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2-21 暴露 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

「遠藤君、君にはつらい思いをさせたようだね。」
下川は、遠藤の思いを受け止め、涙を溢していた。
「・・だが、真実から・・いや、自らの罪から逃げ続けるべきじゃないね。僕もずっと心の奥底で、贖罪の思いを抱えてきたんだ。だが、あの少女がどうなったのか・・僕自身、何も知らなかった。だが、あの少女が、有田さんであるなら、これは償うチャンスというべきなんだろう。・・僕から彼女に告白する。そして、彼女の気が済むまで、償うつもりだ。だから、少し時間をくれないか。」
下川は、遠藤から施設での話を聞いて、ずっと考えていたようだった。

遠藤と下川が話をしてから2週間後のある日、夜勤明けの祐子に、下川が声を掛けた。
「ちょっと折り入って、相談があるんだが・・。これから時間はないかい?」
「えっ?」
祐子は戸惑っていた。自分の気持ちを見透かされたのか、あるいは、下川医師も自分と同じ気持ちを抱いているのか・・そんな思いが一瞬で頭を巡った。
「ええ・・大丈夫です。」
祐子は心臓の鼓動が高鳴るのが判った。
二人は病院を出て、近くの喫茶店へ向かうと、店の一番奥の席に座った。祐子に気付かれないように、遠藤も二人の後を追っていき、二人が見える席に座った。
「もうすっかり落ち着いたようだね・・。」
下川がホットコーヒーを口にしながら切り出した。
「ええ・・。」
祐子もコーヒー飲みながら答えたが、まだ、鼓動の高鳴りを押えられずにいた。
「今度、故郷へ戻ろうと思うんだ。・・ああ、橋川市なんだが・・そこの市民病院の先生からお誘いを受けてね。何でも、病院を立て直すために新しい医療スタッフを募集しているというんだ。」
下川の言葉は、祐子の予想とは違った、意外なものだった。
「それは・・?」
「ああ、唐突に申し訳ない。君もどうかと思ってね。・・そうだ、技師の遠藤君も一緒に行くことになっているんだ。とにかく、新しい病院でそれなりの待遇で受け入れてくれるらしい。・・すぐじゃないんだが、・・そうだね。僕と遠藤君は来月には行くことにしている。君が了解してくれるなら、先方にも照会して確認を取ろうと思うから。」
「あの・・下川先生・・何故、私なんですか?」
祐子の疑問は当然だった。いや、それは自分のパートナーとして一緒に行こうという事なのか、ただ、医療スタッフのヘッドハンティングだけなのか、図りかねていたからだった。
「うむ・・。」
下川医師は少し考えた。
どう伝えればよいか、できるだけ彼女を傷つけずにと考え、言葉に詰まった。その表情と僅かな沈黙が祐子をいっそう不安にした。
遠藤は少し離れた席から二人の様子を伺っている。核心に触れた話になれば、祐子は驚き嘆き、声を出して泣いてしまうかもしれない。そう思うと、僅かに聞こえる二人の会話がもどかしかった。
下川は、やはり、真実をきちんと話すべきだと覚悟を決めた。
「君にきちんと話しておかなくてはいけないことがある。落ち着いて聞いてほしい。」
下川は、そう言って、祐子の目をじっと見た。いつも以上に真剣な表情に祐子は戸惑った。
「君は、遠藤君と同じ、施設で育ったんだったね。」
祐子は小さく頷く。
「どうして施設に入ったかは分かっているだろう?」
再び、祐子は小さく頷く。
「北海道、君がまだ幼かった時、惨い事件が起きた。君はどれくらい覚えているだろうか・・・。あの時、君はショックで言葉が話せなくなった。」
祐子はその言葉に驚いた。
なぜ、そんなことを知っているのか、遠藤が下川に話したのか、戸惑いを隠せない。
「これを見て欲しい。」
下川はそう言うと、ネクタイを緩め、シャツの首周りのボタンをはずし、肩が見えるほどに開いて見せた。そこには、僅かだが、赤い痣のような傷痕が見える。
「覚えているだろう?」
祐子は思い出した。東京へ連れて来られた時、男に背負われて、ふと見つけた赤い痣。目の前に見ているものは紛れもなく、あの赤い痣のような傷だった。
「・・そう、君を北海道のあの家から・・あの惨い場所から連れ去ったのは僕なんだ。」
祐子は絶句した。
目の前にいる、ほんの数秒前まで、尊敬と信頼、いやそれ以上の感情を抱いていた相手が、あの忌まわしい記憶の中の男だと告白している。すぐには信じられなかった。
「・・どうして・・。」
祐子は混乱して、それしか言葉が出ない。
「本当に済まなかった・・いや、言葉でどれだけ謝ったところで許される事ではないのは判っている。・・言い訳など意味がないだろうが・・あの場所に君を一人残して置くことができなかった。だから、君を連れて来てしまった。だが・・・君を守り切れなかった。本当に済まなかった。許してほしいとは言わない。いや、許されるべきではない。これからは、罪を償う事が今は自分のすべきことだと覚悟している。」
下川はテーブルに頭をこすりつけるようにして詫び、涙が流れている。それは、後悔とも空しさとも判らぬ、過去を憂う涙だった。
目の前がぐらぐらと揺れている様な感覚だった。大事なものを一瞬で壊してしまったような、心の中が壊れていくような、息をするのも辛い、そんな感情が胸の中に広がる。祐子の全身が震えている。そして、あの時の惨状がフラッシュバックする。祐子は椅子を飛ばすほどの勢いで立ち上がり、俯き、両手で頭を抱えて、店から走り出た。
その様子を見ていた、遠藤も慌てて祐子を追いかけて出て行った。
遠藤は裕子を追い掛け、店からわずかのところで追いつき、祐子の肩を抱く。祐子は大粒の涙を流しながら、遠藤の腕を掴み、胸に顔を埋め、声が漏れないように泣いた。幸い、周囲に人影もなく、しばらく、二人はそのまま立ち尽くしていた。

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