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AC30 第3部オーシャンフロント ブログトップ
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3‐1海上の道程 [AC30 第3部オーシャンフロント]

地表はすでに50℃近くの熱波に覆われ始めていた。最後のチェンバーまで、ガウラは見送りに来ていた。
「では、行ってきます。母たちをお願いします。」
「ええ、大丈夫。エリックもいるし、ジオフロントも回復しつつあるから。気を付けてね。」
ガウラは、キラの手を握りしめた。

「さあ、行こう。」
キラがチェンバーの扉を開くと、熱波が入り込んできた。
PCXが先に地表に出る。キラは、PCXが新たに見つけた大型のアラミーラに乗る。ふわりと浮きあがると扉をすうっと通過し、地表に出る。
「ガウラ、すぐに扉を閉めて!」
閉める間、扉の隙間から、ガウラの顔がしばらく見えていた。
「さあ、行きましょう。熱波の勢いに負けないよう、急上昇します。」
PCXはそういうとすさまじいスピードで上昇した。キラも遅れないよう、一気に上昇する。以前に使っていたアラミーラに比べて、安定していて、スピードも出るようだった。何より、大きいことでアラミーラの上に身を横たえることもできる。
一気に1000メートルほど上昇すると、耐えられるほどの暑さになった。
「これ以上上昇すると気流が強くなりますから、しばらくはこの行動を保ちます。オーシャンフロントは北東の方角にあるはずです。」
足元には、青い海が広がっている。陸地のほうにはかなり高いところまで大きな積乱雲がいくつも広がり、熱波の強さを示している。
陸地を離れてすぐは、海上のところどころに小さな島のような黒いものが見えていた。島といっても、植物は生えておらず、岩の塊に過ぎないものだった。
「オーシャンフロントは、熱波を逃れて北へ向かっているはずです。おそらく、北緯60度くらいまでに達しているはずです。そこまでいけば、熱波も届きにくいのです。」

しばらくすると、転々としていた島も見えなくなり、深く青い海が見えるだけとなった。いったい、どれほど進んだのかわからない。PCXが把握する位置情報がすべてだった。
太陽が水平線に沈みはじめた。
「夜に飛ぶのは危険ですから、そろそろ休みましょう。」
「だが、降りれるような陸地はないようだが・・。」
「大丈夫です。」
PCXは、そういうと徐々にスピードを落とし始めた。キラもPCXに合わせてスピードを落とす。
「海面近くまで降りましょう。」
下降するにつれ、気温は上昇する。
穏やかな海だった。
海面が近づくと、PCXが変形をはじめ、大きな半球形になった。
「さあ、私の中へ降りてください。」
キラはアラミーラから、半球形に変形したPCXへ乗り移る。
すると、一気に半球形のPCXは、キラを包みこんで球状になり、波に揺られた。
「日が昇るまで、この状態でいます。お休みください。」
キラは、海岸で白い卵を発見した日のことを思い出していた。
「ライブカプセルか・・・。」
「はい。そうです。これなら、外気がどれほど高温でも大丈夫です。ただ、全く動けませんから、夜の間に海流で流されてしまいます。このあたりの海流は北向きに流れていますから大丈夫でしょう。さあ、体を休めてください。」
キラは、ライブカプセルに身を横たえた。

3‐2 PCXの願い [AC30 第3部オーシャンフロント]

波は穏やかで、ライブカプセルの揺れは心地良かった。それと、一日中、高度1000メートルを飛び続けたことで、体の負担も大きかった。キラはすぐに深い眠りに落ちていた。
翌日は夜明けとともに、飛び始めた。熱波はそれほど強くなく、高度も昨日よりも低い。ただ、目に入るものは海と空ばかりで、時々、意識が虚ろになる。
PCXはそんなキラの様子に気づき、こまめに、休憩を取る提案をした。しかし、先を急ぎたいキラはなかなか受け入れようとしなかった。
「オーシャンフロントの移動速度よりも我々のほうがはるかに速いのです。すぐに追いつきます。」
PCXがそういったことで、キラもようやく受け入れ、休憩を取ることにした。

ライブカプセルの中で、しばし休憩した。
「キラ様、食事はどうされていますか?」
「ドラコの干し肉がある。飛びながらも摂れるから大丈夫だよ。君はどうだい?」
「私には必要ありません。」
「いや・・何か、影響は受けていないかと思って・・。」
「今のところ異常はありません。おそらく、電波エリアはそれほど大きくないのでしょう。」
「まだ遠いということか・・・。」
キラは少しがっかりした様子だった。
「そろそろ、オーシャンフロントは移動をやめるころでしょう。あと数日中には見えるはずです。」
キラを元気づけるようにPCXが言う。
「そうか・・・。」
キラは袋から、フィリスクの実のフレークを一つまみして口に入れる。
「キラ様、一つ、お願いがあります。私に名前を付けていただけませんか?」
「名前?・・そうか・・そうだな。」
「はい。PCXというのはアンドロイドの機種名ですから・・。」
「そうか・・・・どんな名前がいいんだろうなあ?」
キラは、ライブカプセルの中でごろんと横になり、ぼんやりと呟いた。そして、ジオフロントで初めてPCXの姿を見たときのことを思い出していた。
「そうだ!」
急に起き上がると、キラが言った。
「フォルティア。・・どうだい?」
「フォルティア?」
「ああ、そうだ。君の姿を見たとき、誰かが叫んだんだ。フォルティア・ミーラって。」
「フォルティア・ミーラ?」
「先人類の古い言葉みたいなんだけど・・神秘の力・・魔法みたいな意味だったと思う。まさに君の能力は魔法みたいだからね。どうだい?」
「フォルティア・・いいですね。ぜひ、そうしてください。」
「何だか・・慣れないけどね。」
旅の途中のささやかな憩いの時間が過ぎていた。

その日は、夕暮れまで北東を目指し飛んだ。
翌日になると、北緯60度を超えていた。すでに気温は30℃以下に下がり、海面近くを飛べるほどになっていた。
「PCX・・・いや、フォ・・フォルティア、あとどれくらいかな?」
まだ慣れない呼び方をして、キラが訊く。
「もう、近くまで来ているはずです。ただ、この辺りは潮流が激しいようなので、どこか、穏やかな湾や島々の間に入り込んでいるかも知れません。」
キラは、PCXの言葉に、オーシャンフロントの姿が見えないかと周囲を注意深く見てみた。しかし、周囲に島影はなかった。


3‐3 危険な生物 [AC30 第3部オーシャンフロント]

翌日も朝から北東を目指して進んだ。昼ごろに、小さな島影が目に入ってきた。
「この先に、大きな陸地があります。いくつも湾もあるようですから、きっとこのあたりにいるはずです。」
PCXはレーダーを使ってオーシャンフロントを探しているようだった。キラも目を見開いて探した。
「少し上空から様子を探ってみましょう。キラ様は、この先の湾の中を探してみてください。」
PCXはそう言うと急上昇していった。

キラは、PCXの示した、目の前に見える湾の中に入っていった。
切り立った崖がぐるりと壁のように取り囲む深い湾、中には大小の島がいくつも並んでいる。海流は穏やかに見えた。崖の上や島々には、大きな針葉樹が立っている。
ジオフロントを出て、初めて、森が広がる大地を目にしていた。
森は広がっているが、生物はいないように、静まり返っていた。ジオフロントの地表には、数多くの危険な虫たちがいて、羽音や歩く音、戦う時の激しくぶつかり合う音、様々な音が響いていて、キラはその音を聞き分ける能力も高かった。
しかし、ここでは、そういう音が全く聞こえなかった。
おそらく、長い厳冬の季節には、深い雪と氷に閉ざされるからだろう。
地上の生物は、長い冬を生き抜くことができないのだろうと、キラは考えていた。

アラミーラで、島々の間を縫うように飛び、オーシャンフロントが隠れていないか探して回った。

油断をしていた。一つの島をぐるりと回った時だった。
海面から、急に黒い影が飛び出してきた。目の前が真っ白になる。キラは、アラミーラごと吹き飛ばされ、高くそびえる針葉樹に打ち付けられた。激しい衝撃にキラは気を失い、針葉樹の枝に体を打ち付けながら落下した。

上空でオーシャンフロントを探していたPCXは、海面に浮かんでいるアラミーラを発見して、キラの異変に気付いた。すぐに、生命体センサーを使って、島の中腹に倒れているキラを発見した。

キラは、PCXのライブカプセルの中で目を覚ました。ライブカプセルの中には高濃度の酸素が充満され、キラの回復を助けた。
「気づきましたか?」
キラは体を起こそうとしたが、全身に痛みが走って動けなかった。
「かなり強い衝撃を受けたようですね。幸い骨折はしていませんが、痛みはしばらく残るでしょう。」
キラは、針葉樹に衝突し、そのあと、枝に全身を打ち付けたものの、落下したところが、深い苔の絨毯の上だったことが幸いして、骨折を免れていた。
「一体、何があったのですか?」
キラは少しずつ思い出していた。
「海面近くを飛んでいて、いきなり、水柱が立ったんだ。その勢いで跳ね飛ばされてしまったようだ。」
「きっと、それはグル―でしょう。」
「グル―?」
「オーシャンフロントでは、最も危険な生物と恐れていました。体長10メートルほどで、物凄いスピードで水中を泳ぎます。深く鋭い棘をもった足が10本ほどあり、あらゆる生物を餌にします。水中の魚や貝だけでなく、空を飛ぶ虫さえ餌にします。水中から目にもとまらぬ速さで棘のある足を突出し捕えるのです。直撃していたらひとたまりもなかったでしょう。」
「運が良かったということか・・・」
「いえ、アラミーラのおかげです。新型のアラミーラには、近づく危険を察知してとっさに避けることができる機能がついています。避けるために、急上昇し、キラ様がバランスを崩してしまい振り落とされたのでしょう。」
キラはPCXの話を聞いているうちに、全身から痛みが引いて、ずいぶんと楽になった。
「高濃度酸素の中に、鎮痛剤を少し混ぜています。楽になられたのなら、早めにここを出ましょう。グル―が現れたのなら、この周囲にオーシャンフロントはいないでしょう。別の湾に隠れているはずです。」
二人はすぐに、島を離れた。

3‐4 悪天候 [AC30 第3部オーシャンフロント]

「上空から調べたところ、もう少し西方にも同じような湾がありました。日暮れまでは、そこへ着けるように急ぎましょう。」
PCXはそう言うと少しスピードを上げた。

前方に別の陸地が見えた。同時に、陸地を覆うような黒い雲が広がっているのが目に入ってきた。
「天候が心配です。」
PCXがそういうと同時に、ぽつぽつと雨が降り始める。
目の前の黒い雲があっという間に二人のところまで到達した。叩きつけるような激しい雨、渦を巻くような強風、さらに、激しい稲光が轟音と共に打ち始めた。
もう安定的に、飛んでいける状態ではなかった。目を開けていることもままならない。それに、いつ、稲妻に打たれるかもわからない状態になってしまった。

しかし、目指す陸地までは、まだ距離があった。
「もうこれ以上は無理です。ライブカプセルで海面に降りましょう。」
PCXはキラを包みこみ、海面に降りた。海面は強風に激しく波打っている。
カプセルは激しく波に翻弄されるが、なす術もない。PCXは、ライブカプセルの中のキラの体を完全に包みこみ、空間をなくし、可能な限り小さく縮小し波の影響を避けた。
外は昼間にもかかわらず、薄暗く、ただじっと黒雲が去るのを待つ他なかった。
夕暮れの時間を迎えても、一向に嵐は過ぎなかった。
夜になっても、激しい風雨は続く。
「キラ様、大丈夫ですか?」
時折、PCXはキラの様子を伺う。キラはじっと耐えていたが、昼間の衝撃で意識を失うように深い眠りについた。

朝を迎える時間だった。だが、朝日は射してこない。
黒雲は去っていなかった。雷や強風は収まったようだが、強い雨は降り続いている。波は収まった。
目を覚ましたキラは、「フォルティア、外の様子は?」と訊いた。
「お目覚めですか?・・外は強い雨が降り続いています。」
PCXの声の向こうから、地響きのような、振動のような音を感じた。
「あの音は?」
「近くの火山が噴火しているようです。昨日の黒雲も、噴火によるもののようです。」
「外の様子を見たいんだが・・」
PCXはライブカプセルの横の部分を少し開いて、外が見えるようにした。その隙間から、キラは外を見た。確かに雨が降っている。だが、普通の雨ではなさそうだった。
ちょうど隙間の部分に雨水が入ってきた。それは、真っ黒で少し熱を感じる。
「これは・・・。」
「火山の噴煙が雨に混ざり、真っ黒な水滴になって降り注いでいます。少し酸性の強い雨です。」
「君は大丈夫なのか?」
「何の影響もありません。高温の熱水にも、強酸性の水でもライブファイバーは耐えられます。ですが、キラ様は耐えられないでしょう。目に入れば失明する恐れがあります。今しばらく、このまま耐えるほかありません。」
「オーシャンフロントはどうだろう?」
「直接降り注げば、かなり被害が出るでしょう。しかし、火山噴火は予見されているはずです。避けられる場所まで移動したと思います。」
「また・・離れてしまったのか・・。」
「いえ、大丈夫です。今朝方から、オーシャンフロントの信号をキャッチし始めました。それほど遠くありません。おそらく、噴火した火山の反対側へ逃れたのでしょう。この湾の奥深くに隠れているはずです。」
「そうか・・・。」
そこまで聞いて、キラは不安を感じ始めていた。PCXが信号をキャッチしたということは、今後、オーシャンフロントからの影響を受けやすくなるということになるからだった。

3‐5 島影 [AC30 第3部オーシャンフロント]

海流が湾の奥に流れ込んでいるようで、PCXのライブカプセルは、海流に乗って湾の奥へ移動を始めた。
奥に向かうにつれて、火山の噴火音は一層大きく、ライブカプセルの中でもびりびりと感じるほどだった。しかし、大きく流れが変わったあたりから、雨も止み、日差しを感じるほどになっていた。

「フォルティア、外が見たい。」
「判りました。」
PCXがライブカプセルを解除した。

はるか後方に、噴煙を上げている火山が見えた。青空も見えた。
「このまま、流れに乗っていけば、湾の一番奥につきます。おそらく、その手前あたりにオーシャンフロントが見えると思います。」
フィヨルドのように深く切り込んだ湾、両側に切り立った山、いずれも火山のようだった。いくつかは小さな噴煙を上げている。

「見えました。前方の三角形の尖った山、あれがオーシャンフロントです。」

周囲の山々は、岩が剥き出しの荒々しい形状だが、一つだけ、まっすぐに天に伸び、緑に覆われた、ピラミッド状の山がある。
それは、キラの想像をはるかに超える大きさだった。
人工物とは思えないほどの大きさの島、まさか、これが大洋を自由に動き回るとは思えないほどだった。
以前に、PCXから、ユービックを介して、3D映像を見たことがあった。PCXは、周囲30km、最も高いところは500mと説明し、最大50万人が生活していたと聞いたが、その時はとても想像はつかなかった。
だが、今、目の当たりにして、それが現実のものであることに驚くばかりだった。
そして、それはとてつもなく高い科学技術力で作り上げられたものであること、そして、それを支配する者の力の大きさを想像し、気後れする自分に気づいていた。

「フォルティア、君がいたころと比べて何か変わったところはないか?」
「外観上の変化はありません。」
「そうか・・・。」
徐々に、オーシャンフロントに近づいている。
「フォルティア、影響を受け始めているのか?」
「今のところ、何も変化はありません。」
しかし、キラは気づいていた。
PCXの反応が徐々に機械的になってきているのだ。

「もう、オーシャンフロントでは、気づいているかな?」
「わかりません。」
「武器を用意したほうがいいかな?」
「不要です。」
「だが・・・」
キラがそういって、デイパックの中から小さなスクロペラム(銃)を取り出そうとすると、PCXは変形し、キラの体を細い紐状のライブファイバーで拘束した。
同時に、半球形から円筒状に変形し、一気の速度を上げて、オーシャンフロントへ向かい始めた。

PCXが、オーシャンフロントの支配下に入ったことは明白だった。
キラはこうなることを予期していたが、抗うすべはなかった。


3‐6 PCXの集団 [AC30 第3部オーシャンフロント]

島までわずかの距離になった時、上空に、多数の球形が現れ、一見して、それが、ガーディアン・アンドロイドPCXの集団であることが分かった。
PCXの集団は、キラを乗せたPCXを取り囲むように上空に静止した。
しばらくすると、相互に通信を行っているのか、キラには理解できないような信号音と点滅する光を発すると、集団の中から2体がゆっくりと近づき、挟み込むようにぴったりと接合すると、上昇した。その前後をPCXの集団が編隊を組み、静かに、オーシャンフロントに入っていった。

オーシャンフロントの海岸部分は、人工島らしく、白く高い防波堤が周囲をぐるりと囲むように作られていた。そして、その防波堤の上部から海面までは優に20メートルはあるように思えた。

キラを取り囲んだPCXの集団は、いったん、オーシャンフロントの領域に入ったものの、地上には降りず、その場に待機しているようだった。
「どうなっているんだ?」
キラがPCXに問いかけても、何の返答もなかった。もはや、完全にオーシャンフロントに支配されているただとアンドロイドになっていた。
キラはどうにか、下の様子を見ようと身を捩ってみた。しかし、ライブファイバーの締め付けは強く、全く身動きが取れない。

しばらくすると、PCXの集団はゆっくりと地表に降りた。キラを乗せたPCX以外は、いったん人型アンドロイドに変形し整列した。特に武器は持っておらず、無表情に立っている。次に、キラを拘束していたPCXが、拘束をほどき、他のPCXと同様に人型アンドロイドになり、列に入った。
その段階で、フォルティアがどれだったか、見分けはつかなくなってしまった。

拘束を解かれたキラは、ゆっくりと周囲を見渡した。
そこは、オーシャンフロントの最も外側で、防波堤の内側だった。海の様子は見えないが、島にぶつかる波の音と潮の香りで判った。そして、周囲には何の建物も見えなかった。ただ広い空間だった。地面は硬質のガラスのような物体で作られている。小さな振動を感じるところから、内部は空洞のように思えた。島を支えるフローターなのだとキラは考えた。
「これから、どうするつもりだ?」
キラは目の前のPCXの集団に問いかけるが、何の返答もない。ならば、逃げてしまおうと足を動かすと、PCXの列がキラを制止するように動く。
ここに留めておくという指示だけが出ているのだろうか?
キラは、その場に座り込んだ。動けないならば、動かないまでのこと。ここに連れてきた以上、何かのアクションはあるだろう。目の前のPCXたちに聞いたところで無駄なことだ。相手の出方を待つ他なかった。
膠着状態が1時間ほど経った時、目の前のPCXの色が真っ白からブルーへ変化し、時折、黄色やピンク色に変化し始めた。支配者から何かの指示が届いたに違いない。
「立ちなさい。」
どのPCXかは判らないが、強い音声が響いた。続いて、列の後ろにいたPCXが次々に球体に変形し、宙に浮いた。半数ほどは、すぐにどこかへ飛び去り、キラの周囲には4体が残った。
「ついてきなさい。」
4体のPCXは同時にそう告げると、キラの前後を取り囲むようにして歩き始めた。
「どこかに連れて行こうということか・・・。」
キラはPCXに従った。
フローター部分と思える場所から、遠くに見える山の方角に進み始めると、目の前に壁が見えた。高さは3メートル程度だろうか、外の世界との隔離壁のように見えた。しかし、門や扉のようなものは見えない。
PCXはその壁に近づき、人型アンドロイドの腕を壁に近づけると、その場所が3メートル幅でゆっくりと開いていく。不思議な構造物だった。

3‐7 奇妙な風景 [AC30 第3部オーシャンフロント]

開口部から中に入ると、眼前に、長閑な田園風景が広がっていた。
そこから、まっすぐに、あのピラミッドの形をした山に向かって舗装道路が伸びている。しんと静まり返り、動くものは何もない。
「乗りなさい。」
傍に立つPCXが椅子状に変形した。それを2体のPCXが翼の様な形に変形し、合体する。ちょうど、飛行機のような形状になった。もちろん、キラはそのようなものは見たことがなかった。
椅子に座るとふわりと浮き上がり、先ほどの直線道路上をゆっくり、山の方へ向って行く。
脇には人型のままのPCXが周囲を見張るように目線を動かしながらついてくる。
このPCXは、キラを見張るというより、周囲の異常を発見する役割を担っているようだった。
左右には広い田園が広がり、美しく整えられた畑には、見たこともない植物が植えられ、赤や黄色の実をつけている。田園のあちこちに、球形のPCXが浮かび、監視をしているように見えた。
10万人ほどが生活できるほど広大なオーシャンフロントと聞いていたが、上陸して、まだ一人の人間にもあっていなかった。
田園地帯を過ぎると、森林が広がっている。直線道路は、その森の地下を抜ける大きなトンネルに繋がっている。
トンネルの中は、明るすぎるほどの照明が施され、一定の間隔で、横穴の様にトンネルが作られているのが見える。その奥も、また明るい照明で照らされていた。
しばらく、トンネルを進むと、ようやく出口が見えた。
「もうすぐ、カルディアタワーに到着する。」
傍に居た人型のPCXが告げる。
出口を抜けると、草原が広がり、その先の山の頂上を見上げると、白く輝く円柱の構造物が見えた。目を凝らすと、草原の中にも背の低い構造物がいくつも建っていた。
「人間は住んでいないのか?」
キラが呟く。
「その質問には答えられない。」
人型のPCXが機械的に答えた。
直線道路の終点には、見上げるほどの噴水がある広場があった。PCXたちは、そこで停まった。
「降りなさい。」
キラが椅子を立つと、PCXたちは全て、球形に変形してキラの頭の上で静止した。まるで何かを待っているようだった。
しばらくすると、噴水の前の床が開いた。そこから、真っ白の布を体に巻き付けたような着衣姿で、長い髪の女性が10人ほど現れた。
女性たちは、綺麗に列を作り、まっすぐにキラのところへ歩いてくる。人間には間違いないようだが、その動きは、まるでアンドロイドのようだった。
そして、キラの前に立つと、先頭の女性が、静かに言った。
「主の許へご案内いたします。」
鈴の様な美しい声だった。だが、そこには何の感情も感じられない。表情も変わらなかった。歓迎しているともそうで無いとも思えない。やはり、アンドロイドなのではとキラは考えた。
「主とは?」
キラがその女性に尋ねた。
「その質問にはお答えできません。」
さきほどのPCXと同様の答えが返ってきた。

「ご案内いたします。」
女性の一人が言うと、白い衣服に裳を包んだ女性たちが、キラを取り囲んだ。キラは今まで嗅いだことの無い甘美な香りを感じ、少し頭がぼんやりとした。
「参ります。」
そう言うと、白い服の女性たちが静々と、噴水前の扉に入っていく。開口部から中に入る。目の前には、田園風景が広がっていた。

3‐8 白い人々 [AC30 第3部オーシャンフロント]

扉の奥には地下への通路があった。全員が扉の中に入ると、ゆっくりと扉が閉じる。すると、立っていた床が静かに前進を始めた。
キラは、予期せぬ事に、つい、よろけてしまい、隣にいた女性の腕を掴んでしまった。
女性の腕は温かかった。
「すみません」
キラは腕を強く掴んだことを詫びた。
だが、当の女性は全く意に介さないのか、表情一つ変えず立っている。体温を感じ、確かに人間であるはずだった。だが、人間とは思えないほど無表情であり、感情を見せなかった。
床は音もなく進んでいく。遥か視線の先まで、白い通路が続き、終着が判らない。進んでいるのかどうかさえ判らないほどであった。
キラは、先ほどの女性の顔を今一度見直した。どことなく、フローラと顔立ちが似ている。
ゆっくりと反対側の女性を見ると、やはり良く似た顔立ちであった。
それに、前後左右の女性たちすべてが、背格好もよく似ている。何か、余りにも、似過ぎていることに、キラは違和感を覚えていた。

「お尋ねしたいことがあるんですが・・。」
キラが言葉を発した。静寂の通路の中にキラの声だけが響く。女性たちは微動だにしない。
しばらくの沈黙のあと、声が聞こえた。
「あなたのご質問にはお答えできません。」
誰が言ったのか判らないが、取りつく島もない返答が返ってきた。
それでも、キラは続ける。
「皆さんは姉妹なのですか?」
返答はない。
「ここには男性はいないのですか?」
「どれほどの人が暮らしているのですか?」
「主とはどんな人なのですか?」
矢継ぎ早に質問を投げてみた。
何かに反応してくることを期待した。だが、何の反応もない。
キラは、我慢できず、隣にいた女性の腕を強く掴んで、「何か答えろ!」と叫んだ。
腕を掴まれた女性は、特に驚く事もなく、ゆっくりと、キラの方へ顔を向けた。先ほどと同様に、無表情のままだった。
「さあ、何とか言ってみろ!」
その女性の目を覗き込むように再びキラが迫る。
すると、取り囲んでいた女性たちが一斉にキラの方へ体を向けた。
取り囲んだ女性たちの顔は、すべて、無表情であった。そして、全てフローラに似た顔立ちで、全て同じではないかと思えるほどだった。
「人間じゃないのか?アンドロイドか?」
キラはうろたえながら、取り囲む10人の女性の腕を次々に掴んでみた。すべて、体温を感じる。それに、脈もあり、呼吸もしている。
「何か言ってくれ!」
キラは懇願するように言った。
「ご質問にはお答えできません。」
先ほどと同じ答えが返ってきた。だが、女性たちの口は開いていない。どうやら、先ほどの答えも、この通路のどこからか聞こえてきたものと判った。
落胆し、キラは跪いた。
先ほど嗅いだ、甘美な香りを再び感じた。そして、その香りは先ほどよりも一層強くなり、キラは意識を失った。

3‐9 白い部屋 [AC30 第3部オーシャンフロント]

キラは、白い部屋の大型のソファーで目を覚ました。
目の前は、大きなガラス窓ごしに、青空が見えた。
キラは立ち上がり、天井まで広がるガラスの前に立った。眼下には、同心円上に整備された、田園風景が広がり、中央部に直線道路が見える。足元まで視線を落とすと、大きな噴水も見える。そして、その周囲に、円柱形の低い構造物が左右に際限なく広がっていた。
キラは外の風景を眺めながら、自分がこの島の中央部にあったタワーの中にいる事を確認した。
部屋は、円形をしていて、中央にソファーが一脚置かれているだけだった。白い壁がぐるりと取り囲み、どこにもドアがない作りだった。照明器具はなく、壁自体が白く光を放っているようだった。
「さて、どうしたものか・・。」
そう呟いて、キラは再びソファーに座った。
すると、後方の壁がゆっくりと変形し、開口部を作り、そこから白い服を纏った女性が現れた。
その顔だちと体格などから、先ほどの白い衣服を纏った女性の一人ではないかと思った。

「お目覚めですか?」
今度は女性から口を開いた。
それも、上品な笑顔をたたえ、抑揚のある感情を感じられる言葉であった。
「長旅でお疲れだったのでしょう。途中で倒れられたので、このお部屋でお休みいただくことにしました。」
優しい表情で、ゆっくりとキラへ近づいてくる。

「何かお飲物でもご用意しましょうか?」
キラはそう問われても、どう応えてよいか判らなかった。ジオフロントで飲料といえば、水かフィリクスの果汁、それに野草のスープ程度しかない。ガウラだけは特別な飲み物を自分で調合していたが、詳しくは知らない。
「この季節は、果物のジュースがとても美味しいですから、いくつかご用意しましょう。」
女性がそう言うと、ソファーの床が開いて、箱上のものが出てきた。上部が開くと、中に、緑や黄色、紫の色をした飲み物が入った小さめのグラスが並んでいる。

「お好みのものをどうぞ。」
女性は笑顔で勧める。
「オーシャンフロントの畑で収穫した果物を絞ったジュースです。先人類から受け継ぎ、守ってきました。メロン、オレンジ、グレープ、アップル、地球上から絶滅した植物ばかりです。どうぞ。」
キラは、フィリクスの果汁に近い、緑色のグラスを取り、一息に飲みほした。口の中に感じたことの無い爽やかな甘みと香りが広がる。
「それはメロンジュースです。今が旬の果物です。いかがですか?」
「美味い・・・。」
「宜しければ他のものもどうぞ。」
キラは勧められるまま、他のグラスにも口をつけた。どれも今まで味わったことの無い甘美なものだった。
「食事はいかがですか?」
キラは、ここまでの数日、わずかなドラコの干し肉とフィリスクの実のフレークを口にしただけで、空腹だった。だが、素直に返事ができず、「ああ・・」と曖昧に返事をした。

「すぐにご用意します。」
ほんの数秒だった。先ほどと同様にソファーの前の床が開き、下から箱が現れる。上部が開くと、そこには、スープやパン、それに見たこともない肉の塊、みずみずしい野菜などが盛られた大皿が置かれている。
その美味しそうな匂いに、キラは、我慢しきれず、がつがつと食べ始めた。
女性は、キラの姿を笑みをたたえた表情で見守っていた。
目の前の大皿の食事を、綺麗に平らげたキラは、ようやく、落ち着いた。
そして、先ほどから、ずっとキラを見守っている女性の微笑みが、警戒心を解いてくれたようだった。


3‐10 ステラ [AC30 第3部オーシャンフロント]

「ありがとう。」
キラが心から感謝の言葉を発した。すると、その女性は少し戸惑いの表情を見せた。
「なぜ、礼を言うのです?」
「いや・・これほどのものを用意してもらったから・・・。」
「主のご指示に従っただけです。それに、先ほどの飲み物や食事は、すべてこのカルディア・タワーが用意したものです。」
少し妙な言い回しだった。
「ここはカルディア・タワーというんですか?」
「そうです。このオーシャンフロントの全てをコントロールしています。」
女性は、キラの近くに直立したまま、表情は絶えず笑みを浮かべ、淡々と答えた。
「あの・・あなたのお名前は?」
キラは尋ねてみた。
「名は、ステラです。主にいただいた名前です。夜空の星という意味だそうです。」
「ステラ・・・そう。・・ステラさんは、フローラという名を聞いたことはありますか?」
「いえ、ありません。」
「では、似たような名の女性を知りませんか?」
キラは少し強引に訊いた。
「私は、主、以外の方をお話ししたことがありません。他人とお話するのは、キラ様が初めてです。」
キラは驚いた。
少なくとも、自分より年上に違いない。これまで、他の人間と話したことがないなど想像もできなかった。そして、自分の名をこの女性が知っている事にも驚いてしまった。
「ステラさんは、どうして僕の名を?」
「主より、全て伺っております。お名前は、キラ・アクア。南方のジオフロントからここまで来られたことも知っています。」
「では、僕が何の目的でここに来たかも?」
「はい。ジオフロントの皆さまにお会いになるためでしょう。」
「では、フローラという女性に会いに来たことも?」
「それは知りませんでした。」
「フローラは、ここで生まれ、不慮の事故で海に投げ出され、長い時間をかけてジオフロントの近くの海に流れ着いたんです。そうだ、10年ほど前だと聞いています。大きな火事が起きたのだと・・。」
「ここでそのような事故は起きていませんし、海に投げ出されるような場所もありません。きっと何かの間違いでしょう。」
確かに、ステラの言う通り、オーシャンフロント全体が高い塀に囲まれていて、誤って海に落ちるなど考えられないことは、到着した時に確認していた。
「でも、ここで生まれたのは間違いない。彼女を守っていたPCXが話していました。」
「存じません。」
ステラは、本当に知らないようだった。
「じゃあ、僕の仲間たちはどこにいるんです?会いに来たのです。会わせてください。」
ステラは少し間をおいて答えた。
「それは、主のお決めになる事です。私には判りません。まだ、こちらに来られて、まだ数時間しかたっていません。そんなに急ぐこともないでしょう?まずは、ここの満ち足りた暮らしを満喫されてはいかがですか?」
「それも、主の意思なのですか?」
キラは厳しい声で訊きかえした。
ステラは、顔色一つ変えず、答える。
「そうです。すべては主の御意思に従う事です。ここへ来た以上、主に従う事。そうすれば、あなたの望みも叶うでしょう。」
ステラは、柔らかな微笑を見せて、何の疑いもなく、そう言った。

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