖ろしくなり、その場に立ち尽くしていた。
「タマソ!やったな。あいつらをやっつけたんだ!」
仲間の声も耳に届かない。タマソは石段を駆け下り、将の傍に行った。将と思しき男はすでに事切れていた。タマソは男の胸から銛を抜き取り、小さく「すまない。赦してくれ」と言った。その様子を、石段の上から、王が見ていた。
歓声に沸く宮殿では、誰かが「今日こそは、奴らを逃がしはせぬぞ!」と言った。それに呼応するように、里の男達が銛を手に、石段を降り始めた。

1-1-5丸太.jpg

1-6 岩場 [アスカケ第4部瀬戸の大海]

4-1-6 岩場
カケルとアスカは、浜にある海女小屋へ急いだ。
海女小屋は、大船のいる港からは、松原が死角になっていて見つからない場所だが、妙に胸騒ぎがしていたのだった。海辺に出たところで、手に竹籠を抱えている兵たちが浜辺をこちらに戻ってくるのが見えた。二人は、兵達をやり過ごし、すぐに浜小屋に向かった。
「タキ様!タキ様!」
海女小屋は、入口の筵簾や板のあちこちが捲れていて、明らかに、先ほどの兵たちが襲ったのが判った。海女小屋の中に飛び込んだが、中には人影は無かったが、囲炉裏端にはおびただしい血が流れていた。
「アスカ!こっちだ!」
カケルの声に、アスカは、海女小屋を飛び出ると、カケルの姿を探した。
「ここだよ、アスカ。」
アスカは声のするほうへ必死で掛けた。砂浜の先に、大きな岩が幾つも並んだ岩場があった。カケルが岩の上からアスカを呼んだ。
タキは、その間に隠れるように座っていた。二人ほどの海女も傍にいた。
「タキ様、大丈夫ですか?」
そう訊いたアスカに、タキはゆっくりと身を起こし微笑んだ。だが、顔色は白く、息も絶え絶えになっている。
「あいつら、いきなり入ってきて、・・みんな、驚いて、皆、小屋から飛び出したんだよ。兵が出て行って、戻ってみたら、タキ様が切られていたんだ。・・どうしよう・・タキ様・・死んじまうよ。」
海女はそう言って泣き崩れた。
タキの横たわっている周囲には、真っ赤な血が流れて広がっている。先ほどまで目を開けていたタキが、「ううう・・」と唸り、ガクッと力が抜け、息をしなくなってしまった。
「タキ様、タキ様、しっかりして!」
二人の海女はすがるように、タキの名を呼び続けたが、タキは目を開けなかった。
アスカは、じっと眼を閉じた。そして、首飾りをぐっと握り締める。
すると、柔らかな光が広がり始めた。アスカはそっと手を伸ばし、タキの体に触れた。アスカを包んでいる黄色い光が、タキの体も包み始めた。脇にいた二人の海女は、その様子に驚いて目を見開いたままじっとしている。やがて、光はその海女たちも包み込む。
温かい空気、体の中から温かいものが溢れてくる感覚、まどろみの中にいるような時間が過ぎる。
しばらくすると、タキが大きく深呼吸をした。そして、アスカの手を握り返した。二人の海女もタキが息を吹き返したのをしっかり確認した。「タキ様!」という呼びかけに、タキは目を開いて、手を持ち上げた。
「もう、大丈夫です。・・さあ、タキ様の手当てをしましょう。」
カケルは、岩の上から、宮殿や里の様子を見ていた。すると、兵達が、大船を目掛けて逃げてくるのが見えた。
「どうやら、タマソ様たちは兵を蹴散らす事ができたようだ。」
しばらくすると、銛を手にした、里の者たちが姿を見せ始めた。兵たちを追ってやってきたようだった。
「いかん、まだ、兵は残っている。深追いしてはだめだ!・・・アスカ、ここを頼む。」
カケルはそう言うと、岩から跳ね、浜へ走り出た。
「ダメだ、追ってはならん!」
里の者が大船に近づくと、大船から、再び、矢が放たれ始めた。
宮殿を襲った兵は、大船の兵の半数ほどであった。まだ多数の兵が大船には残っていたのだった。
宮殿で、兵を追い払った勢いでやってきた里の者は、慌てて、家の影に身を潜めた。
「これでは、何にもならぬ。・・・やはり、大船を攻めるしかないのか!」
カケルは、浜を駆けながら考えた。タマソたちも里の者を追ってきた。
「カケル様!」
「何故、宮殿に潜んでいなかったのだ!」
浜の岩陰に身を潜め、カケルとタマソは大船の様子を探った。
「将らしき男は、仕留めました。・・」
タマソが小声でカケルに告げる。カケルは、タマソが持っている銛先に血糊が着いているのを見て、あらかた見当がついた。タマソの言葉は、悲しみと嫌悪感に満ちているのを感じ、カケルは何も言わず、タマソの肩を掴んで、労わった。
「韓の船ではなさそうだな?」
「ああ、将の様子も韓の者ではなかった。きっと、佐波の海辺りをうろつく海賊だろ。韓の船を奪い、このあたりの里を襲っているに違いない。」
「きっと、兵たちもそれらの里から連れてこられた者たちなのだろう。脅され、嫌々ながら、付き従っているに違いない。」
カケルはじっと大船の様子を見ている。タマソが海岸の様子を気にしながら訊いた。
「・・・婆様たちは無事か?・・」
「タキ様は、兵に襲われ怪我をされておる。あそこの大岩の影に居られる。アスカが手当てをしたから、もう大丈夫だ。」
「なんて事だ・・・あいつら、絶対許さない。」
タマソは大船を睨みつけた。

1-1-6岩場海岸.jpg

1-7 化身 [アスカケ第4部瀬戸の大海]

4-1-7 化身
大船からの矢が急に止んだ。その隙に、里の者たちは、タマソの仲間が再び宮殿に連れ戻った。
「一体、どうしたんだ?」
タマソが怪訝な顔で言う。カケルはじっと大船の様子を見ていた。不気味な時間が流れる。
そのうちに、船縁に人影が現れた。大船が着いた時、掴まった里の者たちが、縛られて船縁に立たされている。すると、大きな兜をつけた大柄の男が、剣を手に脇に立った。
「いかん。」
カケルがそう言うと同時に、大柄の男のすぐ脇にいた里の者を剣で切りつけた。
肩口から血が噴出しているのが遠くからもわかった。そして、大柄の男は、倒れ掛かった里の者を船縁から蹴り落としたのだった。
「くそっ!見せしめか!」
タマソは銛を強く握り締め悔しさを堪えている。カケルは、その光景に怒りが湧き起こってきた。
「許せぬ!罪も無い人を!」
そう言うと、剣の柄に手をかけた。すると、剣が光り始めた。カケルの頭髪が逆立つ。そして全身がぶるぶると震え始めた。腕や肩の筋肉がもこもこと盛り上がる。獣人へ変わり始めた。
「カケル様!大丈夫か?」
タマソはカケルの変化に驚いた。
「ううっ・・ぐるる・・・」
低い唸り声を発したかと思うと、カケルは高く跳び上がった。一気に、大船の畔まで跳ねたあと、さらに船縁へ跳び上がった。そして、「グオウー」と狼のような雄叫びを上げた。その声は、宮殿にまで届いた。何事かと、里の者たちも、見晴台へ身を乗り出して大船の様子を見た。
獣人に変わったカケルは、一気に、大柄の男の前に立った。
「お前は何者だ!」
「里の者を開放せよ!さもないと命を落とす事になるぞ!」
カケルは剣を突きつけた。
「・・お前一人で何が出来る!・・」
大柄の男は、そう言うと、弓を構える兵たちの後ろに身を隠した。
「さあ、射抜いてやれ!」
甲板にいた兵たちは、獣のようなカケルの姿に怖れながらも、弓を構える。
「さあ、放て!」
その声に、兵たちは弓を引いた。カケルはすばやく跳びあがると、反対の船縁へ移った。
「何をしている!放て!放て!」
兵たちは矢を放つ。しかし、再びカケルは高く舞い上がると、今度は船尾へ移った。兵たちは、飛び回るカケルに追いつけない。カケルは再び高く飛び上がると、男の背後についた。そして、剣を首に突きつけ、後ろ手を取り、羽交い絞めにした。
「無駄な抵抗はせぬほうが良い。さあ、里の者を解放するのだ!」
弓を手放して兵たちは、里の者の縄を解いた。
「早く、大船から降ろせ!」
カケルの言うとおり、里の者たちは船から下ろされた。船の下には、タマソが居て、皆を宮殿へ向かわせた。
「さあ、どうするつもりだ?俺を殺すか?」
羽交い絞めになったまま、男はカケルに訊いた。
「お前が将か?」
「・・将?・・俺はこの船の頭目に過ぎぬわ。・・俺を殺したところで、再び、我らの大船はここを襲う。我らは、屋代の水軍。この海は我らのもの。さあ、殺せ!」
「屋代の水軍?」
初めて聞く名にカケルはが少し気を取られた時だった。背後から、兵の一人が槍でカケルを突き刺した。その拍子に、握っていた男の手を緩めてしまった。
「一人で何が出来る!」
男はそう言うと、剣を抜いてカケルに切りかかった。カケルは、手にした剣で男の剣を受けた。槍が刺さった背に激痛が走り、思わず膝をついた。男は再び、剣を振り下ろした。カケルの剣に男の振り下ろした剣が激しい音を立ててぶつかる。カケルは横に跳ねた。
「まだ動けるか!こうしてくれる!」
男は剣を構えてカケルを襲う。そのたびに、カケルは甲板を転がり逃れた。終に、カケルは船の舳先に追い詰められた。その時だった。
「うぐ・・」
カケルの目の前で、男は倒れこんだ。
タマソが船縁に立っていた。そして、男の背にはタマソが投げた銛が突き立っていた。兵たちは、頭目が倒れる姿をじっと見た。タマソが、一段高い場所に立ち、威圧するような声で号令する。
「命が惜しくば、武器を捨て、その場に腹ばいになれ!従わぬものは銛の餌食だぞ!」
兵たちは弓や剣を一斉に放り出し、その場に腹ばいになった。
「カケル様!」
タマソが駆け寄ると、カケルは膝をつきその場に蹲った。背中から血が流れている。
「大丈夫だ。すぐに血は止まる。」
カケルは、そのまま、その場に倒れこんだ。獣人と化したカケルの体は、徐々に元に戻り始め、傷口も小さくなっていった。
静まって様子を確認し、タマソの仲間たちもすぐに船に上がってきた。

1-1-7狼の遠吠え2.jpg

1-8 タキの秘密 [アスカケ第4部瀬戸の大海]

4-1-8 タキの秘密
大船の上には、タマソや仲間たちが、縛り上げた兵を見張るように立っていた。大船の輩をカケルやタマソが蹴散らした知らせは宮殿にも届き、里の者たちや王も船にやってきていた。
浜の岩場でタキの介抱をしていたアスカたちも、タキを支え、少し遅れて大船に来た。
怪我をしたカケルは、すでに元の姿に戻っていたが、傷からの出血が多く、気を失ってしまっていて、アスカが、傍らで手を握り回復の手当てを試みた。しかし、タキの回復のために力を使いきっていたために、すぐにはカケルは目を覚まさなかった。
「婆様!」
タマソは、タキの顔を見るとすぐに駆け寄り労わった。
「アスカ様のお陰じゃ・・もう大丈夫・・大丈夫。」
そう言ってタマソの頭を撫でた。大きな体をしていても、心の中はまだ子どもである。婆様の様子を見て、思わず泣き出してしまっていた。
「どうして、すぐに逃げなかった!」
タマソは、タキを問い詰めるように言った。タキは、謝るばかりだった。その様子を見て、海女の一人が言った。
「タキ様は、小屋に大事なものがある。盗られる訳にはいかないって小屋に残ったんだよ。」
「何だよ、大事なものって、あの小屋にそんな大事なものなんか無いだろう!」
タマソは、タキを再び問い詰める。タキは、懐から小さな袋を取り出した。
「これだよ。」そう言って、タマソに手渡した。タマソが袋を受け取ると、袋の中を覗いた。中には、象牙の小さな刀があった。取っ手には、朱や緑で細かい細工が施され、先には錦糸の房も着いていて、高貴な者が懐に持っておくようなものだとすぐに判った。
「これって何だ?婆様のものか?・・どこで手に入れた?」
船の様子を見るために集まっていた里の者の中に、王の姿もあった。王は、その小刀を見てはたと思い出していた。
「すまないが、それを見せておくれ。」
人垣を分けて、王がタマソの傍にやってきた。王は、タマソから小刀を受け取り、じっと見入っている。そして、ふいにタキに向かって訊いた。
「そなた、これを何処で手に入れた?誰から譲り受けたのじゃ?」
その言葉に、タキは目を伏せたまま答えなかった。
「これは、私が亡き姫に与えたもの。何故、ここにある?さあ、答えよ!」
「おい、婆様!ちゃんと答えろ!俺も知りたい。さあ、答えるんだ!」
タマソもタキに迫った。タキは観念したようにその場に座り込んだ。そして、右腕の袖をたくし上げてから、王の前に突き出した。
「王様、これを覚えておいででしょうか?」
タキが突き出した右手には、不思議な文様の刺青があった。王は、その腕をしげしげと見てから急に顔色を変えた。
「お前・・・まさか・・・タキノワ、タキノワなのか?」
「はい、王様。お久しぶりでございます。」
王は、その名を口にしてからがっくり肩を落とすように座り込んでしまった。タマソは一体何が起きたのかわからなかった。ただ、王とタキには何か特別な縁がある事だけは判った。
「婆様、ちゃんと判るように教えてくれ!」
タキは、タマソの目をじっと見て、ひとつため息をついてから話し始めた。
「私は、若い頃、陶(すえ)という村に居たのさ。王様も若かった。王がひととき、陶の村においでになった事があったんだ。その時、私がお傍でお世話をした。その縁で、私はここ赤間へきたんだ。しばらくは宮殿に暮らしたよ。そして、王の子を身篭った。だが、王にはすでに后様が居られたが子がなかった。身篭った私が目障りだと、身重な私は、宮殿を追い出されたんだ。」
「済まない、済まなかった、許してくれ、タキノワ!」
王はその場に頭をこすり付けて謝っている。
「私は、里に戻って、女の子を産んだ。タマと名付けた。親子二人、貧しかったが楽しく暮らしていたんだ。しばらくして、宮殿からの使いが来て、娘を連れて行くと言うんだ。王家を継ぐ者だと言ってね。もう力づくさ。泣く泣く、娘と別れたんだ。」
タキの言葉に、王は悲鳴のような声で再び詫びた。
「済まなかった・・許しておくれ・・王妃には子どもが出来なかった・・王家の血を守る為、已む無くそうしたのだ・・・」
ひたすら謝る王を軽蔑の目で見ながら、タキは続ける。
「・・娘を奪われ生き甲斐を失い、一時は死のうかとも思ったんだ。だけど・・どうしてもわが子を取り戻したくて、赤間にやって来たのさ。ここの海女たちは優しかった。私の境遇を聞いて、力を貸してくれたんだよ。宮殿にいた娘に、私がここに居る事を伝えてくれた者が居てね、それから、時々、ここで会えるようになったんだよ。」
タキが、娘と再会できたという話を聞き、里の者たちも喜んだ。
「だけど・・それがいけなかったんだ。ある日、娘はここの漁師と恋仲になってしまった。もちろん、男は娘が姫だなんて知らない。娘には男と別れるように言ったんだ。添い遂げる事等できないからとね。」
王は、ゆっくり顔を上げてタキの話しの続きを話し始めた。
「ああ・・確かに姫は、赤間の漁師と夫婦になりたいと言い出した。もちろん、反対した。あの娘には、すでに、韓の国から王子を迎える支度ができていたのだ。アナトの国を守る為にも、韓の国との縁がどうしても必要だった。だが・・あの娘は聞き入れなかった。そして、赤間崎から身を投げた。・・可哀想な事をしてしまった。すべて私が悪いのだ。・・本当に済まなかった・・」

1-1-8岬.jpg

1-9 タマソ [アスカケ第4部瀬戸の大海]

4-1-9 タマソ
「いや、娘は身を投げたりしちゃいないんだ。」
タキが言う。王は驚いた顔でタキを見た。
「ある晩、娘は男と二人で海女小屋に現れた。お腹に赤子が居るというんだ。私はわが身を呪った。私が王の子を宿したように、娘も覚悟を決めていたようだった。私は、二人にすぐに赤間から逃げるように言った。王に見つからぬ場所へ隠れるようにとね。二人は、小舟ですぐに発った。そして、陶(すえ)の村へ戻ったんだよ。」
「ならば、まだ陶の村で生きているのか?」
王は、安堵の表情を浮かべて訊いた。タキはゆっくりと首を横に振った。
「陶の村に戻り、まもなく、男の子を産んだ。だが、産後の肥立ちが悪くて、娘は命を落とした。しばらくは、男が子どもを育てた。・・・その男も、鯨漁に出た日に、水軍の手にかかって、命を落とした。」
「男の子はどうしたのだ?」
王は縋り付くようにタキに尋ねる。タキは口を開かなかった。
ここまでの話をじっと聞いていたタマソが、強張った表情でタキに訊いた。
「なあ・・婆様、その男の名は?」
タキは、タマソの表情を見て観念したように言った。
「その男の名は、サダ。鯨取りの名人だった。大きな銛を自在に使い、大きな鯨を捕まえていたのさ。・・そうさ、お前の父様さ。」
「じゃあ、母様は、アナトの国の姫?」
「ああ、そうだよ。」
「では・・この・・タマソは、王家の血を受け継ぐ者ということか?」
王がタマソを見上げるように言った。船に集まっていた里のものは皆驚いた。
「お・・おれが・・王を継ぐ者?・・馬鹿馬鹿しい・・婆様・・嘘だろ?・・なあ、嘘だろ?」
タマソは混乱していた。そして、その場に座り込んでしまったのだった。
赤間の里が荒れ果ててしまったのは、偏に王が民の暮らしを顧みず、自らの栄華のために富を搾取してきたためだと考え、タマソは、幼い頃から、王を憎み嫌っていたのだ。今になって、王の血を継ぐ者と言われても、自らの存在を否定される思いしかなかった。
里の者たちも、何と声を掛けて良いものか判らず、沈黙が流れた。
ふいに、カケルが目を覚ました。少しぼんやりとした意識の中で、船の様子を感じていた。
「カケル様?・・気が付かれましたか?」
沈黙を破るように、アスカがそっとカケルに声を掛けた。
「ああ、もう大丈夫だ。皆、無事か?」
「ええ・・大丈夫です。船の兵達も皆、タマソ様達が縛りつけて大人しくしております。」
「そうか・・・タキ様は?」
「ええ、もうすっかり・・・。」
身を起こしたカケルの目に、座り込んで俯いているタマソの姿が見えた。その雰囲気に、ただならぬ事態が起きている事をカケルにも判り、アスカを見た。アスカは、どう話せばよいのか困惑した表情でカケルの視線を受け止めた。すると、タマソは急に立ち上がり、船から飛び降りた。そして、わあと叫びながら、砂浜を駆けていってしまった。タマソの仲間たちも、慌ててタマソの後を追って行った。
カケルは、タキから大方の事情を聞いた。だが、タマソにどう声を掛けるべきかやはり皆と同様に困惑してしまったのだった。
ひとまず、水軍を制圧した事で、里の平和は守られた。水軍の頭目の亡骸は、近くの浜に埋められ、残った兵達は縛られたまま、宮殿に連れて行かれ、宮殿の端にある牢獄へ放り込まれた。
里の者たちは、石段に摘みあがった丸太やその下敷きになっている兵達を運び、怪我人には手当てをして、捕まえた兵達とともに牢獄へ放り込んだ。
もう日暮れ近くになっていた。
タマソは、仲間たちと共に、浜の岩場の上に座り、遠く海を眺めていた。
「なあ、タマソ、これからどうするんだい?」
タマソと同い年のカズが、タマソに訊いた。タマソは何も言わずじっと海を見ている。
「王の血を継ぐ者なら、アナトの国はお前のもの、王になって治めればいいじゃないか!」
背の高いサカが、甲高い声で言う。タマソは、キッとサカを睨むと、
「王になんぞ、ならない!国を治めるなんてできっこない!」
強い口調で答えた。
「そうかなあ・・・おれは、タマソが王になるなら賛成だ!あの船で近くの村を回って、皆を従えるんだ!アナトの王タマソ様だぞってさ。」
カズが調子に乗って言うと、タマソは岩の上に立ち上がり、皆を睨みつけて言った。
「あの水軍に勝てると思うのか?・・きっと奴らはまた来るぞ。もっとたくさんやってくる。今度みたいに上手くは行かない。皆、殺されるんだ。・・・王になったからって、里の皆を守れるわけがない。・・いやだ、そんなのいやだろ。」
「大丈夫さ、カケル様が居てくれれば、また・・ウォーってやっつけてくれる。そうさ、カケル様をアナトの国の守り主にすればいい。王になれば、皆、お前に従うはずだ。」
カズもサカも調子のいいことばかり言っている。それをじっと聞いていた、少し年上のマサが、少し大人びた口調で皆を窘める様に言った。
「カケル様は、恐ろしき獣人だ。今は、皆を守る優しいお方かも知れぬが、いつ、獣人になるかわからぬ。見境なく、人を殺すかも知れぬ。信用してはならない。」
マサの言葉に、皆、真顔になって心配し始めた。確かに、頭目を襲った光景は、獣が容赦なく、獲物を襲う様子と何一つ違わなかった。

1-1-9海鳥.jpg

1-10 使命と定め [アスカケ第4部瀬戸の大海]

4-1-10 使命と定め
そこへ、アスカがやって来た。
タマソたちは、アスカを見つけると、今までの話はなかったかのように、押し黙り、岩に座ったままで居た。アスカは、男たちの空々しい様子に気づきながらも、何食わぬ顔をして、タマソの隣に座り、独り言のように話し始める。
「私、生まれた里を知らないんです。」
アスカの言葉に、タマソたちは驚いた。アスカは構わず話し続けた。
「赤子の時に、小舟に乗せられ、ヒムカの国のモシオという浜に流れ着いたらしいんです。アスカと言う名も、そこでいただいたもの。父様や母様のお顔すら、知りません。」
アスカは、じっと海を見つめて話し続けた。
「物心ついた時には、塩焼き小屋で働いていました。朝から晩まで、火をおこし、塩を煮詰めて過ごししました。辛かったけれど、皆、優しくしてくださって・・でも、だんだん、知恵がついてくると・・・私は生まれて来なかったほうが良かったんだろう・・父様も母様も、私が要らないから捨てたのだろうとか・・・生きている事に何の意味があるのだろうと・・そんな事ばかり考えるようになっていました。」
長い黒髪、白い肌、美しい娘が目の前で身の上話を話し始め、男たちは皆一様に驚き、同情した。
「生まれて来ない方が良いなんて!」
アスカは、タマソの言葉ににっこりと微笑んだ。
「カケル様と出会ったのはそんな頃でした。自らの生きる意味を求めて、旅をしていると聞きました。そして、自分のできることを精一杯やる事だけを考えていらしたんです。」
「生きる意味を求める旅?」
「ええ・・アスカケと言うんです。九重の南、ナレの村の古い掟。男の子は十五になると、村を出て、旅をする。カケル様も、ヒムカ、阿蘇、葦野、行く先々で、自分にできる事を精一杯やって・・・時には、命を落とすほどの危険な目にも遭われました。それでもなお、自らの生きる意味を問い続けていらっしゃいます。」
「強きお方なのだな・・。」
「ええ・・・おかげで、九重には、多くの友ができました。隼人の長、不知火やイサの里、那の津のハクタヒコ様も立派なお方でした。・・でも、一番強きお方は、邪馬台国の女王、伊津姫様でしょう。」
「邪馬台国の女王?」
「ええ、今、九重の国々は、邪馬台国の女王伊津姫様を心の頼りに一つにつながりました。・・伊津姫様は、カケル様と同じ、ナレの村の生まれ。カケル様の妹同然にしておられました。」
タマソたちは、まるで御伽噺でも聞くように、アスカの話に耳を傾けた。
「伊津姫様は、カケル様より一つ年が若く、幼き頃に父も母も亡くされて・・カケル様の母様に育てられました。カケル様がアスカケに出る年、伊津姫様も自らの出生の秘密をお聞きになられました。・・そう、邪馬台国の王の血を継ぐ者であると・・・。」
「タマソとおんなじだ!」
カズが言う。タマソは、カズを遮るように、アスカの話の続きを聞いた。
「伊津姫様は、最初、戸惑われたそうです。それに、邪馬台国など遠い昔話の存在だと思っていらしたんですから。・・でも、カケル様とヒムカの国を旅され、先々で、邪馬台国の伝説を耳にし、人々の強き想いを受け止め、次第に、自分の為すべき事を定められたようです。」
「そのようなお方がいらっしゃるのか・・・。」
タマソは、自分の置かれた状況を省みて、深く考え込んだ。アスカは続ける。
「伊津姫様は、邪馬台国の王の血を継ぐものであるからこそ、たくさんの危険な目に遭われました。時には囚われの身となり、妖しげな薬を飲まされ、命すら危うい事もあったそうです。また、目の前で、多くの人々が戦で命を落とすのもご覧になられて・・自分が居るからこそ多くの命が奪われるのではないかと思い悩む日もあったとお話くださいました。」
「よく覚悟なされたなあ・・。」
「はい・・・。」
タマソは、アスカの話を聞き終えて、夕暮れが広がり始めた海をじっと見つめた。
「カケル様の事だが・・・。」
タマソは、アスカに遠慮がちに訊いた。
「・・・あの・・お姿は・・・。」
「恐ろしき獣人のお姿のことですか?」
「ああ・・・いつも、カケル様はあのお姿に?」
「私にもはっきりとは言えませんが・・・大事なものを守る時、腰の剣が力を与えてくれるのだそうです。でも、あのお姿の後には決まって、気を失なわれます。まるで、命を削っておられるようで・・・」
「正気なのか?」
「ええ・・体は恐ろしき獣のごとく変化していますが、正気です。・・・その証拠に、無闇に命を奪う事など滅多にありません。できるだけ傷つけぬようにしておいでなのです。皆、あの姿を見て、恐れ戦き、動けなくなってしまいます。命を奪わぬ為に、あのような恐ろしき姿になられるのだと思います。」
タマソは、納得したようだった。
「おい、みんな、宮殿へ行こう。俺は道を決めた。赤間のため、いや、アナトの国のために、命を捧げよう。王になるかどうかではない、自分のできることを精一杯やるのだ。」
タマソはそう言うと、立ち上がり、海に向かって拳を翳した。
カズもマサもサカも、タマソの言葉に同調した。

1-1-10吉野ヶ里.jpg
前の10件 | - アスカケ第4部瀬戸の大海 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。