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同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色- ブログトップ
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1-0 序文 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

橋川市で起きた一連の行方不明事件を解決してから2年ほど、平穏な日々が続いていた。

矢沢一樹も紀藤亜美も揃って刑事課へ正式に配属されていた。
先の事件のきっかけとなった神林病院は、新道レイが院長となり、信頼回復に努めようやく経営も順調になってきていた。
そんな中で、新たな事件が発生した。こともあろうに、神林病院入院中の患者が投身自殺をはかったのだった。自殺か他殺か、事件か事故か、真相追及が始まる中、再び事件が・・・。深い恨みの色をレイの母ルイがシンクロする。


■ストーリーメインキャスト
○橋川署
矢澤一樹
  紀藤亜美
  鳥山課長
  紀藤所長(勇蔵)
 
 川越(鑑識)
 森田(刑事)
 松山(2班刑事)
 藤原女史(庶務課:PCに長けていた)
 葉山一郎(同僚)-事故から復帰(内勤)

○ヴェルデ(レストラン):田原義彦(矢澤の同級生)
○市民病院 君原医師(葉山夫人の兄)-前回の事件の真相究明に協力-現在、神林病院に勤務。
○神林病院
 神林レイ(新道レイ)
 秘書 山口(老紳士)
 神林ルイ(レイの母)




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1‐1 初動 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

「神林病院屋上から、転落事故発生。警ら中の各車は、現場に急行されたし。」
遅い昼食を終えて、橋川市内を巡回に出たばかりだった矢澤一樹は、赤色灯のスイッチを入れ、ハンドルを切った。
「ねえ、神林病院だって・・」
助手席にいた紀藤亜美が少し複雑な表情で一樹に言った。
「ああ・・そうだな・・・。」
一樹も浮かぬ表情で車を走らせる。

矢澤一樹と紀藤亜美は、前回の事件の後に、刑事課へ配属されていた。鳥山課長は、一樹と亜美をパートナーに指名したが、一樹が拒んだため、森田刑事と亜美が組んでいたのだが、森田が、署長の娘である亜美に、気を使い過ぎて、捜査中に、何かとトラブルが起きたため、見かねて、一樹が亜美のパートナーに収まったという経緯があった。

病院に到着すると、パトカーが数台、すでに到着していた。落下場所と思しき場所には規制線のテープが張られていた。中では、鑑識の川越が、鑑識課員を指揮して、落下現場の周囲の遺留物などの採取を行っていて、矢沢たちの到着に気づいたようだった。
「どうですか?」
一樹が白い手袋を付けながら訊いた。
「現場はこの上です。」
川越はそう言って、病院の建物の屋上を見上げた。屋上にも、何人かの鑑識課員が動いている。一樹と亜美は、川越とともに、病院の玄関に向かった。玄関を入ると、鳥山課長と松山刑事が、新道レイに事情聴取をしていた。あの事件以来、亜美はレイと姉妹同然に付き合っていた。ただ、あの事件の事は、あれ以来、お互いに口にしないようにしていた。一樹も時々亜美に呼び出されて食事をする程度の付き合いはあった。
「レイさん!」
亜美が声を掛けた。レイは困惑した表情だった。レイは、神林病院の再建のために、病院長に就任していた。
「おお、紀藤、矢沢、早かったな。」
鳥山がそう言うとほぼ同時に、一樹が口を開いた。
「事故ですか?事件ですか?」
「いや・・まだ、特定はできない。自殺のようでもあるし・・・。」
鳥山の答えは歯切れが悪かった。
「レイさん、大丈夫?」
亜美はレイに駆け寄ると労わるように言った。
「ええ・・大丈夫です。ただ・・患者さんが自殺されたなんて・・・。」
あの事件からほぼ二年。神林病院はいったん閉鎖されていたが、一年前に新道レイが院長に就任し、医師や看護師等も新しく雇用し、再出発をしたのだった。世間からの信用もようやく回復しつつあるところでの、今回の事故は余りにも大きい痛手だった。レイの目にはうっすら涙さえ浮かんでいる。
「ちゃんと調べるから・・」
亜美はそう言って、レイの手を握りしめた。すぐに、一樹と亜美は屋上へ向かった。屋上には先に川越がついていて、現場の状況を再確認しているようだった。
「現場は、あそこです。二メートルほどの柵を乗り越えて落下したと推定されます。それと、柵の下にはこれがありました。」
そう言って、ビニール袋に包まれた紙片を差し出した。
『罪を清算するために、死を選びます。』
短い文章が印刷されていた。
「遺書・・ですか?」
「内容からみるとそうですが、何しろ、プリンターの印刷文ですから、本人のものかどうかは鑑定してみないと、なんとも言えませんね。」
一樹は、川越の話を聞きながら周囲を見回した。
「あそこに、監視カメラがついているな。」
屋上への出入口の上に、小さなカメラが設置してあった。出入り口付近からちょうど柵を乗り越えた現場辺りにフォーカスがあるように見えた。そう言っているところへ、鳥山課長と松山がレイとともに屋上に姿を見せた。
「落下したのは、三日前から入院していた佐原健一氏。市内にある人材派遣会社ビズハッピイの代表です。検査のための入院だったようです。二ヶ月ほど前に人間ドックを受けて、再検査が必要とのことで、入院したらしいんです。」
松山が手帳を見ながら、一樹と亜美に報告した。
「先ほど、屋上の監視カメラ映像を確認したが、本人以外の人物は写っていないようだ。出入口から真っ直ぐ、柵をよじ登り、落下していたよ。自殺で間違いなさそうだ。ただ、なあ・・。」
鳥山課長がそこまで言って、ちょっと言葉に困った表情を見せた。
「なんです?」
一樹が察して訊いた。
「いや・・自殺を考えている人間が、人間ドックを受けるかな?・・」
鳥山課長は頭をかきながら言った。
「レイさん、佐原氏の再検査というは、例えば、癌とかそういう類の検査なの?」
すぐに亜美がレイに訊ねた。
「いえ・・すぐに人間ドックの結果を確認しましたが、重大な病気の予見はありませんでした。再検査も、胃にポリープが見つかったので、念のためにポリープを切除して検査するものでした。まだ、結果は出ていませんが、悪性ではないだろうと担当医から聞いています。」
レイは冷静に答えた。
「じゃあ、病気が原因で自殺という線は無いな。やっぱり、別の理由ってことか。」
一樹が独り言のように言った。
「矢澤と紀藤は、奥さんに話しを聞いてきてくれ。この病院の地下にある、遺体安置所にいらっしゃるはずだ。ご遺体は一旦、司法解剖する事になるから、その事も話してくれ。我々は、新道院長に、もう少し患者に関する情報を聞いてから戻る。」

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1‐2 遺族 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

一樹と亜美は、地下の遺体安置室に向かった。
地下に入ったところで、すぐに、泣き声が聞こえてきた。ドアを開けると、三十半ばの細身の女性が、白い布に包まれた遺体に縋りつき、身を捩らせて泣いている。
佐原の妻、恵子がまるで子供の様に、わあわあと大きく響く泣き声を上げているのだった。立ち会っていた警官もあまりの様子に直視できず、じっと天井を見上げる始末だった。
「まだ、話を聞ける状態じゃないな・・。」
一樹は小さくつぶやき、亜美を連れて、遺体安置室を出た。
二人は一旦、玄関ロビーに戻った。
外来の診察時間はすでに終えていて、ロビーの人影はまばらだった。椅子に座り、しばらくぼんやりをしていると、不意に亜美が口を開いた。
「本当に、自殺なのかしら?」
「ああ・・これまでの状況で言えば、ほぼ、自殺だろうな。」
「でも・・何か変よね。」
「ああ・・変だな。でも殺しとは言えない。」
待っている間に、亜美はスマートホンで佐原の会社について検索した。

明るい笑顔の若い女性が二人、手を広げた写真がトップページを飾っている。『親身になってお仕事探します。』なんだかありきたりの文章が並んでいる。ただ、派遣先の会社の声の掲示板があり、そこを見ると、佐原社長が熱心に会社回りをして、必要な人材を発掘して派遣している事への感謝の言葉が数多く見られた。また、登録していた派遣社員も、「正社員になれました」と喜びの声を多数寄せている。業績も数年前までは厳しいようだったが、このところ改善しているのも判った。

「それほど、おかしな会社じゃなさそうね。」
亜美は、一応、納得した様子だった。
「会社関係というより、個人的な問題なのかしら?」
「だったら、なおさら、自殺なんて変だな。」
亜美の独り言を聞いていた一樹が口を挟んだ。
「あら、聞いてたの?そうね、個人的な悩みがあって、死のうなんて考えている人が検査に来るなんて・・。」
「だが、確かに、自殺せざるを得ない理由はあったんだろう。」
二人は、会話しながらも、あの奥さんにどう切り出せばよいか、考えていた。

三十分ほどして、再び、遺体安置室に行くと、憔悴し切った表情の奥さんが、ドアの外の長いすに座っていた。視線はまだ定まって無いようだった。
「あの・・橋川署の矢澤と申します。佐原健一さんの奥様、恵子さんですね?」
一樹が警察手帳を見せながらそう名乗ったが、奥さんは、死人のように青ざめた表情のまま、反応しなかった。
「奥様、この度は・・・。」
亜美がそう言いかけた時、急に奥さんがキッと目を開き、二人に強いまなざしを向けた。そして、吐き出すように、「殺されたんです。」と言った。
「殺されたなんて・・。」と亜美が驚いて言った。
「何か思いあたることがあるんですか?誰かに恨まれていたとか、脅されていたとか・・」
一樹が尋ねた。
「あの人が恨まれるなんて・・・そんな人じゃありません。すごく、・・すごく優しい人です。自分よりほかの人の事を真っ先に考えるような・・そんな人が恨まれるなんて・・」
佐原恵子はそう言うと、ふたたび、「わあ」と泣き始めた。
「何か悩みとか、会社が行き詰っているとか・・。」
亜美の問いに、恵子は泣きながら、首を横に振った。
「どんなことでもいいんです。最近、何か様子がおかしいことはなかったですか?」
再び亜美が質問したが、同じように、首を横に振るばかりだった。
「判りました。・・念のため、ご主人のご遺体を司法解剖させていただきますが、宜しいですね。きちんと事件を調べるためです。ご協力ください。」
一樹は、低い声でゆっくりと話した。
泣きながら、恵子はこくりと頷いた。
長椅子に座る恵子の脇に、亜美は座り、そっと背中を摩った。しばらくすると、警察官が数人現れて、遺体を運び出していった。
「ご自宅までお送りしましょう。」
一樹はそう言うと、亜美とともに、佐原氏の自宅へ向かった。車中では、佐原恵子はすっかり生気を失った表情で流れる景色をぼんやりとみていた。
「本当に・・優しい人なんです。・・子どもの事も可愛がっていて・・・二人目ができた事も、随分喜んでくれて・・・退院したら、しばらく、仕事を休んで、旅行にも行こうって・・・。」
呟くように、奥さんは話した。一樹も亜美も、じっと話を聞いていた。奥さんの話を聞くにつれ、なぜ自殺したのか、本当に自殺だったのかと考えるようになっていた。
自宅は、市街地から少し離れた新興住宅地で「泉ニュータウン」と呼ばれる中にあった。その中でも、佐原の家はもっとも高台にあり、周囲より一回り広い敷地で、大きな屋敷だった。
家に到着すると、佐原恵子はゆっくりと車を降り、深々とお辞儀をし、何も言わず、家の中に入って行った。家の中からは、子どもの声と大人数人の声が小さく聞こえた。
「署に戻ろうか。」
一樹はそう言うと車を走らせた。

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1-3 事件の概要 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

二人が署に戻ると、すでに、刑事課の会議室には、鳥山課長以下、いつものメンバーが集まっていて、ホワイトボードに写真やメモが貼られ、この転落事故の概要がまとめられていた。
「よし、みんな集まったな。じゃあ、会議を始めるぞ。・・概略を松山がまとめて、報告してくれ。」
鳥山課長が言うと、松山は、ホワイトボードの前に立ち、概要を説明し始めた。
「事故発生は、六月二十日、午後一時三十分ごろ。入院患者の転落事故です。死亡したのは、佐原健一氏四十六歳。人材派遣会社ビズハッピイの社長です。家族は、妻、佳子三十二歳、長女 里香 三歳。それと、奥さんは第二子を妊娠中とのことでした。現場は、神林病院。屋上設置の監視カメラ映像から、佐原氏本人が屋上の柵を乗り越え落下し死亡。第一発見者は、本日、外来受診にきた方で、目の前に人が落ちてきたとのことで、かなり精神的なショックを受けられた模様で、現在、神林病院に入院されています。屋上には、自殺を示すような文章の印刷された紙が置かれていました。状況から、自殺と断定してよいと思います。」
「ありがとう。鑑識課から報告は?」
鳥山の言葉で、鑑識課の川越がゆっくりと立ち上がった。
「死亡原因は落下による全身打撲によるショック死と判断されます。監視カメラ映像からは、周囲の不審人物は発見されませんでしたので、自ら落下した、いわゆる投身自殺と考えるのが一般的でしょう。」
「あの遺書もあったわけだし、自殺という事で良いのではないでしょうか?」
松山が言うと、川越が否定的な言い方をする。
「いえ、自殺と断定するのはどうでしょうか?」
「えっ?さっき、投身自殺と考えるのが一般的だと言ったじゃないですか?
松山が驚いた表情で川越に訊き返した。
「確かに、映像証拠と現場状況だけなら自殺と断定できると思います。しかし、一つだけ気にかかる事があります。あの・・現場で見つかった遺書が・・どうにも・・・」
川越は少し、悩みながら歯切れの悪い言い方をした。
「そう、遺書があったんですよね。だから、自殺なんでしょう?」
松山は再び川越に訊いた。
「どうしたんだ?川越、何が引っ掛かっているんだ?」
鳥山課長も訊いた。
「あの遺書ですが・・・・監視カメラには写っていないんです。遺書は、自殺の場所もしくは居室に残されている事が多いのですが、今回、遺書が見つかったのは屋上の投身現場から少し離れた場所だったんです。」
「そこに置いてから、身を投げたという事じゃないのか?」
鳥山が訊く。
「カメラの映像では、佐原氏は、屋上のドアを開け、まっすぐ柵まで進んで、迷いなくよじ登って身を投げているんです。遺書を置くような時間的な余裕がないんです。」
「指紋はどうだ?」
「本人の指紋はありました。」
「それなら、本人が残したという事なんじゃないか?」
「ええ・・でも、遺書のあった場所はカメラの死角になっていて、例えば、誰かがそこに置く事も可能なのです。」
「しかし、事件にするには、余りに甘い推察だな・・。」
鳥山は考え込んだ。
「課長、・・課長も現場で、自殺とは考えにくいとおっしゃっていましたよね。自殺する人が人間ドックを受けるのかって・・奥さんにも話を伺いましたが、全く原因が判らないようでした。・・それに、奥さん二人目を妊娠中なんでしょ?・・そんな人がいきなり自殺するでしょうか?」
亜美が少し強い口調で鳥山に言った。
「誰かに自殺を強要された、あるいは自殺をせざるを得ないような秘密を掴まれたとか、そういう見立てになるということか・・・。」
一樹が鳥山に代わって答えた。
「そう・・きっと誰かに脅されて・・自殺したのよ。」
亜美がそう言うと、居並ぶ面々が意気消沈したような表情を浮かべている。
「どうしたの?・・脅した相手を見つければいいんでしょ?どうしたの?」
しばらく、皆、口を開かなかった。
「ねえ、どうしたのよ!」
亜美が皆を見て訊く。一樹が鳥山課長を見て、何かを確認するような表情を見せた。そして、亜美に向いて口を開いた。
「ああ、お前の見立てが正しいんだろうな。自殺教唆罪、あるいは、自殺幇助罪、同意殺人罪に該当する事件の可能性はあるだろう。だがな、それを証明するのは並大抵の事じゃないんだよ。」
「どうして?」
亜美の質問に、鳥山が答える。
「自殺を迫った確固たる証拠を見つける必要があるんだ。何しろ、強要された本人はすでに死亡しているんだ。だから、まず、自殺強要の可能性のある人物を探し出すことから始めなくちゃいかん。そのためには、自殺した本人が自殺をせざるを得ないような疾しい過去を持っているかも調べる必要がある。ひょっとしたら、佐原さんを信じている奥さんにはとても辛い真実を知らせる事にもなりかねないんだ。・・奥さんやお子さんを守るために、自殺をしたとして、その真実を暴き出すことで、結果的に奥さんやお子さんを守れなくなるという事なんだよ。」
「真実を全て暴く事が警察の仕事かどうかという事ですね。」
鑑識の川越が付け加えるように言った。今度は、亜美も口を噤んだ。
「結果を考えて、このまま自殺で処理する方が良い・・・とはならないでしょう。」
一樹が口を開く。
「それじゃあ、佐原さんを死に追いやった犯人は無罪放免、何も傷づかず、目的を達成する事になる。犯人の御先棒を担ぐのは警察の仕事じゃない!調べましょう。出来る限り。」
一樹の言葉で、鳥山も覚悟を決めたようだった。
「よし、出来るだけ周辺の情報を丁寧に調べよう。奥さんへの報告は全てが判明してからにする。それまでは一言でも情報が漏れないよう、注意するんだ。」
今回の事件は、自殺教唆罪の疑いがあると署長にも報告された。紀藤からはくれぐれも慎重にとの指示が出され、捜査が始まったのだった。

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1-4 病院で聞き取り [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

翌朝、一樹と亜美は署の自分のデスクに居た。
「どこから手を付ければいいのかしら・・」
亜美が椅子に座り天井を見上げ、独り言のように呟いた。
「悩んだときは、現場百遍っていうんだよ。もう一度、病院へ行こう。」
一樹は立ち上がり、署を飛び出した。亜美も一樹の後を追った。病院に到着すると、すぐに屋上へ向かった。
「亜美、守衛室に行ってくれ。監視カメラを確認したいんだ。」
亜美は言われたとおり守衛室に行き、監視カメラの映像を確認できるようにした。そして、一樹は、屋上に出ると、監視カメラの真下に立ち、カメラのアングルでどう見えるかを検証した。
「亜美、良いか?」
一樹と亜美は、携帯電話で連絡を取りながら、監視カメラの死角を再度確認した。そして、一樹は守衛室に入ってきた。
「佐原氏は、カメラで写る範囲をはっきりわかっていたみたいだな。それに、カメラの左右の下は完全に死角だった。人ひとり、立っていられるスペースもある。佐原さんが自殺するのを見ていた人間がいてもおかしくない。」
守衛室にはいくつものモニター画面があり、数秒単位で映像が切り替わるタイプのものが設置されていた。
「ここの前の画像はどうなっていますか?」
慌てて若い守衛が手許の操作盤を使って、画像を探し出す。もう一人の年配の守衛が言い訳がましく応える。
「何しろ、病院内には百基以上のカメラがありますから・・我々は、院内の安全確保が最優先でして・・・出入口や階段の映像はしっかりチェックするんですが・・屋上への通路や屋上は滅多に人が入る事がないんであまり見ていません。それに、前院長の指示で十四階はモニターしないように指示されていましたから、さらに、その上の屋上は意識にないんです。」
真面目そうな若い守衛は、必死に、事故の時間帯の映像を検索した。
「あれ・・おかしいなあ・・・ああ、そうか。そうだった・・・。すみません。保存データの中には、屋上への通路画像はありません。膨大なデータになるんで、玄関など外からの人の出入りが多いところのデータは三ヶ月保存しているんですが、十一階以上のエリアのデータは六時間経過すると消去されるようになっているんです。屋上のデータは、事故が発生したのですぐに、消去処理を停止したんですが・・・」
若い守衛が、申し訳なさそうに答えた。
「目撃者を探すしかないということだな。」
一樹が呟く。
「レイさんに協力してもらった方が良いんじゃない?」
「いや、やめておこう。彼女はこの病院の責任者だ。彼女が部下に指示すれば、情報が一気に拡散して、正しい情報が見分けられなくなる。」
「そんな・・。」
「いや、仮に犯人が病院関係者なら、すぐに証拠を隠すだろう。もっと難しくなる。」
一樹はそう言うと席を立ち、亜美を連れて、廊下に出た。
「どうせ、手間のかかる事件なんだ。じっくりやるしかないだろう。」
一樹は覚悟を決めたように言い放つと、病院の案内受付に向かった。
「すみません。昨日、転落事故で亡くなった、佐原さんの病室はどこでしょうか?」
ふいに尋ねられた受付の女性は少し驚いた表情を見せたが、すぐに十四階だと答え、ナースステーションを教えてくれた。
佐原健一が入院していたのは十四階の特Cという部屋だった。十四階は、以前の名残で、引き続き、特別室として使用されていて、一つのフロアに四部屋しかない。
「こちらの部屋でした。」
案内してくれたのは、今年、入ったばかりの岩月という若いナースだった。
「両隣は空いていたんですか?」
一樹が尋ねると「はい」と小さく答える。やはり担当していた患者が亡くなったのはショックだったのだろう。何とか気持ちを保っているように見える。
「誰か、訪ねてきた人は見ませんでしたか?」
「いえ、このフロアは特別な方を受け入れる事になっていて、エレベーターを出て、すぐにナースステーションで受付されないと部屋には入れないようになっています。お見舞いの方があれば必ず判るはずですが、特に、そういう方はいらっしゃいませんでした。」
やや気持ちを持ち直したのか、岩月ナースがしっかりと答えた。
「じゃあ、入院患者の方同士で行き来はあったのかしら?」
亜美が尋ねる。
「下のエリアの方たちは、六階のコミュニティルームでお話されたりするのは見ますが、このエリアはそういうのはありませんね。大きな会社の方で、社員の方がお見えになる事はありますが、最近はそういうのも見かけませんでした。」
「そう・・。」
亜美は少しがっかりした表情を浮かべている。一樹は病室の中に入ってみた。
「佐原さんの私物は片付けさせていただき、奥様にお渡ししました。着替えと本くらいでしたが・・。」
「そう。」
一樹は、がらんとした部屋の中を一通り見た後で、「ありがとう。」と言って部屋を出た。
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1-5 コミュニティルーム [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

二人は、一旦、六階にあるコミュニティルームに行き、自動販売機のコーヒーを買ってから、椅子に座った。
「十一階以上の監視カメラの映像は残っていないって言っていたよな。」
コーヒーを啜りながら、一樹が言う。
「ええ、でも、訪問者はなかったって言ってたから、映像があっても仕方ないんじゃ・・。」
「ああ、そうだ。外からの人間が犯人ならな。もし、病院関係者ならどうだ?監視映像が残っていると、不都合もあるだろう。」
「あら、病院関係者ならどこにいたって問題ないんじゃ?」
「いや、ここは各階でナースステーションがあり、それぞれ決められた持ち場がある。もし、自分の持ち場以外に居れば不審に思われるはずだ。まして、殺そうという相手と何らかの接触するような映像があれば、決め手になる。だが、あそこの映像は六時間たてば無くなるだろ?証拠が残らないというのを知っているならどうだ?」
一樹はコーヒーカップに視線を落として、言う。
「じゃあ、ここのナースが犯人ってこと?」
「ナースだけとは限らないだろう。医師だってあり得る。」
「そんなことって・・・。」
一樹がにやりと笑って言った。
「まあ、そう早くに決めつけるなってことさ。今回は、じっくりと可能性を探るしかないんだ。それに、百パーセント犯人だって判っても、自殺に追い込んだことを立証するのは難しいんだからな。ただ、佐原氏は、余り交友関係が広かったわけじゃなさそうだし、過去を調べれば、何か出てくるだろ?・・・そっちは、松山たちが調べているから、一度、署に戻ってみるか。」
そう言って、立ちあがった時、背後から声を掛けられた。
「あの・・警察の方ですよね。」
そこには、点滴台を片手に、見るからに病人と判る風体の中年男性が立っていた。
「ええ・・。」
亜美が答える。
「あの・・飛び降り自殺された方、佐原さんですよね。」
青白い顔をした男性は、か細い声で訊いた。
「お知合いですか?」
一樹が訊く。
「いえ・・知りあいというほどじゃないんです。おととい、ここで少し話をしたくらいですが・・ああ、私、吉岡と言います。胃がんの手術をして、もうすぐ退院するんですが…それより、ちょっと気になることがあって、お話しておいた方が良いかと思いまして・・。」
すぐに席に座り、吉岡の話を聞いた。
「一昨日の午後、偶然ここでお会いして、実は、私、佐原さんとは同じ、修練館高校でして、1年後輩にはなるんです。」
「修練館って、進学校じゃないですか。」
亜美が変なところで感心した声を出した。
「まあ、進学校でも上位と下位では雲泥の差がありますからね。私は落ちこぼれでしたから・・・、佐原さんはかなり優秀だったと思います。結構、目立っていました。でも、高校時代はほとんどお付き合いもなかったんです。偶然、私が持っていたタオル・・ああ、これですけど、これを見て、佐原さんから声を掛けてもらったんです。少し、高校の頃の思い出話をしていたんですが、何だか、急に大きな溜息をつかれてね・・。」
「溜息ですか・・。」
「ええ、楽しげに話したあと、何だか、急に後悔したような、そんな感じでした。」
「高校の頃になんかあったんでしょうか?」と亜美が訊く。
「いえ、そうじゃなくて、良い高校生活だったって言ってましたよ。たぶん、その後の事じゃないかって思うんですが。」
「その後?大学に進学されたんでしょう?」
「たぶん、そう思います。・・・自殺されたって聞いて、何だか、あの時の溜息が妙に気になってしまって・・・もう少し、その・・・・佐原さんの話を聞いていれば、自殺なんてしなかったんじゃないかって思えて・・どうにも気になって・・。」
「それ以外に気になった事はありませんでしたか?」
一樹が訊く。
「初対面に近かったので、普段がどういうお方かも知りませんから・・。」
「そうですか。ありがとうございました。また、何か気になることを思いだされたら、署の方へご連絡ください。」
一樹はそう言うと、自分の名刺を渡し、席を立ち、出て行った。
亜美は、慌てて立ちあがり、吉岡に「あなたのせいじゃありませんよ。自殺の原因はきっと私たちが明らかにします。そんなに気に病まないでくださいね。」と言って、一樹の後を追った。
一樹は既に駐車場で車に乗り込むところだった。
「待ってよ、一樹。私を置いていく気?」
慌てて助手席に乗り込むと、同時に、車は発進した。
署に戻ると、鳥山たちも戻ってきたところだった。

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1-6 てっちゃんの店 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

「昼飯でも食いながら、今日の午前中の成果を報告し合うことにするか。」
鳥山課長がそういうと、皆、一緒に、外に出て行く。行先は決まっていた。前の事件の時、ソフィアという女性がやっていたスナック、今は改装して、小さな喫茶店になっていた。
「てっちゃん、悪いが、貸し切りにしてくれ。」
鳥山は店に入るなりそう言った。
「そろそろかなって思ってたから・・どうぞ。」
そう言って迎えてくれたのは、通称てっちゃん。見た目はすっかりおじさんだが、心は乙女。昔、やくざに食い物にされかけたところを鳥山が救ったのだった。以来、何かと鳥山の近くに居るのだった。
てっちゃんはすぐに、表の看板に、貸し切りの札を出した。
「いつもので良いな?てっちゃん、頼むよ。」
「はい、はい。」
てっちゃんは明るく答えると、嬉しそうに鼻歌を歌いながら厨房に入った。
「さて、どうだ、収穫はあったか?」
鳥山が、カウンターの奥へ入って、棚からコップを出しながら、訊いた。
「病院では、やはり、内部のものの関わりじゃないかと感じました。カメラの監視状態や死角の事、外来者がほとんどない環境である事から、内部のものが関与している可能性は高いと思います。それと、吉岡という入院患者の話では、佐原氏は高校卒業後に何か後悔するような問題を抱えていたらしいという事でした。」
鳥山は話を聞きながら、器用にコップに飲み物を注ぎ、カウンターテーブルに並べる。
「やはり、何か人に言えない様な過去がありそうだな。松山の方はどうだ?」
「これと言って収穫はありませんでした。ただ、矢沢さんの話と繋がるんですが、佐原氏は修練館高校を卒業後、東京の私学へ進学しているんですが、卒業していません。経済的理由という事でした。」
「そうか・・大学時代に苦労したってことか。矢沢の話とも繋がるな。大学時代の事を少し調べてみる必要がありそうだな・・。」
そこまで話したところで、奥から、てっちゃんが、大皿のスパゲティとサンドイッチを運んできた。
「さあ、どうぞ。」
「おお、旨そうだ。」
そう言って、最初に手を付けたのは、鳥山だった。他の皆は、何度か同じ料理を口にしていて、たいしておいしくないことは判っていたので、少し遠慮がちだった。亜美は、初めての事で、おもむろに取り皿に大量にスパゲティを取った。一樹も松山も、ちょっと軽い笑みを浮かべて、亜美の表情を見ている。
「うわー・・!美味しい!サイコー!」
予想に反して、亜美が絶叫する。一樹や松山は、その様子を見て、いつもの味じゃないのかと、手を出し、やっぱりいつもの塩っ辛くて、ちょっと独特に臭いを持っていることを再確認して、取り皿を置く。そして、松山が一樹の耳元で囁いた。
「紀藤さんって、かなりの味音痴・・ですかね。」
そう言えば、一樹は亜美の料理を食べたことはなかった。確か、幼い頃に母を亡くし、料理は署長が専らやっていたと聞いたことがあった。署長の料理も相当にまずいのではないかと想像し、妙におかしくなった。

昼食ミーティングを終え、再びそれぞれに分かれて捜査を再開した。
東京での佐原氏の経緯調査は松山と森田が受け持つことになり、午後の新幹線ですぐに東京へ向かった。一樹と亜美は、引き続き、病院関係者の調査をすることになった。
一樹と亜美は、吉岡以外に、佐原と接触のあった人物はいないか調べる事にした。
午後のコミュニティルームには、患者や見舞い客が思い思いに過ごしていた。一人ずつ、佐原氏の写真を見せながら、接点はないか尋ねたが、特にこれといった収穫はなかった。夕方近くになり、徐々に人数は減り、面会時間が終わる頃には、誰も居なくなった。
これ以上は無駄と判断し、一樹と亜美は署に戻る事にして、玄関に向かう途中で、院長のレイと出くわした。レイは転落事故のその後の経過を知りたかったが、自分の立場を考え、迷い、言葉が出ず、軽く会釈をする程度しかできなかった。そんな様子を亜美が察知して、近づいた。
「今、しっかり捜査しているから・・自殺だと思うけど・・念のために・・」
そこまで言ってから、「亜美!」と強い口調で一樹が制止した。レイもそれがどういう事か大方の予想はできていた。レイは、「しっかりお願いします。」とだけ言って、再び会釈をして離れた。
車に乗り込むとすぐに一樹が亜美に言った。
「亜美、安易にああいう事を口にするんじゃない。自殺教唆の筋読みをしたのは、お前だろ?」
「でも、レイさんは犯人じゃないでしょ?」
「ああ、だが、病院関係者となれば、院長の責任も問われるだろう。いくら、親しいとしても・・いや・・親しいからこそ、今は距離を置くべきじゃないか?」
亜美は、一樹の言葉を聞きながら、割り切れない思いで外を眺めていると、目の前を紀藤署長の車が通過して行った。
「あれ?パパ・・いや・・署長じゃない?」
紀藤署長の車が、病院の駐車場を横切っていく。その先には、レイの家、神林元院長の家がある。

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1-7 ルイの話 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

紀藤署長は、レイの母親、新道ルイと逢っていた。新道ルイは、あの事件の後、一命を取り留め、一人で暮らせるほどには至っていなかったが、レイの助けも借りて、何とか日常を取り戻せるほどになっていた。
「ごめんなさいね、お忙しいのに。」
そう言って、車いすのルイが、リビングで紀藤を迎えた。
「最近はどうだい?」
「ええ・・もうずいぶん良いのよ。今日も病院でリハビリをしてきたの。なんとか自分の足で歩けるようになりたいから・・。」
「そう・・。」
ルイを見つめる紀藤の眼差しは優しかった。紀藤はソファに座ると、話を切り出した。
「僕に話しっていうと、昨日の事故の事だろう?」
「ええ・・そうなの。」
「まだ、捜査は始まったばかりだからね。それに、今回の事故は単純なものじゃないと考えている。それに、神林病院が現場だから、言わば、ルイも事件の関係者になるから、余り、話せる事もないんだけど・。」
「そうよね・・判ってるわ。だから、事件の事を教えてもらうために来てもらったわけじゃないのよ。ひとつ、聞いてもらいたいことがあるの。おそらく、事件に関係している事だと思うから・・。」
ルイははっきりと事件と言った。それは、まぎれもなく、自殺ではないという確信を持っているのが判った。
「どういうことかな?」
紀藤は出された紅茶に口をつけて、尋ねた。
「昨日、あの事故の時、病院のリハビリ室にいたのよ。だから、大体の様子はレイから聞いたわ。ただ・・あの時・・すごく強い思念波を感じたの。」
「思念波を?」
紀藤は驚いた。あの事件以降、そう言う能力は失われたと聞いていたからだった。
「ええ・・もう、あの能力はなくなっていると思っていたんだけど・・今日はすごく強く感じたの。」
「それは、あの亡くなった人の思念波だったと・・。」
「いえ・・そうじゃないの。確かに、昔は、恐怖や悲しい思念波を感じる事はあったし、それは、青い光のように見えるものだったわ。だから、もし、自殺した方のものなら、青い光で感じるはずだし・・亡くなった時に消えてしまうはず。でも、今日感じたのは違うの。」
「違うって?」
紀藤はもう一度紅茶を飲んで、自ら落ち着かせるようにした。
「黒く、怪しいもの・・怨念のような強い思念波だったの。それに、事件の後もそれは続いている。いえ、事故の前より、もっともっと強くなっていくように感じるの。」
「今でも・・か?」
「ええ・・何か深い悲しみと恨みといろんなものが混ざった思念波・・・とても怖いの。」
ルイは少し震えているようにも見えた。
「まだ、他にも自殺に追い込まれる人が現れるかもしれないと感じているんだね。」
紀藤は、ソファから立ち上がり、ルイの傍に行き、肩に手を置いて言った。
「ええ・・私の間違いなら良いんだけど・・・少し・・怖いわ・・。」
ルイは、紀藤の手を強く握った。
「今、一樹や亜美たちが、自殺教唆の疑いで捜査をしている。だが、なかなか手がかりがなくてね。君の話を伝えよう。きっと、捜査が前進するはずだ。そして、早く、終わりにするよ。」
紀藤はルイの肩を抱いた。

 紀藤署長が署に戻ったころには、すっかり日が暮れていて、刑事課には、鳥山と一樹と亜美だけが残っていた。
「三人だけか?」
紀藤署長は刑事課の部屋に入るなり訊いた。
「ええ、松山と森田は、東京での佐原氏の様子を調べに行きました。明日には戻ると思いますが・・。」
鳥山が答えると、紀藤署長は椅子に座り、三人に、ルイの話を聞かせた。
「恨みを持つ者がいる・・という事でしょうか?」
鳥山が紀藤に確認するように訊く。
「確証があるものじゃない。ルイさんの能力も絶対とも言い難い。ただ、これまでの状況から見ても、否定できるものじゃないだろう。そして、それはまだ残っている。再び、同じような被害者が出る可能性があるということだ。しっかり捜査を進めなくちゃならん。」
「やはり、病院関係者を疑ってみるしかなさそうですね。」
一樹が言う。
「じゃあ、病院関係者と佐原氏の関係を当ってみるということ?」
亜美が言う。
「ああ・・だが、医師、ナース、事務員だけとも言えないだろう。清掃や出入業者にまで広げてみる事になるかもな・・。かなりの人数だろう。・・どれくらい掛かるか・・。」
一樹が言うと、松山課長が言った。
「いや・・署長のお話から考えれば、昨日、あの病院にいた者ということになるだろう。医師やナース、事務員は勤務表から出勤者に絞ってみよう。もちろん、休みの者も可能性がないわけじゃないが、時間がない。それと、出入りの業者も昨日、あの時間帯にいた者に絞れば良い。」
すぐに、病院に連絡し、事故当日の時間帯の出勤者、出入り業者の記録を手に入れる事にした。
「この手の仕事は、藤原女史の手を借りるのが良いだろう。」と署長が判断し、翌日には、入手した名簿をもとに、それぞれの経歴を署のデータベースから引っ張り出して、佐原氏とつながりのある者の抽出作業が始まった。佐原氏は地元の小中高校の出身であり、会社も経営していた事から、何らかのつながりのある者はかなりの数になると見込まれ、慎重に作業が進められた。
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1-8 無責任な噂話 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

一樹と亜美は、翌朝から、再び、病院へ行き事故発生前後の病院の様子を聞き取る事にした。まずは、十四階にいた医師やナースの行動を確認する事にした。
「その時間帯は、午後勤務の有田主任と岩月が勤務していたはずです。午前勤務の寺本師長と梅村が申し送りを終え帰るところだったはずです。」
そう答えるのは、看護師のトップ、総看護師長の飯田幸子だった。飯田師長には、今回の事故を自殺と断定する為の状況確認の為とだけ説明し話を聞いていた。
「今日も、同じ体制で、午後の出勤になっています。」
飯田は、パソコン画面に開いた勤務表を見ながら答える。
「十四階のフロアには、他に入院患者はいらっしゃるんですか?」
亜美が訊く。
「ええっと・・今は、御一人ですね。」
「あの・・どういう方なんでしょう?」
亜美は、何となく口にした。
「プライバシーに関する事はお答えできません。ただ、入院中の方は、症状が重く、自分で動くことはできませんから、今回の事故には、関係ないでしょう。」
飯田は厳しい口調で答えた。
「ナースの方からお話を聞く事は出来るでしょうか?」
一樹はいつもより丁寧な口調で看護師長に訊ねる。
「では、午後、出勤しましたら、ここへ呼びましょう。」
飯田総師長と約束し、午後二時に出直すことにして、六階のコミュニティルームに寄ってみた。午前中は、人影もまばらで、外来患者や家族がちらほらというところだった。昨日話を聞いた吉岡の姿はない。
「入院患者の中にという事はないかしら?」
亜美は、自動販売機から炭酸飲料を買ってから呟くように言った。一樹も、亜美に続いて自動販売機から缶コーヒーを買ってから答える。
「ああ・・それも考えられなくもないが・・偶然、入院中に佐原に逢って、恨みを晴らしたという筋になる。それなら、自殺教唆などという不確実な方法を選ぶとは思えない。それに、人を殺すというのは相当なエネルギーが必要なんだ。それほど強い恨みを持っているなら、差し違えるくらいのことはするんじゃないかな。」
「差し違える?時代劇じゃあるまいし。」
「たとえ話さ・・・・だが、偶然にそんなことは起こりにくい・・そうか・・・偶然じゃない・・相当な綿密な計画をして、ゆっくりと佐原を追い詰めたんだよ。きっとそうだ。」
一樹は、缶コーヒーを開けると一口啜った。
「ここに来る前から、計画されていたということ?」
「ああ、きっと、佐原氏に、以前から接触していたはずだ。そして、じわじわと自殺に追い込んだ。」
「そうかしら?それなら、奥様だって、何か異変に気付くでしょ?脅しの類なら、逃げ延びる事だって、例えばお金で解決する事だって考えたんじゃないの?」
一樹は、亜美の素朴な質問に、すぐには答えが見つからなかった。
「やっぱりダメか・・。」
一樹は大きくため息をついた。
「もう少し、佐原氏について知らなきゃだめだな。・・一度、佐原氏の自宅へ行ってみるか。」
二人は、一旦病院を出て、佐原氏の自宅へ向かった。病院から車で二十分ほどの住宅街、泉ニュータウンの中に佐原氏の自宅はあった。同じような建売住宅が並んだ通りの一番高台になるところに、佐原氏の自宅はあり、周囲の家とは比べ物にならないほどの豪邸であった。広い庭があり、砂場や遊具が置かれている。しかし、全ての窓にはシャッターが下りていて、ひっそりと静まり返っていた。
立派な作りの門に設えられたインターホンを押してみた。僅かにチャイムの音が聞こえたが、返答はない。しばらく待ってみたが、出てくる気配はなかった。
「ああ・・佐原さんなら、留守ですよ。」
二人の背後から声がした。向かいの住人らしかった。かなりの年配の女性だった。
「どちらかへお出かけでしょうか?」
亜美が尋ねると、その女性は、周囲をちらちらと見ながら浸りに近づいてきて、小声で言った。
「いや・・あんたたち、知らないのかい?佐原さん、病院で自殺したんだってよ。解剖するとかって言って、まだ、戻って来ていないらしい。昨日、ちらりと奥さんの顔を見たんだが、何だか、死人みたいな顔をしてたねえ。大きなボストンバッグを持って、お子さんも連れていたから、きっと、実家にでも戻ってるんじゃないかねえ。会社の社長とか言ってたけど、どうなんだろうねえ。きっと、大きな借金でもあったんじゃないかね。人材・・何とかって・・ありゃあ、口入れ稼業だろ?相当、世間様からも恨みでもかってたんじゃないかい?嫌だねえ、悪いことして金稼いで、こんな豪邸・・」
かなり、日頃から僻みを持っているのか、悪口が止まらない。こうやって、世間は罵詈雑言で満たされ、真実は闇の中へ葬られていくのだろう。亡くなった人への贐の一つも出ないのは、聞いていて辛かった。
一樹が、厳しい表情で、いきなり警察手帳を取り出した。
「転落事故の件で、今、捜査中です。」
かのご婦人は、手帳を見て、急に押し黙った。
「佐原さんは、そんなに酷い人だったんでしょうか?町内でも問題を起こしたり、ご迷惑をかけたりするような御一家だったのでしょうか?あなたにも何か酷い事をされたのでしょうか?」
亜美も少しきつい言葉で捲し立てるように尋ねた。
「いえ・・私は・・」
先ほどの御婦人は少し悪びれた表情をしている。
「ご近所づきあいはなかったのでしょうか?ご存知の事があるならお話し下さいませんか?」
今度は一樹がやわらかな口調で訊いた。
「いえ・・そんなに・・付き合いというほどの事も・・奥さんは明るい方で、お庭でお子さんを遊ばせていて、町内会にもちゃんと出てきていらしたし・・ご主人は、ほとんどお顔を見たこともなくてね・・。」
「何でもいいんです。何か、最近、揉め事とか・・・見知らぬ人が訪ねてきたとか・・。」
今度は亜美が訊く。
「さあ・・そんなに始終、外の様子を見ているわけじゃないし・・・。」
どうやらこの夫人はほとんど佐原氏の事を知らない様子なのが判った。あれほどの悪口を滔々と話していたとは、うって変わって、もごもごと話す様子にこれ以上は時間の無駄だなと判断した。
「ご協力ありがとうございました。」
二人はすぐにその場を離れた。住宅街の中を一通り歩いてみたものの、これといった手がかりもなく、肝心の奥さんが不在ではこれ以上ここに居ても無駄足になると決め、軽く昼食をとり、病院へ戻る事にした。
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1-9 ナースへの聞き取り [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

病院に着いたのは約束の二時近くになっていた。
総師長室に入ると、すでに、当日に勤務していた、有田主任と岩月が待機していた。一樹と亜美が部屋に入ると二人が丁寧にお辞儀をして迎えた。
「お話を、一緒に訊いていても構わないかしら。」
飯田総師長は、自分の席に座ったまま、そう言った。
「ええ、構いません。むしろ、総師長にも知っておいていただいた方が良いでしょうから。」
一樹はそう言うと、師長席の前にあるソファに座った。
「さて、二人に伺いたいのは、あの事故の前後の様子です。」と一樹が切り出した。
有田主任看護師と岩月ナースは一旦顔を見合わせた後、落ち着いた口調で、有田主任が口を開いた。
「主任の有田です。確か、転落事故の時間は、午後一時三十分でしたよね。その時間は、午前の勤務者からの申し送りを受けているところです。」
「では、事故の日も申し送りを?」
「いえ、その日は、昼食後に食器回収で病室に行った梅村から、病室に佐原様の姿がないとの報告があり、四人で佐原様を探していたんです。」
「部屋に姿がないっていうのは良くある事ですか?」
一樹が尋ねる。
「患者様に寄ります。佐原様の場合、再検査の入院でしたし、特に部屋を出入されても問題はない状態でしたから、制限しておりませんでした。」
「では、何故、探そうと?」
「いえ、食事を摂られていなかったんです。ですから、食事を摂っていただくようにお願いする為に探していたという事です。」
淡々と、有田主任は答える。
横に座った岩月も、有田の言葉に頷きながら聞いていた。その様子から、有田主任の話に偽りはないだろうと一樹は感じた。
「姿が見えなくなったのは、いつごろでしょうか?」
亜美が訊く。
「先ほども申しあげたとおり、自由にしていただいて問題ありませんから、時間までは記録しておりません。」
有田主任は表情一つ変えずに答える。
「何か変わった様子はありませんでしたか?」
再び一樹が訊く。これには、岩月が答えた。
「午前中の勤務だった、寺本師長も梅村さんとも確認したんですが、朝食は普通に食されていましたし、普段通りに挨拶もしました。どうして、こんなことになったのか・・・もっとお話しをしていれば良かったのか・・。」
少し、感情が混じった答えだった。
「悩みを抱えているような・・いや、自殺するような様子は感じなかったという事ですね。」
「判っていれば・・もっとできる事が・・あったかも・・。」
岩月は、まだ若い。そこまで話したところで、涙ぐんだ。これ以上言葉を口にすると、泣き出してしまいそうだった。その様子を見て、有田主任がきっぱりと答えた。
「そこまでは判りません。入院されて数日でしたし、普段の御様子も良く知りませんから。」
そのやり取りを見ていた飯田総師長が口を挟んだ。
「もうそろそろ宜しいでしょうか?午後の巡回時間も近づいていますので・・。」
病棟の患者は一人のはずで、それほど時間が掛かるものでもない。まして二人掛かりで巡回する事もないのだが、受け持ち患者が自殺した事のショックを引きずらないよう、総師長として判断したのだという事は、一樹や亜美にも理解できた。
「ありがとうございました。」
二人は、総師長、有田主任、岩月に礼を言って、席を立ち、コミュニティルームへ行った。
「あの日は、昼食前から部屋にいなかったのは判った。誰かに呼び出されたのか、自分で動いたのか。朝食の時間には部屋にいたのだから、その後、部屋を抜け出したということか。3時間以上、どこに居たのか。」
一樹の手許には、病院の案内パンフレットがあった。
神林病院は、狭い敷地に建っていて、細身のビルで十四階建てだった。一階は外来診療、二階は検査室、三階は手術室、四階が事務室、五階は、先ほどいた看護師長室や研究室になっていた。
六階から十階が病棟で、リハビリ室や娯楽室、コミュニティルーム等もある。各階にナースステーションもあった。十一階は医師の研究室、十二階は、カンファレンススペース。十三階が院長室になっている。佐原氏は最上階の特別室にいた。
「姿が見えなくなったということは特別室階には居なかったということだな。エレベーターで移動したのは間違いないだろう。確か、カメラ映像は、十階以下のものは保存していると言ってたよな。」
一樹はひとり言のように呟く。
「守衛室へ行きましょう。」
亜美が先に動いた。すぐに守衛室で、当日に午前中の映像を確認した。だが、エレベーターには佐原氏の姿はなかった。十階以下の映像にも確認できなかった。
「すみませんが、当日の映像データをいただけませんか?署でもう少し詳しく見たいんです。」
亜美が守衛に頼み、映像データを受け取った。二人は、一旦、署に戻る事にした。

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