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3-1 回復 [スパイラル第3部 スパイラル]

3-1 回復
純一が意識を取り戻したのは、爆発事故から1ヵ月以上経ってからだった。生死の境を彷徨い、長期間、集中治療室にいた。全身を強く打ち、骨折箇所も多く、意識を取り戻しても身体は動かせない状態が続いた。ベッドを起こせるようになるには3ヵ月ほどが必要だった。
「ミホは?」
起したベッドで純一が訊いた。毎日の看護にはミサが付き添っていた。
ミサは、首を横に振ったきり何も答えなかった。
「そうか・・・・。」
純一は窓の外へ視線をやると、涙を流した。

純一が退院したのは事故から半年後だった。
如月をはじめ、役員全員と洋一、ミカ、ミサが、本社の社長室に集められた。
事故のあと、如月を中心に役員全員が、上総CSの存続のために必死に働いた。大きな損失はあったが、倒産の危機は脱していた。
「皆さん、本当にありがとうございました。・・・忌まわしいあの事故を乗り越えられたのは、皆さんの努力以外なにものでもありません。本当にありがとうございました。」
車椅子に座っている純一が、皆を前に頭を下げた。
「皆、とにかく、社長の回復を願い、ここにお戻りになられるまで頑張ろうと誓いました。お元気になられて良かったです。」
口を開いたのは、常務だった。皆、涙を流して、純一の回復を喜んだ。
「さきほど、如月さんから会社の様子を聞いて安心しました。それで、決めた事があります。聞いてくれますか?」
純一の言葉に、皆頷いた。
「私の役割は終わりました。私は社長を退きます。これからは、如月さんを社長に運営してもらいたいのです。常務には、副社長になってもらって如月さんとともに会社を運営してもらいたいのです。」
一同は顔を見合わせた。
「それと・・・マリン事業部には洋一さんを常務として再興をお願いしたい。伊藤部長はそのまま留任いただき、洋一さんを支えてください。文化事業部やアミューズメント事業もこれまでどおりお願いします。・・・ああ、そうだ。ミカさんはマリン事業部の経理部長として洋一さんと一緒に働いてくれませんか?」
純一の提案は、この半年、皆が力を合わせてやってきたそのままであった。
「あの・・私は?」
ミサが訊いた。
「まだ身体も満足には動かせませんから、ミサさんにはもう暫く私のお世話をお願いしたい。駄目ですか?」
ミサは首を横に振って涙を零して言った。
「いえ・・・ずっとお世話させてください。・」
「良かった。・・・そうだ・・・あの島はどうなっていますか?」
如月が答える。
「邸宅はいつでも使えますが・・・ラボは破損が酷く、そのままになっています。」
「そうですか・・ならば、私は暫く島へ戻って静養します。それでいいですね?」
一同は頷いた。

半年振りに島へ戻る純一のために、クルーザーは、車椅子でも容易に乗り込めるように改造されていた。島の邸宅は、綺麗に掃除もされ快適に過ごす事ができる。
窓際に置かれた車椅子から、ぼんやりと遠くを見つめていた純一の表情は切なかった。
あの日からずっとともに生きてきたミホが傍に居ない。純一の視線の先には、ミホの笑顔が浮かんでいた。心の中は、ぽっかりと穴が開いたままだった。
「ミサさん、ラボへ行ってみたいんだが・・・。」
「ラボはまだ・・片付いておりません・・車椅子では大変かと思いますが・・・。」
呟くように純一が言うと、ミサが少し戸惑って答えた。
「入れるところだけで良いんだ。」
ミサは純一の車椅子を押し、エレベーターへ向かう。すでにセキュリティは壊れていて、すんなりとラボへ降りる事ができた。
しかし、エレベータの出口当りから先には、爆風で剥がれた壁や転がった椅子や家具等が散乱していて、思うようには進めなかった。どうにか、外の景色が見える場所に辿り着くと、海風が顔を撫でるように吹いてきた。
「ミホはどこに居たんですか?」
「その先の地下室があった場所に・・・メビウス本体に包まるように・・水面で見つかりました。」
「苦しそうな表情でしたか?」
「いえ・・・穏やかな表情でした。・・・」
ミサはそう答えるのが精一杯だった。それが嘘だと純一にも判っていた。
純一がふとそのあたりに視線をやった時、水中にキラリと光る小さな物を見つけた。身を乗り出したが、届くはずも無かった。それを見ていたミサが気付いて、視線の先を見た。
「あれは・・・。」
そう言うと、さっと腰辺りまで水に浸かりながら、小さな光の元を救い上げた。
「これは・・ミホさんがされていたペンダント?・・」
そう言いながら、純一に手渡した。オレンジの光りは当に消えてしまっていたが、確かにミホがしていたペンダントだった。
純一はペンダントをじっと見つめ、「ミホ・・」と小さく呟いた。すると、ペンダントが息を吹き返したようにオレンジ色に光り始めたのだった。
「何だか・・ミホさんが返事を・・」
ミサはそこまで言いかけて、口を閉じた。
純一は、それまで抑えていた気持ちが一気に湧き上がり、強く握り締めてぽろぽろと涙を零した。
ミサが、ふと足元に転がっているコントローラーを見つけた。裏蓋が取れ、そこが光っている。
「会長、これが・・・」
コントローラーを純一の前に差し出した。裏蓋が取れて光っている場所が、ちょうどオレンジに光る玉が入る大きさに窪んでいる。
純一は、その窪みにオレンジの玉を押し込んでみた。
コントローラーが起動し、液晶画面に、断片的な映像が映し出され始めた。


3-2 記憶の断片 [スパイラル第3部 スパイラル]

3-2 記憶の断片
純一は、ミサに頼んですぐにリビングルームに戻った。そして、大型モニターにコントローラーを接続した。
大きな画面に映し出される映像は、ミホの姿だった。それも、純一が知っているミホよりも少し若く、少し凛々しい表情をしている。笑顔もあれば悩んでいる顔もある。髪も随分長く後ろで一つに縛っている。後ろにぼんやりと浮かんでいる風景から、それが、ラボの中のものだと判った。
純一はただ無言でその映像を見ていた。
「これは・・」
ミサが呟くと、純一は「ああ・・・これは英一さんの記憶だろう・・・。」と答えた。
映像は、どれも断片的で時系列でもなかった。突然、海の風景の中で水着のミホが笑っているものが浮かんだり、食事の風景になったり、中には、ミカやミサも映っていたりしていた。どれも、英一の幸せな記憶に違いなかった。そしていつも映像の真ん中にミホが映るのだった。
「ミホは英一さんに愛されていたんだなあ・・・。」
純一は今更ながらに呟くと、ミサは思わず涙を流した。
そんな映像がいくつも流れる中で、突然、少し薄暗い映像に変わった。
ミホは映っていない。どこかの部屋の床が映り、そこにある小さな扉を持ち上げると、桐の木箱を取り出した。そして、目の前に木箱を持ち上がり、そっと蓋が取られると、中からセピア色を一枚取り出した。映像の真ん中に、その写真が大きく映った。
「これは・・・。」
純一が何かを思い出したかのように呟く。
映像は更に続き、封筒を一枚取り上げた。表書きには、『純一へ』と書かれていた。しばらくその映像は止まったままだったが、しばらくすると再び封筒と写真が桐の木箱に収められ、床下の小さな場所へ入れられたのだった。
そこで、映像は途切れてしまった。

「会長・・・最後の映像は何でしょうか?」
ミサが訊くと、純一はじっと考え込んでいた。そして、ミサに、
「あれはどこだろう?床が映っていたようだったが・・・この家の中のどこかじゃないかな?」
と訊いた。
「たぶん・・・寝室じゃないでしょうか?・・床の色がそんな気がしましたが・・。」
すぐに寝室に入ってみた。だが、先ほどの映像らしい場所は見つからない。
「この部屋は模様替えをしたんじゃないか?」
「ええ・・・以前はここにはベッドは一つでしたから・・・あ・・・そうです。きっとこのベッドの下当たり。」
ミサはそう言うと、ベッドをゆっくりと押し移動させた。ミサの言ったとおり、ベッドの下に四角い扉のようなものがあった。純一はミサに開ける様に言った。蓋を開けると、桐の木箱が入っていた。
「ありました。」
ミサが純一に手渡すと、純一は小さく深呼吸をしてから、木箱を開けた。中には、セピア色の写真と封筒が一通あった。脇から見ていたミサが写真を見て言った。
「これは・・会長・・・家、前の会長のようですね・・・随分お若い時の写真のようですが・・・。」
写真には若い頃の上総敬一郎と女性が睦ましい様子で並んで映っている。純一はその写真を見て、言った。
「この女性は・・・・僕の・・・・母・・・だ。」
「えっ?お母様?」
「ああ・・・幼い時に亡くしたから記憶にはほとんど無いんだが・、一枚だけ残された写真と同じ笑顔をしている・・・・・」
純一は食い入るように写真を見つめた。
「会長とお母様が・・・?」
箱の中には封筒が1通あった。表書きには確かに『純一へ』と書かれていた。封が開いているところを見ると、きっと英一が中を呼んだのだと想像できた。
純一はそっと封筒の中身を取り出してみた。便箋が一枚入っていた。

『 小林 純一 様
君には本当に済まない事をしたと思っている。どれほど詫びても許しては貰えないだろう。
君の母さんと私は、結婚の約束をしていた。しかし、私達の結婚は許されなかった。
言い訳に過ぎないが、会社のための政略結婚の話が決まっていたからだった。
それを知り、君の母さんは私の前から姿を消した。
手を尽くして探したが見つからず、結局、私は会社のための結婚を受け入れた。
その後も、妻には内緒で、君の母さんの消息を探し続けた。
ようやく判った時には、すでに君の母さんは亡くなっていた。そして、子どもがいた事も判った。
施設に預けられたと聞き、ほうぼうの施設を訊ね、君を見つけた時にはもう10歳だった。
一度だけ君と面会した。君を我が子として引き取ろうと考えたのだが、君は拒否した。
事情がわかっているわけも無いが、君は頑なに拒んだ。止む無く、君を引き取る事を諦めた。
せめてもの償いとして、君や君と同じ境遇に置かれた子ども達の支えになろうと決意した。
英一はその一人だった。いずれ、上総CSを率いることになるだろう。
だが、その時には、純一、君をここへ迎えるつもりでいる。
そのときには、これまでの事を詫びたい。そして、親子としてともに暮らせる事を願っている。
上総敬一郎  』

手紙を読み終えた純一は、大きなため息をついた。
英一が、遺言書で相続人を自分に定めたのは、この手紙を読んだからだった。
手紙を読んで、純一は、がらんとした施設の食堂で見知らぬ紳士と面会した事をぼんやりと思い出していた。どんな会話をしたのか、紳士の顔がどんなだったかは思い出せないが、養子に行くという事は施設を出るという事だと園長に含まれた事、そしてそれが幼かった純一には、心が痛いほど悲しい事だと感じられ、拒否した事を思い出したのだった。
「あの時、何故、あんなに悲しかったのだろう・・・・。」
ぼんやりとした記憶に浮かぶあの時の悲しい感情が、どことなく今の自分の心境と重なるように感じていた。
読み終えた手紙をミサに手渡した。ミサは手紙を読み終えて言った。
「会長・・・これって・・・・・」
「ああ・・そうだ。僕は上総敬一郎氏の実の息子だったんだ。だから、英一さんは僕を相続人にしたんだ。敬一郎氏の願いを叶えようと考えたんだろう・・・・。」


3-3 帰郷 [スパイラル第3部 スパイラル]

3-3 帰郷
純一は、体力が回復しようやく歩けるようになった事で、一度、鮫島運送へ戻る事にした。
本社へ立ち寄ると、如月社長や敬二郎副社長が玄関前で待っていた。敬一郎会長の手紙の件もすでに知らされていて、正統な後継者である事は皆が認めるところとなっていた。
「しばらく、故郷へ戻ります。鮫島の親父にもきちんと挨拶をしておかないといけませんから。」
「お戻りになられますよね?」
敬二郎が神妙な面持ちで訊くと、
「ええ・・・戻ってきますよ。ここも、私の家族ですから・・・。」
玄関では、大勢の社員が見送りに出ていた。
マリン事業部のあるマリーナからクルーザーで故郷へ向う事にした。マリン事業部には洋一やミカが居た。厳しいスタートだったが近頃では注文も入るようになり、少し明るい兆しもみえ始めていた。
「私がお送りできれば良いんですが・・・。」
洋一が桟橋で純一に言った。
「いえ・・今が踏ん張りどころです。戻ってくる頃にはもっと良い笑顔を見せてください。」
「はい・・・クルーザーには、健二という者を就けました。操縦も上手いですし、メンテナンスの腕も私が教え込みました。ミサさんとともに秘書として遣ってやってください。」
「ありがとう。」
「会長、お帰りをお待ちしています。」
洋一の脇でミカも見送った。クルーザーが港を離れる時、港の灯台先に、大勢の人が並んでいた。先頭に、伊藤部長が立って大きく手を振っている。横には敬子の姿も見えた。

クルーザーは滑るように走っていく。
クルーザーの中で、純一はこれまでの日々を思い返していた。鮫島運送を出てから、もう2年近くが経っている。配達の仕事で何となく毎日を過ごしていた頃が遠い昔のように思えた。
「もうすぐ港に到着します。」
操縦席から健二の若い声が船内に響いた。
港からは健二の運転する黒い大型のリムジン車で、真っ直ぐ鮫島運送へ向かった。町並みは変わっていなかった。

鮫島運送の事務所のドアを開くと、昔同様に、社長は古びたソファにふんぞり返るように座って新聞を読んでいた。奥さんは事務机で伝票仕事をしていた。
「ただいま。」
純一の声に、社長は、新聞に目を落としながら、
「おう、ご苦労!」
といつものように答えた。
奥さんも、ちらっと顔を上げると、そのまま奥へ入りお茶の準備をし始めた。
久しぶりの帰郷にもかかわらず、全く以前と同じ迎えられ方をして少し純一は戸惑っていた。いや、もっとも戸惑ったのは付添で来たミサだった。
「あの・・・純一会長がお戻りになられたんですけど・・・。」
ミサが怪訝そうな声で言うと、事務所の奥でガラガラと何か転がり落ちた音がして、奥さんが慌てて飛び出してきた。鮫島社長も突然立ち上がって、「純一!」と叫んだ。
「戻るなら連絡してよね!何だか、配達帰りみたいな挨拶をするんだから・・・・。」
奥さんは目に涙を浮かべて純一の帰りを喜んでいる。
「さあ・・座れ・・・小汚いところだが・・良いだろう・・まあ、座れ!」
社長は新聞をぐしゃぐしゃと丸めてぽいっと投げると、ソファを開けた。
「社長、気を使わないでくださいよ。」
「だってよ・・・お前、上総CSの会長になったんだろ?会長様が座るには申し訳ないじゃないか!」
「いいんですよ。ここに帰れば、僕も鮫島運送の運転手なんですから・・・ですよね。」
「ああ・・そうだったな・・・。しかし・・・。」
奥さんはお茶を運んで来た。
「粗茶でございます。」
妙な口ぶりでお茶を差し出した。
ミホの事や上総での出来事は、すでに如月が手紙で詳細に知らせていたが、鮫島社長も奥さんも、ミホの事を口にする事を憚ってなかなか上手く会話にならない。
「社長、またここで働かせてもらっていいんですよね?」
純一が訊いた。
「ここで働くって?・・・馬鹿いえ!上総CSの会長をここで使うわけにはいかねえぞ。」
「ここを出る時、約束したじゃないですか・・・。」
「いや、あれは、相続の仕事を終えて、上総CSからそのまま戻ってくるっていう前提で言った・・・。」
「ここで働かせてください。」
「いや駄目だ。」
そのやり取りを聞いてミサが言った。
「会長、その御身体では無理でしょう。こちらにもご迷惑をおかけすることになります。きちんと働けるようになってからにしてください。」
それを聞いて、社長がボソッと言った。
「そんな酷い事故だったのか?」
当然、そのことはミホの死にも触れることになる。ミサは純一の様子を伺うようにしながら、少し抑えた口調で話した。
「ええ・・・大きな研究室が粉々に吹き飛びましたから・・・会長もこうしておられるのも不思議なほどです。その中にミホさんも居られたわけですから・・・。」
純一も口を開いた。
「僕がいけないんです。彼女を連れて行かなければ・・・・いや、あの時、相続人の件を断っていればこんな事にはならなかったんです。」
「そう自分を責めるな・・・俺たちだって、上総会長への恩返しをしろなんて嗾けたんだからな・・・。」
社長が純一を慰めるように言った。
「そうよ・・・私たちもいけなかったのよね・・・。」
奥さんも呟いた。
「いえ・・・元々は、メビウスを止められなかった事が一番原因です。全て、運命でしょう。・・ミホさんは、会長がお元気になられることを何より願っておられたはずです。・・でなければ・・ミホさんも浮かばれません・・・。」
暫く沈黙が続いた。

そこへ、懐かしい顔が登場した。

3-4 尋ね人 [スパイラル第3部 スパイラル]

3-4 尋ね人
沈黙しているところへ、場違いな雰囲気で現れたのは、古畑刑事だった。
「小林さんが戻られたと聞いてやってまいりました。」
どこから耳にしたのかわからないが、古畑刑事は、事務所に入るなり、純一に敬礼した。
「ミホさんの件でお知らせしたいことがありまして・・・。」
全く、状況を知らない古畑刑事は何か得意げな顔をして言った。
奥さんが立ち上がり、古畑刑事にツカツカと近づくとキッと睨み、耳元で小さく言った。
「ミホさんは亡くなったんだよ・・・一体、どういうつもりなの?」
それを聞いて、古畑刑事は驚いた表情で純一を見た。そして、手帳を見ながら、躊躇いがちに言った。
「いや・・・その・・・どうしたもんでしょう・・・・。しかし・・・」
もごもごと何か混乱していた様子を見て純一が言った。
「何ですか?とりあえず、聞かせてください。」
「はあ・・では・・・少し長い話になりますが、宜しいでしょうか?」
何か余計に神経を逆撫でられるようで、純一は少し苛立って言った。
「手短にね・・。」
「はい。・・ええと、実は、ミホさんの身元に繋がる有力な情報を得まして・・・なんでも、幼い頃にミホさんは施設にいたようで、そこの施設長だった方から連絡があったんです。・・いや、正式には、連絡を受けたのは、ショッピングモールの化粧品売場の・・ええっと・・・須藤さんという方なんですが・・・」
それを聞いて、純一は、以前、ミホと二人でショッピングモールで買い物をした時の事を思いだした。
古畑刑事は話を続けた。
「ミホさんがモデルで化粧をした時、見ていた客の一人が動画撮影して、ブログに載せたらしいんです。・・私も見ましたが・・驚くほど美人でした・・・・・それを偶然ある方が見て、連絡をくれたというんです。・・・まあ、小さな画像ですから・・当てにはなりませんが・・・ただ、その方は間違いなくミホさんだと名前も言われたそうでしたので・・・。」
「それで?」
「いや・・連絡を受けたのは須藤さんで・・・その須藤さんから警察に相談があり、私のところへ回ってきたというわけです。ただ・・警察として事件でも無いので・・・深入りすることができなくて・・小林さんに相談すべきだろうとお帰りを待っていたんです。・・。」
全く肝心な部分が良く判らない話だった。
「詳しい話は、須藤さんに確認してみてください。・・でも、ミホさんが亡くなったのなら、会いたいと言うのも叶わない事ですから・・・・・もう少し早く連絡出来れば良かったのですが・・・」
全くだった。もっと早く知らせてくれればと純一は内心思っていたが口にはしなかった。それより、あの後も、ミホの身元を調べる為に動いてくれていたことが嬉しかった。

「ミサさん、ショッピングモールに行ってみましょう。」
すぐに二人は、健二の運転するリムジンでショッピングモールへ向かった。
平日にも関わらず随分な客足だった。
「あの・・・小林といいますが・・須藤さんは?」
純一が近くにいる店員に問うと、「少々お待ち下さい」と答えて、バックヤードへ入って行った。しばらくすると、早足で見覚えのある女性がやってきた。
女性は純一を見ると、会釈をしながら近づいてきた。
「あの・・・小林と申します。・・覚えていらっしゃいます・・」
そう言いかけたところで、須藤はじっと純一を見つめて
「ええ・・忘れてなどいませんよ。・・・」
そう言いながら、後ろに控えていたミサを気にした。ミサがすぐに気づいた。
「私は、会長秘書の橘ミサと申します。会長のお供をさせていただいています。」
と頭を下げた。須藤は、安心した表情を浮かべて言った。
「ミホさんに会いたいって言う人が現れたんです。・・・・ミホさんはどちらに?」
純一はどう答えようかと迷った。
するとミサが、淡々と答えた。
「ミホ様は、事故で亡くなられました。もう一年前になります。会長もその事故で大怪我をされました。不幸な事故でした。」
須藤は驚いた。そして、「そうなの・・・」と小さく呟くと、さめざめと涙を流した。
「ごめんなさいね・・・ようやく、ミホさんの力になれると思っていたのに・・残念です・・・。」
「いえ・・・あの・・少しお話を聞かせてもらえませんか?その方の事、教えていただきたいんです。」
「ええ・・・あの少し待っていただいても良いかしら・・・あと30分ほどで仕事も終わりますから・・・」
「わかりました。ええっと・・・」
そう言って純一が周囲を見ていると、
「2階に、アラビカという喫茶店があります。そこで待っていてもらえませんか?」

二人は、須藤が休憩になるまで、ショッピングモールを少し回ってみる事にした。
一階には洋服のセレクトショップが並んでいる。女性たちが、立ち止まっては品定めをしている。
純一の供をしているミサも興味深そうに、それぞれのショップを見ていた。
ミホと初めて訪れてから随分時間が経過していたが、凡その店はそのままだった。
純一は通路を歩きながら、ミホと過ごした時間を思い出していた。
身元保証人を引き受けて、同居するに当たって、日用品を買いに来た。はじめは、無表情だったミホが次第に打ち解け、あの化粧品店で化粧モデルをしてから急に明るくなったのだった。
純一は通路の真ん中に立ち止まり、ぼんやりと遠くを眺めていた。
ミサは、もう随分長く純一の傍に仕え、純一の表情を見るだけで、純一がミホのことを思い出している事がわかるようになっていた。そして、それがどれほどの寂しさを運んでくるかもわかるようになっていた。

「ねえ、会長、ご褒美をおねだりしてもいいですか?」
珍しくミサが甘えるような声を出して言った。
「ええ?ご褒美?」
「そうです。ご褒美です。」
ミサはいたずらっぽい笑顔を浮かべて答えた。
「ふうん・・ご褒美ねえ・・・まあ、良いか。君には随分とわがままを聞いてもらっているからね。」
「やったあ!」
ミサは秘書ではなく、わざと妹のような甘え方をしてみせた。

3-5 ご褒美 [スパイラル第3部 スパイラル]

3-5 ご褒美
ミサは、通路の壁に掲示してある案内板のところへ走っていくと、指でなぞりながら、お目当ての店を探した。そして、くるりと向きを変えると、純一のところへ橋って戻ってきた。心なしか少しスキップをするような感じだった。それを見て、純一は、ミサが若い女性である事を確認しなおしていた。
「ありました。2階みたいです。さあ、行きましょう。」
ミサは純一の腕を取って、2階へ続くエスカレーターへ進んだ。ゆっくりとエスカレーターが昇って行くと、ショッピングモールの中央に伸びる通路が見下ろせた。たくさんの人が楽しそうに行き交っている。小さな子どもが風船を持って通路を走っている。若いカップルが体を抱き寄せるように歩いているのも見える。
「ありました、あれ、あれです。」
ミサが指差す先には、宝石店があった。ブロードスターという看板が見える。
「宝石?」
「ええ・・・女性には宝石をプレゼントしてもらうのが一番嬉しいんですよ。」
「へえ・・・。」
「へえって・・・会長はミホさんにプレゼントされなかったんですか?」
「いや・・・プレゼントはしなかったなあ・・・。」
「ミホさん、どう思っていたんでしょうね?」
そう言えば、ミホには必要最低限の生活用品や洋服は買ったが、プレゼントと呼べるものを渡した記憶が無かった。いや、ミホはそういうものを欲しがらなかった。
ここで初めて買い物をしたときも、一つ一つ、値札を見ては、より安いほうを選ぼうとしていた。記憶を無くし、純一の世話にならざるを得ない状況で贅沢なものなど要求できないと決めていたのだろう。心が通じてからも、質素な暮らしを望んでいたように思った。

明るいショーケースの前には、高そうな制服を身に纏い、姿勢を正した女性が、微かな微笑を浮かべて立っている。
ミサはショーケースを覗き込み、品定めを始めた。
店員の女性は、微笑を浮かべて、軽く会釈をしながら「いらっしゃいませ」と上品に迎えてくれた。しかし、その目は、二人を見比べ様子を伺っているのが純一には判った。二人の関係や財布の中身、冷やかしかどうか、時々店員の視線は強くなっているように思えた。
「あの・・これ、見せてもらえませんか?」
ミサが言うと、店員は、「こちらですか?」ともう一度確認するように指差した。
「ええ・・・これ。」
店員は、ちらりと純一を見たあとで、ポケットから鍵を取り出してショーケースを開けた。
ミサが指定したのは、Mの文字をデザインした形のペンダントだった。
「こちらは、専属のジュエリーデザイナーが作ったものです。ダイヤを散りばめ、大粒のルビー、サファイヤ等でかなり貴重な品でございます。」
店員の口ぶりはどこか売り物ではないとでも言いたげだった。
ミサが食い入るように見つめている。どうやら、デザインだけでなく値札を探しているようだった。
「あの・・・これ・・おいくらぐらいするんですか?」
店員は、一つ咳払いをして、ペンダントの置かれていた台を取り出して見せた。
ゼロが5つ並んでいた。
「えっ・・・そんなに!・・・」
店員とミサのやり取りをショーケースを挟んだ反対側で見ていた純一は、ミサが戸惑った様子をしているのに気づいて、近寄っていった。
「どうしたんだ?気に入ったのはあったのかい?」
ミサが一艘戸惑った様子で、何も言わず純一を見ている。
店員は純一に少し挑戦的な言い方をした。
「こちらが御気に召されたようですが・・・少々お値段が・・・。」
純一は値札を見た。確かに、ちょっとした買い物ではない額であった。
「すみません、会長。もっと別のものを選びますから・・・。」
ミサが恐縮した表情で言った。店員も、納得したような表情を浮かべている。純一は少しその様子に悔しさを感じた。
「いや、これを戴きます。・・・ミサさんにはこれまでずっと苦労を掛けてきたんだ。ご褒美というならこれくらいがちょうどいいだろう。」
「いえ・・そんな・・・本当にすみません・・・分不相応なものですから・・・もっと他のを・・・。」
「いや、良いんだ。さあ、これで・・・。」
純一は、ポケットからカードケースを取り出し、持っていたプラチナカードを取り出して店員に預けた。店員は少し戸惑いながらも「少々お待ち下さい」と深く頭を下げ、ペンダントとカードを持って奥へ入って行った。
「会長・・すみません・・そんなつもりじゃなかったんです。」
恐縮した表情でミサが言うと、純一はにやりとして言った。
「いや・・先ほどの店員、どうにも僕達の足元を見ているように感じてね。一度、お金持ちらしい事もしてみたかったんだ。何だかすっきりしたよ。・・・ああ・・如月君に連絡を入れといてください。そのうち、高額な請求書が届くだろうが、びっくりしないでくれとね。ちゃんと理由のある買い物だからと。」
少し待っていると、奥から先ほどの店員と店長らしい年配の女性が、少々オーバーアクション気味に頭を下げながら、溢れんばかりの笑顔で現れた。
「小林様、お買い上げありがとうございました。」
カードと請求書を提示しながら、そう言った。純一はさっとサインをして返した。
「あの・・・こちらには初めてお越しでしょうか?」
「いえ・・以前に一度・・でも何も買いませんでしたが・・・。」
「そうですか・・・あの・・差し支えなければ、御名刺をいたfだけませんか?私どものお店のVIP会員にご登録させていただきたいと存じますので・・・。」
先ほどまでの態度とは随分と違っている。ミサがそっと純一の名刺を取り出して渡した。
「あの・・・VIP会員様にはいくらかのプレゼントをさせていただいております。少々お待ち下さい。今ご用意しておりますので・・・。」
店長の言葉に、先ほどの店員は名刺を受け取って奥へ入って行った。
そこへ、須藤が現れた。
「ここでしたか・・少し早く上がらせてもらったんです。・・何かお買い物でしたか?」
「いえ・・もう済みました。・・ああ、ミサさん、先に行ってますから・・・。」
ミサは頷き、二人を見送った。
二人の姿が消えると、ミサが店長に何か告げた。

3-6 ミホの過去 [スパイラル第3部 スパイラル]

3-6 ミホの過去
純一は須藤と、モール内にある【アラビカ】という名のコーヒーショップに入った。静かな音楽が流れていた。二人は、窓際の席に座り、コーヒーを注文した。外には大通りが見え、たくさんの車が行き交っていた。
「ミホさんが亡くなったなんて・・・信じられません。・・・」
須藤は外の景色をぼんやりと眺めながらポツリと言うと、急に顔を伏せて、ぽろぽろと涙を流し始めた。純一は何も答えることができず、じっと外を見ていた。
「ごめんなさいね・・・でも、もう一度会えるって信じていたから・・・・。それで、彼女は記憶を取り戻す事はできたんですか?」
まだ、顔を伏せがちにしながら、須藤が訊いた。
「・・・おそらく・・・・事故の直前に取り戻したと聞きました。私は、意識を失っていて・・・事故の少し前に彼女と別々のところに居たものですからその様子は知りません。・・・」
「そうなの・・・・」
須藤は再び顔を伏せて泣いた。
そこへミサが遅れてやってきた。随分大きな袋を抱えている。
「すみません、遅くなりました。・・・さっきのお店、随分、たくさんプレゼントを下さいましたよ。・・・是非、またお越し下さいって・・店員全員出て来て深々と頭を下げて見送ってくれました。」
ミサの言葉は何か勝ち誇ったような、得意げな響きに聞こえた。
泣いていた須藤も、ミサの余りに不調法な話し方にクスリと笑って顔を上げた。
「あのお店の店長、結構ケチだっていう話なのに・・・随分高い買い物をしたんでしょ?」
「ええ・・・まあ・・・。」
ミサが少しばつの悪そうな表情をして答えた。
「いや、彼女がご褒美が欲しいっていうものだから、ちょっと奮発しました。」
「あらっ良いわねえ・・・是非、私のお店でも化粧品をたくさん買ってくださいませんか?」
「ええ?」
純一の返事に戸惑った返事に須藤が言った。
「冗談ですよ・・・それに、彼女、若いし、充分かわいいから、たくさんの化粧品なんて必要ないでしょう。ちょっと気分転換くらいの化粧で良いんですよ。・・ね?」
ミサは可愛いといわれて真っ赤になった。純一は、ミホと初めて来た時、同じような言葉を須藤から訊かされた事を思い出していた。
コーヒーショップの店員がコーヒーを運んで来た。ミサの分を使いで注文した。

「あの・・・逢いたいっていう連絡を下さった方は?」
ミサが話題を変えるように切りだした。
「ああそうでしたね。そのためにお時間をいただいたのに・・・連絡を下さったのは、ミホさんが子どもの頃に過ごしたという児童養護施設の園長をされていた方からでした。いえ、その方の娘さんからでした。」
須藤はそう言うと、名刺を一枚取り出した。
「ミホさんの映像を載せたブログがあって、それを見たというんです。」
「ええ。そこまでは古畑刑事から聞いています。」
純一はコーヒーを飲みながら言った。ミサはテーブルの上の名刺を手にとって見た。
「小学生の頃にいらした施設ということでした・・・。」
「小学生の頃?じゃあ、ミサさんも一緒にいたところじゃないのか?」
「いえ・・・ミホさんは、小学5年生の時に私たちの施設に来たんです。そして、すぐに上総の奥様の許へ行きました。如月さんたちとも2年くらい一緒にいました。でも、その施設の人ではありません。」
「じゃあ、その前にいた施設ということか・・・。」
純一が呟くと、須藤が言った。
「そうそう・・・確か、その施設は普通の。。養護施設じゃなくて・・心の病を治す特殊な施設だったとお聞きしました。今はもう廃園になったそうです。」
「心の病?」
「ええ・・・どんな病だったかはお聞きしませんでしたが・・・その中でも特別だったと・・・。園長の娘さんも、その園で指導員をされていたとおっしゃっていました。」
「特別な心の病?」
「ええ・・・。」
ミホの人生は一体どんなものだったのだろう。短い生涯をどんなふうに生きてきたのだろう。この街で過ごした時間はミホにとってどんなものだったんだろう。幸せと呼べる時間だったのだろうか。
「そういえば・・・ミホさん、私達の施設に来た時もほとんど口を利かず、笑顔も見せなかったんです。無表情というよりも、心をどこかに置いてきたって言う感じで・・・・随分、痩せていましたし、食事もあまり摂らない様な事もありました。・・・私と、ミカさんはそんなミホさんを心配して、いつも傍にいるようにしていたんです。でもなかなか自分のことも話してくれなくて・・・。」
「じゃあ・・上総にいた時も?」
「いえ・・・上総に行ってから、奥様のお傍で優しくしてもらいましたから、次第に明るくなりました。何より、勉強が良くできたので、奥様もミホさんのことを一番可愛がっておられました。それに応えるようにミホさんも頑張っていました。」
「そうなのか・・・。」
「でも、時々、とても淋しそうな顔をするんです。それがどういう事か判りませんでしたが・・。」
「そうか・・・。」
純一は残ったコーヒーをぐっと飲み干した。そして、ミサに言った。
「会いに行こう。その人にあって、幼い頃のミホのことを教えてもらおう。」
「きっと先方もお喜びになりますよ。」
須藤もそう言って賛同した。

純一は、須藤に別れを告げ、ショッピングモールを後にした。
リムジンに乗り込むと、すぐに、ミサが純一の体を心配しながら訊いた。
「すぐに行かれますか?」
「いや・・今日は疲れた。アパートに戻って休みたいんだ。・・・送ってくれないか。君たちはどうする?」
「健二さんはクルーザーへ戻って明日の準備を、私は会長とご一緒させていただきます。」
「そうか・・・判った。」
純一はリムジンの席にほとんど横になるような格好で座っていた。事故の後遺症が残っていて、疲れが酷かった。

3-7 残り香 [スパイラル第3部 スパイラル]

3-7 残り香
純一のアパートは時々、社長の奥さんが掃除をしていてくれたようで、すぐにも暮らせる状態だった。ミサは、小さなアパート・・といっても独身に充分すぎるほどの広さだが・・・に入って、物珍しそうに部屋の中を見て回った。小さなキッチン、狭い風呂、どれもミサには新鮮に見えた。
純一は、ソファーに横になった。もう立っていられないほどに疲れていた。
「会長、大丈夫ですか?」
「ああ、少し疲れたな。少し眠りたいんだが・・・・・。」
「わかりました。・・・では、私は夕食の材料を買ってまいります。」
ミサは、毛布を一枚持ってくると横たわった純一に掛けてから、鍵を受け取り、スーパーを教えてもらって出かけていった。

純一は、眠気なのか意識が少しぼんやりとした状態だった。
夢を見た。
夕日の中に、小さな女の子が蹲って泣いている。声を掛けようとしても声が出なかった。
近づこうとするが足が動かない。どうもがいても動かない。そのうちに、誰かが近づいてきて、その女の子の手を引っ張り、泣きじゃくる女の子を引っ張って行く。やめろと叫ぼうとしても、声は出ない、そして、徐々に姿が小さくなって見えなくなっていく。

目が覚めた。
夕暮れの時間になっていて、夕日が差し込む部屋の中はオレンジ色に染まっていた。
純一は立ち上がり、ミホが使っていた部屋のドアを開けた。
ミホが使っていた布団が一組、綺麗に畳まれて置かれている。
ミホは決して贅沢を望まなかった。
だから、部屋の中には布団と小さなチェストが置かれている程度だった。チェストの上には小さな鏡とわずかばかりの化粧品が並んでいる。
今から思うと、ここに居た時間は僅かだったが、それでも充分に生きた証しが残されていた。

純一は、そっと、部屋の中に入ってみた。そして、そっとミホが使っていた枕に触れた。わずかにミホの髪の香りがした。
「ミホ・・・。」
急に、胸の奥のほうから強い悲しみが湧いた。
「ううっ・・・」
事故の後、ミホの死を聞かされた時、どこか実感が湧かなかった。そして、嘘だろうと信じない自分がいて、強い悲しみを感じる事を拒否していたのだった。
しかし、今、この部屋でミホの残り香を感じ、抑圧してきた悲しみが一気に噴出してきたのだった。
堪えきれず、純一は床に伏して、声を上げて泣いた。心がよじれるような悲しみが全身を包んだ。

ミサは買い物から戻っていたが、ドアの外に立っていた。
純一の悲しみの声がドアを少し開けたときに聞こえたのだった。ミサもじっとドアの外に立ち、涙を流していた。

1時間ほどそうして過ごし、ミサは涙を拭いて、明るくドアを開けた。
「ただいま戻りました。・・会長、驚きました。・・・スーパーには随分便利なものがたくさんあるんですね・・・。おいしそうなケーキ店がありましたから、ついでに買ってきました。すぐに夕食にしましょう。」
ミサは、純一の様子には気づかぬふりをして、そのままキッチンへ入った。

ミサが調理を始めると、純一がミホの部屋からゆっくりと出てきた。
「何が出来るんだい?」
純一も泣いていた事を気づかれないように、明るく訊いた。
「そういう事を訊かれると困ります。・・・料理は好きですけど・・・ご期待に沿えるかどうか・・・会長はソファに座っていらして下さい。さあ・・・。」
ミサは純一の背を押して、キッチンからリビングへ追い出した。
「お加減はどうですか?」
ミサはソファに座った純一に改めて訊いた。
「ああ・・・横になって楽になったよ。・・・少し腹も減ったな・・・。」
「良かったですわ。でも万一のこともありますから、今日は早めにお休み下さいね。」

しばらくして夕食が出来た。
「カレーにしてみました。食欲が無い時はこれが一番でしょう?」
そう言ってミサが、純一の分を食卓に並べた。邸宅でも秘書という身分をわきまえ、そうしてきた習慣が出た。
「この狭いアパートで、一人で食べるのも淋しいじゃないか、今日は、君も一緒に食べよう。」
ミサは自分の分をよそうと向かい合って食事をした。
「ミホもそこに座って食べていたんだ。」
「じゃあ、今日はミホさんの代役という事にしましょう。ミホさんほど美しくないですけど・・。」
食事の後、買って来たケーキとコーヒーが出された。
「おや・・このケーキ、スーパーで買ってきたんじゃないね。・・・これって・・・。」
「判りました?・・・ええ、さっき、健二さんに頼んで、雑誌で紹介されていたお店のケーキを買って着てもらったんです。会長がお好きだからって言って・・・」
「君は案外ちゃっかりしてるんだね?その性格なら、きっと何処でも生きていけそうだよ。」
「どこでもって・・・会長、私を首にしないで下さいよお、お願いですう・・・・」
ミサは少しおどけて応えた。
ミサはずっと純一の傍にいて、少しでも純一の心の穴を埋めることが出来ればと考えている。そして、そのことを純一もちゃんと判っていた。

その後、入浴して早めに就寝することにした。
「ミホの部屋を使うと良いよ。」
純一が勧めたので、一旦、部屋に入ったが、純一の大事な思い出を壊してしまいそうに感じて、ミサは、リビングのソファで横になる事にした。

3-8 面会 [スパイラル第3部 スパイラル]

3-8 面会
翌朝、アパートの前には大型のキャンピングカーが止まっていた。
「この車は?」
「昨日の方への面会のアポが取れました。・・ただ、その方は、琵琶湖の傍にお住まいという事でしたので、ちょっと長旅になりますから、会長がお疲れになってもすぐにお休みいただけるように用意したんです。」
キャンピングカーのスライドドアを開いて、健二が少し得意そうに言った。
「ありがとう。」
純一はミサに体を支えられるようにして、キャンピングカーに乗り込んだ。
中は総革張りのキャプテンシートとソファーシート、そしてキッチン、ベッドもあって,かなり豪華なつくりだった。
「これなら快適に過ごせそうだ。」
すぐにキャンピングカーは出発した。高速道路のインターチェンジから、東名・名神を西へ走った。
純一はキャプテンシートに座り、窓の外の流れる景色をぼんやりと見ていた。
「昨日、すぐに連絡を取りました。施設長だったという方は、遠藤ハナさんで相当ご高齢のようです。娘の志乃さんもすでに定年され、今は、ハナさんが体調を崩され、琵琶湖の畔にある療養所にいらしています。・・志乃さんの話では、近頃は意識も途切れがちで満足にお話できるかと心配なさっていました。」
助手席にいたミサが席を立ち、キャプテンシートに座っている純一の傍に来て言った。
「そうですか・・・。」
「会長、何かお飲みになりますか?」
「ああ・・ジュースはあるかい?」
キッチンのしたの冷蔵庫を開くと、たくさんの飲料が並んでいた。ミサは野菜ジュースを取り出し、コップに注ぐと純一に差しだした。
「お体に良いジュースですから・・。」
純一は少し苦手なジュースだったが、受け取り、一口飲んでからすぐにコップを置いた。
「ミサさん、そこに座って、ミホと同じ施設にいた頃の様子を少し聞かせてください。」
「ええ・・・」
ミサは純一の隣のシートに座った。
「ミホさんが私たちのいる施設に来た時は、小学校5年になる春でした。・・ランドセルと大きなバッグを持って、とても悲しそうな表情で、みんなの前に立っていたのを覚えています。・・ほとんど話をしない子でした。いつも部屋の隅で本を読んでいました。・・・心の病気だったとは知らされていませんでしたから、私やミカさんは普通に接していました。ただ、施設にいた頃にはミホさんの笑顔を見たことはありませんでした。」
「どんな病を抱えていたんだろう?」
「さあ・・・そう言えば、施設に来たしばらくして、・・そうそう6月ころだったか、大雨の日に、ミホさんが突然、施設から飛び出したことがあるんです。」
「逃げ出したのかい?」
「いえ・・・雨が降るとミホさんはじっと窓際に立って外を見ているんです。・・まるで誰かを待っているかのように・・・・その日も朝から雨で、窓の外をじっと見ていました。・・そこへ、大きな黒いこうもり傘をさした男の人が門から入ってきたんです。ミホさんはその人を見つけて、裸足で外へ駆け出しました。」
「迎えに来るような人が?」
「いえ・・その人は、如月さんでした。施設を出て、近くにアパートを借りて住んでいて、時々、私たちに勉強を教えてくれていたんです。・・・ぼんやりと見えた如月さんの姿が・・誰かと重なったようで・・・確かなことはわかりませんが・・・ミカさんが傍にいて、ミホさんは『お兄ちゃん』って叫んだらしいんです・・・。」
「お兄ちゃん?・・・ミホに兄弟がいたのかい?」
「いえ・・・いないはずです。・・・。」
「如月さんもびっくりしただろう?」
「ええ・・・でもその日以来、如月さんは何かとミホさんの面倒を見るようになりました。ミホさんも勉強が好きだったようで、如月さんに随分勉強を教わっていました。」
純一の心の中に少しだけ嫉妬心が湧いていた。
「それで・・・上総CSに入ってからも、ミホのことを守っていたということなんだね。」
「ええ・・・ひょっとしたら、如月さんは英一社長以上に、ミホさんのことを愛されていたのかもしれません。・・・表情には出されませんが・・・・きっと、今でも随分お辛いはずです。」
ミサは自分の言葉の意味に少し気持ちが回っていなかった。
「すみません・・・社長にこんなことをお話しても・・・。」
慌ててミサが言葉を加えた。
「いいんだ・・・。」
純一はそう答えて窓の外を見た。
ミサの話を聞きながら、ミホがいかに多くの人に愛されていたのかを改めて教えられ、悲しみに沈んでいるのは自分だけじゃないと感じていた。
「ほかに何か・・思い出すことは?」
ミサは純一の問いに、車の窓の外へ視線をやり、少し遠くの景色を見ながら思い出そうとした。
「いつも、物静かで・・人前に出ることもなかったですし・・・・上総に入ってからは人が変わったように明るくなって、教えられることは誰よりも早くマスターするし、運動神経も抜群だったし、不可能なことなどないんじゃないかって思えるほど完璧な女性に変身しました。」
「上総に入ってからはもう雨の日に誰かを待っているようなこともなくなったのだろうか?」
「いえ・・・それとははっきりしませんが・・・・雨が降ると、ミホさんは随分沈んでいました。・・・・部屋のカーテンを締め切って真っ暗にしているようなこともありましたから・・・心の中では、『お兄ちゃん』を待っていたんじゃないでしょうか?でも、もう迎えに来てくれないんだって決めていたんじゃないかって思います。」
「そうか・・・施設にいれば迎えに来てくれるかもしれないが・・・・」
「おそらく・・・そうした弱い自分を打ち消すように、無理に明るくしていたんじゃないかって・・今ではそんなふうにも思えます・・・。」
「ミホは一体誰を待っていたんだろう?」
「さあ・・・。」

「もうすぐ、彦根インターです。あと30分ほどで着きます。」
運転席から健二が告げた。
目指す療養所は、湖岸沿いの松原の中にひっそりと建っていた。

3-9 棄てられた存在 [スパイラル第3部 スパイラル]

3-9 捨てられた存在
駐車場に車を止め、玄関へ向かう。
玄関前に、少し小太りの中年女性が立っている。
「小林です。」と挨拶すると、その女性が深々と頭を下げた。
「遠藤志乃です。申し訳ありません・・このたびは、母ハナのわがままをお聞き届けいただいて・・・・さあ、こちらです。」
玄関から両脇に長い廊下が続いている。
昭和初期に建てられたのだろう、白い塗装の施された木造のしっかりした壁や床は綺麗に磨かれていて、ただ静かさだけが強く感じられた。
遠藤志乃の案内に従い、一番奥の部屋へ入った。
広い窓が開放され、そこから静かな湖面が見える。
窓際にはベッドがひとつ。上半身を起こした状態で、白髪の女性が外を眺め座っていた。
「母です。・・・数年前から認知症が出始め、最近はめっきり記憶があいまいになってきました。まともにお話できるかどうか・・・。」
小さな声で純一たちに言うと、すぐに向きを変えて大きな声でゆっくりと話しかける。
「・・・ねえ、お母さん・・・・・お客様が・・・いらしたわよ。・・ほら・・ミホさんのお知り合い・・・」
そこまで聞くと白髪の淑女が真っ直ぐに純一たちの方を向き、ゆっくりと頭を下げた。
純一たちも慌てて頭を下げた。
「初めまして・・・小林純一と申します。・・ミホの夫です。・・」
純一がそう言って自己紹介すると、その老婦人がぽろぽろと大粒の涙を零し始めた。
「そう・・・良かったわ・・・ミホさんはようやく約束の人と遭えたのね・・・・良かったわ・・・。」
突然の涙に、純一は戸惑った。老婦人の娘の遠藤女子も驚いていた。
「約束の人ってどういうことですか?」
純一が訊くと、老婦人はただぽろぽろと涙を零すばかりで、それ以上のことを口にしなかった。
「ねえ、お母さん?どういうこと?」
遠藤志乃が尋ねると、母ハナは急に眠気を感じたのか、そのまま目を閉じて横になってしまった。
「きっと母は、記憶が混沌としているんでしょう・・・ミホさんと誰かの話とか混ざって本人も良くわからないんじゃないでしょうか・・・。」
「はあ・・・。」
純一には何か引っ掛かるものがあったが当の本人が眠ってしまったのではどうしようもない。
「あちらで少しお話しましょう。」
遠藤志乃は、玄関の脇にある応接室へ案内した。
「ここは昔は子どもたちのための療養所でした。先ほどの母の部屋が一番明るくて静かな部屋で、特に高学年の女の子たちが過ごす部屋でした。昔は、随分たくさんの子どもたちがいました。私も母の後をついで、ここの看護士になったんですが・・・・。」
遠藤志乃は、そう言うと、書棚から幾つものアルバムを取り出してきた。
20人くらいの子どもが写った写真があった。三歳くらいの子どもから高校生くらいまで、どことなく皆表情が硬いように感じられた。
「ミホさんは確か・・・ああ・・・この子です。」
遠藤志乃が指差した先には、もう瞳だけがぎらぎらと大きく見える色白の女の子が写っている。身を半分隠すようにして、先ほどの老婦人、遠藤園長の腰を強く握っているようだった。
「拒食症といえば判りやすいでしょう。」
写真を見つめながら遠藤志乃は言う。
「ただ・・ミホさんの場合は、食べられないのではなく、食べないのです。」
「食べない?」
「ええ・・・強い意志を持って食べようとしないのです。だからこんなに痩せちゃって・・・。」
「何故、食べないんです?おなかが空いて我慢できる年頃じゃないでしょう?」
「そうなんです。でも・・彼女は食べないんです。」
理解できない表情の純一に、遠藤志乃は一つ深呼吸をしてから言った。
「ここには・・・そういう心に病を抱えた子どもたちが来るんです。・・・幼い時、虐待を受けた事がトラウマとなって、他人を攻撃することでしか自分を表現出来ない子どもとか・・・性的虐待を受けた事で自傷行為を繰り返す子どももいます。子どもたちの抱える心の病はすべて親や大人が原因なんです。ミホさんにも、そうなる原因があったんです・・・」
「それはどんな事なんですか?」
純一が問う。
「ここへ来たのは小学校4年生の夏でした。前にいた施設ではもはや限界だったようですね。」
遠藤志乃はそう言うと、古いノートをいくつか開いて、ミホの記録を探した。
「私の記憶では・・・確か、ミホさんは・・・・・。」
たくさんのノートには一人一人の入所者の記録が書かれているのだった。表紙にはそれぞれの名前が小さく書かれていた。
「ああ・・これですね。・・・・ミホさんは、3歳の時、公園で保護されたようですね。冬枯れの公園の中で3歳の幼子が親が迎えにくるのをじっと待っていたが、結局親は現れなかった。保護した警官は、ミホさんは公園のベンチに座って動こうとはしなかったと言っています。・・・その後、保護された施設では食事を取らなくなって・・・何度も栄養失調で点滴を打つ事態だったようですね。」
「親に見捨てられた・・・この世に不要な存在と思い込んで・・・。」
純一はふと自分自身を重ねていた。
「ええ・・おそらく・・・。」
志乃は答える。
「僕にもそういう経験があります。・・・母親を小さい時に亡くし、施設に入るまでは・・とても辛かった・・産まれてこない方がよかったと何度も考えた・・・・きっとミホも・・・。」
「ええきっとそうでしょう。でも・・・彼女はある日突然、明るくなって食事も取るようになったようです。同じ施設の年上の男の子が随分優しくしたようですね・・・・でも、その男の子が15歳で施設を離れなくてはならなくなった・・・それが再びミホさんの病を引き起こしたようです。」
そこまで聞いて純一は急に何か深い記憶の奥底にあったものを探し当てたような、ずっと深く沈めていたものが突然現れたような、独特な感覚を覚えていた。
「遠藤さん・・・・その・・・ミホが前に居た施設の名前はわかりますか?」
「ちょっとまってください・・・そうそう・・ここに・・・・確かあったはずです。」
古い記録ノートを捲りながら、遠藤が指し示したところには『児童養護施設 あけぼのの里』とあった。
純一はその名を見て、急に動悸が高鳴り、眩暈を感じた。
「大丈夫ですか、会長?」
ミサの問いかける声がぼんやりと聞き取れるほどに意識が薄らいでしまっていた。

3-10 スパイラル [スパイラル第3部 スパイラル]

3-10 スパイラル

目の前に、大きな瞳で自分を見つめる少女がいる。
唇をかんで涙を堪えている。
「必ず迎えに来るから」
そう叫んで、施設の門を出ると突然の豪雨。
振り返ると、少女は雨に濡れながら身動きもせずじっと自分を見つめていた。
「すまない」
心の中でそう叫んで、少女の視線を振り切って施設を離れた。

ミホはあの少女だったんだ・・・・。
純一は20年近く封印していた記憶の欠片に戸惑っている。

純一がいた『児童養護施設あけぼのの里』にその少女が来たのは純一が8歳の時だった。

うつろな目をして、じっと部屋の中に座り動こうとしない少女。
時折、保育士がやってきて、何か話しかけるのだがまったく反応せず、押し黙ったままだった。
純一も、この頃は、部屋の隅に座り、一日中、一人で本を読んで過ごす事が多かった。
部屋の隅で、純一は動こうとしない少女が気になっていた。自分よりも悲しい目をしている。今にも消えてしまいたい、そう願っているようにも感じられた。

「これ、読むか?」
ある日、純一は自分の呼んでいた絵本をひとつミホに渡した。
ミホはちらりと絵本を見たが、受け取ろうとはしなかった。
純一はミホの足元にその絵本を置いて、部屋の隅へ戻った。
翌日、ミホは部屋の隅に蹲って、食い入るようにその絵本を見ていた。まだ、文字が読めるほどではなかった。ただ、その絵に魅入られたように、床に置いた絵本に覆いかぶさるようにしてじっと見入っていた。
「読んでやろうか?」
後ろから純一が声を掛けると、ミホは立ち上がり、絵本を純一に突き出した。
部屋の壁にもたれかかるように座ると、ミホも純一の隣に座った。

最初に読んだ本は、少女が森の動物たちがかくれんぼをするお話だった。
近道をしようと生垣に頭を突っ込んだ少女は、突然、大きな森の中へ迷い込む。そこで出会った動物たちとかくれんぼを始めるというストーリーだった。
そして、話の最後に、主人公の少女が「もういいかい?」と繰り返しているうちに、森は何処かへ消え去って住んでいた町の風景に戻っているというものだった。そこへ、少女のお母さんが「夕飯の時間よ」と迎えに来る。夕日に照らされた暖地の道に、親子の長い影法師が伸びていた。
まだ3歳ほどの少女だったミホに話の中身が理解できているかどうかはわからなかったが、最後のシーンをじっと食い入るように見ていた。

それから、毎日、施設にある絵本を片っ端から読んだ。
そうしているうちに、ミホは、次第に純一の優しさを受け入れ、終には傍を片時も離れない関係となっていた。純一も施設の中ではどこか壁を作って他人との交わりを拒む性格で、一人で居ることが多かった。純一とミホは、互いに唯一無二の存在となっていたのだった。

ある時、純一に養子縁組の話があり、立派な紳士が面接にやってきた。
その紳士こそ、純一の本当の父であった、上総敬一郎氏だった。
施設の先生や指導員は、上総へ引き取られる事を熱心に勧めてくれたが、純一は拒んだ。

時が流れ、15歳となり、純一は施設を出なければならない日がやってきた。
ミホはまだ10歳にもなっていなかった。
『必ず迎えに来るから』
純一はミホに約束した。しかし、純一にとってはこれから一人生きることさえも何も希望をもてなかった。ましてや、ミホを迎えに来ることなどとても考えられなかった。
その約束がどれほどの意味を持つのか、純一には理解できていなかった。

ミホが3歳の時、『必ず迎えに来るからここで待っているんだよ』と親から言われた言葉。
そして、それは、ミホが自身の存在を否定する決定的な体験となっていた事を純一は認識していなかった。だからこそ、純一は安易にミホに同じ言葉を発してしまった。
ミホは二つ目の十字架を背負い生きる定めとなったのである。

「会長?大丈夫ですか?」
キャンピングカーの中へ運ばれ、ベッドに横になった純一に、ミサが問いかける。
ぼんやりとした意識の中で、これまでの事を思い出し、純一は涙を流していた。

「ああ・・・なんて酷い事をしてしまったんだ・・・・。」
純一の頭の中で、幼い頃の封印していた記憶が一気に溢れ出し、同時に、ミホを傷つけた罪の意識が純一を押しつぶしそうになっていた。

純一は、思い出した記憶をミサに話して聞かせた。
「では・・・ミホさんがずっと待ち焦がれていた人は、会長だったと?」
「ああ・・きっと、そうだ。・・・だが、僕の前に現れた時、ミホにはその記憶はなかった。ようやく再会できたのに・・・・・。」
「なんてことでしょう・・・・。」
運命のいたずらという言葉では済ませない、なんとも悲しい事実だった。
ふと、ミサが思い出した。
「そういえば・・・わたしたちの居た施設にミホさんが来た時・・・一冊の絵本を持っていました。・・ええっと・・・なんという名前でしたか・・・・可愛い女の子と・・・お兄さんの話で・」
「絵本?」
「・・・もう小学校高学年にもなって、何だか不釣合いな絵本でした・・・。ええっと・・・」

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